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異世界ライブ配信 一

 児童保護施設から帰宅した翌日、久しぶりにライブ配信を行うことにした。


 どのような配信かと言えば、お世話になった方々へのお礼の配信である。


 ちゃぶ台の上にノートパソコンを開いて正座の姿勢。


「わたくしの軽率な行いから、皆さんにご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありませんでした。それと各方面からご助力を下さったお二人には、ただただ感謝です。本当にありがとうございました」


 チャンネル越し、土建屋さんと普光院さんに頭を下げる。


 自ずと土下座の姿勢。


 嘘偽りのない本心でございます。


 先方からはすぐに反応が帰ってきた。



:気にしてくれなくていいよ! むしろ助けてくれてありがとうだし

:そういえば肝心のイベントはどうなったの? 新作のお披露目会

:爆弾のことはお客さんに伏せられていたし、予定通り終えられたよ

:中止になったのは、それ以降に予定していたステージだけってこと?

:うん、そういうこと。私たちのやつはギリギリセーフって感じ!



 土建屋さんと普光院さんはいつも通りコメントをくれる。


 他方、一人だけ蚊帳の外にいるのが、未だに面識のない人物。



:いいなぁ! 皆で楽しそうにしていて羨ましいなぁ!

:楽しいというか、ハラハラドキドキって感じ?

:正直、この手の騒動はもう二度とごめんなんだけど



「わたくしも土建屋さんの意見に同意ですわぁ」


 頭を上げて視聴者のコメントに応じる。


 向こうしばらくは静かに生きていきたい。


 好きな時間に起床して、好きなものを食べて、好きな時間に寝る。


 その幸せを噛み締めながら、慎ましやかに生きていこうと思うんだ。



:そういえば二人はどうして途中でステージから降りたの?

:あっ、それはできれば聞かないでおいてもらえると……

:え? 爆発物のことを把握したから降りたんじゃないの?

:だとしたら、どうやって爆弾を把握したのか気になるなぁ



「爆発物の存在に確信を得たのは、ステージを降りてからになりますの」


 普光院さんがステージ上で漏らしたりしなければ、自身はステージを降りることもなく、テレビ局の偉い人から爆発物について話を聞くこともなかった。当然ながら、爆弾はメインステージで爆発不可避。


 同僚は全滅の上、お客さんにも被害は及んだことだろう。


 犯人が望んだ通り、新作のお披露目どころか作品そのものが終了していた。


「ある意味で、会場が救われたのは普光院さんのおかげでもありますわね」


 なんなら黒毛和牛に下剤を仕込んだまだ見ぬどこかの誰かさんの暗躍か。



:アグダちゃん、この話題は終了! もうお喋りしちゃ駄目!

:えぇぇー、また内緒話? ズルいなぁー、羨ましいなぁー。

:本人が嫌がってるんだから、無理に聞くのはよくなくない?

:土建屋さんは何か知ってるの?

:自分もそこまでは知らないよ

:ならいっか。

:なにその反応

:そうだ、アグダちゃん。児童保護施設ってどんな感じだった?



 話題を変えるように普光院さんがコメント。


 それを聞いてしまいますか。


「想像していた以上に厳しいものでしたわ」



:子供に混じってお遊戯とか?

:それは控えめに申し上げて地獄。

:門限とかも厳しそうだよね



「門限どころか施設から出してもらえませんでしたわ。それに自由時間以外は個室に入れられて、施設内を歩き回ることも許されませんでしたの。まぁ、この辺りは事件の重要参考人という立場も手伝ってとは思いますけれど」



:あっ、そういう感じだったんだ……

:状況的に仕方がないような気もする

:自由がないって、本当に辛いよね。



 施設での生活は、あまり語りたいものではない。


 愚痴ばかりになってしまいそう。


 それでも報告できることがあるとすれば――


「保護施設での生活といえば、ちょっと変わったことがありましたの」


 現実逃避の末に飛び出してきた、得体のしれない穴の存在。


 昨晩は自宅に戻れたのが嬉しくて完全に失念していた。


 改めてこの場で出してみよう。


 出てこい、出てこい、穴よ出てこい。


 左右の手をノートパソコンのカメラに突き出して念じる。



:アグダちゃん、いきなり何してるの?

:そこはかとなく厨二の気配を感じる

:すべすべのお手々を自慢したいのかな?



 コメント越しに視聴者三名から突っ込みが。


 けれど、それも束の間のこと。


 掲げた手の先、ちゃぶ台との間に例の穴が出現した。



:え、なにそれ。なんか浮かんでない?

:カメラの前になんか浮いてるよね

:っていうか、空間に穴が空いてない?

:遮られてアグダちゃんの顔も見えないし。

:なんかめっちゃ草とか茂ってるような



 しかも一昨日の晩に見たときより更にサイズが大きくなっている。ノートパソコンのディスプレイほどだったそれが、ちょっと大きめのテレビくらいに拡大。カメラの正面、配信を行っていた自身の姿を完全に隠してしまっている。


 なんて邪魔な。


 ちょっと動かせないものか。


 試しに手で横に押しのけてみる。


 自身を中心に九十度、カメラから見て己の隣に並ぶように。


 すると、淵の部分に手が当たって、そのまま穴が横にズレた。


「おぉ、動きましたわ!」



:何故にアグダちゃんまでビックリしているのか。

:これなんなの? 穴? 空っぽいの見えてる

:普通に草とか生えてるけど、屋外に通じてる?

:っていうか、反対側からも穴の先が見えてるし



 視聴者の疑問は尤もなもの。


 そんなの自分が知りたい。


「児童保護施設から逃げ出したい一心で祈りを捧げていたら、こんなのが出るようになりました。当初はスマホの画面くらいだったのですけれど、日を追うごとに大きくなっていって、いつの間にやらご覧の有様ですわ」



:今見えてるサイズなら潜り抜けられそうだよね

:ヤバくない? 絶対に普通じゃないでしょ

:エルフ女児の魔法と同じような気配を感じるぞい。



 たしかに本日こうしてお目見えした穴なら、その先まで抜けられそう。


 ものの試しに頭を突っ込んでみることにした。


「どれどれ、ちょっとだけ……」



:アグダちゃん! 頭! 頭が消えちゃってるよ!

:新手のマジックじゃないよね? マジなんだよね?

:その状態で穴が閉じたら首チョンパの予感……。



 自動読み上げのコメント越し、恐ろしい突っ込みが入った。


 その可能性は考えられなくもない。


 実際に穴が閉じる瞬間を自身は目撃している。


 ただ、そうした懸念さえも頭から吹き飛んでしまったほど、衝撃的な光景が穴の先には広がっていた。首を穴の中に突っ込んだまま、全身が硬直。視聴者たちの存在も忘れて、思わず声を上げていた。


「うわぁ……なにこれ、マジ凄いんですけど……」


 地平の彼方まで草木の茂った広大な草原の只中、ぽつねんと女児の生首が横向きに生えている。頭上には青々とした空。どこまでも広がる広大な空。ゆっくりと雲の流れていく景観のなんと穏やかなことだろう。


 ぶわっと風が吹くのに応じて、草が波を打つように揺れる。


 これがやたらと気持ちがいい。


 草原浴とでも称すべき感覚。


 空気が美味しいんですけど。



:穴の向こう側がどうなってるのかめっちゃ気になる

:アグダちゃん、カメラでも映して欲しいよ!

:なんか風とか吹き込んできてない? 髪が揺れてる。



 これは是非とも、視聴者の皆さんにも味わって欲しい。


 そのように考えたところで、配信をスマホに切り替えた。


 そして、ひと思いに穴を跨いで、その先に一歩を踏み出してみる。



:ちょっ、なにこれ。大草原www

:本当に草が生えてるんですけど

:え? フェイク動画とかじゃなくて?



 視聴者も混乱しておりますね。


 地面を踏みしめる感触は本物だ。


 素足なので、めっちゃチクチクする。


「仔細は定かでありませんけれど、気分転換には最高のロケーションですわぁ」



:仔細どころか概要すら見えてこないんだが

:アグダちゃん、ここどこ? 何県なのかな?

:国内かどうかも怪しい光景なんですが……。



 スマホを手にしたままその場で一周。


 ぐるりと周囲の光景を映していく。



:ねぇ、向こうにドラゴンっぽいの飛んでない?

:本当だ。めっちゃドラゴンっぽいのが飛んでる

:否定したいけど、ドラゴン以外の単語が出てこない



 マジ?


 咄嗟に目を向けると、たしかにいるぞ。


 それっぽいのが空を悠然と飛んでいる。


 こちらに気づいた様子は見られない。


「穴の先に広がった世界、さしずめアナザーワールドですわね」



:この状況でオヤジギャクされるとマジ萎える

:中身がオッサンだと意識させられるよね

:アグダちゃん、そういうの今後禁止の方向で。



 なかなか上手いこと言った気がするんだけど。


 ちょっとショックなんだけど。



:ところで、どうしてネットが通じてるのかな?

:無線の電波もその穴から飛んでるんじゃない?

:だとすると、穴から離れたら配信も途切れるのか



「たしかにアンテナの表示が一本減っていますわね」


 少しだけ穴から遠ざかってみる。


 距離にして三、四メートルほど。


 すると更に一本、アンテナが減った。



:アグダちゃん、映像に遅延が出てきてるよ

:こっちも配信のクオリティ下がってきてる

:それ以上は離れたら配信が切れちゃいそう。



「どうやらそのようですわね」


 視聴者からは一様に警告が上げられた。


 自宅ではノートパソコンのみならず、スマホもWi-Fiを利用している。宅内に配置したルーターから穴を越えて電波が飛んでいるのだろう。だとすれば、ルータの位置を変えたらもうちょっと遠くまで行けるかも。



:その穴を動かせれば、持ち歩いたりできない?

:だとしても目立ちすぎるでしょ

:誰かに見られたら絶対に怪しまれるよね。



「少々お待ちくださいな」


 もうちょっと小さくならないものか。


 先日まではもっとコンパクトだったのに。


 などと考えた矢先のこと――



「おぉ、小さくなりましたわ!」



 穴のサイズが当初のスマホ大まで変化した。


 発見した初日に見たくらいのサイズ感。



:アグダちゃんの思ったとおりに変化する?

:変化しないと自宅に戻れなくない?

:今の状況、割と詰んでない? 大丈夫?



 言われてみればその通り。


 そこで改めて拡大を願ってみる。


 すると、先程と同じくらいの大きさに戻った。



:好きなように変化させられるみたいだね

:よかった。普通に焦ったんだけど

:正直、見ててヒヤヒヤとしちゃったよ。



「ちょっと試してみたいことがありますの」


 大きく広げた穴を抜けて自宅に戻る。


 まずはルーターの位置を変更だ。


 部屋の隅に配置していた筐体を穴の正面に持ってくる。背面から生えているアンテナが穴から突き出して、アナザーワールド側に頭を覗かせるくらい。部屋が狭いので電源コードはギリギリ届いた。



:電波状況を改善するつもり?

:自宅ではWi-Fiなんだね

:コードがコンセントから外れそう。



 次いで、ふすまを開けて衣装棚に目を向ける。


 そちらには普光院さんから頂戴した衣類が納められている。そこからバッグを取り出す。革製のショルダーバッグだ。明るいベージュのお品で、大きさはスマホや財布を入れて少し余裕があるくらい。前身頃の中央には蝶々結びがあしらわれている。



:可愛らしいバッグだね。

:よく似合ってるよ

:それどうするつもり?



 こちらを片手に再びアナザーワールドへ。


 そして、すぐさま穴に向き直る。


 改めて小さくなってくれと、お祈り申し上げる。


 穴は自身が考えた通り、スマホ大の大きさへ。


 それを手で動かしてショルダーバッグに放る。



:えぇぇ! それってバッグに入っちゃうの?

:その挙動はちょっと想定外だった

:アグダちゃん、割と突拍子もないことするよね。



 おっかなびっくりバッグの口を締める。


 ものの試しに歩いてみる。


 穴はバッグに収まったまま、自身の動きに追従してきた。


 いや、追従というと語弊があるか。


 バッグに入れたまま、自由に持ち運びすることができた。


 改めて確認すると、そこにはちゃんと穴が収まっている。


 持ち運びに際しても、これといって抵抗や摩擦はない。


 そして、穴は存在しっぱなしなので、配信が途切れることもない。


「これは可能性が広がりますわね」



:アグダちゃんってば、冒険する気だよ!

:流石にそれはヤバくない?

:ドラゴンとか飛んでたもんねぇ。



 たしかにドラゴンは恐ろしい。


 アグダ氏の身体能力やオートリジェネを以てしても、アレにパクっとやられたらどうなるか分かったものではない。絶命せずとも生きながら溶かされる地獄の苦痛を味わう羽目になるかもしれない。


 けれど、冒険したくないと言えば嘘になる。


「とりあえず、現地の調査を行うべきですわね」



:下手に歩き回ってたらドラゴンに襲われない?

:ドラゴンがいるなら、オークやゴブリンも出そう

:ヤバい、アグダちゃんがエッチな目に遭っちゃう。

:まず間違いなく垢BANされるよね

:グロ系の映像でもアウトのような気がする



 あぁ、そっち系も考慮しないといけないのか。


 アカウントがBANされたら困ってしまう。


「とりあえず、自宅に戻って作戦会議ですわ」


本作はカクヨムで10万文字以上の「先行連載」を行っております。

「アグダちゃん」で検索、もしくは以下のURLからどうぞ。

https://kakuyomu.jp/works/2912051596661307013

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よく見る異世界物でも、視聴者が3人もいるから臨場感が上がってワクワクしてくる。
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