エルフ女児、再び
予期せぬ遭遇に自身が驚いている間にも、普光院さんの歩みが向かう。エルフ女児のことはライブ配信を通じて一方的に認知している彼女だ。先方の可愛らしい様相も手伝ってのことだろう、率先して先方に声をかけていた。
昔の人は言っていた、可愛いは正義。
おかげさまで自身も彼女から衣類など譲り受けておりますし。
「ねぇ、そこの貴方、ちょっといいかな?」
「っ……!」
エルフ女児は肩をビクリと震わせた。
驚いたようにこちらへ向き直る。
これに構うことなく声をかけていく普光院さん。
「こんなところでどうしたの? 親御さんは一緒じゃないのかな?」
彼女の指摘通り、周りにご両親の姿は見られない。
現場は我が国でも有数の歓楽街。
子供が一人で出歩くには不相応な場所柄、普光院さんも気になったのだろう。最近はトー横キッズだなんだと、未成年が屯している界隈も近くに見られるが、それでもこちらのお子さんは歳幼く感じられる。
見たところ小学校中学年くらい。
アグダボディーと同じくらいのお年頃だ。
「ま、魔王っ!? どうしてオマエがここにいるのか!」
すると先方はこちらを見留て声も大きく吠えた。
その視線は普光院さんではなく自身に向けられている。相変わらずの魔王呼ばわりには、彼女にとってその存在が如何に大きなものであるかを想像させられる。あまり良い間柄ではなさそうだけれど。
「そうだ、我こそは魔王である! 異世界よりこの地にやってきた」
「や、やっぱりそういうことだったんだな! なんと狡猾なことか」
適当にぶっこいたら乗ってきたぞ。
それもこれもお酒のせいである。
「まさか私のことを狙っていたのか? 追いかけてきたのか?」
「いいえ、近くの店で飲んでいただけですわ」
「なんだよそれ!」
これだからアル中ってやつは。
そんな視線が普光院さんから向けられる。
彼女は酔っ払った同僚を放置して、エルフ女児に話しかけた。
「ねぇねぇ、こんな場所で何をしていたの?」
「な、なんだよ? なんて言ってるんだよ」
「ここで何をしていたのか尋ねていますわぁ」
「しょ、商売だよ! 商売! お仕事してたの!」
「どんな商売をされているのか気になりますわぁ」
「どこで何をしようと私の勝手だと思う!」
「商売? どういうこと?」
自身の言葉のみを聞き取って首を傾げる普光院さん。
こんな小さな子供が商売なんて、本人が望んでも世間が許すまいて。場所柄も手伝い、不健全な想像ばかりが脳裏に浮かんでくる。自身も2chで土建屋さんたちと出会っていなかったら、こうなっていたのだろうか。
などと考えると背筋が冷える思いだ。
「それにしては商売道具が見当たりませんの」
「私くらいになれば頭一つで稼げる」
「肝心の顧客はいずこに?」
「これから探しに行くところだ」
「言葉も通じませんのに?」
「おかねちょうだい!」
「え?」
急にカタコトとなったエルフ女児の発言。
咄嗟に聞き返すと、改めて訴えられた。
「おかねちょうだい!」
「あっ、今のは私にも聞こえたよ? お金頂戴って言ったよね?」
普光院さんに反応があった。
異世界の言葉でお喋りしていたエルフ女児が、急に日本語で訴えてきたから。ギブミーチョコレート的な感じで。令和最新のスタイルだと、ホ別イチゴ、みたいな感じだろうか。この辺りってそういうの、よく聞こえてくるんだよ。
「こうして言うと十人に一人くらいお金をくれる」
素晴らしいビジネスモデルだ。
自身もいつか真似してみようか。
「その作法はどちらで学んだのですか?」
「向こうの方にあるスラム街」
トー横の方を指で指し示してエルフ女児は言う。
この場で出会ったことも含めて色々と分かりみが深い。
都内を巡り巡って、こちらまで流れ着いたようである。
「い、言っておくけど、私はバカじゃないぞ!? こっちの世界の言葉が分からないだけなんだからな? たしかにここへ飛ばされてから、ずっと頭がふわふわしてるし、色々と思い出せないことが多いけど」
「記憶を失っておりますの?」
「それがどうした! 私はとても賢い。少なくとも以前は賢かった、はず!」
まさかとは思うが、このエルフ女児も自身と同じく、白尽くめの女たちによる儀式の被害者なのではなかろうか。場合によっては中身が別人の可能性も。いやしかし、それにしては別世界と思しき事象に通じているけれど。
「失礼ですが、歳はお幾つなのかしら?」
「お、憶えてない。自分のことなのに、憶えてない……」
こちらの何気ない質問に、けれど、えらく深刻な表情で思い悩み始める。
コロコロと表情のよく変わる子だ。
自信満々に胸を張って語ったかと思えば、途端に不安そうな表情を浮かべて自身の両手を見つめたりする。情緒が不安定というよりは、シンプルに本人の思考が浅いような気がするぞ。
端的に称すると、お馬鹿さん。
「親御さんとは一緒ではありませんでしたの?」
「私は大人だ! 親と一緒である訳がない!」
「成人していることは記憶しているのですわね」
「当然だろう! めっちゃ生きてきた気がするもの!」
自身と同じく見た目と中身が一致しないタイプの人らしい。
けれど、それにしては言動が幼いのが気になる。
やはり原因は白尽くめの女たちなのか。
いずれ我が身もこのエルフのように、記憶を失い、知性を失い、身を貶していくのだろうか。などと考えたところで、ドクンと胸が大きく脈打つ。以前から薄っすらと予感していた未来。女児と化した自身の行く末が、改めて脳裏を埋め尽くす。
余命宣告を受けたような気分。
ふとした拍子に自暴自棄になりそう。
これを飲み込みつつやり取りを続ける。
「これも何かの機会、貴方に施しを与えようと思います」
「わ、私のことを憐れむな!」
彼女はアグダ氏のルーツを知るためのキーパーソン。
友好な関係を築いておくことには意味がある。
「こちらをどうぞ」
「えっ……」
財布から取り出したお札を差し出す。
虎の子の一万円札である。
自身にとっては一週間分の生活費。
「い、いいのか? こんなにくれて……」
「これで敵対関係にないことを理解してくれますか?」
「っ……! そう思わせておいてから襲うつもりか!」
案の定、エルフ女児も生活には苦労しているみたい。
一万円札を目の当たりにして、大きく目を見開いた。
こちらの手元へ吸いつくように視線が向けられる。
「アグダちゃん、それよりも警察に連れてった方がよくない?」
「このまま放っておいても、そのうち補導されると思いますわぁ」
「それはそうかもだけど」
「相手はパスポートどころか戸籍も怪しいエルフですの。下手に関わったら我々の立場まで危うくなってきます。この場を離れてから警察や児童相談所に通報するので、そちらで手を打ってくれませんこと?」
「言われてみると、アグダちゃんも割と危うい身の上だったね」
「その通りですわ」
君、ちょっと身分証見せて? なんて言われたら即アウト。
そこいらの公衆電話から通報するのが自身に行える関の山。
駄目、警察、絶対。
「魔王から施しを与えられるなんて、あり得ない!」
「いらないのですか? 一万円」
「いるけどいらない! 私はオマエなんかの軍門に下らない!」
言うが早いか、踵を返したエルフ女児。
そのまま我々の下から駆け出していく。
今まさに普光院さんへ伝えた理由から、下手に追いかけることも叶わない。この辺りは頻繁に警察が見回りに出ている。見咎められて警察署まで同行を願われたりしたら大変なことである。
今の自分には声優としての立場もある。
下手に立ち回ったら関係各所に迷惑をかけてしまう。
「ここに隠しておくので、あとで取りに来るといいですわぁ」
エルフの背に向けて声をかけつつ、すぐ近くにあったエアコンの室外機の下に、小さく折りたたんだお札を忍ばせておく。事前に知らされていなければ、見つけ出すことは到底不可能のように思う。
そうしたこちらの声が届いているのか否か。
小さな身体は路地を抜けてすぐに見えなくなる。
過去、彼女と魔王の間には何があったのだろう。
これまでのやり取りからは、まるで想像ができない。




