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山神様の座する世界

 翌日の昼頃。


 日課となった異世界スイミング配信を行っていると、普光院さんがやって来た。


 午前中の授業が終えられて、お昼休みに入ったのだろう。声優の仕事がない平日、最近はいつもこの時間帯にやってくる。ちなみに土建屋さんと投げ銭の人は既にコメント欄に姿が見られる。


 これを確認したところで、彼女から発言があった。



:アグダちゃん、モフモフ星人さん、先日はありがとう!



 イヤホン越し、機械音声で読み上げられたコメントが届けられる。スマホは防水性のリュックに入れて、ボートの上に固定している。画面を見ることはできない。けれど、視聴者とは音声越しにコミュニケーションが可能。


 バタ足しながらなので、飛沫の音は入ってしまうけれど。


「少しでも力になれたようなら嬉しいですわ」



:うん、毎晩送られてたメッセージが昨日はこなかったの



 あの脅迫メール、毎晩届いてたのか。


 子供を相手に酷いことをするものだ。


「それはなによりですわぁ」



:なになに? また僕だけ仲間外れな感じ?

:ぶっちゃけ、あまり楽しいことじゃないよ

:あっ、こっちの話題をふっちゃってごめん

:いいなぁ、皆楽しそうで羨ましいなぁ……。



 若干一名、疎外感を覚えている視聴者がおりますね。


 たびたび高額の投げ銭をくれている人物だ。


 我々からは投げ銭の人と呼ばれている。


 申し訳ない気もするので話題を変えるとしようか。


 などと考えた矢先のこと。



:ところでアグダさん、明後日辺りちょっといい?



 土建屋さんと思しきコメントが流れてきた。


「なにかご用かしら?」



:前に話題に上がった当面の保護者を紹介したい



「あ、はい。是非ともお願いします」


 近い内にお礼に向かわねばと考えておりました。


 ということで、いつぞやの集落へ向かうことになった。





◇◆◇




 翌々日、我々は奥多摩の辺りまでやってきた。


 足は土建屋さんが出してくれた。以前もお世話になった高級セダンの助手席は、相変わらず乗り心地も抜群である。高速道路を利用しつつ、片道二時間ほどのドライブで目的地に到着した。


 向かった先は村長さんのご自宅。


「お久しぶりでございます、山神様」


「よくぞお越し下さいました、山神様」


「お久しぶりです、アグダちゃん! 社長さん!」


 迎え入れて下さったのは顔見知りの老夫婦。


 ひ孫の娘さんも一緒だ。


 また、本日は彼らの息子さんだという村長さんと、その更に息子さんである男性の姿も見られた。前者は七十近い御老体なのだが、ご両親と同じくかくしゃくとしている。後者は自身と同世代と思しき中年男性だ。


 以前もお邪魔した囲炉裏のある部屋に迎え入れられる。


 そちらで老夫婦から自己紹介を受けた。


 なんでも近いうちに村長さんは引退するそうな。


 そして、後任には村長さんの息子さん、つまり娘さんのお父さんが内定しているとのこと。そういうのは選挙で決めるんじゃないのかと尋ねたところ、他に立候補者もおりませんので、とのお返事が返ってきた。


 既に自治体内で合意が取れているのだろう。


 地方ってそういうのあるよね。


 そして、こちらの次代の村長さんこそが、自身の保護者になってくれるらしい。


「ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いします」


「そんな滅相もない。この程度のこと、我々の受けた恩義には程遠いものです」


 畳の上、座ったまま頭を下げてご挨拶。


 すると先方は、初手で土下座してきた。


「ちょ、あの、頭を上げて頂けたらと」


「滅相もない。山神様の御前、私は初めてご挨拶に上がる訳ですから」


「私の行いをどのように伝え聞いているのかは知りませんが、そう大したものではありません。ですからどうか頭を上げてください。むしろ、こちらこそ本日は色々とお世話になりに来ているのですから」


 繰り返して伝えると、先方の頭が元あった位置に戻った。


「温かなお言葉に心が潤う思いです」


「そんな大げさな……」


「ところで山神様、もしよろしければ私もこの目で神の奇跡を拝見したく存じます。その身に湛えられた神通力を披露して頂くことはできませんでしょうか? どうか何卒、この通りでございます」


 そうかと思えば、また下げられてしまう。


 この人わざとやってないか?


「こら、大介! 山神様になんて失礼なことを言うんだ!」


「その通りだよ、大介。神の御業をなんだと思っているのか」


 次期村長さんの訴えに老夫婦から叱咤の声が上がった。


 そこまで持ち上げられると、逆に申し訳ない気分だよ。


「お祖父様とお祖母様の言葉を信じていない訳ではないんです。監視カメラにも山神様の姿は映されておりました。ですがやはり、自身の目で見てみることで、信仰心もより一層湧き出てくると思うのです」


 マジか。


 アグダ氏の悪戯、監視カメラに映ってたか。


 全然気づけなかった。


 どうりで町の方々が我々に優しい訳である。


 黙っていてくれて本当にありがとうございます。


「奇跡と申しますが、この場でそれっぽいことは……」


 手から火とか出せばいいだろうか。


 それじゃマジックと変わらないぞ。


 もう少しインパクトのあることをやりたい。


 異世界でコレットさんから教わった回復魔法が使えたのなら、怪我の一つでも治してあげればよかった。けれど、アレは現在も練習中である。最近は遠泳にかかりきりなので、碌に練習している時間もない。


「ちょっと外に出てもよろしいでしょうか?」


「え? あ、はい。すぐに下駄を用意します」


「私、持ってくるね!」


 庭に面した縁側。


 座布団から腰を上げて、そちらに歩みを向ける。


 元気よく娘さんが部屋から飛び出していった。


 そうかと思えば、すぐにバタバタと戻って来る。手には可愛らしいサンダルが携えられていた。恐らく彼女の持ち物ではなかろうか。足の甲の辺りにピンク色のフリルを模した飾りが入れられている。


「山神様、こちらをどうぞ!」


「ありがとうございます」


 素直に受け取って縁側から庭に降りる。


 母屋の正面に見られる庭は広々としたものだ。土地が余りまくっている田舎ならではの光景である。こういう広々とした敷地のある戸建てで、ペットの大型犬と一緒になってはしゃぎ回りたい。


 少し歩いたところに軽トラが止められている。


 これをお借りするか。


「こんな感じではどうでしょうか?」


 そのフロントに手をかけて、片手でひょいと持ち上げる。


 からの、下に潜り込んで底面に伸びたフレームに手をかける。軽トラはどの車種もラダーフレームなので、軸の部分を中央でしっかりと支えてあげれば、車体が自重でひしゃげるようなことはないと思う。たぶん。


「お、おぉぉ、なんと見事な……」


「神通力ですな! まさに神通力!」


「ありがたや、ありがたや」


「山神様、凄い! 軽々持ち上げちゃった!」


 間髪を容れず、縁側に並んだ一同から感嘆の声が上がった。


 次期村長さんのみならず、老夫婦や娘さん、現村長さんも驚いている。唯一、土建屋さんだけが、こいつ調子に乗りやがって、みたいな表情を向けている。彼はアグダ氏の活躍する様子を過去に何度も見てきているから。


 そして、オーディエンスの反応がいいとサービスしたくなる。


「腕力だけでなく、脚力にも自身がありますの」


 軽トラを抱えたまま、軽く飛び上がってみる。


 ぴょんと真上に向かい跳ねる。


 すると母屋の屋根を越えて、高度五メートルほど浮かび上がった。残念ながら空を飛ぶことはできないので、すぐに落下してくる。着地は全身のバネを利用して、極力軽トラに影響を与えないように。


 数瞬の後、足の裏が地を突く。


 ズズンっと。


 直後、スネの辺りに何かの触れる感触があった。


 見てみると、膝から下が地面に埋まっているぞ。


 これを引っこ抜きつつ、軽トラを元あった場所に戻す。


「アグダさん、他所様のサンダルをオシャカにするのはよくないよ」


「え? あっ……!」


 足元に目を向けると、ボロボロになったサンダルが。


 自身が足を上げると、甲バンドがポロリと取れた。


「っ……! す、すみません、つい調子に乗ってしまいました!」


 大慌てで土下座。


 ひ孫さんに土下座。


 すると彼女のお父さん、保護者役の彼も土下座。


「そんな滅相もない。私が過ぎたことをお頼み申し上げたのが原因なのですから、どうかお気になさらずに。娘にはこちらで新しいものを買い与えますので、山神様のお手を煩わせることはございません」


「我々のひ孫のせいで気を遣わせてしまって申し訳ありません、山神様」


「お爺さん、私は山神様のお御足を拭って頂くのに湯を沸かして参ります」


 村長さん一家と互いに頭を下げ合う羽目になる。


 サンダルについては、すぐに同じものを用意してお送りすることに。自身がああだこうだとやっている間にも、ネットの画像検索を駆使した土建屋さんが、同様の品をネットスーパーで注文していた。


 土建屋さんってば、顔が怖い癖にIT力が高い。


 以降はお座敷に戻って当初予定していた通り、改めてご挨拶をさせてもらった。先方のこちらを見つめる眼差しは終始、人外を奉るそれだった。更にはランチをご馳走になった上、帰り際にはお土産まで頂戴した。


 アグダ氏と保護者の関係は極めて円満。


 これで洋ロリの戸籍周りも盤石の体制が整った。


本作はカクヨムで10万文字以上の「先行連載」を行っております。


「アグダちゃん」で検索、もしくは以下のURLからどうぞ。


https://kakuyomu.jp/works/2912051596661307013

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