児童保護施設 二
更に翌日。
昨日と同じ時間に朝食が差し入れられた。本日の献立はパンだった。こんがりと焼かれた食パンといちごのジャム。それにカリカリに焼かれたベーコン。隅にはレタスとトマトが添えられている。
なかなか悪くない。
一緒に着いてきた牛乳も飲み干した。
それからしばらく待つと、本日もまた自由時間がやって来た。
リビング的なスペースに移動して、テレビの前を陣取る。
リモコンを操作してニュース番組を呼び出す。
すると映し出されたのは記者会見の中継だった。
どうやら会場から生中継をしている。
テロップに従えば、アグダちゃんの里親、見つかる! とのこと。
何故だろう、自身のことが話題になっている。
里親ってどういうことよ。
「意味が分かりませんわぁ」
しかも映っているのは見覚えのある方々。
今年の夏、土建屋さんの仕事に付き合って訪れた、奥多摩の方にある限界集落。メガソーラーの工事を巡る騒動で、自作自演の土石流に巻き込んでしまった老夫婦である。傍らには彼らのひ孫だという女の子の姿も見られる。
報道陣に囲まれた老夫婦が、真剣な面持ちで訴える。
『あの子はうちが預かっていた子なんです』
『何年前でしょうか、うちの前に捨てられていたんです。村人総出で親を探し回ったんですが、残念ながら見つからず。それで村の者たちとも話し合って、うちで面倒をみることにしたんですよ』
老夫婦が凄いことを言っているぞ。
いつの間にそんな設定になったのか。
「…………」
これって大丈夫なのだろうか。
彼らにまで面倒事が波及しやしないか。
『アグダはとても素直ないい子でして、昔から誰かのために率先して働ける、とても健気な子でした。今回も他所様の為に活躍を見せたそうですね。警察の皆さま、どうか悪いようには扱わないであげて下さい』
『あの子には何の落ち度もありません。責任があるとすれば、それは適切な手続きを行えていなかった我々の不手際に他なりません。ご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ありませんでした』
記者会見の会場には土建屋さんの姿も見られる。
隅っこの方にチラッと映っていた。
彼が手引きをしたのだろうか。
だとしても、何故に。
疑問しか浮かばない。
そうこうしていると警察の人たちがやって来た。
本日も事情徴収の時間とのこと。
リビング的なスペースから個室に連れ戻される。
そこで警察の方々から伝えられた。
「アグダちゃん、事件の犯人が逮捕されたよ」
「本当ですの? それはなによりですわ」
「君が協力してくれた似顔絵が決め手になったんだ」
「わたくしも皆さんのお役に立てて嬉しいですわ」
これで少しは彼らの心象も改善されるだろうか。
施設内での待遇の改善を申し出たいところ。
などと考えた矢先、先方が写真を差し出してきた。
女性のバストアップ写真。
証明写真か何かのようだ。
「ところで、この人のことは知ってる?」
「…………」
めっちゃ知っています。
ネトゲのオフ会で姫プレイしてた人だ。
たしか名前は松浦さん。
オフ会で一方的に逆恨みされた上、高尾行きの特急に乗せられたことは記憶に新しい。声優のオーディションでダメ出ししたら落選、逆恨みから誹謗中傷と情報漏洩。開示請求が通って身元が特定された結果、事務所から干された哀れな人である。
そんな彼女がどうして警察からマークされているのか。
自身が会場で見かけた犯人は、男性だったと思うのだけれど。
「爆発物を仕掛けた人物は、犯行予告なんて出していないと主張していてね。そこで予告をしていたソーシャルメディアのアカウントから捜査を行っていたところ、こっちの女性に行き着いたんだ」
マジかよ。
黒幕、松浦さんかよ。
松浦さんが爆破予告を行った理由は、自身もなんとなく想像できる。
アグダ氏に対する私怨だ。
なんたって声優のオーディションをぶち壊しにしてしまったからな。
そんな相手が期待の新作でヒロイン役を得ていたら業腹であろうさ。
「こちらの女性が真犯人ということですか?」
「それが彼女は爆発物には関与していないと主張している。どうやら犯行予告自体は虚偽であったみたいなんだ。爆発物を仕掛けた男性とも面識はないから、我々もそれは間違いないと考えているよ」
「犯行予告には設営現場を映した写真が同封されていたと聞きましたけれど」
「こっちの女性はアグダちゃんと同じように、声で仕事をしているそうなんだ。その関係で開場前から会場にスタッフとして入っていたらしい。それで場内の写真を撮影することができたと供述しているね」
「なるほど」
松浦さん、黒幕じゃなかった。
どっちかというと、救世主。
彼女のアグダ氏に対する私怨が人命を救った。
会場内での仕事とやらは、まぁ、業界関係者にすり寄るなり何なりして、個人的に手に入れたのではなかろうか。現場スタッフに応募するくらいなら、声優事務所を通さずとも門出は開けているし。
「こちらの女性ですが、以前、ネトゲのオフ会で見かけましたわ」
「本当に? 面識があるの?」
「とはいえ、ほとんど会話らしい会話もありませんでしたけれど」
「当時のことだけど、詳しく確認させてもらってもいいかな?」
それからしばらく松浦さんについて事情徴収。
当たり障りのないことを述べておいた。
「男性のほうの犯人は、どうして会場に爆発物を仕掛けたんでしょうか?」
「犯人は君が声を担当している作品シリーズの、一つ前の作品のファンだったそうだよ。それが新作の発表と共にシーズン終了がアナウンスされたことで逆上して、身勝手にも爆発物を仕掛けるような真似に及んだらしい」
「行き過ぎたファンはヤバいですわね」
「ところで、ご両親のことは教えてくれる気になったかな?」
「ですから以前も伝えた通り、私には両親などおりませんの」
本日の取り調べは自身にとっても得るものが多かった。
爆破騒動の裏側を丸っと知ることが出来たのは僥倖。
保護者については毅然として黙秘。
警察官たちはしょっぱい表情である。
ちなみにテレビで見た記者会見は、彼らとは話題に上がらなかった。把握していないということはないだろう。きっと警察も寝耳に水であって裏取りが行えていないから、こちらに伝えるのは控えたのではなかろうか。
また明日も会いに来るから、そういって彼らは施設から去っていった。
以降、自由時間を終えたのなら、同日は個室で軟禁状態。
他の保護児童たちは食堂に集まって食事を取っているらしい。しかし、自身に限っては個室で取るようにとの指示が施設に入っているそうな。トイレも室内に専用のものが併設されており、外に出る機会はまったくない。
そうして訪れた夜の時間。
またも天井にアレが浮かび上がった。
得体のしれない穴。
またちょっと大きくなっている。
今晩はノートパソコンの画面くらい。
「っていうかこれ、出したり消したりできるくね?」
今晩も出るかも、などと考えていたら、出た。
そして、消えてくれよと念じたら、消えた。
からの、もう一回出てきたりしないかな、などと考えたところ、また出た。そんなことを繰り返している内に、自身の求めるタイミングで出たり消えたりするようになった。まるで部屋の電気のスイッチをオンオフするかのように。
今も天井の辺りに窺える。
「どうやら幻視ではなさそうですわね」
実際に穴が空いている。
しかも出たり消えたり。
穴より先に映っているのは空だろう。
だって雲とかゆっくりと流れているし。
「…………」
だからなんだよ、である。
せめてもう少し大きければ、くぐり抜けるような真似もできたかもしれない。いや、くぐり抜けたところで、今の自身の立場がどうにかなることもなし。なんたってテレビで報道されてしまっている。
どこに逃げたところで無国籍ロリータの称号は付いてくることだろう。
いよいよ洋ロリ人生も終了か。
調子に乗って無茶し過ぎたな。
結果として、世の中の為になることを行えたのだから、決して悪いことばかりではない。自身が声優として会場に居合わせていなければ、少なくない人たちが爆発に巻き込まれていた。現場での立ち回りも最善であった。
「…………」
だとしても、ネガティブな気持ちが溢れてくるぞ。
それもこれも窓に鉄格子の嵌められた部屋が悪い。
こんな場所に閉じ込められていたら、気分だって滅入ってくるさ。
夜になると殊更に。
「…………」
起きていると良くないことばかり考えてしまう。
今日はもう、さっさと寝てしまおう。
◇◆◇
その更に翌日。
待ちに待った朝食の時間、本日の献立は目玉焼きにウィンナー、それと白米とお味噌汁。シンプルながら活力の湧いてくるお品書きではなかろうか。目玉焼きは少しとろけるくらいが理想だけれど、ガッツリと固まっていた。
数分ほどでぺろりと平らげる。
食事しか楽しみがない日々のなんと寂しいこと。
既にランチタイムが待ち遠しい。
ところで、本日は朝イチで警察がやって来た。
なんと食事を終えてすぐに事情聴取。
空っぽになった食器を片付けにやってきた施設のスタッフの女性。彼女がお盆に乗せられたそれを手に部屋から出ていくのと入れ替わりで、警察の方々が自身を尋ねてきた。個室にドカドカと入ってくる。
そうして訪れた矢先、いの一番に言われた。
「ごめんね、アグダちゃん。たしかに君の言う通りだったよ」
「……え?」
「たしかに君には、親御さんと呼べる方がいなかったんだね」
これまた急なお話である。
まさか不動健一との関係がバレたのだろうか。
普光院さんや土建屋さんがゲロったのなら、そうした可能性も考えられないではない。とはいえ、中身がオッサンの女児なんてキワモノ、よくぞ素直に認める気になったものである。
「何度も不躾なことを尋ねてしまい、申し訳ないことをしてしまった」
「あの、それはどういった……」
「身元保証人の方々がいらしている。どうか我々と一緒に来て欲しい」
「……え?」
そんな人たちが存在しているとは驚きだ。
なんたって中の人は天涯孤独の身の上。
中身オッサン説に辿り着いた訳ではないようだ。
しかし、だとしたら身元保証人とはどちら様か。
警察の方に連れられて児童保護施設を出発。
出入口付近には大量のマスコミ関係者が詰めかけていた。自身が建物を出た瞬間、そこかしこからカメラが向けられて、大量のフラッシュが炊かれた。まるで有名芸能人にでもなったような気分である。
なんでも先日からずっと待機していたらしい。
自身がこちらの児童保護施設に放り込まれた理由の一つには、こうしたマスコミから女児の身柄を守るための意味合いもあったのかもしれない。などと、矢継ぎ早に与えられるインタビューの催促を眺めて思った。
とりあえずダブルピースしておいた。
「さぁ、乗って」
「ありがとうございます」
制服姿の警察官に先導されてパトカーに乗車。
そのままどこへともなく移動する。
辿り着いたのは都内の警察署だった。
案内された先は打ち合わせスペースと思しき十畳ほどの個室である。長机が四つ正方形を形作るように配置されている。その周りには椅子が並べられており、それなりの人数が着けるようになっている。
部屋の壁際にはホワイトボードが並ぶ。
そうした一室にいつぞやの老夫婦が見られた。
昨日、テレビに映っていたお二人である。
なんならひ孫の娘さんも同行しているぞ。
更に土建屋さんまで一緒だ。
また、彼らの他にも見知らぬ大人が何名か見られる。制服こそ着用していないけれど、警察の方々だろうか。それとも部外者か。一様にスーツを着用している。なんならうち一名は胸元に弁護士バッジを付けている。
「アグダちゃん!」
自身の姿を目の当たりにして、ひ孫さんが声を上げた。
相変わらず元気いっぱいですね。
こちらに向かい駆けてきた。
警察の方々は自身を部屋まで案内すると、他に見られたスーツの方々に場を譲った。以降は部屋の隅に移動して何を語ることもない。代わりに譲られた面々がこちらに向かい、各々ご挨拶をしてくれる。
「我々は法務局の職員です。アグダちゃんの就籍を担当させてもらいます」
「私は弁護士の中野です。就籍許可の審判のお手伝いをさせてもらいます」
「……どういうことかしら?」
自ずと土建屋さんに目が向かう。
彼はこちらに歩み寄ってきた。
そして、女児の耳元で小さく囁く。
「今はこっちに話を合わせてくれ。それもこれもアンタの為だ」
「…………」
そういうことならと、小さく頷いて応じた。
本作はカクヨムで10万文字以上の「先行連載」を行っております。
「アグダちゃん」で検索、もしくは以下のURLからどうぞ。
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