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異世界ライブ配信 六

 回復魔法の呪文はコレットさんから即日で教えてもらえた。


 文言は自宅から持ち込んだメモ帳にメモった。


 なんならスマホのメモアプリにも入れている。


 逆ハー特攻隊はボールペンに興味津々だった。せっかくなのでメモ帳と合わせてプレゼントしたら、とても喜んでくれた。レトロな服装や町並みから察する通り、地球と比較して文明レベルが低いようだ。


 自ずと脳裏に浮かんだのは、百円ショップ無双。


 安価な地球の製品を異世界でぼったくり価格で売りさばいて金銀財宝を搾取するのだ。その為にも人口の多い町に移動する必要がある。その水先案内人として逆ハー特攻隊に同行できたのは僥倖である。


 ちなみに教わった呪文は合計で三つ。


 便宜上、初等、中等、上等と称する。


 詠唱は早口でまくし立てて数秒から数十秒。治癒のグレードによって文字数が増える傾向にあるっぽい。戦場で前線に立って活躍するなら、初等のやつくらいは無詠唱で行使できないと厳しい、というのがコレットさんのご意見。


 まずは短いやつから修練していくことにした。


 日中は彼らの宿泊している宿屋を訪れてコレットさんに師事。


「コレットさん、一向に魔法が発動する気配がありません」


「そんなの当然です。魔力や適正があるからと言って、すぐに魔法を使えるようになるのなら、誰もが大魔法使いですよ。各々の魔法には難易度があります。それ相応の修練が求められるのです」


 初日は当然のように不発。


 コレットさん曰く、一番簡単な回復魔法であっても、一般的には早くて数ヶ月、遅くて数年という修練期間が求められるそうな。ご本人も半年ほどかかったと少し自慢げに語っていた。なんと気の長い話もあったものだろう。


 ちなみに上等の回復魔法は彼女も行使できないとのこと。


 また、同じ初等であっても行使する人によって効果は千差万別らしい。保有している魔力や術式の応用具合によって効果が上下するとかなんとか説明を受けた。コレットさんは中等魔法で最大出力時、腕や足をニョキニョキと生やせるらしい。


 夜は自宅に戻って視聴者三名に向けた配信。


 その日の出来事を日本語で説明する。



:異世界の言葉って翻訳できたりしないかなぁ?

:せめて字幕とか付いてくれたら嬉しいよね。

:リアルタイムの翻訳とかレベル高くない?

:そこはほら、AIとか使ってパパッと

:英語ですら満足に翻訳できてないのに無理でしょ

:動画サイトの字幕も未だにミスばっかりだしね。



「ですからこうして、改めて配信を行っておりますわ」


 日中のやり取りを語りつつ、ちょっとした質問をやり取りしていると、あっという間に日付が変わってしまう。なので配信者たちの思いも分からないではない。とはいえ、現時点で自動翻訳は現実的じゃないように思う。


 そうこうしている間にも二日が経過した。


 黄昏の大地より出港する日がやって来る。


 自身も彼らに同行して船に乗り込む。


 船賃はドラゴンの鱗を現地で売り払って工面した。


 自宅の押し入れを圧迫している余剰在庫だ。これが想像した以上にいいお値段で売却できた。具体的には、たった一枚で金貨が何十枚も転がり込んできた。お金に困ったら、またドラゴン狩りに訪れようと思う。


 おかげで船室も個室をゲット。


 優雅な船旅と相成った。


「孤児を名乗っていたのに、よく船賃を都合することができましたね」


「こう見えてそれなりに蓄えがありますの。どうかお気になさらずに」


 現在は船室内、コレットさんとトークパート。


 ちなみにこちらの部屋は逆ハー特攻隊のお部屋。


 彼らは四人で一部屋とのこと。


 彼女以外にイケメン三名の姿も室内に見られる。


 男女で一緒の部屋なのかと尋ねたところ、別々に部屋を取ってはお金が勿体ないです、とのご意見がコレットさんから早々上げられた。イケメンたちを囲い込んで姫プレイを満喫されていらっしゃる。


 そんな彼らの下に転がり込んだ自身は、きっとお邪魔虫以外の何者でもない。なるべく夜間は近づかないようにしようと決めた。下手な映像を映しては、配信アカウントをBANされかねない。


 というか、夜は自宅に戻ることにした。


 船室は十分な広さがあるけれど、かなり揺れる。


 落ち着いて休むのなら自宅の布団こそ最強だ。


 視聴者たちには不評だけどな。


「さて、それでは自宅に戻りますわぁ」



:船舶が完全に木造なのめっちゃ雰囲気感じる。

:しかも帆船だったよ、帆船。ビックリだ

:それでも片道一ヶ月ってかなりの距離だよねぇ



 船舶に揺られている間、ずっと異世界で過ごすような真似は現実的ではない。週に何度かはスタジオに赴いて収録の仕事が待っている。そこで地球と異世界とを行き来しながら、船が目的地に到着するのを待つことにした。


 建前上は個室に籠もっている体で過ごそうと思う。




◇◆◇




 船舶から穴を通じて自宅に帰宅した翌日。


 自宅アパートの布団で一晩過ごしたのなら、朝食を取って身支度を整えた。軽くシャワーを浴びて、髪もツインテールに結んだ。衣類は普光院さんから譲ってもらった中から適当な普段着をチョイス。


 さぁ、いざ異世界に向けて出発――


 しようと思ったところで、想定外の問題に見舞われた。


「ふ、船が消えてしまっていますわ!」


 意気揚々と自宅で広げた、世界を穿つ穴。


 その先には大海原が広がっていた。


 昨日にもお世話になっていた船室はどこへ消えてしまったのか。両手で穴の縁を握って上下左右に動かしてみる。けれど、いずれの方角にも船は見られない。どちらを向いても水平線の彼方まで海が続いている。


 位置は海面から数メートルほど。


 たまに波飛沫とか飛んでくる。



:アグダちゃん、船に置いて行かれちゃった?

:穴が消えたタイミングで慣性も消失するのかな。

:それだと惑星の移動にもついて行けないような

:そっちはいいんじゃない?

:なにそのご都合主義

:惑星上の基点に対して相対的な座標系とか。

:なるほど、それなら納得

:え? どういうこと?

:中学生くらいだと、まだ教えてもらってないかも。

:学校の授業をサボったらダメってことだね

:大人たちのそういうところ、よくないと思うなぁ!



 耳に嵌めたイヤホン越し、視聴者のコメントが聞こえてくる。


 彼らの指摘の通り、穴が消失してからも場所を移動していたら、それはそれで変な気がしないでもない。船内で自宅と行き来していた当初は、穴も船舶と共に移動していたので、自身の認知も影響していることは想像される。


 などと考えたのなら納得の仕様。


 乗り物で移動中の穴への出入りは禁忌と決めた。


「お日柄もよろしいですし、釣りでもしようかしら」



:そういえば前にもお台場でハゼを釣ってたね

:めっちゃ大物がかかりそうな気がする。

:釣れたらダメなのが釣れちゃいそうで怖い



 それでも荷物の取り残しがなかったのは不幸中の幸い。アナザーワールドに持ち込んだ荷物は昨晩の帰宅に際して、すべて自宅に移動させていた。なので配信機材も含めて所有物のロストは見られない。


 けれど、自身が置いていかれたのはショックだ。


「こうなったら仕方がありません。ゴムボートの出番ですわ」



:まさかゴムボートで他所の大陸まで行くつもり?

:それなら元の大陸に戻った方が近いと思う

:だけど、それだと最寄りの大陸から出られなくない?

:ラスダンに監禁ktkr。

:アグダちゃん、割と詰んでるような気がするよ

:覚悟を決めて二週間くらい休みを取るとか。

:今の状況で二週間も休んだら業界から干されちゃう!

:だとしたら、ずっと穴を開けっ放し?

:それはそれで怖くない? 誰かに見つかったら大変だよ

:第一、そんなに長い時間ずっと空けておけるのかな?

:ダメだった場合、いずれにせよボートで強行になるね



「いずれにせよ、装備を整えようと思いますの」


 ということで、本日は買い出しタイム。


 近所のホームセンターへ向かうことに。


 視聴者から求められたので、買い物の様子もライブ配信することに。何故か普光院さんまで視聴中。今って授業中だと思うのだけれど、スマホなど眺めていて大丈夫なのだろうか。普通にコメントまでしているし。


「平日のホムセンって、お客さんの過疎り具合が気持ちいいですわ」



:その気持ちはわかる

:広々としてて気分いいよね。

:店内を眺めてるだけでも楽しいやつ



 キャンプやアウトドアのコーナーに足を向ける。


 すると目的モノはすぐに見つかった。


「川を越えるのに利用したゴムボートはプール用なので、できれば海でも浮かべられるボートが欲しいところですわ。などと考えていたのですが、値札を確認にしてお目々が飛び出そうになりますの」



:オールクラッチが付いてるし、それなりにするよね

:アグダちゃんのパワーで漕いだらすぐに壊れそう

:おっと、投げ銭マンの出番ですね!



「この金額を投げ銭は勘弁して欲しいですの」


 たしかに本体がゴム製だと耐久力に不安が残る。


 しかし、他に選択肢がないのも事実。


 穴のサイズ的に持ち込めるものは限られているし。



:異世界で手に入れた金貨を換金できれば買えるくね?

:どこでどうやって換金するのかkwsk

:アグダちゃん、未成年だから色々と厳しそう。

:まぁ、少量なら自分が買い取ってもいいんだけど



 相談した結果、金貨を土建屋さんに買い取ってもらうことに。


 昨今のレートだとグラム二万数千円。一方で異世界で手に入れたコインは一枚が十数グラム。純度が十八金前後であったと仮定すると、一、二枚で十分賄える。自宅には何十枚と在庫があるので、今後の活動にも差し障りはない。


 その程度であれば、土建屋さんも上手いこと処理できるとのこと。


 ということで、本格派のゴムボートをお買い求め。


 追加でライフジャケットやシュノーケル、フィンなど、海洋向けの装備を調達した。できればウェットスーツも欲しかったのだけれど、残念ながら子供用はサイズがなかったので水着で代用することに。


 肝心のアクションカメラも防水用のハウジングを用意してバッチリだ。


 大型の商品は明日にも自宅へ配達してくれるそうな。



:今更だけど、やっぱりゴムボートは止めない?

:自分もちょっと不安になってきた。

:海に沈んじゃったらオートリジェネも意味ないよね。



「そのためにライフジャケットも調達しましたわ」


 ホームセンターからの帰り道、視聴者たちが日和始めた。


 心配してくれるのは素直に嬉しい。


 しかしながら、こちらの女児は川を泳いで渡った感覚から、手応えのようなものを感じている。恐らく丸一日泳いでいたとしても、なんら差し支えないだろうと。事前に天候も確認できるので、不確定要素はモンスターくらいか。


 それもワンパンで解決できるとあらば躊躇する理由はない。



:危なそうだったら、すぐに戻ってきてね?

:そうだよ、無理して大陸を出ることなんてないよ

:アニメが売れなかったら長期休暇くるかもだし。

:それはそれでちょっと困っちゃうんだけどな



「それなりに自信はあるので、どうか見守っていて欲しいですわ」



 視聴者に笑顔で応じて、その日は配信終了である。




◇◆◇




 翌々日、奥多摩の辺りまでやって来た。


 周囲を山林に囲まれた多摩川の川辺は、十月を過ぎてだいぶ気温も下がり、川遊びに訪れるような観光客も見られない。人目を盗んでゴムボートを膨らませるには、これ以上ないロケーションである。


 当面はこちらを異世界入りに利用しようと考えている。


 というのも、世界の行き来に利用している穴が海中に入り込んだ場合、こちらの世界へ海水の流入は免れない。自宅で展開した場合、部屋が水没してしまう。当初はお風呂場も検討したけれど、排水量的に無理との判断である。


 そして、ゴムボートを膨らませるという手間を考慮すると、なるべく人目を避ける必要があった。お台場海浜公園や葛西臨海公園も検討したけれど、都内の公園はどこもボートの利用は禁止とのこと。


 いくつか検討した上で、最終的にこちらが最寄りとなった。


「着替えを終えたので、ゴムボートを膨らましていきますわ」



:頑張って、アグダちゃん!

:マジで気をつけてね?

:そのイヤホン、防水だっけ?



「昨日調べたらIPX7だったので、問題ないと思いますわ」


 穴を最大まで広げて半分くらい膨らませたゴムボートを押し込む。そして、穴から垂れ下がった状態で残りの空気を入れる。オールクラッチから伸ばしたロープで自身の身体に括り付けながらの作業となる。


 やがて最後まで空気が入ったタイミングで、海上に向けてボートを落下させる。


 洋上にゴムボートが着水。


 上手いこと上向きで浮かんでくれた。


「それではさっそくですが、海にダイブしようと思いますの」



:かなり高さがあるけど、また穴まで登れる?

:一度消せば好きな場所に出せるんでない?

:言われてみれば、たしかにその通りだった

:座標が固定されるのは出口側だけなんだよね。

:実際にこの場所で穴を出せているから大丈夫かな?

:逆に考えると、帰りはかならずこの河原なのか。



 不安がないと言えば嘘になる。


 けれど、為せば成るの精神。


「とぅっ!」


 荷物をすべて抱えて自身もまた穴を抜ける。


 縁に手をかけつつ慎重に身を落とす。


 先んじて浮かんでいたボートに向かい落下。


 小柄な子供とはいえ、落下の衝撃でボートがひっくり返りそうになる。ただ、そこは人間離れした身体能力とバランス感覚でどうにか堪えた。万が一に備えて防水のリュックを用意していたけれど、その性能試験はまたの機会である。


 空に浮かんでいた穴に消えよと念じる。


 改めて手元に呼び出すと、見事に出現。


 これをバッグに納めたのなら準備は万端だ。


「波も穏やかで絶好のボート日和ですわぁ」


 現地の天候は自宅で確認済み。


 本日も快晴。



:たしかにめっちゃ気持ちがよさそう。

:アグダちゃん、海を背景に自撮りして欲しいな!

:っていうか、全天球カメラで撮影して欲しいな!

:それはめっちゃ思った。今度持って行ってもいい?



「水没しても構わないようでしたら、撮影をお受けしますわ」


 視聴者の注文に応えるべく、リュックのショルダーストラップにクリップでマウントしていたカメラを手に取る。そして、自身やボートをレンズの隅に入れつつ、背景に大海原が映り込むようにカメラを向ける。



:おぉ、これはなかなか映える

:いい感じだよ、アグダちゃん!

:それじゃあ今晩にでも持ってくよ



「ありがとうございますわ」


 反応は上々だ。


 しばらく映したところでカメラを胸元に戻す。


「さて、それではボートを漕いでいきますね」


 両手にオールを握ってローイングを開始。


 動画サイトでハウツー映像をチェックしていたので、オールの使い方についてはそれなりに理解したつもり。あとはボートを壊さないようになるべく丁寧に漕いでいく。万が一にも水没したら大変なこと。


 主にお財布の中身的な意味で。


「おぉぉぉ、進み出しましたわぁ」



:水着の女児がボート、なかなかいいね

:中身はオッサンだけどね

:どうして中身がオッサンなんだろう。



 たしかにいい気分だ。


 なにより気持ちがいい。


 お日様もポカポカしているし。



:どのくらいスピードが出てるのか気になるよ

:十キロくらいは出てそうな気がするけど

:っていうと、半日頑張ったら百キロくらい?

:他所の大陸までどのくらいで着くんだろう

:たしか帆船で一ヶ月以上って話だったよね。

:だとしたら、大差ないくらいかかりそうだなぁ

:えぇぇ、このまま一ヶ月もかかっちゃうの?

:不眠不休でずっと漕ぎ続けるのは無理じゃない?

:そうなると三ヶ月は見といたほうがいいかも



 いい気分が一瞬にして萎えた。


 そんなにかかるのか。


「ちょっと気分が萎えてきましたわぁ……」



:今なら出発前の大陸に戻ることもできるよ!

:地球と同じで地磁気があったのは幸いだよね。

:コンパス一つで海を超えるとか半端ないけど



「思うにオールではなく、フィンを利用するべきでは?」


 リュックのショルダーストラップに括りつけていたカメラを、ボート側面の取手の部分に移して固定する。オールもその傍らに配置されていたホルダーへ格納。荷物はコクピット内へロープで固定する。


 支度が整ったのなら、ざぶんと海に飛び込んだ。


 ボートの縁に両手を添える。


 そして、おもむろにバタ足を開始。


 要はビート板の要領で人間エンジン状態。


 するとこれが思いの他いい感じで進んでいく。



:アグダちゃん、早い、かなり早いよ!

:さっきよりも断然スピード出てる。

:三、四十キロくらい出てそうな希ガス



 もし仮に三倍の速度なら、所要期間は三ヶ月から一ヶ月へ。


 それならまだ頑張れそうな気がする。


「当面はこのスタイルでいこうと思いますの」



:っていうか、これならボートは要らないような……

:まさかとは思うけど、普通に泳いだらもっと早い?

:そんな気がしないでもないから恐ろしい



「それだと配信を行っている余裕がなくなりそうですわ」


 まず今のようにカメラを定点に固定するような真似が行えなくなる。バッテリー交換毎にいちいち穴を抜けて地球に戻る必要が出てくる。それにリュックの防水性能次第では、荷物がビシャビシャになりかねない。


 スマホが水没したら配信どころの話ではないぞ。



:本人が大丈夫だって言うなら止めないけど。

:あんまり無理はしないで欲しいな

:天気の変化には十分気をつけないと



 当面はこのスタイルで渡海に挑むことになった。


本作はカクヨムで10万文字以上の「先行連載」を行っております。

「アグダちゃん」で検索、もしくは以下のURLからどうぞ。

https://kakuyomu.jp/works/2912051596661307013

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