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日本ゲームショウ 四

 廊下をダッシュで駆け抜ける。


 背後からは人が追いかけてくるような気配が。


 これを置き去りにしてメインステージに急ぐ。


 控え室からステージまでは、演者がお客さんの前を歩かなくていいように、専用の通路で接続されている。おかげですんなりと現場まで戻って来ることができた。舞台袖に駆け上がり、先程まで利用していたマイクを引っ掴んでステージへ。


 すると、予期せぬ共演者の復帰にMCから反応が見られた。


「あら? アグダちゃんどうしたの? また出てきちゃって」


「申し訳ありません、ちょっと忘れ物をしてしまいましたわ」


 場数を踏んでいるだけあって、動揺しつつもイベントとしての建前を崩すことなく声をかけてきたプロデューサー。そんな彼に構うことなく、自身は設営日に垣間見た光景を思い出しつつ歩みを進める。


 たしかこの辺りだったかな。


 ステージの中程。


 トーク用の椅子が配置されたすぐ脇。


 そちらにしゃがみ込んで、表面に貼り付けられたクッション材を引っ剥がす。自身が膝を曲げるのに応じては、会場からざわざわと声が上がった。どうやらスカートの中身が丸見えになっていたようだ。


 ドロワーズを着用しているので、今更気にすることもない。


「アグダちゃん、そんなところに忘れ物なんてないでしょうに」


「ええまぁ、何もなければそれに越したことはないのですわ」


「……どういうこと? これ以上はおじさんも怒っちゃうよ?」


 MCに適当な相槌を打ちつつ、意識はクッション材の下へ。


 そこには金属製の板が基礎にネジ止めされている。


 六角レンチなんて持ってないぞ。


 他所から取ってくる余裕もない。


 ええい、これも引っ剥がしてしまえ。


 勘違いだったらごめんなさいして戻ればいいのだ。


「ふんッス!」


 僅かに空いていた隙間に手を差し込んで、力任せに引っ張り上げる。接続されている脚部をもう一方の手で押さえることも忘れない。間髪を容れず、バキっという大きな音を立てて一辺のネジが千切れ飛んだ。


「ちょっ……!」


 MCから素で驚きの声が。


 何箇所か停められていたネジが外れて、金属板がドアのように持ち上がる。


 これを強引に押し開き、そうして生まれた隙間から基礎に頭を突っ込んだ。


 すると、あぁ、これは困ったな。


「忘れ物、見つけてしまいましたわぁ」


「アグダちゃん、いい加減にしないと……」


「プロデューサー、ちょっと見て下さいな」


「えぇぇ?」


 自身に促されるがまま、彼は椅子から下りてこちらに向かう。


 そうして基礎の中に目を向けたところで、全身が硬直した。


 彼もイベントの最中に爆発物と対面した経験はなかったみたい。


「…………」


 マイクを口元に当てたまま、何も言わなくなってしまった。


 彼の見つめる先ではタイマーが爆発までのカウントを刻む。


 なんと残すところ三分を切っている。


 四の五の言っている暇はない。


 ここから先はアグダ氏のオンステージである。


 手にしたマイクを口元に運んでお客さんに訴える。


「会場に見られたお客様、お客様の中にマッチョはいらっしゃいませんか? いらっしゃいましたら、今この場で両手を膝について土台になって下さい。繰り返します、お客様の中にマッチョはいらっしゃいませんか? いらっしゃいましたら……」


 突拍子もないことを言っている自覚はある。


 しかし、会場からは反応が見られた。


 何名かの観客がその場で前屈みとなり、両手を膝について土台の構え。これも舞台演出の一貫だと受け取ってくれたのだろう。なんて気前のいいマッチョたちだ。しかも上手いこと観客席の各所に点在してくれている。


「ありがとうございますわ。しばらくその姿勢で堪えていて欲しいですの」


 基礎の下に配置されていた爆発物を抱え上げる。


 これまた結構な大きさだ。


 中型のキャリーバッグくらい。


 取っ手がないので両手で抱える羽目となる。


「マッチョの皆さん、覚悟はよろしいかしら?」


 メインステージはお客さんで溢れかえっている。ステージから出入り口まで、荷物を抱えて走れるようなスペースはない。イベント毎の入れ替えでは、スタッフの方々が順番に入退場をサポートしているくらい。


 かといって、控え室方面に運んでは出入り口から遠退く。


 だからこそ今この瞬間、マッチョたちの協力が必要不可欠。


「とぅっ!」


 爆弾を抱えたまま、ステージの上からジャンプ。


 狙いは観客席で土台となったマッチョたち。


 その背中を足場にして、アクションゲームよろしくメインステージの出入り口に向かっていく。足蹴にされたマッチョたちからは、自身がその背中を踏みつける都度、グエッとかウゲッとか悲鳴が上がる。


 これに謝罪を繰り返しつつの人体パルクール。


「逞しい体幹をお持ちのマッチョの皆さま、ご協力に感謝いたしますわ!」


 比較的ガタイのいい方々をチョイスしたことも手伝い、無事にメインステージを抜けることができた。観客は誰もがこちらを振り返って疑問の表情である。一体それにどういった意味があるのかと訴えんばかり。


 なんなら声も多数上がっておりますね。


 ちょっとアンタどこへ行くのかと。


 これに構うことなく、女児は駆ける。


 ステージの外も来訪者に溢れている。これを避けるべく、随所に配置された各企業のブースを足場にして進む。そこかしこに建てられたトラスや、ブース同士の区切り壁、受付用のデスクや得体のしれないオブジェなど。


 めっちゃ忍者って感じ。


「ちょっとちょっと、いきなりなんなの!」「子供が会場で暴れてるよ!」「親は何をやっているんだ!」「脚力ヤバくない? めっちゃ飛び跳ねてる」「誰だよ! うちのブースをぶっ壊したの!」「なんなのあの子供、半端ないんだけど」


 足場にされたブースの方々からは非難の嵐。


 これに構うことなく屋外を目指す。


 向かった先はホール三とホール四の間に設置された、やすらぎのモール。こちらから屋外フードコートへ抜ける。ここまで来ると足場になるような設置物はほとんど見られず、参加者を何人か突き飛ばしてしまったのごめんなさい。


「誰だよ! 今当たったやつ!」「ふざけんな、押すんじゃねぇよ!」「ってぇ、思いっきり頭打ったんだけど」「小さな子が走って行かなかった?」「コスプレした女の子っぽかったけど」「子供にぶつかられて大人が倒れるのか?」


 周囲からは抗議の声が雨あられ。


 そこかしこから苦情が上がる。


 これに心中で頭を下げつつ先を急ぐ。


 モールを抜けると屋外フードコートに出た。


 爆発まで残すところ一分を切っている。


「どどどど、どうすんのっ!」


 ここが東京ビッグサイトだったら、すぐ目の前に海が広がっていたことだろう。そちらへ放り投げればいい感じに対処できたと思う。しかし、ここは幕張メッセ。敷地の先には海浜大通りを挟んでマリンスタジアムが鎮座する。


「いや、たしかこっちに川がっ……!」


 過去にキルミーの仕事で培った経験が、女児の脳裏にひらめきを与える。


 イベント会場の敷地を取り囲んでいた生け垣を強行突破。


 海浜大通りを向かって右側に駆ける。


 百メートルほど走ると、浜田川が見えてきた。


 ところで、後ろから警備員や警察官が追いかけてくる。


 制服を着用していない方々は、恐らく私服警察ではなかろうか。


「そこの君、待ちなさい!」「どこへ行こうっていうんだ」「止まりなさい! そこの女の子、止まりなさい!」「なんて脚力だよ、こっちは全力で走ってるのに」「お、応援を呼びますか?」「あの格好、ステージに出てた子ッスよ!」


 彼らの目に映ったのは、メッセ大橋まで辿り着いたアグダ氏だろう。


 向かって左、南西方向に目を向けると――


「海ぃぃぃい、ありましたわぁ!」


 即座、橋桁から川緑に飛び降りる。


 高さは三メートルほど。


 華麗に着地。


 遅れてやってきた追手は欄干越しにこちらを見下げる。


「マジかよ!」「子供は身軽だからなぁ」「ど、どうしますか?」「下手に飛び降りたら足を挫くぞ」「向こうから下に下りられるっぽいッス!」「仕方がない、そっちから回り込むぞ!」「あの子は一体何がしたいんですかね」


 下りて下りられないことはないだろうが、彼らは躊躇している。


 その間にも女児は川べりを全力疾走。


 河口の先に垣間見えた大海原を目指す。


 残り、五、四、三……。


「ぬぉぉおおおおおお!」


 河口に到着した。


 真っ白なフェンスの先、海に向けて一球入魂。


 両手に抱いていた爆弾を放り投げる。


 いいや、投げようとしたところ、コケた。


 足元の段差に躓いて思いっきり。


 自ずと手元も緩んで、抱えていた爆弾はそのまま海に向かい飛んでいく。本来であればなるべく遠くへ放り投げようと考えていたところ、存外のこと岸に近いところでドボンする羽目となる。


 すると、対象が水中に収まった直後のこと。


 ズドンと轟音が響いた。


 合わせて大きな水飛沫が上がる。


 水面から立ち上がった水柱は、四、五メートルほどの高さまで伸びた。河口に立っていた自身のもとにも海水がパラパラと降り注ぐ。雨でも降ってきたかのようだ。時を同じくして飛んできたのは釘だろうか。


 頬を掠めたそれが背後にあったコンクリの壁にバシッと突き刺さる。


「マジっすか」


 大慌てで立ち上がる。


 なんと殺意の高い手製爆弾だ。


 犯人の憎悪がこれでもかと込められている。


「お、おい、今のはなんだ!」「まさか運んでいたのは爆発物か!?」「今朝方の爆発予告は本当だったのか」「だとしても、どうしてあんな子供が手にしていたんだ」「いずれにせよ本部に連絡をいれないと」「イベント会場の警備にも報告だ!」


 遠方から警備員や警察官たちの声が聞こえる。


 爆発はメッセ大橋からも確認できたようだ。


 その隙を利用して、女児は現場から逃走。


 河口からは海沿いに細い通路が伸びている。


 こちらを利用して彼らの視界よりグッバイ。


 やることをやったところで、脱兎の如く逃げ出した。




◇◆◇




 警備員と警察官は上手いこと撒くことができた。


 女児はこれ幸いとイベント会場の控え室に帰還。


 室内には普光院さんの姿が見られた。


 ステージ衣装を脱いで私服姿である。


 トイレでの着替えを済ませて戻ってきたようだ。


 パイプ椅子に座って所在なさ気にされている。


 他には誰の姿も見られない。


 担当作の公演時間は過ぎているのだけれど、先輩方は戻っていないようだ。どこで何をしているのだろう。先程まで見られた花咲さんも姿を消している。おかげで室内はがらんどうとしたもの。


「アグダちゃん、どこに行ってたの?」


「ちょっと野暮用でして」


 手元のスマホに向けられていた彼女の視線がこちらに向かう。


 正面の長机には手の付けられていないドリンクが二つ並ぶ。


「喉乾いてない? これ、もしよかったら……」


「ちょうど喉が乾いておりましたの。ありがたく頂きますわ」


「っていうか、アグダちゃん、髪の毛に葉っぱ付いてるよ?」


「え? 本当ですの?」


「ほら、これ。なんでこんなの付けてるの?」


 女児の頭部に手を伸ばした普光院さん。


 その手には小さな木の葉が摘まれている。


「観葉植物か何かの葉っぱではないかしら?」


「えぇぇ、会場に観葉植物なんてあったかな」


 イベント会場から敷地外へ抜けるのに際して、生け垣に飛び込んだところで付いてしまったのだろう。枝から取れて間もない、まだ青々とした葉っぱである。素直に伝えることもできなくて、必死に誤魔化す羽目となる。


 ただ、そうした言い訳も焼け石に水。


 より強力な追及がやって来た。


 コンコンコン。


 まずは室内に響いた軽いノック音。


「あ、はい、どうぞー?」


 普光院さんが応える。


 応じて開かれたドア。


 廊下からやって来たのはMC役のプロデューサーや花咲さんを筆頭として、ステージを共にしていた先輩方。更には警備員や制服姿の警察官。それにスーツ姿のちょっと偉そうな雰囲気をまとった見知らぬ方々。


 十数名からなる集団が物々しい雰囲気を纏っての来訪である。


「えっ、ど、どうしたんですか?」


 普光院さんもひと目見て気が引けている。


 恐らく彼女の場合は、自身の途中退場に負い目を感じてのことだろう。その事実を責め立てられるのではないかと、危惧しているものと思われる。反射的にビシッと伸びた背筋など、その内心を如実に物語って止まない。


 しかし、彼らの注目は一様にアグダ氏へ向いている。


 これを肯定するようにプロデューサーが言った。


「アグダちゃん、警察から連絡があったよ」


「警察? なんのことですの?」


「ステージのアレ、本物だったらしいね?」


 現地で警備員と警察官を撒いたのも束の間のこと。


 追求の手はすぐさま訪れた。


 当然である。


 演者としてステージに登壇していたのだ。


 ステージ衣装もそのままだった。


 出演元に問い合わせれば控え室までバレバレである。


 間髪を容れず、警察官の方々が歩み寄ってくる。


「アグダさんですね? 我々と一緒に署までご同行下さい」


「アグダさん? どちら様ですか? 知らない子ですね」


「こちらの皆さんから貴方のお名前だと伺っておりますが」


「…………」


 さて、これは厄介なことになったぞ。


 国籍なし。


 パスポートなし。


 保護者偽装の上に不法就労活動中。


 国外追放、待ったなしの状況である。


 覚悟の上とはいえ、やっぱり身構えてしまうな。

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― 新着の感想 ―
これ掲示板回とか、第三者目線の話を読んでみたい。
>過去にキルミーの仕事で培った経験が 前から思ってましたけど殺意高い派遣サービスっすよねw まぁその通りっちゃその通りなんすけどw
作者様がもう約束された面白さ 一気に最新話まで読み耽ってしまいました 爆弾投げで転けたり最後に締まらないのも魅力ですね
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