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STR+99

 翌日、宅配業者がインターフォンを押した音で目が覚めた。


 ネット通販で注文した下着が届いたようだ。


 衣類はコスパを追求した為、大半はフリマアプリのオークション経由。なので下着と違って、もう少し時間がかかりそう。場合によっては狙った金額で落札できない可能性も。おかげで未だに破れた衣類を着用している。


「寝起きにやたらと気分が溌剌としているの、これが若さってやつか」


 スマホで時刻を確認すると、そろそろお昼である。


 万年床からもそもそと起き出してキッチンに向かう。


 相変わらず背丈が足りず、満足に炊事も叶わない。


 っていうか、食料が尽きている。


「……食べるものがないぞ」


 買い物に行かなければ。


 しかし、日中はお外に出かけるの怖い。万が一にも警察とエンカウントして任意同行を求められたりしたら大変だ。任意とか言っておきながら、アイツら半強制的に連行してくれるからな。


「…………」


 ネット配信をして日が暮れるのを待とうか。


 ちゃぶ台の上、ノートパソコンを起動してライブ配信を立ち上げる。昨日と同じく、パスワード付きの制限配信。交通事故の件があるので、向こうしばらくはメン限でやっていくのがよろしいのではなかろうか。


 すると、数分ほどで視聴者が現れた。



:昨日と格好に変化がないの不安すぎる

:まさかマジで貧困生活とか送ってる?

:汚部屋が演出じゃなかったのドン引き



 そういうことを言ってくれるなよ。


 弱者男性の一人住まいなど、大体こんなもんだろうに。


「貴方たち、連日速攻で見くるとか暇すぎません?」



:昨日、いいところで急に落ちたりするから。

:アグダちゃん、あれからどうしたの?

:背景で変化があるの、布団のシワくらい



「寝て起きて今の時間ですが何か?」


 視聴者と受け答えしていると、お腹がグゥと鳴った。


 昨日の昼から何も食べていないので腹ペコである。



:あらまぁ、かわいい音だこと

:だけど、中身は中年のオッサン。

:オッサンの腹の音とか聞きたくないな



「お腹がとても減りましたの。昨日から何も食べておりませんの」



:中身オッサンでその口調かなり嫌なんだが

:自ら望んで女児になったタイプのオッサン?

:あぁ、そっちの人でしたか



「昨日までと対応が違い過ぎくない? 酷くない?」



:だって中身オッサンじゃん

:変態願望を成就させたオッサン。

:女児に悪戯するよりはマシか



「免許証の顔写真、見たいですわ?」



:やめろ、絶対に見せるな。

:イメージがぶち壊れる

:それだけは止めてくれない?



「いや、そこまで言うことないじゃん……」


 視聴者とやり取りしていると、またお腹が鳴った。


 たしかに可愛らしい音色だ。


 クゥと小さく響いた。



:コンビニでおにぎりでも買ってくれば?

:お金なら昨日集めた小銭があるじゃん

:たしか三、四百円くらいあったよね。



「さっき窓から外を眺めていたら、近所をパトカーが走り回っておりましたの。考えすぎかもしれないけど、日中はこのまま部屋で過ごして、夜になったら少し離れたところにあるコンビニに行こうかなと思います」



:たしかにそれくらい用心した方がいいかも

:アグダちゃんの健脚なら隣町まで余裕でしょ

:屋根の上とか、忍者みたいに飛び回れそう。



「そういえば、さっき洗面所で顔を洗おうとして、台に手をついたときに気付いたんですけど、脚力以外に腕力もエライことになっておりましたわ。もはや完全に人類を逸脱していると称しても過言ではないような」



:どういうこと? また何かやらかしたの?

:見た感じこれといって変化はないけど

:何がどう変わったのか教えてクレメンス。



 視聴者のコメントに答えるべく、座椅子から腰を上げる


 そして、ちゃぶ台の前で片手腕立て伏せ。


 ガックンガックンと上下を繰り返してみせる。


「どうかしら? この細腕に秘められし圧倒的なパワー」



:ぅゎょぅι゛ょっょぃ。

:子供だから身体が軽いのもあるんだろうけど……

:満面の笑みと姿勢のギャップが若干キモい



 しばらく視聴者に向けて腕立て伏せを繰り返す。


 十回、二十回と繰り返しても腕は元気いっぱい。


 その光景をしばらく眺めて、一つコメントが流れた。



:アグダさん、その腕力で重いものとか持てる?



「重いもの? 急に重いものとか言われても……」


 室内をぐるりと見渡してみる。


 広さは三十平米ほど。


 畳敷きの居室六畳と板張りの台所四畳が床続きとなっている古めかしい間取り。これぞ昭和って感じ。間にガラス戸が配置されているけれど、普段は開けっ放しで生活している。廊下は存在せず、台所の脇が玄関となる。


 おかげで昨日の配信では、宅配業者とやり取りする自身の姿が、視聴者にもバレバレであった。褒めるところがあるとすれば、お風呂とトイレが別々なこと。共にリフォームが入っており、それなりに綺麗だ。


「……冷蔵庫とか?」



:いやいや、どう考えても無茶でしょ。危ないよ

:一人暮らし用の小さなのでも四十キロくらいあるくね?

:今の腕立て伏せが本物ならワンチャン狙えそうな



 言われてみると、いけそうな気がしてきた。


 ものの試しに軽く持ち上げてみよう。


「んじゃ、試してみますわね」


 カメラを冷蔵庫に向けて場所を移動。


 とりあえず正面から抱きかかえるようにして、軽く持ち上げてみたところ、想像した以上に軽い感触が返ってきた。ほとんど力を込めていないのに、四つある足がすべて浮き上がっているような。



「あ、やばいわ、これ」



:ほら、いわんこっちゃない

:下手に力むと腰を悪くするよ。

:駄目だったか……



「いや、まったくの逆。余裕で持てますの」


 コンセントを外して、ひと思いに持ち上げる。


 軽々と持ち上がった冷蔵庫。


 上に乗っけた電子レンジごと余裕。


 そのまま台所をクルリと回ってみる。


 まるで発泡スチロールでも抱いているみたい。



:マジですか!

:なにそれおかしいでしょ

:おぉ、いけるのか



 ノートパソコンの画面に映った自身を眺めて思う。


 これまた凄い絵面だ。


 ぷにぷにとした女児のか細い両腕が、冷蔵庫をピタリと支えている。しかも恐ろしいことに、それほど負荷を感じない。そのまま腕を上下に動かして筋トレの真似とか、余裕でできてしまう。


「ついでに冷蔵庫の下、掃除させてもらいますわね」


 ホコリが凄いことになっている。


 今後は月一くらいで掃除しようかな。


 などと考えていたら、視聴者からコメントが。



:アグダさん、もしかしたら君の力になれるかもしれないよ



「え? どういうことですか?」


 咄嗟に問い返してしまう。



:お金に困っているんだろう? まとまった金額を稼がせてあげられるかも



 視聴者の一人が妙なことを提案をしてきた。


 ありがたい話ではあるが、めっちゃ怪しい。


 一体こちらに何をさせようというのか。



:それって本気で言っている? 見た目は女児だけど、中身はオッサンだぞ?

:いやしかし、中身はオッサンだけど、見た目は上から下まで洋ロリな訳で……。

:そういう変な仕事じゃなくて、真っ当な労働機会を提供できるかもしれない



 いいや、考えるまでもない。


 今の自分に選択肢なんてないのだから。


「あ、あの、是非ともお願いします!」



:アグダちゃん、相変わらずお金に弱いの草

:騙されて東南アジアとかに売り飛ばされそう。

:いやいや、そんなことしないってば



「どうすればいいですか?」


 稼がなければならない。


 家賃を。


 食費を。


 水道光熱費を。



:そっちのアカウントにメッセージを送るから、確認してもらえる?



「わかりました。すぐに確認します」


 本日のところは金策に進展が見られた為、ライブ配信はこれにて終了。提案を寄越してくれた一人以外、残る二人はブーブーと文句を言っていたけれど、構うことなくカメラをオフらせてもらった。


 配信を終えたのなら、すぐさまメッセージを確認。


 すると、たしかに送達されている。


 アカウント名も限定配信に見られた人物と相違ない。


 曰く、午後十時に東京駅の丸の内北口まで来て欲しい、とのこと。




◇◆◇




 同日は日が暮れるのを待ってから自宅を出発。


 移動は自宅の最寄り駅から電車に乗った。


 駅に到着して指示された場所に向かう。


 北口の改札を出て駅舎から屋外へ。


 右手すぐの路上にタクシーに混じって、普通の自動車が止められているのが目に入った。傍らにはやたらと厳つい見た目の男性が立っており、手持ち無沙汰に路上を行き交う自動車を眺めていた。


 この人じゃなければいいなぁ、と思った。


 その矢先――


「おっ、きたきた。アグダさん、こっちこっち」


「……モフモフ星人さん?」


「あぁ、モフモフ星人だよ」


 女児に気付いた先方が声をかけてきた。


 残念ながら、この人だったよ。


 モフモフ星人とは先方のハンドルネーム。


 アカウント名がそのようになっていた。


 全然モフモフしてない。


 むしろゴツゴツ星人。


 顔面が怖い。


 日焼けした浅黒い肌と堀の深い顔立ちが印象的だ。黒髪をポマードでオールバックに撫でつけている。サイドはツーブロック。口周りには囲いのヒゲを湛えている。頬の辺りに引っ掻いたような傷が見られる。


 歳は自分と大差ないくらい。


 ギョロリとした目元が女児を目の当たりにしてニコリと細められる。


 笑みまで怖い。


 着ている衣服も高そうだ。


 黒いTシャツの上から上下ネイビーのジャケットとズボンを着用。かなりガッチリとした体格の持ち主で、スーツの上からでもマッチョな体格が窺える。ネックレスや指輪などアクセサリーも随所に光る。


 この人、ヤクザじゃなかろうな。


 ふと浮かんだのはそんな疑問だ。


「どうしたんだい、急にピタリと止まってくれて」


「あ、いえ、初めてお会いしたものですから……」


「アグダさんのイメージと違っていたかね?」


「平日の昼間から2chに入り浸っているようには見えませんが」


 すぐ隣には自動車が停まっている。


 国産メーカーの高級セダン。


 ピカピカに磨かれた黒塗りのボディーがこれまた厳つい。


 その助手席のドアを開けながら、モフモフ星人さんは言った。


「まぁ、乗ってくれないか? 移動しながら説明するから」


「ここから車で移動するんですか?」


「現場までちょっと距離があるんだよ」


「……分かりました」


 ふと脳裏に浮かんだ単語は、闇バイト。


 いやしかし、ヤバそうだったら逃げればいいか。


 今の自分ならマッチョが相手でも、力尽くで逃げ出すことができる。もし仮に人里離れた山の中に拉致られたところで、山岳救助隊のお世話になることなく、自力で山中より脱出できることだろう。


 そして、これは相手も把握している。


 騙すような真似はしないと信じたい。


「どうも、お邪魔します」


「あいよぅ」


 促されるがまま、助手席に収まった。


 モフモフ星人さんは運転席に乗り込む。


 自動車はすぐに出発した。


 首都高速道路を利用して、下り方面に走り出す。


 その道中、モフモフ星人さんから説明があった。


「……産業廃棄物の整理、ですか?」


「あぁ、本来なら大勢人を入れてやるところ、アグダさんの怪力にお頼み申し上げようって寸法さ。お客さんに急かされていて、うちとしては早ければ早いほどありがたい。上手いこと片付いたら、当初の見積もり分を支払うよ」


「そういうことでしたら、是非とも挑戦させてください」


「あぁ、そいつはありがたいお返事だね」


 よかった、闇バイトじゃなかった。


 現場は郊外に建てられた大手外食チェーンの店舗。


 既に廃業しているようで、店内はかなり乱雑としている。一部再利用可能な設備を取り除いて、不必要なあれやこれやが乱雑に転がっている感じ。それらの片付けがこちらの弱者中年改め貧困女児に与えられたお仕事のようだ。


「店内にある廃材を向こうにあるコンテナまで移動させて欲しいんだよ」


「今着ている服、自分の一張羅なんですが……」


 昨日の事故のせいで既にボロボロだけどな。


 東京駅に向かうまでの間にも目立っていた。


「帰りに上から下まで新品を見繕う。それでどうだ?」


「是非ともお任せください!」


「その見た目でニコリとやられると、こっちの良心が痛むんだが」


「んなこと言われても……」


 面倒臭いことをのたまう雇用主に構わず、お仕事をスタート。


 目に付いた設備を片っ端から店外に運び出し、コンテナに突っ込んでいく。テーブルや椅子といった軽量物から、業務用の冷蔵庫やオーブンなど、大人数人がかりでも苦労しそうな大物に至るまで。


 女児の細腕は楽々と運び上げた。


 目測だけど、一トン程度なら余裕で持ち上げられる。


「アグダさん、俺は悪い夢でも見ているような気分だわ」


「それは自分の台詞なんですが」


 時間帯が夜中でよかった。


 おかげで人目も皆無。


 遠慮なく剛腕を振るえる。


 その辺りも含めての夜十時集合なのだろう。


「仮にパンチとか打ち込んだら、そこのテーブルどうなる?」


「叩くんですか?」


「だって気にならないか?」


「ええまぁ、そうですね」


 廃棄予定だという飲食用のテーブル。


 木製の分厚い一枚板の天板。


 そちらに台パンの要領で片手を叩きつける。


 すると、叩いた箇所は木っ端微塵。


 横長の天板は中程でバキッと割れて真っ二つ。


「おいおい、マジかよ。殴った手とか大丈夫なの?」


「困ったことにまったく痛みを感じませんでしたわ」


「と、とんでもないな……」


 事前に確認できてよかったかも知れない。


 もし万が一にも人体へ向かっていたら、血肉が飛んでいた。今後は他所様と触れ合うのにも注意しなければ。本人はちょっとじゃれ付いただけなのに、気付いたら相手は血みどろでした、みたいなことになりかねない。


 マジ勘弁なんだけど。


「相談なんだが、アレも引っこ抜けたりしないか?」


 女児の剛力を目の当たりにしてモフモフ星人さんが言った。


 その視線が指し示す先には樹木の根っこ。


 駐車場に植えられていた植栽木の成れの果てが見られる。


 幹の部分が既にチェーンソーか何かで切断されているぞ。


「どうですかね? やってみます」


 素直に頷いて木の根っこに向かう。


 根本を両手で掴んで、えいやっと引っ張り上げる。


 気分的には芋掘り。


 手応えも芋掘り。


 根っこは一息に引っこ抜けた。


 どうやら気張り過ぎたようで、根を引き抜くのに応じて、土がバッと飛び散って顔に当たる。口の中にまで入ってきて、これをペッペとやる羽目になる。つい今しがたに自意識を改めたばかりだというのに。


「自分から提案しておいてなんだが、見事に引っこ抜いてくれたな」


「敷地内に生えているやつ、全部引っこ抜いていいんですかね?」


「あぁ、やってくれて構わない」


 以降は丁寧に抜いていく。


 顔が土で汚れることもない。


 数分ほどで、駐車場内に見られたすべての切り株を引き抜いた。


「助かったよ、アグダさん。おかげでユンボ代まで浮いちまったわ」


「見事に土埃まみれなんですが、服のこと忘れてたりしませんよね?」


「そんな安っぽい子供服じゃなくて、ちゃんとしたのを用意するさ」


「マジですか? ありがとうございます」


 これにはモフモフ星人さんも満面の笑みだ。


 作業は夜間のうちに終了。


 人間離れした女児のパワーは誰の目に留まることもない。


 帰りにはお高そうなレストランで食事を奢ってもらった上、百貨店の営業開始を待ってから、女児服を上から下まで下着や靴も含めて新調してもらった。至れり尽くせりとはこのことである。


 これからも都合のいい仕事が入ったら斡旋してくれるという。


 手に職を得た女児はホクホク顔で帰路に着いた。


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