異世界ライブ配信 二
翌日、改めてアナザーワールドに出発。
その攻略を目指すことに。
昨日は穴の存在をお披露目して以降、夜が更けるまで視聴者たちと議論を交わしていた。その過程でいくつか実りのある議論が得られたので、そちらを試してみることに決まった。必要な機材も既に穴を経由して現地に運び込んでいる。
まず最初は、ドローン作戦。
どちらの方角に向けて歩み出すにせよ、まずは空の高いところから付近の地理を確認して、マップを作成しようという算段である。同時にドラゴンのような脅威を避ける為、安全確保の意味合いもある。
ドローンは土建屋さんが貸してくれた。
本日の午前中、わざわざ自動車で自宅まで届けてくれた。
せっかくなので、一緒に穴の向こう側に向かってはどうかと誘ったけれど、袖にされてしまった。そんな危ないことに付き合えるか、とのこと。映像越しに見て楽しむのが、彼にとっては丁度いい具合なのだろう。
「それではさっそくですが、ドローンを飛ばしていきますわ」
操作方法は軽くレクチャーは受けている。
制御ソフトが優秀なので、真上に飛ばす分にはそこまで苦労もない。異世界なら免許や許可も不要。コントローラーを操作すると、機体は見る見るうちに上昇していく。これを手元のタブレット越しに我々は確認している。
:かなり立派なドローンだよね。値段も高そうだし。
:土建屋さん、どうしてドローンなんて持ってるの?
:RTKとかいって、測量や点検に使えるんだよ
:専門用語が出てくると、本職って感じがするね
:アグダさん、それ落としたら百万するから注意ね
「ちょっ、そういうのは最初に言っておいて欲しいですわ!」
視聴者三名もスマホのカメラ越しに画面を確認している。
開発元によりロック機能が付与されているらしく、高度は五百メートルまでが限界とのこと。それでも地上の起伏を無視すれば、理論上は八十五キロメートルくらい先まで見渡すことができる。
少なくとも地球上なら。
直線距離だと東京から御殿場くらい。
:うわぁ、めちゃくちゃ広いなぁ
:この草原ヤバくない?
:ヤバいね。関東平野よりも広い
すると見えてきたのは雄大な自然の光景。
ただ延々と草原が広がっていた。
所々には川が流れている。
更に遠方には山脈が伸びている。
穴が生えた草原地帯はどうやら、四方を背の高い山々に囲まれた盆地的な場所のようだ。甲府盆地が東西に三十キロほどであるのに対して、こちらは二百キロ近く伸びていると考えると、その大きさが理解できると思う。
想像した以上に広大な土地の只中に出現してしまったようだ。
:どう考えても無理ゲーだよねぇ
:ゲームなら冒頭から詰んでるよ
:人工物が一つも見当たらないね。
「それでも多少は見えてくるものがありましたわ」
草原を囲んでいる山々の中で、南方は標高が比較的低い。逆に反対側の北方はかなり険しい山々が並んでいる。雪もどっしりと積もっており、如何に体力オバケのアグダ氏であっても、走破に苦労は免れないだろう。
:まさか歩いて草原を越えるつもり?
:こんなの日が暮れちゃうよ
:アグダちゃんの健脚でも大変でしょ。
「暇を見て勝手に走っておきますので、皆さんはご自身の生活に戻ってくれて構いませんわ。恐らく見ていて楽しいものではないと思いますので、現地で進展が見られたら改めて配信を行うということで」
勝手な想像だけれど、アグダ氏の肉体はこちらの世界からやって来たのではなかろうか。だとすれば、その秘密を解き明かすヒントが得られるかも。そうして考えると、見なかったことにして帰還するのは気が引けた。
:それでも走り始めくらいは見てたいな。
:私も見てたいけど、そろそろ仕事だよ
:自分は暇だしずっと見てようかな
:っていうか、アグダちゃんも仕事!
:二人は同じ現場で働いているんだっけ?
:うん、今はそんな感じ
「配信は仕事から帰ってきてからですわね」
ということで、草原の走破は自身の宿題となった。
◇◆◇
久しぶりに参加した声のお仕事は以前と変わりのないもの。
来年の冬に予定されているアニメの収録。
収録スタジオはゲームショウでの爆弾騒動で話題は持ち切り。自身も渦中にあったことから、あれこれと質問攻めにされた。イベント当日の錯乱っぷりや、テレビで話題になっていた記者会見などについて。
また、身の上に捨て子属性が付与された為か、これまでと比較して先輩方の当たりが優しくなった。困ったことがあったらお姉さんに気軽に相談してね。とは、高嶺さんからのお言葉。高級焼肉も奢ってくれるし、彼女はマジ神である。
中身オッサンなので頼ることはないと思うけれど。
それから仕事を終えて帰宅すると、夜の九時過ぎ。
食事を終えて運動靴に履き替えたのなら準備は万全だ。
女児はアナザーワールドに降り立った。
「おっほぉぉ! お月さまが二つも浮かんでおりますわぁ!」
:本当に地球とは別の場所なんだねぇ
:星空がめっちゃ綺麗だ。これは癒やされる。
:お金取れるタイプの星空だなぁ
現地の時間経過はどうなっているのか定かでない。
ただ、こうして訪れた現地は既に日が暮れていた。
頭上には満天の星がキラキラと煌めいている。
地上に明かりが一切見られないので、小さな星々まで鮮明に窺える。あまりにも綺麗なもので、視聴者をそっちのけにして見とれてしまったくらい。国内で同じような光景を見られる場所、そう多くないのではなかろうか。
その只中にドドンと浮かんでいるのが二つのお月さま。
本格的に異世界って感じするよ。
しかもかなり大きくて、そのまま降ってきそうで怖い。
「さて、それでは走り始めますわね」
宣言して草原地帯を駆け出す。
夜風が気持ちいいぞ。
:本気で山越えするつもり?
:流石に危なくない?
:止めたほうがいいよ、アグダちゃん。
「恐らく三、四時間も走れば山脈地帯の麓まで行けると思いますわ。まずは麓の辺りを探検して、様子を見る予定ですの。改めてドローンを飛ばして、山間部の状況を確認するのはどうでしょうか?」
自動車と遜色ない速度で走れるアグダ氏の健脚である。
もし仮にアスファルトで舗装された道路なら、二時間もあれば余裕だろう。けれど、こうして走っている草原は、足元も覚束ない自然豊かな大地。途中には川とか流れているし、少し多めに見積もっておく。
:無理はしないでね? 安全第一だよ
:いやもう本当に、マジで気をつけたほうがいいよ
:気持ちはアフガンのスラム街、そんな感じで。
「お気遣いくださり恐縮ですわ」
装備は上下ジャージにスニーカー。
ガッツリ走るつもりで着替えている。
ショルダーバックも大きめのボディーバッグに代えた。中にはスマホ大に縮小した穴の他、モバイルバッテリーとUSBケーブル、それにペットボトル入りのミネラルウォーターが入っている。
スマホはハンドグリップにマウントして手に持った。
「今晩中に草原地帯はクリアしたいですわね」
:アグダちゃん、上下運動が激しいけど大丈夫?
:スマホのカメラだから仕方ないよ
:アクションカメラがあればいいんだけど。
:今から届けに行ってもいいけど、どうする?
:土建屋さん、もしかしてかなり暇してる?
:じゃなきゃ配信に張り付いてたりしないよ
「流石に申し訳ないので、配達はまたの機会にお願いしますわ。それとカメラの上下運動については、なるべく揺らさないように走るので、今回は勘弁してもらえるとありがたいのですけれど」
自身としてもハンドグリップ運用はどうにかしたい。片手が塞がってしまうから。理想はアクションカメラを体のどこかにマウントだろうか。スマホ連携を利用すれば、両手を自由にして配信が行える。
:あっ、ううん。気にしないで、アグダちゃん
:プロの動画を見慣れてると気になっちゃうよね。
:最近はアマチュアでも結構いい機材使ってるしね
:アグダちゃん、配信機材もオンボロだよなぁ……。
:前に預かったスマホ、かなり安物だったんだよな
:私のおさがりでよければ、プレゼントしようか?
「走者が切なくなるような会話は禁止ですわ」
仕方がないじゃないの、貧乏なんだから。
お仕事は各所から斡旋してもらっているけど、現時点でそこまで収入を得ている訳ではないのだ。先月辺りからようやく人並みにお賃金を得られるようになったが、まずは底をついた貯金をどうにかするところから。
贅沢をしている余裕なんてこれっぽちもない。
:風景が綺麗だし、全天球カメラが欲しいね
:高解像度で楽しめたら最高だと思う
:よぉーし、久しぶりに投げ銭を飛ばそう!
:投げ銭の人がアグダちゃんを買収しようとしてる
:楽しませてもらってるから、そのお礼だよ。
自身が走っている傍ら、視聴者たちは雑談を交わしている。
耳に嵌めたイヤホンからは、自動読み上げの機械音声が聞こえてくる。撮影には背面カメラを利用しているので、スマホの画面も見えないことはない。けれど、走っている上に夜間なので見づらい。文字を追いかけるのは億劫だ。
「動画投稿サイトで収益化が出来ればいいのですけれど」
バイタリティに溢れたアグダ氏だから、視聴者に反応を返す余裕もある。
:戸籍が手に入ったのなら、それも可能では?
:そういえば、保護者って今どうなってるの?
:今のところ中身のオッサンの名義のまま
:中の人はもう居ないし、それってヤバくない?
:だから、別の人にお願いすることになってる
自身が知らないところで色々と動いてくれていた土建屋さん。例の集落との間で色々と調整を行ってくれていたみたい。見た目ヤクザだけれど、こういう仕事がやたらとお上手なのめっちゃ尊敬する。
「色々とありがとうございますわ」
:その場合、広告収入は保護者のところに行くよね?
:入金先がアグダさんの口座じゃないのはその通り
:保護者の方との口裏合わせって大丈夫なの?
:そっちは問題ないよ。自治体が丸ごと味方だから
:えっ、なにそれ怖い。サラッとヤバいこと言われた件。
:税金の関係もあるから、こればかりは仕方がないね
:あぁ、言われてみるたしかに。税金の絡みがあったね。
:私以外の二人が難しいことお喋りしてる。大人だなぁ
改めて考えてみると、土木業や声優としての収入が一定以上に膨れた段階で、確定申告の義務が発生する。戸籍が得られなかった場合、保護者としてでっち上げた不動健一の名義で代理処理することになったろう。
見た目洋ロリのアグダ氏であるから、その時点で不動健一に保護責任者であることの証明が求められる可能性が高い。既に存在の失われた肉体は税務調査に対応できないし、児童誘拐の嫌疑が駆けられて終了だ。
だとすると、今回の騒動で戸籍や保護者が得られたことは不幸中の幸い。
そうでなければ今年度末の確定申告で大変なことになっていたと思われる。その頃には声優のお仕事で得たプリステの収入が振り込まれる。恐らくある程度はまとまった金額になるので、申告の義務は免れまい。
そうして視聴者たちの会話を耳にしながら、小一時間ほど走った辺りでのこと。
:アグダちゃん、今なんか空に映った気がする。
:あ、やっぱり? 影っぽいの見えたよね
:本当? 自分は気付けなかったけど……
視聴者から気になるコメントが流れてきた。
足を止めて後ろを振り返ってみる。
すると、たしかに何かいる。
っていうか、こちらに向かい迫ってきている。
「ド、ドドドドド、ドラゴンですわぁぁぁぁぁ!」
グパァ、と開けられた巨大な口がこちらに向かい迫る。
海の暗がりからサメが飛び出してきたような感じ。
しかもデカい。全長数十メートルというサイズ感。
それが空から地上に向かい迫ってきている。
視聴者がコメントを入力してから、それがサーバに届けられて画面に表示、音声としてイヤホンから流れるまでには若干のラグがある。その間にもドラゴンは自身の死角から距離を詰めていたのだろう。
すぐ目の前にまで迫っている。
:アグダちゃん! 逃げて!
:ライトで目眩ましとか!
:寝そべったらやり過ごせるかも!
視聴者から戦闘コマンド的なコメントが流れてくる。
しかし、指示が音声として届く頃には時既に遅し。
代わりにアグダ氏は飛び上がることを選択した。
地を蹴ってドラゴンの鼻先より上までジャンプ。
からの、眉間に向けて思いっきりパンチ。
「チェストォォォォ!」
拳が硬いものに当たった。
ギュッと握った指にバキッという感触。
間髪を容れず、柔らかいものがぐちょりと纏わりつく。突き出した拳のみならず、手首から肘に至るまで、ドラゴンの眉間に突き刺さった。ジャージの袖がめくれ上がり、温かなものに肌が包まれる。
もう一方の手は、スマホのマウントされたハンドグリップを握ったままだ。自ずと拳とは反対方向に距離を取るよう動いた。足元には上手いことドラゴンの鼻先がある。深く刺さった腕をアンカー代わりに、こちらへ足を掛けて体制を維持。
……しようかと思ったら、ドラゴンが大暴れ。
眉間を貫かれた痛みに頭部を振り回す。
自身はスポーンと放り出されてしまう。
それでも圧倒的な身体能力は、高所から落とされた猫様よろしく、空中で姿勢を整えると、地上に足元から着地。膝のクッションを効かせたのなら、数十メートルという落下にもダメージが入ることはなかった。
:アグダちゃん、凄い! 体操の選手みたい!
:右手が血肉にまみれてエライコッチャだよ。
:この状況でスマホを落とさなかったの半端ない
:っていうか、一緒に行かなくてマジよかった
:同行してたら間違いなくお亡くなりになってたね
:アグダちゃんじゃなきゃ絶対に無理でしょこれ。
視聴者のコメントを耳にしつつドラゴンに向き直る。
すると先方はこちらをチラリと見やり――
『キューン! キューン!』
犬みたいな鳴き声を上げて、脱兎の如く逃げていった。
背中に生えた翼をバッサバッサと羽ばたかせての飛行。
空に飛びだってすぐ、夜の暗がりに紛れて見えなくなる。
「どうやら追い払えたようですわね」
:アグダさん、ジャージが大変なことになってる
:それって洗濯したらちゃんと落ちるかな?
:油汚れなら、すぐに洗えば大丈夫だと思うけど
「本日のところは一時帰還ですわ」
自身としても血肉でぐちゃぐちゃのまま走りたくはない。
今日はこれで切り上げて、お洗濯に励むことになった。
本作はカクヨムで10万文字以上の「先行連載」を行っております。
「アグダちゃん」で検索、もしくは以下のURLからどうぞ。
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