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日本ゲームショウ 一

 イベント会場の設営でガッツリ稼がせてもらった翌日。


 ゲームショウのリハーサル日がやってきた。


 本日も一部では設営作業が行われている。


 しかし、ブースの基礎部分については昨日の内に大半が完成しており、手が入れられているのは上モノの飾りやら何やら、細々とした箇所がほとんどだ。なのでその施工を傍目に眺めながらのリハーサルとなる。


 ちなみに所在は昨日の職場ではなく、メインステージの傍らとなる。当日はこちらで歌って踊ってするのが自身に与えられたお仕事だ。今の内からステージの広さや奥行きなど、間合いを掴んでおけとのこと。


「由桐さん、もうちょっと中央に寄って。カメラの入りが悪いから」


「は、はい! すみませんでした!」


「それとアグダさん、君は若干下がり気味。もう少しだけ前に出て」


「承知しましたわぁ」


 現場には普光院さんの姿も見られる。


 例によってタクシーで現地入り。


 自身も相乗りさせてもらった。


「他の子たちもステージの上で動き回るときは、中央にいる高嶺さんを意識してね。あまり距離が開いちゃうと、配信用の撮影で見切れちゃうから。それじゃあもう一回、最初から軽く通してやってみよう」


 現在は歌やダンスを除外した段取りを通して実施中。


 事前に配布された台本に従って多少のお喋りも。


 ただ、トークの大半はベテラン声優が担当。


 我々も台詞はあるけれど、ほんの片言。


 新人一同は先輩方の隣に並んでニコニコと笑顔を浮かべておけばいい、ということだろう。シリーズ企画としては一発目になるお披露目の機会、確実に成功させたいという製作サイドの意向を感じる。


「はい、オッケーです。ここいらで休憩にしましょう」


 舞台監督からオッケーが出た。


 ステージに見られた役者たちが散っていく。


 舞台袖で水を口にしていると、普光院さんがやってきた。


「あぁぁぁ、すっごく緊張してきたよぉ」


「まだお客さんは入っていませんわよ?」


「アグダちゃんは緊張してないの?」


「もしもこれが土建屋さんの案件だったら、緊張していたかもしれませんわ」


「普通、逆じゃない?」


「アニメの収録を経験した今、この仕事を続けていく未来が見えてきません」


「たしかに大変な仕事ではあるけど……」


 国語の朗読が苦手だった自身には、その難易度をカンストさせて音ゲー要素を追加したようなお仕事、到底続けられそうにない。しかも音響監督とのコミュニケーションは残基が二、三機くらいしか用意されていないし。


 よほど自分に自身がないとやっていけないよ。


「工事現場でクレーンの代わりを務めている方が、遥かに気分が楽ですもの」


「楽は楽かもだけど、それでいいの? アグダちゃんの将来」


「自分くらいの年齢になると、将来よりも今こそ優先しがちになりますわね」


「それでもまだ三十年以上はあるじゃん。平均寿命って八十歳くらいだよ?」


「そうでもありませんわよ?」


「中の人、前に四十五歳って聞いたけど?」


「我が国の男性の平均寿命八十一歳に対して、健康寿命は七十二歳。これが未婚の男性に限ると平均寿命は六十八歳。もし仮に健康寿命との差異が同程度だと仮定すると、独身男性の健康寿命は五十九歳前後。残すところ十四年ですわ」


「健康寿命って何?」


「健康で自立した生活を送れる期間。要は介護や治療が必要ない寿命のことですわ」


「えっ……そ、そんなことになってるの?」


「少なくとも国が発表している統計の上では、そのようになっておりますわね」


「ちなみに既婚女性の健康寿命って……」


「前に確認したときは七十五歳でしたわ」


「アグダちゃん今は女性だから、これから結婚したら健康寿命が伸びるかも!」


「こんな形でも中身はオッサンですから、それだけは勘弁して欲しいですわぁ」


 ステージの舞台袖、二人横並びとなり水分補給をしつつの駄弁り。


 普光院さんが一緒のおかげでボッチにならずに済んでいるの感謝。


 十五分ほど経過すると、改めて舞台監督から号令がかかった。


「それじゃあ、次はライブのリハに入りましょうか」


 その指示に従い、皆々が動いていく。


 ダンスや歌唱についても、メンバー全員で以前から練習を行っていた為、これといって滞りなく進んでいく。照明や音響さんが入ると、途端に臨場感が増す。舞台に立っているのだという感覚が湧いてくる。


「由桐さん、今のもうちょっと右側。場所がズレちゃってるよ」


「す、すみません! もう一回お願いします!」


 ちょっと大変そうにしている方も見られるけれど。


 彼女は学校に通いながらのお稽古だったから、やっぱり大変ッスよね。


 自身はここ一ヶ月、ニートと化していたおかげで振り付けも完璧です。




◇◆◇




 日本ゲームショウ、当日がやってきた。


 初日と二日目はビジネスデイ。


 こちらは主に業界関係者をお招きしての商談が主体。よって我々のような色物に出番はない。どちらかといえば大手企業の取締役などが登壇して、業界の未来を語ったりするイベントが大半を占める。


 来客者も大半はそっち系。


 後は直行直帰で楽したいサボリーマンたち。


 一部の有名声優さんはこちらでも、会場での司会進行や動画配信サイトでのライブ配信など、仕事に追われて忙しくしている。ただ、自身や普光院さんのような新人は引き合いも皆無。取り立ててやることもない。


 テレビ局の偉い人、花咲さんからは前日のリハーサル中に、会場の様子が気になるならコレあげるよ、とのことで当日のVIPチケットを進呈された。普光院さんから誘われたことも手伝い、二人して会場内をフラフラとしていた。


 からの、翌日。


 一般公開日となる三日目がやってきた。


 こちらこそ我々にとっては本番。


 キャスト発表については、ビジネスデイでお披露目される作品があれば、一般公開日に開示される作品もあるらしい。新規コンテンツの告知以外にも、舞台劇やラジオの公開録音など、節操なく様々な施策が実施されているそうな。


 我々が予定しているライブもその一環。


「はじめまして、アグダさん。私は由桐のマネージャーの三谷です」


「いつも由桐さんにはお世話になっております。アグダと申します」


 会場では普光院さんのマネージャーだという人物がアテンドしてくれた。


 自身にとっては初めてお会いする人物。


 三十代くらいのイケメン男性だった。


 普段の収録には付き添ったりしないけれど、こういったイベントには人目もあるので、付きっ切りでサポートに当たってくれるのだという。事務所に所属していないアグダ氏にとっては渡りに舟である。


 同行してマネージャー費用をタダ乗りだ。


 などと考えていたのだけれど――


「アグダさんは事務所に所属されていないと聞きましたが、今もそうなのですか?」


「お恥ずかしいながら、碌に教育も受けておりませんでして、宛もございませんの」


「でしたらご提案なのですが、私どもの事務所に遊びにいらして下さい。所属声優に対するサポートの手厚さにかけては自信があります。うちの由桐とも仲良くして頂いているようですし、きっと良い縁になるのではないかなと」


 どうやらアグダ氏の勧誘も兼ねていたようだ。


 これをのらりくらりと躱しつつ現地を移動する。


 我々が登壇するのは会場のメインステージ。


 三十万人近い来場者数を誇るイベントの一番目立つところで新作のお披露目を行い、初速を確保しようという製作側の思惑だ。ある程度期待されている作品にとっては、登竜門とでも称すべき催しである。


 現場には報道関係者も多数入っている。


 肩にマスコミの腕章を付けた人たちが、カメラ片手にそこかしこを右往左往。


 こちらの会場で話題となったら、初動は約束されたも同然だろう。


 故にステージに登壇する我々の責務は非常に重要なものとのこと。


 すべて普光院さんが教えてくれた。


 小さいのに物知りだこと。


「由桐さんは新人なのに物知りですわね。いつもとても助かっていますの」


「私もマネージャーさんに教えてもらったんだけどね」


「その辺りのサポートも我々はしっかりと行って参りますよ、アグダさん」


 そうして訪れた会場内の控室。


 現地にはテレビ局の偉い人、花咲さんの姿も見られた。


 偉い立場にある癖して、フットワークの軽い人である。


 そんな彼が、登壇者を全員集めて言った。


「今日の朝、この会場に爆破予告があった」


 これまた突拍子もないニュースだ。


 っていうか、既に会場を開けてお客さんを入れてしまっているけれど、大丈夫なのだろうか? この状況で安全に会場外まで避難誘導とか、絶対に無理ゲー。どう足掻いても負傷者が発生する未来しか見えてこない。


「念の為、君たちには伝えておくけど、他言無用で頼むよ?」


 むしろ、何故に聞かせたし。


 黙っていてくれたら気分も楽だったのに。


「っ……! っ……!」


 ほら見てみなさい、普光院さんとかガクブル状態入ってしまった。


 ただでさえ先日からずっと緊張しっぱなしで苦労されていたのに。


「会場や警察とは警備を強化することで合意が取れている。来場者の荷物チェック然り、警備員の数も増やして、開場前から不審物のチェックを行っているそうだ。私服警官も多数配備されているそうだから、まぁ、問題はないだろう」


 まるで他人事のように語ってみせる偉い人。


 だけど、その気持ちは分からないでもない。


 ここ十数年ほど、予告こそされても本当に爆破が行われたことは一度もない。犯人は決まってイベントの出演者や提供元に怨恨のある個人であって、催しを中止させたくて犯行に及んだと供述している、みたいな感じ。


 そうした自身の想像を肯定するように、花咲さんは軽く笑みを浮かべて語る。


「スポンサーである我々も、イベントには決して少なくない金額を投じている。今から中止したらとんでもない損失だからね。 まぁ、いつもの愉快犯だろうさ。君たちが気にすることはないよ」


 以降、上からのご挨拶ということで、しばしお喋りをして去っていった。


 控室に残された参加者たちの間では、否応なく爆破予告が話題に上がる。


「どうせ頭のおかしいやつの嫌がらせだろ? 放っておいて大丈夫だよ」


「きっと来週くらいには犯人が捕まって、ニュースで実名報道だろうな」


「こんなことで人生を棒に振るとか、変人の考えることは分からないなぁ」


「既に人生が終わってるからこそ、こんなことしちゃうんじゃないかな?」


「犯罪者って知能指数が低いらしいじゃん? そういうことじゃない?」


 題目に従うと、我々の担当作は午後からの公演。


 向こうしばらくは余裕がある。


 それまでは基本的に待機時間。精々台本を眺めてステージ入りに備えるくらい。先輩方には他所のステージや企業ブースで仕事を抱えている方も見られて、忙しそうに会場内を行ったり来たりしている。高嶺さんなどその筆頭。


 他方、仕事のない我々は控室で延々と駄弁って過ごす。


 昼食は仕出し弁当が用意されていた。


 明治の頃からやっているという牛鍋屋、高級すき焼きの名店の折詰だ。一人前で何千円もするやつ。ドラマの撮影に現場作業員として採用されたとき、俳優さんやテレビ局の人たちが食べているのを垣間見た覚えがある。


 我々末端は手弁当だった。


 コンビニのおにぎりを口に運びながら、とても羨ましく感じたものだ。


 それが本日、目の前にやって来た。


「まさかランチで黒毛和牛が頂けるとは。ゲームショウ、最高では?」


「大きなイベントだと、舞台裏のケータリングも豪華だって聞くよね」


 控室にいくつも並べられた長机とパイプ椅子。普光院さんと向かい合わせで着いてランチタイム。黒毛和牛を前にしながら平然としている彼女にとっては、きっと食べ慣れたお食事なのだろうな。


「アグダちゃん、先に食べてて。私ちょっとトイレに行ってくる」


「それでしたら、わたくしも一緒に行かせてもらいますわ」


 イベント会場にはスタッフ専用のトイレも完備。


 おかげで人目を憚らずにオシッコできる。


 男女のマークが飾られた辺りまで行くと、その正面で普光院さんが立ち止まった。右へ向かうと女子トイレ。左に向かうと男子トイレ。双方を視界に納めたところで、こちらを振り返って問うてくる。


「アグダちゃん、つかぬことを訪ねるけど、トイレは普段どっちを使ってるの?」


「問答無用で男性用に入って、居合わせた殿方たちをドギマギとさせていますわ」


「こっちから聞いておいてアレだけど、それって大丈夫なの?」


「これくらいの年頃であれば、そこまで見咎められるようなことはありませんの」


「まぁ、関西の方に行くとそういうおばちゃんとか、普通にいたりするよね……」


 トイレ前で別れて男子トイレの個室に収まる。


 居合わせた利用者は例によってギョッとしていた。


 けれど、警備員を呼ばれるようなことはない。


 そのままサクっとお小水を済ませて控室に戻った。


「…………」


 からの、長机の上に御座す黒毛和牛がおかしい。


 なんだろう、違和感を覚える。


 パッケージと割り箸の位置関係。


 自分は牛さんの顔を隠すように箸を置いていた。


 それが戻ってきたら、牛さんの顔が見えている。


「どうしたの? アグダちゃん、お弁当をじっと見たりして」


「パッケージをしかと目に焼き付けておこうかと思いまして」


「そんなに気になるなら、記念に持って帰ればいいんじゃない?」


 誰かが机にぶつかったりして、ちょっと動いだけかもしれない。これだけ人が動き回っていれば、そういうことだって起こり得るだろう。こんな場所で悪戯をするなど、あまりにもリスクが大きい。


 ただ、こちらの控室は衣装直しを行うのにも利用される手前、監視カメラが設置されていない。何か問題が起こったとしても、後日それを検証するような真似は不可能。そこに悪戯をする余地はある。


「…………」


 自身の考え過ぎではないか。


 その可能性のほうが遥かに高い。


 それに献立は黒毛和牛のすき焼き弁当。


 和牛の上に黒毛。


 しかも超有名店のご提供。


「それじゃあ、いただきます!」


 正面では普光院さんが大きなロースを頬張る。


 なんと美味しそうな光景か。


 これを眺めたのならもうアウト。


 我慢できません。


 それにアグダ氏の最強ボディーなら、多少の問題はオートリジェネが勝手に解決してくれる。この肉体に変化してからというもの、食生活が少しくらい荒んだとて、お腹を下すようなことは一度もなかった。


 だとすれば、大切なのはアフタフォローである。


「はふっ、はふはふはふっ……はふっ!」


 美味、美味である。


 黒毛和牛最強伝説。


「おいしいね、アグダちゃん」


「ええ、最高ですわ。これこそ生きている醍醐味かと」


「流石にそこまで褒め称えるのもどうかと思うけど」


 歳を取って内蔵が弱ってくると、あれもこれもと食べられなくなる。食べようと思えば食べられるのだけれど、食べてしまった結果として、食後に臓物がそこかしこ痛みを訴えたり、お肌にブツブツと発疹が生じたり。


 決して誤差とは言えないような生理的反応。食生活が残り寿命にダイレクトに影響してくる感覚。だから、口に運ぶものは吟味を重ねて、これぞと思えるものを頂く。そんな意識が四十を超えると芽生えてくる。


 故に食事は尊いのでございます。


 少なくともアグダ氏に化ける以前はそうだった。


 彼女もダイエットをするようになったら、きっと理解されるのだろうな。


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