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児童保護施設 一

 イベントに寄せられた爆破予告は本物だった。


 その事実にゲームショウの主催者は大慌て


 即座に関係者一同が招集されて、事件の調査が行われることになった。会場では終了時間が切り上げられて、本来より小一時間ほど早めに閉幕。来場者は疑問に首を傾げながらも会場を後にしていった。


 同日の夜には記者会見が開催されて、会場内に爆発物が仕掛けられていたことが正式に発表された。当然ながらイベントは初日で打ち切り。翌日の開催を中止とする旨が主催者から正式に告知された。


 自身はそれを児童保護施設のテレビで眺めている。


「…………」


 そう、児童保護施設。


 遂にとっ捕まってしまったアグダ氏だ。


 警察から事情聴取を求められて、保護者の連絡先を尋ねられたが最後、これに応じる余地はない。頑なに保護者はおりませぬと繰り返していたところ、最終的にはこちらの施設に突っ込まれてしまった。


 施設内では警察から執拗に事情聴取。


 主に尋ねられたのは、どうして爆発物の仕掛けられている場所が分かったのか。こちらは素直に伝えておいた。前日までの会場設営に顔を出しており、そのときに挙動の怪しい人物を目にしていたと。


 なんなら人相書きの作成もお手伝い。


 ともすれば、会場の設営に顔を出していた理由まで、根掘り葉掘り尋ねられる。こちらは断固として黙秘。土建屋さんに迷惑をかける訳にはいかない。場合によっては、彼まで未成年者誘拐で逮捕されかねない。


 お家はどこかな?


 黙秘します。


 通ってる学校は?


 黙秘します。


 今何年生なの?


 黙秘します。


 徹底的に黙秘しまくっていたら、以降、保護者の方と連絡が付くまでここにいなさい、とのことで児童保護施設に突っ込まれてしまった。施設内では軟禁状態で、個室から外に出ることも許されない。


 気になる居室は六畳ほどのワンルーム。


 まず目に付いたのは窓に鉄格子。


 きっと訳アリの子供を保護するときに利用するのだろう。フローリングの床や真っ白な壁には大小沢山の傷が見られるし、所々には得体のしれない染みのようなものが付いている。正直、長居したい環境ではない。


 家具はベッドとデスクのみ。


 私物の持ち込みは厳禁とのことで、財布から何まで取り上げられてしまった。食事は所定の時刻に施設のスタッフが持ってきてくれる。これを備え付けのデスクで食べるのがルールのようだ。


 また、一日に決まった時間だけ、リビング的なスペースに出る時間が与えられる。そこではテレビを見たり、本を読んだりすることができる。希望すれば庭に出て運動をすることも可能とのこと。


 まるで刑務所である。


 今もそうしてリビング的なスペースで、テレビのニュース番組を眺めている。


「…………」


 周りには自分と同じように、こちらの施設で生活していると思しき子供たちが見られる。ただ、現時点では一様に距離を取られている。後からやって来たブロンドの洋ロリに興味を引かれつつも警戒されている。そんな雰囲気。


 しばらくすると自由時間も終了。


 個室へ強制的に連れ戻される。


 他の子供たちはそうでもないようで、リビング的なスペースで過ごしているようだ。どうやら自身のみが特別待遇の予感。警察やイベント関係者からすれば、こちらの女児もまた被疑者扱いなのかもしれない。


 個室内ではただひたすらに暇。


 何もやることがないから。


 ベッドに寝転がってゴロゴロするばかり。


 こういった生活に囚われるのが嫌だから、必死にお金を稼いでいたのである。自活を目指していたのである。けれど、それも爆破予告に首を突っ込んだせいで瓦解。お先は真っ暗である。


 後悔はしていない。


 ステージ上には高嶺さんが見られた。


 彼女には高級焼肉を奢られた恩がある。


 見殺しにするという選択肢はなかった。


 とはいえ、この状況は甚だ不服である。


 今すぐにでも逃げ出したい。


 ここではない何処かへ。


 自由が得られる場所へ。


「あぁ、暇ですわぁ」


 こんな部屋に閉じ込められていたら、正常なメンタルだってネジ曲がってしまいそう。歳幼い子供であれば尚のこと。ここの施設を運営している大人たちは、そんな簡単なことも理解できないのだろうか。


 いや、むしろ既にネジ曲がっている子供を入れておく為の場所なのか。


 だとすればこれほど自身に適した場所はない。


 なんたって中身はオッサン。


「外に出たいなぁ。どっか行きたいなぁ」


 ベッドに仰向けに横たわったまま、ぶつぶつと独りごちる。


 意味もなく両腕を天井に向かい突き出したりして。


 せめて散歩する自由くらい与えて欲しい。


 すると、どうしたことだろう


「んほぉぉ?」


 天井の辺りに何か、妙なものが浮かび上がった。


 最初は染みかと思った。


 床や壁にも沢山あるから。


 けれど、染みにしては色彩が鮮やかだ。


 より具体的には、その一角だけ青々としている。


 まるで壁をぶち抜いて屋外の光景を覗いているかのような。


「……なんですの、これ」


 ふと気になって、身体を起こす。


 ベッドの上に立って、天井に向かい目を凝らす。


 すると、その間にも染みは消えてしまった。


 まるで最初から何もなかったかのように。


 というか、普通に見間違いだったのかも。


「気の所為ッスかね」


 色々とあって気疲れしているのかもしれない。


 物理こそ無尽蔵のバイタリティーを誇るアグダ氏であるが、中身のメンタルは草臥れた中年のオッサンである。ここのところ精神的に負荷がかかるイベントも多々あったので、気付かない内に疲弊していたのかも。


 そのように考えて、同日は一日中寝て過ごすことにした。




◇◆◇




 翌日。


 依然として児童保護施設に収容されている。


 朝起きてしばらくすると、朝食が個室に差し入れられた。献立は白米にお味噌汁、塩鮭といった感じ。味は可もなく不可もなく。量もそれなりに盛られていた。タダ飯にしては上等な部類だ。


 しばらくすると、昨日と同様に自由時間が与えられた。


 個室から解き放たれて、リビング的なスペースを訪れる。


 テレビの前に座り込んで、ニュース番組に目を向ける。


 すると、ちょうど気になる話題が扱われていた。


 テロップには、日本ゲームショウ爆発物事件。


 眺めていると、報道内容に変化が見られた。


 というか、自身のことが話題になっている。


 曰く、新人声優、大手柄! 爆発物を間一髪で発見! とのこと。


「……マジか」


 なんとテレビに自身の姿が映っている。


 爆弾を抱えてステージから飛び降りた辺りの映像である。本来であれば会場内は撮影厳禁のところ、隠し撮りしていた輩がいたようだ。マッチョたちを足場にして、ぴょんぴょんと飛び回る自身の姿が地上波に流れていた。


 キャスターによれば、ネット上に流出していた動画とのこと。


 映像は自身がメインステージから外に出たところで一度終えられた。そうかと思えば、今度は場面が変化して屋外を映した映像に。どうやら浜田川の河口付近に設置された、監視カメラの映像のようだ。


 その隅っこの方、河口ですっ転んだ自身が映っている。


 抱えていた爆弾を海に向かい放り投げる姿が。


 間髪を容れず、ズドンと大きな音が鳴り響く。


 合わせて水面に水柱が立ち上がるところまで鮮明に放送されていた。


「こんな形で地上波デビューするとは……」


 これはもう隠し立てできないな。


 特徴的な衣装は、新作のお披露目会で着用していたものだ。わざわざ自身の為に縫製された一品物。会場に居合わせた人たちが証言すれば、この女児がどこの誰であるのか、すぐに特定されたことだろう。


 おかげでご覧の有様である。


 そうこうしていると警察の方々がやって来た。


 事情聴取の時間とのこと。


 そのまま個室に連れ戻される羽目となった。


 本日の自由時間はこれまでだ。


「アグダちゃん、ご両親のことを教えてもらえないかい?」


「申し訳ありませんが、両親のことは知りませんの」


「我々も君のことを叱ろうという訳じゃないんだよ?」


「申し訳ありませんが、知らないものは知らないのです」


 相手が女児とあって、担当者の対応はかなりお優しい。


 これが元のオッサン相手であったのなら、恫喝は免れなかったように思う。収容先も児童保護施設ではなくトラ箱だったろう。酔っ払って警察のお世話になったときに突っ込まれる檻付きの自称保護室。


「君にだってお父さんやお母さんはいるだろう?」


「申し訳ありませんが、私に両親はおりませんわ」


「どうしてそんな風に言うんだい?」


「どうしてもこうしても、居ないから仕方がありませんの」


「それじゃあ、不動健一という人物に覚えはないかい?」


「……どちら様ですの?」


 声でお仕事をするのに当たり、関係各所と交わした契約書。


 その名義人には自身の名前を利用していた。


 警察は既にそこまで辿り着いているようだ。


 このままだと代理人を立ててくれた土建屋さんにまで迷惑がかかってしまう。


 それだけは避けたい。


 下手に嘘を吐くことは控えよう。


 だがしかし、一から十まで本当のことを伝えたのなら、まず間違いなく精神病棟に突っ込まれてしまう。檻付きの病院は一度入ったが最後、自身の意思では外に出られないのだとか。なんと恐ろしい場所もあったものか。


 パワフル極まりないアグダ氏なら、壁を壊して脱走するような真似も可能だ。けれど、それを行ったらいよいよ本国内に自身の居場所は失われてしまう。だからそれは本当に最後の手段である。


 ということで、以降は初日と同様、ひたすらに黙秘を主張。


 君のご両親はどこの国の方かな?


 黙秘します。


 この写真のアパートは知ってる?


 黙秘します。


 それじゃあこっちの写真の人たちは?


 黙秘します。


 警察は不動健一の名前のみならず、自宅アパートや血縁関係にある親族の写真まで提示してきた。これに平静を装いながらノーコメントを貫く。ポーカーフェイスを上手く取り繕えているのか、まるで自信が持てない。


 それでもどうにか本日分の事情聴取を乗り切ることができた。


「明日また聞きに来るから、それまでにちゃんと思い出しておいてね?」


 警察は既に不動健一の住まいまで特定している。


 恐らく宅内にも入り込んでいることだろう。


 ノートパソコンは万が一に備えて暗号化している。けれど、それもどこまで持つかわからない。オペレーティングシステムの開発元に開示請求が通ったのなら、ネット上で管理されている暗号化解除のパスワードが警察に提供されてしまうかも。


 そうしたらライブ配信に利用してるアカウントまで丸見えだ。


 それでも幸いであったのは、彼らにスマホや部屋の鍵が渡っていないこと。


 こちらは土壇場で普光院さんに託すことができた。警察がやって来た直後、隙を見て彼女に手渡していた次第。率先して受け取ってくれた彼女には感謝しかない。おかげで不動健一の個人情報がバレるまでには若干の猶予がある。


 こちらの女児との関係も然り。


「…………」


 警察が去っていくと、個室に一人きりとなる。


 自由時間も本日分は既に終了。


 明日までは室内で放置プレイ。


 同じような日々が向こうしばらく続きそうだ。


 考えただけで気が滅入ってくる。


 自然と歩みはベッドに向かった。


 シーツの上でゴロゴロとするばかり。


「あぉぁぁぁ、もぉぉぉぉ、なんかもぉーなぁー」


 しばらくゴロゴロしたところで、飽きる。


 病院の待ち時間だって、三時間も待てば心が折れるのに、ここでは二十四時間ずっと強制待機状態。それが明日も、明後日も、いつまで続くとも分からない。などと考えたのなら心が挫けてしまいそう。


 天井を見上げて、漠然と今後に思いを馳せる。


「逃げちゃおっかなぁ。もう逃げちゃおうかなぁ」


 児童相談所から脱走。


 他所の国に密入国。


 戸籍の管理がゆるゆるの国で立場を手に入れて、そこから難民の体で本国に戻って来る、なんて如何だろうか。最近、そういうの世界的に流行ってるし? このまま児童保護施設でグダグダしているより建設的でしょ。


 アグダ氏の身体能力があれば、決して不可能ではないような。


「そうして考えてみると、意外と悪くないかも」


 生まれて初めての海外旅行が密入国とかムネアツ。


 今なら頑張れば壱岐島から朝鮮半島まで泳げそう。


 などと考えていたところ――


「んほぉぉ?」


 天井の辺りに何か、妙なものが浮かび上がった。


 最初は染みかと思った。


 床や壁にも沢山あるから。


 けれど、染みにしては色彩が鮮やかだ。


 より具体的には、その一角だけ青々としている。


 まるで壁をぶち抜いて屋外の光景を覗いているかのような。


「……昨日も似たようなの、浮かんでましたよね」


 ふと気になって、身体を起こす。


 今度は逃すまい。


 ベッドの上に立ち上がり、ジャンプ。


 染みもどきに向けて、軽く手を伸ばす。


 すると、これはどうしたことか。


 本来であれば天井がある場所をスッと指が抜けた。


「おぉぉ? なんじゃこりゃ……」


 手首の辺りまで、染みに腕が入り込んだ。


 飛び上がっている僅かな間ではあるが、たしかに天井があるべき場所を人体が貫いていたぞ。しかも驚いたことに天板を破った感触がない。それどころか、何かに触れた感触すら感じられなかった。


「……屋外に、通じているような」


 それに改めて眺めてみると、昨日と比べてサイズが大きくなっている。


 スマホくらいの大きさだったのが、タブレットくらいに変化している。


 ちょっと怖いな。


「あっ……」


 しばらく眺めていると、天井の染みは消えてしまった。


 いいや、染みというよりも、これは穴ではなかろうか。


 どこか別の場所に通じている穴。


 天井に一時的に穴が?


 分からない。


「…………」


 やっぱり、精神的に疲れているのだろうか。


 それとも肉体のみならず、脳みそまで狂い始めているのか。


 圧倒的な身体能力の代償に自意識が崩壊寸前とか。


 ふと思い起こされたのは、エルフ女児の存在。


 知性を失い、記憶を失い、都内を徘徊していた。


「…………」


 ちょっと怖くなってきた。


 その日は布団に包まり、ガクブルと震えながら眠りに就いた。



本作はカクヨムで10万文字以上の「先行連載」を行っております。

「アグダちゃん」で検索、もしくは以下のURLからどうぞ。

https://kakuyomu.jp/works/2912051596661307013


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― 新着の感想 ―
ノートパソコンを暗号化しておくとか、デスノートばりに用意周到。 というか、なんとなくアグダちゃんの人間性が垣間見られる。
更新待ってました!
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