残っていた映像
異世界で遠泳している間にも、地球ではお仕事が進捗している。
今日も今日とてスタジオに赴いて収録に臨む。
来年の冬から放送開始となるアニメの収録だ。
それ以外にもここ最近は仕事が目白押し。年明けにはアルバムの発売を記念してのライブが控えているらしい。聞いた話によれば、再来月リリースのゲーム中で利用される楽曲がわさっと入っているそうな。
当然ながら、歌詞や振り付けはすべて覚えて下さい、とのこと。週に何度かスタジオに呼び出されて、ダンスの練習に明け暮れている。運動が苦手な普光院さんなど、練習が終わる頃にはバテバテだ。
そんなこんなで本日も仕事上がり。
先輩方や副調整室にご挨拶を終えてスタジオを出発する。
「アグダちゃん、この後ちょっといいかな?」
その直後、普光院さんから言われた。
これまた神妙な表情をしている。
「構いませんけれど、どうかしましたの?」
「どうしても相談したいことがあって……」
「でしたら、どこかに入りませんか?」
「う、うん」
向かった先は最寄り駅近くのハンバーガーショップ。付近の喫茶店はどこも閉まっている中で、煌々と営業中の明かりを灯している大手チェーン店のありがたいこと。フリーター時代は何度となく夜を明かした底辺の味方。
ドリンクだけ注文して上階に席を取る。
そこで彼女から相談を受けた。
「いきなりだけど、夏頃に私が拉致されたときのこと覚えてる?」
「忘れろと言われても、なかなか忘れられそうにありませんわぁ」
「ちょっとこれを見て欲しいんだけど」
テーブルの上、スマホを差し出された。
画面では動画が再生されている。
その光景は自身も覚えがあった。
彼女が拉致された当時の映像だ。
両手両足をガムテーブでグルグル巻きにされて、床に転がされている普光院さん。その傍らでは犯人の男たちが物騒なことを呟いている。そのやり取りまでしっかりと映像に入り込んでいるぞ。
映像は部屋の壁が吹き飛んだところで途切れていた。
窓枠から外れたサッシがカメラにぶつかり、これを支えていた三脚が吹っ飛び、そのまま撮影が停止していた。恐らくアグダ氏が突入したタイミングだろう。窓ガラスを蹴り破って、サッシごと宅内に飛ばした記憶がある。
しかし、どうして自分にこれを見せるのか。
「普光院さん、破滅願望とかあったりします?」
「そ、そんなんじゃないよ!」
「でしたらどうして、今更こんな映像を私に?」
「いきなり送られてきたの。私のアドレスに」
「……それは穏やかではありませんわね」
想像した以上に重苦しい相談事だった。
っていうか、既に警察の出番では。
「映像を送ってきた人物はなんと?」
「バラ撒かれたくなかったら、今すぐに声優を辞めろって」
「警察へ駆け込むことをオススメしますわ」
「アグダちゃんの指摘は尤もなんだけど、家族に心配をかけたくないの」
「普光院さんの懸念は分かりますが、万が一があっては大変ですわ」
「それに警察沙汰になったら、ニュースになっちゃうかもしれない」
「身の安全に代わるものはないと思うッス。それにニュースになったところで、声優としての道が閉ざされる訳ではありませんわ。最近はこの手のニュースも度々耳に挟みますし、そこまで影響がないのでは?」
とは言いつつも、それなりにマイナス要素があるだろうとは思う。
製作委員会からリスクと判断されて、降板される可能性もゼロではない。ゲームやアニメのリリースが行われていない今なら、担当者の差し替えも十分行える。動画を送ってきた人物も、その辺りを理解した上でやっているのだろう。
しかしながら、生命には代えられない。
「ところで当時、映像は我々の手で回収したと思いますの」
「それなんだけど、この角度からの映像は私も初めて見たんだよね。だから、もしかしたら現場で回収し損ねたのがあったんじゃないかな? サッシが当たって吹き飛んで、そのままどこかに転がってたとか」
「なるほど」
考えられないではない。
映像を見た感じ、かなり派手に吹っ飛んでいる。
犯人たちの部屋もゴミゴミしていたし。
けれど、だとすれば誰が回収したのか。
警察がこの手の情報を漏らすとは思いたくない。
事後に誰かが現場に入り込んで、偶然から発見した、といった感じだろうか。そうなるとメールを送ってきた人物は、意図的に普光院さんの周りを嗅ぎ回っており、弱みを探していた、ということになる。
かなり厄介な相手じゃないの。
「ご家族以外に拉致事件をご存じの方っておりますか?」
「少なくとも私は聞いてないよ。ただ、事件の前後で家の前にパトカーが何台も停まってたから、近所では話題になってたかも。お母さんが聞いた感じ、私が変質者に襲われそうになったとか、噂になってたそうだから」
「人の口に戸は建てられませんわね」
ご近所さんから情報が漏れたという可能性は考えられそうだ。
知り合いを装って聞き込みくらいしてても不思議じゃない。
「開示請求したら犯人がわかるかな? 以前、事務所の先輩がやってたんだけど」
「やってみる価値はあると思いますわ。ただ、直接メッセージを送ってきたくらいですから、VPNやTorを経由するくらいはしていると思いますの。その場合、特定はなかなか困難ではないかなと」
「ぶいぴーえぬ? とーあ?」
「非合法なブツを手に入れるときに利用するアイテムですわ」
「アグダちゃん、前にも串がどうのとか言ってたよね」
「こういうのは私よりも適任な人材が知り合いにおりますの」
「え? どちらさま?」
状況的に急いだほうがいいかも。
自宅に戻ってライブ配信のお時間である。
◇◆◇
ということで、土建屋さんに相談してみた。
すると、付き合いのある興信所に掛け合ってくれるとのこと。弁護士のみならず、そのような界隈とまで通じているとは、いよいよ彼の素性に恐ろしさを覚える。まぁ、把握したところで引き返せないところまで仲良くしてしまっているけれど。
そうして調査結果を待つこと数日。
彼から呼び出しがあった。
向かった先は普光院さんちの近くの公園。
これまでにも彼女と落ち合うのに利用していた場所だ。
「お嬢ちゃんを脅迫している人物だが、素性がわかった」
「頼んでおいてなんですが、優秀過ぎやしませんこと?」
「優秀なのは俺じゃなくて興信所の職員だけどな」
現地には自身と普光院さんの他に、土建屋さんの姿も見られる。
公園前の路上には彼が乗り付けてきた高級車。
自身がやってきたときには、既に停車していた。見覚えのあるナンバーに気づいて近づいたところ、運転席から降りてきた彼と合流。そこから既に公園内に見られた普光院さんと改めて顔合わせ、といった感じ。
この辺りの気配りは流石は土建屋さん。
ご自身の怖い顔っぷりをよく理解されている。
ちなみに彼と普光院さんとは、自身が児童保護施設に拉致られたとき、彼女に預けた私物の受け渡しでお会いしているそうな。おかげで本日も恙無く、現地での待ち合わせとすることができた。
「具体的にどういったルートで判明したのか気になりますの」
「まず最初に自宅の近所で聞き込みをしたそうだ」
「普通に探偵っぽいですわね」
「そこで判明したそうだが、普段は見られない人物が度々、お嬢ちゃんの自宅付近の住民に声をかけていたらしい。何度か足を運んでいたそうでな、いくつか証言が上がったところで人相書きが出来上がったと聞いた」
「なるほど」
「あとはお嬢ちゃんを脅して得をするような人物、まぁ、職務上の知り合いだとか、両親の仕事の関係者だとか、その辺りを一通り洗ったところで、人相書きとそっくりの人物に辿り着いたって寸法だ」
「存外のことクラシックなやり方ですわぁ」
「だからこそ費用はそれなりにかかってる」
「うっ……」
興信所が高給取りなのは自身も把握している。
一週間の不倫調査で五十万円とか。
「支払いはアグダさんが見てくれるんだろう?」
「ええまぁ、覚悟はしておりますの」
「あの、わ、私のことなので、私が払います!」
「お嬢ちゃんにはちょっと無理じゃないかね」
「いいえ、私も声優として働いてますから!」
「着手金が百万、成功報酬が追加で五十万ってところだ」
「えっ……」
土建屋さんの言葉を耳にして固まった普光院さん。
まぁ、それくらいしますよね。
なかなか難易度の高いお仕事でしたし。
「申し訳ないんですけど、また金貨でお支払いしてもいいですか?」
「綺麗な現金がよかったんだが、まぁ、今回は人助けだからな」
「アグダちゃん、あの、わ、わ、私のせいでそんなことにっ……!」
「異世界で金貨が手に入れられたのは、普光院さんがモンスターの素材を採集しようと提案してくれたからですわ。そうして考えたのなら、今回の支払いは普光院さん自身の稼ぎとも考えられるのではないかしら?」
「だけどっ……」
「今回はそういうことにしておいたらどうだ? その方が八方収まりがいい」
「……ありがとう、アグダちゃん。いつも私なんかの為に、本当にありがとう」
「どうかお気になさらずにですわ」
ドラゴンの鱗や狼の牙など、モンスターの採集物はまだ十分な在庫がある。というか、押し入れを圧迫していて非常に邪魔。金貨が尽きたらまた換金すればいいだけのこと。それよりも今は普光院さんの声優生命を優先するべきだ。
だからこそ、自身も土建屋さんを頼った。
きっと彼もその辺りは勘定した上で承諾してくれたのだろうな。
「それで犯人は誰だったんですの?」
「名前は小林哲也。インディーズのバンドマンだ」
「普光院さん、ご存じッスか?」
「ううん、初めて聞いた名前です」
「この男なんだが、興信所の報告によれば、お嬢ちゃんと同じ事務所の相沢芽依の自宅に出入りしているところを目撃したそうだ。この写真を見てくれれば、どういった間柄か判断できると思う」
土建屋さんが写真を何枚か差し出した。
そこにはイケメン男性と抱き合うイキリ沢さんが映っている。
売れっ子声優のスッパ抜き写真とか、眺めていて心躍るぜぃ。
「えっ……あ、相沢先輩、なんですか?」
「なにか心当たりはないか?」
「えっと、それは、そ、その……」
言い辛そうにしている普光院さん。
彼女に代わってチクるアグダ氏。
「想像していたところ、ドンピシャリですわぁ」
「アンタたち、何か問題でも抱えてるのか?」
「我々が内定してるアニメのヒロイン役ですが、本来であれば、こちらの彼女が担当する予定でしたの。それが色々と事情があって、こちらに転がり込んできたものですから、先方からは親の敵のように憎まれていますわ」
「それってアグダさんがイベントでやってたやつ?」
「ええ、そうですの」
「だとしたら納得だよ。アレ一本で今後の役者人生が変わってくるもんな」
「ゲームやアニメが配信されていない今ならまだ、役者が降板したとしても、ギリギリ代役が利きますわ。彼女にとってはこのタイミングが最後の機会であったのでしょう。故に思い切って攻めてきたのではないかなと」
「だけど、相沢先輩がそんなことするなんて……」
彼女にとっては同じ事務所の先輩。
過去には交友もあったことだろう。
短く呟いて、ショックも顕に顔を伏せてしまった。
「報告は以上だけど、こっちの仕事はここまででいいのかね?」
「ええ、十分ですわ。とても素晴らしい仕事をありがとうございますの」
「あ、ありがとうございました! このお礼はいつか必ずお返しします!」
「お役に立てたようならなにより。将来有望な声優の力になれて嬉しいよ」
ニコッと笑みを浮かべて応じた土建屋さん。
顔が怖いと笑顔でも迫力がある。
ということで、ここから先は我々のターンである。
本作はカクヨムで10万文字以上の「先行連載」を行っております。
「アグダちゃん」で検索、もしくは以下のURLからどうぞ。
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