日本ゲームショウ 二
イベント本番、新作発表会の時間になった。
カメラ越しに眺めた客席は満員御礼。
我々は舞台袖に控えてスタンバイ。それとなく普光院さんの様子を窺うと、膝がガクガクと震えている。めっちゃ緊張している。他方、他のベテラン声優さんたちは悠然と構えており、皆さんいい笑顔。
ややあって、会場に華々しい音楽が流れ始める。
ステージ上のディスプレイで映像の再生が開始されたようだ。
会場に詰めかけたお客さんたちが途端にしんと静まり返った。
その只中で流れる映像は、我々も事前に拝見している。既存のシリーズ作品の名場面を映像で振り返りながら、過去から現代に向けて時系列を追っていく。やがて、映像のラストに現れるのが未発表のタイトルロゴ。
一際華やかな演出と共に、新規シリーズのリリース決定がアナウンス。
会場がわっと沸き立つ。
普光院さんの肩がビクッと震える。
からの、新規作品のプロモーション映像が流れ始める。時間にして二、三分ほど。主要七名のヒロインが次々と登場して、各々の個性をアピールするようなアクションを提示していく。名前と声の担当も合わせてご提示。
とりわけ声優の情報はお客さんにとって重要であったようで、その名前が表示される都度、会場からわっと声が上がっていた。中でも高嶺さんの名前が出たときの反応は凄まじく、会場全体が震えるようであった。
そうこうしているとMCが一足先に登壇。
「本日の司会を務めさせて頂く、若林です」
MC担当は番組のメインプロデューサーだ。
こちらのシリーズを第一作から一貫して担当しているとのこと。アグダ氏とはテレビ局の偉い人、花咲さんと一緒にホテルでBLした仲でもある。リハーサルでも顔を合わせていたけれど、声をかける間もなく逃げられてしまった。
ちな妻帯者。
お子さんは小学生の娘さんが二人。
「本作はプリステシリーズの五作目となる訳ですが……」
MCによって新規シリーズの説明がなされる。
既存のシリーズも含めた新作の位置付けや、作中で扱われるテーマなど。内容は自身がいつぞや、普光院さんや高嶺さんから聞いた通り。陰キャたちがアイドル業で一発当てて世間を見返してやろうというやつ。
「それでは早速ですが、キャストの皆さんに登場してもらいましょう!」
MCの案内と共にアップテンポが音楽が流れ始める。
こちらに合わせて舞台上まで駆け足で向かう。
先頭は高嶺さん。
ベテランなだけあってこの手のイベントにも慣れっこのようだ。観客の方々に手をフリフリしながら元気良くステージの中央に向かっていく。堂々とした振る舞いには眺めていて安心感を覚える。
我々新人はその背中を追いかけての舞台入り。
横一列でステージの上に並ぶ。
総勢七名。
舞台衣装はゲームのキャラクターを模した形。チェック柄のミニスカートなど、まさに典型的なアイドル衣装である。十代の普光院さんはまだしも、アラサーの高嶺さんは些か厳しくなかろうか。
各キャラクターは持ち前の配色が充てがわれており、自身はピンクで普光院さんはブルー。リーダーの高嶺さんはレッド。そして、残る方々でグリーン、イエロー、パープル、オレンジの担当者が見られる。
「大変豪華なキャストを揃えることができて、我々もビックリしています」
司会進行はMCのお仕事。
我々は彼から話題を振られるのを待っていれば大丈夫。少なくとも台本の上ではそのようになっていた。ヒロイン同士の絡みについても、事前に台詞合わせをしているので、妙なアドリブが入ってこない限り安心だ。
「皆さんに担当キャラを紹介してもらいましょう! まずは高嶺さん!」
「はーい、高嶺彩花です! 今作では月見悠奈を担当させてもらいます!」
担当者がキャラクターの名前を述べると、ステージ上の大きなディスプレイに対応したのビジュアルが表示される。先程のプロモーション映像とは別に、各々のヒロインにフォーカスした映像が流れ始める。
「高嶺さんは前作のプリステでもヒロインを担当されていましたが……」
MCとの質疑応答形式でキャラ紹介が行われる。
会話の内容も事前に台本を頂戴している。落ち着いて受け答えすれば、自身のような素人であっても差し支えない。リハーサルではMC担当のメインプロデューサーから直々に、アドリブとか求めないから安心して欲しいと言われた。
「それでは次は雪平さん、お願いします!」
「はいはーい! 山吹阿里沙役を担当させて頂く雪平です!」
先輩方が順番にキャラの紹介を行っていく。
しばらく待つとアグダ氏の番になった。
「さて、次はアグダさん。本シリーズ史上、最年少の配役ですね!」
「はい! 高梨伊万里役を担当させて頂く、アグダと申しますわ!」
マイクは両手であざとく握る。
その方が映えるから。
舞台監督からの指示である。
「高梨さんは小さいなりをしていながら、なんとグループ内では最年長。一人だけ成人しているキャラになりますの。中の人は新人ではございますが、年長者としてチームに貢献できるように頑張ります!」
リハで繰り返したコメントを述べる。
しかし、これだけだとつまらないな。
軽くアドリブでも入れてやろうか。
「ところで若林さんは、高梨伊万里と月見悠奈、どっちが好みですか?」
「アグダちゃん、台本にないこと言っちゃダメ! 僕が困っちゃうでしょ」
速攻で叱られてしまった。
会場からはわっと声が上がった。
存外のことウケたので良しとしよう。
次いで普光院さんの番がやってきた。
「最後は由桐さん。お願いします!」
「は、はい! 八ツ橋マユ役を担当させて頂く、由桐百合です!」
普光院さんの緊張も最高潮といった感じ。
全身がピンと張り詰めているような。
いや、それにしても力が入り過ぎではなかろうか。
などと考えていたら――
「マユちゃんはっ……私よりも二つ年上の、女の子で、自分からすれば……ちょっとだけ、お姉さんです。作中でも周りのヒロインに、気を使える……素敵な、お姉さんキャラなので、そのイメージを大切にっ……」
グゥー、ギュルギュル。
隣から不穏な音が届けられた。
「……演じていけるように、頑張りたいと……お、思います!」
幸いマイクには乗らなかった。
会場内では音楽が鳴っている為、腹の音が聞こえたのは同じく舞台に立っている登壇者だけだと思う。なんなら彼女は七人の並びの中でも一番隅っこなので、隣に立った自身以外、誰も気づいていない可能性も。
「はい、ありがとうございます! 由桐さんはなんと現役中学生、今回の八ツ橋役が初めてのヒロイン役でしたね。どうか頑張ってお姉さんで頼り甲斐のある八ツ橋マユを演じてもらえたらと思います」
少なくともMCに反応は見られない。
台本通りに題目を消化していく。
「…………」
「…………」
ほんの一瞬だけ彼女に目配せ。
すると偶然から目が合った。
額にビッシリと脂汗が浮かんでおりますね。
直後にももう一発、グゥー、ギュルギュル。
「っ……!」
応じて普光院さんの肩がピクリと震える。
昼食の席で感じた違和感は、どうやら本物であったらしい。たとえば酸化マグネシウムを利用した下剤なら、早い人だと二、三時間ほどで効果があるらしい。代謝のよろしい十代中頃のお通じ事情ならさもありなん。
「っ……」
普光院さん、絶体絶命のピンチ。
幸い客席とは少し距離があるので、多少の身動ぎなら不審に思われることもあるまい。しかし、回数を重ねては分からない。映像はライブ配信も行われているとのことで、何かあったらタイムシフトされる可能性も微レ存。
「…………」
やはりというか、黒毛和牛はトラップであったか。
この手の悪戯はアイドルの興行に限らない。
飲食店でバイト経験があれば、現場を目撃した経験のある方も多いはず。ちょっと頭のおかしい店員が気に入らないお客さんに汚物を入れるなど日常茶飯事。常在菌であれば証拠だって残らない。
多くの人は気づかずにお会計を済ませて、またのご来店をお待ちしております。お店を出てしばらくしてから、ちょっとお腹の具合が悪いなぁ、とかなんとか。それが意図的なものだと気付ける方はどれだけいるだろう。
まぁ、新作のお披露目会で仕込むような人が出てくるとはビックリだけど。
「アグダちゃん……」
マイクを下げた普光院さんが小声で訴える。
口元が引き攣っておりますね。
それでも笑顔を絶やさないプロ根性には頭が下がります。
「がんばッス」
「っ……」
一方、アグダ氏はノーダメ。
恐らくオートリジェネがいい感じに作用しているのだろう。
便意のべの字も感じていない。
おかげで普光院さんが一人だけ苦労する羽目となっている。
「ぅぅ……」
そうこうしている間にもトークタイムは終了。
本作の記念すべき初回ライブが開催される運びとなった。
MCは舞台袖に撤収。
明かりが落とされて、代わりに演出の照明がステージの上を照らし出す。よりによって七人いるヒロインそれぞれにスポットライトが当たる。腹痛で苦しむ普光院さんを、これでもかと照らし上げている。
「っ……! っ……!」
そんな状況で彼女は懸命にダンシング。
振り付けの担当者が気合いを入れて仕事に臨んだ為か、ファーストシングルとなる楽曲は飛んで跳ねての大忙し。大きく足を上げたり、その場にしゃがみ込んだり、メンバー同士でハイタッチを交わしたり。
そんな状況にありながら、普光院さん、とても頑張っている。
必死に笑顔を浮かべながらお客さんにアピールも欠かせない。
これが若さの成せる技か。
「…………」
ところで、このライブっていうのは想像した以上にイイ。
チヤホヤされている感じが最高。
隣の腹痛さんには申し訳ないけれど、ノリノリで踊ってしまっている自分がいる。中身オッサンがこんなことして申し訳ないと思いつつ、心が踊るのを押さえられない。観客席から与えられる拍手とか堪らない。
アニメの収録はシンプルに申し上げて地獄。
だがしかし、ライブ最高では?
思えばこの手のイベントには、お客さんとして参加したこともなかった。所詮は弱者から金銭をチューチューする為の集金システムだろうと下に見ていた。しかし、こうして歌って踊るのはめっちゃ楽しい。
当初は無理ゲーだと考えていた。
けれど、そんなことはなかった。
「うっ……!」
隣から苦しそうな声が聞こえてきた。
どうやら普光院さんに限界が訪れたようだ。
「っ……うぅぅぅ」
ブビュ、ブビュビュ。
尊厳の漏れ出す音がかすかに響く。
会場では大音量で曲が流れている手前、観客席まで届くことはないと思う。しかし、同じステージの上、すぐ近くで踊っている我々には、多少なりともその気配が届けられる。水気を伴ったジューシーなサウンドが。
普光院さんの声優生命や如何に。




