ヌン活
数日後、午前中にアニメの収録があった。
その日の台本には自分と普光院さんの他、相沢さんの担当キャラも名前が見られた。スタジオを訪れると、別撮りなどの事由もなく彼女の姿が見られる。我々はこれ幸いと、撮影終了後に声をかけた。
「相沢さん、ちょっといいかしら?」
「なに? 二人揃って」
「相沢さんにお話がありますの」
荷物を持ってスタジオを出ようとしていた相沢さん。
新人である自分や普光院さんは、収録ブースの出入り口でドアを開き、これをお見送りするのがいつものパターン。颯爽とスタジオから出ていこうとする彼女に、このタイミングで待ったをかけた。
先方は不服そうな面持ちとなり我々に応じる。
「私、この後も予定が入っているのだけど」
「貴方の彼氏さんのことでご相談したいことが」
「っ……!」
相沢さんの表情が強張った。
けれど、それも束の間のこと。
すぐに元の平然を装ってみせる。
伊達に役者などしていない。
「なんのこと? 私今フリーなんだけど」
「日曜日、夜九時頃に会われてましたよね?」
「…………」
土建屋さんからプレゼントされた写真。
そこに印字されていた撮影日時を伝える。
断言したところ、彼女は言葉を失った。
女児はニコリと笑みを浮かべつつ尋ねる。
「付き合ってもらえますか?」
「……わかった」
お高く止まっている先輩を一方的に言い聞かせるの、めっちゃ快感なんだけど。すぐ隣では普光院さんが不安そうな表情で我々のことを見つめている。こんな機会、滅多にないのだから、もっと楽しんだらいいのに。
人が捌けるのを待ってからスタジオを後にする。
相沢さんが呼んでいたタクシーに乗り込む。
向かったのは、ターミナル駅の近くで営業している喫茶店。
ちょっとお高い価格設定の上、予約可能な個室があるとのことで、昨日の内に席を押さえておいた。本来ならデートや女子会などに利用するのだろうけれど、秘密のやり取りをするにも都合がよろしい。
店員さんに案内されたテーブル席。
到着直後は終始無言。
しばらくすると事前に予約していた紅茶がやってきた。
三階建てのティースタンドに盛り付けられたデザートも付いている。一人当たり五千円のアフタヌーンティーセット。こちらも席と合わせてコース予約を入れていたので、お品はすぐに届けられた。
そう、ヌン活である。
「アグダちゃん、どうしてアフタヌーンティーなんて予約したの?」
「以前からヌン活というものに興味がありましたの」
「なにもこのタイミングで注文することはないと思うんだけど……」
「こういう機会でもないと、足を運ぶことなんてありませんから」
「私を誘ってくれればいつでも付き合うのに」
一番高いところに飾られていたタルトを口に放り込む。
ジューシーで甘みたっぷりなイチゴがデリシャス。
などとやっていたら、相沢さんがキレた。
「貴方たち、私のこと馬鹿にしているの?」
眉間にシワが寄っている。
メッチャ苛立っている。
「そんな滅相もありませんわぁ」
「だったらさっさと話とやらをしてくれない?」
「自ら死に急ぐとは殊勝な方ですわね……」
「はぁ? 何を言っているの?」
ヌン活を楽しみたかったけれど仕方がない。
懐に忍ばせていたいた写真を取り出す。
土建屋さんから提供を受けたお品だ。
彼女がイケメンとイチャつく姿が収められている。
これを先方に向けてテーブルの上に差し出した。
「っ……!」
写真を目の当たりにしてキレ沢さんは硬直。
瞬きすら忘れたように写真を凝視している。
「もっと騒々しいところで、明けっ広げにお話をしてもよかったのですよ? わざわざこうして場所を用意して差し上げたのですから、先輩思いの後輩をもう少し労ってくれて欲しいのですけれど」
「…………」
テーブルに向けられたまま微動だにしない視線。
憎まれ口も失われてしまった。
脳裏では必死に言い訳を考えていることだろう。
写真を破いて発狂しない辺り、まだ自制心がある方か。
「本日も収録に当たっていた我々の担当作ですが、ゲームやアプリは未だリリース前ですわ。このタイミングであれば、役者の変更はまだ間に合うと思いますの。相沢さんもそうは思いませんこと?」
先方の腹の中を皮肉ってみる。
けれど、反応は見られない。
「…………」
隠し撮り写真を目の当たりにして完全に硬直。
必死になって言い訳を探しているのだろうな。
キスまでしているから無理ゲーなんだけど。
「まぁ、彼氏といちゃついていただけなら、まだ再起は可能でしょう」
スリーティアーズの中段でどっしりと構えていたスコーンを手に取る。ほのかに温かなそれを頬張ったあと、紅茶を口元に運ぶ。しっとりとして甘みのある生地が、紅茶の芳しい香りに流されて口内を巡っていく。
これは癖になる感覚ですな。
世のマダムたちが足げに通うのも分からないでもない。
「ですが、日本ゲームショウの控室で見られた異物混入。あちらは世間が許しても、この国の司法が許しませんわ。アレは明確な犯罪行為。傷害罪は非親告罪ですから、我々も庇い立てはできませんわよ?」
普光院さんが、え、マジで? みたいな表情となりこちらに向き直った。
こっちはハッタリ。
ただ、今の状況ならワンチャン自白を狙えるのではないかと考えた次第。
するとこちらの思惑通り、キレ沢さんに反応が見られた。
「私のこと、脅してるの?」
「酷いことを仰るのですね? そんなことありませんわ。我々は先輩の声優としてのキャリアを大切に思っているからこそ、こうして事前にご相談を差し上げたのです。そんな怖い目で見つめないで欲しいですわぁ」
「……何が望みなの?」
どうやら異物混入も彼女のせいっぽい。
立て続けに明かされる先輩の暗躍っぷりに、普光院さんのメンタルはズタボロだ。そんな! 嘘やろ!? とでも言いたげな眼差しで、異物混入沢さんのことを見つめている。我々のやり取りが信じられないと訴えんばかり。
だけど、大人の世界って大体こんな感じだよ。
表では仲良くしつつも、裏では互いに隠れて刺し合ってるの。
「先輩がご存じか否かは存じませんが、こちらの写真に映っているイケメン、なんと普光院さんをストーキングしているそうですの。しかも困ったことに、仕事を辞めろなどと脅迫行為にまで手を出していて、彼女もとても困っておりますわ」
「それって私と何の関係があるの?」
「先輩から止めるように言っていただけませんこと?」
「なんで私が言わなきゃいけないの?」
「ちなみに脅迫罪も非親告罪ですから、事が公となったら示談が成立しても、検察の意向次第では起訴されますわよ? 脅迫に利用された過去の事件と、普光院さんが未成年であることを加味すると、その可能性はかなり高いと思いますの」
「だから、どうして私が……」
「警察にとっ捕まった若林哲也さんが、最後まで貴方を庇いたてすると本当に信じているのですか? 彼は貴方の為に動いたのに、それがトカゲの尻尾切りのような真似をされて、まさか大人しく黙っていると?」
「……わ、分かったから、それ以上は言わないで!」
渋々といった様子で吠えた相沢さん。
幼い反応に不安を覚えないでもない。
若干ヒスが入っている。
まさか本気でしらばっくれられると考えたのか。素直に認めて話し合いの席に付いてくれれば、大人として最低限の体裁は保たれるというのに、何故に率先して無様な姿を見せつけてくれるのか。
「マネージャーを間に入れたほうがよかったかしら?」
「そ、それだけは止めて!」
それでも現在進行系で声優として働いている。
最低限の損得勘定はできると信じておこう。
駄目だったら、本当にマネージャーにバラすしかない。
「でしたら、わたくし共のお願いごと、聞いてくれますわね?」
「なんで、どうして私がこんなこと……」
「この場でのやり取り、努々忘れないようにお願いしますわぁ」
「…………」
こちらからの最後通牒に先方は無言。
顔を伏せて押し黙ってしまった。
写真は卓上に残したまま彼女にプレゼント。
元データは確保しておりますので。
「それでは次回の収録でまたお会いしましょう、先輩」
そうして我々は席を立った。
やはりというか、普光院さんは終始無言。
そして、残念ながらヌン活を満喫することはできなかった。
用意されたデザートを半分も口にできなかったぜ。
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