オッサンたちの冒険 五
アグダ氏によって引き起こされた地崩れは、土建屋さんが予見したように全国区でニュースになった。曰く、メガソーラーの建設現場で大規模な土砂災害。地元住民が巻き込まれて生き埋めに、とのこと。
世間は地崩れの原因としてメガソーラーの工事をやり玉に挙げた。
事態を重く見た開発会社は早々工事の中止を宣言。
計画は白紙に戻された。
死者こそ出なかったけれど、地元の方が巻き込まれたという事実が、世間の目を引くのに一役買ったように思う。ニュース番組ではその存在がしきりに取り沙汰されて、識者の間でも議論されていた。
人身御供として山小屋へ向かった老夫婦の覚悟は決して無駄ではなかった。
そうした世の中の流れを、女児は自宅のテレビ越しに眺めている。
こうして客観的に自身の行いを見せつけられると、流石にやり過ぎたかと自省も一入。帰宅して一晩経った辺りで申し訳なさが込み上げてきた。もっと他にやり方があったのではないかとも。
日課のライブ配信もやる気にならなくて自粛中。
ここ数日は食っちゃ寝の日々を続けている。
そうして大雨の日から数日が経過したある日のこと。
土建屋さんから連絡が入った。
『アグダさん、明日辺りちょっと出て来られないか?』
「仕事の依頼ッスかね?」
電話越しのやり取りである。
聞こえてくる声色は普段の彼と変わりない。
『以前の現場から連絡があって、アンタと会って話がしたいそうだ』
「廃校の件で何か問題でも出てきましたか?」
『そこまでは分からない。なんなら向こうから来るとも言っている』
九十過ぎのお年寄りにそれは酷な話だ。
満員電車とか半分死刑じゃん。
『無理にとは言わないが、もしよかったら付き合ってもらえないか』
「承知しましたわ。落ち合うのはいつもの場所でよろしいッスか?」
『あぁ、それで頼みたい』
他に予定もなかったのでお出かけすることにした。
延々と自宅で腐っている訳にもいかないし。
ということで、翌日。
またも限界集落までやってきた。
移動は土建屋さんが運転する高級セダン。
行きがけに立ち寄ったメガソーラーの開発現場は、未だ土砂に覆われていた。ニュース番組の報道に従えば、復旧の目処は立っていないそうな。現地にはキープアウトのテープが張り巡らされて物々しい雰囲気。
これに胸中で両手を合わせつつ、いざ集落へ。
村長さんのご自宅にやって来た。
かなり歴史を感じさせるお宅だ。広さも相当なもので、建坪だけで百坪近くありそう。土地面積はその倍以上。敷地の出入り口には数寄屋門がドン。奥に控えた母屋も立派な入母屋造が印象的な本瓦葺。
いわゆる地方の名士って感じ。
周りには延々と田んぼが広がっている。
「いらっしゃい! 社長さん、アグダちゃん」
呼び鈴を鳴らすとひ孫さんが顔を見せた。
夏休み期間中とあって暇にしているらしい。
彼女の案内からご自宅にお邪魔します。
宅内はリフォームがされており想像した以上に近代的。トイレも水洗なんだよ? ウォシュレットもちゃんと付いてるんだから! とはひ孫さんのお言葉。掃除もしっかりとされており隅々まで綺麗なものだ。
通されたのは十五畳ほどの畳敷きの一室。
部屋の中ほどには囲炉裏まであるぞ。
そこで老夫婦と再会した。
囲炉裏を囲んで座布団に座している。
立ち上がろうとする彼らに、どうかそのままでと伝えつつ、我々も囲炉裏を囲む。こちらへお座りください、とのお言葉に促された先には、既に二人分の座布団が用意されていた。しかも何故か二枚敷き。
率先してお喋りしてくれているのは曽祖父さん。
「遠いところご足労下さりありがとうございます」
「お身体の具合は大丈夫でしょうか?」
「テレビや新聞では色々と言われておりますが、まったく問題ありません。むしろ、気持ちがスッキリとして具合がいいくらいです。今朝も婆さんやひ孫と一緒に野良仕事をしておりました」
「それはなによりです」
受け答えは土建屋さんがしてくれる。
自身は彼の隣に黙って座っている。
「巴、儂らは社長さんたちと話があるんで、ちょっと部屋から出ていてな」
「アグダちゃんは私よりも子供だけど、一緒に聞いていてもいいの?」
「お客様にそういったこと言うんじゃないよ。話が終わったらまた呼ぶから」
「うん、わかった!」
素直に頷いて部屋から出ていくひ孫さん。
パタパタという足音はあっという間に遠退いた。
これを確認したところで、夫妻が我々に頭を下げた。
しかも畳に額を擦り付けての土下座である。
「社長さんには大損をさせてしまいまして、申し訳ありませんでした」
「これから孫の代まで含めて、しっかりと返済していく心づもりです」
急な態度の変化に驚いた。
ギョッとしてしまったくらい。
これは土建屋さんも同様。
大慌てで老夫婦に声を掛ける。
「どうか頭を上げて下さい。誰かに見られたら大変なことですよ」
「そうは仰りますが、とても返しきれない恩義を受けてしまいました」
「見ての通り何もない場所です。返せるものはこの家くらいでしょう」
これには土建屋さんも困った表情である。
素直に申し上げると、今まさに話題に挙げられたことは、自身も不安に感じておりました。なんたって案件をポシャらせてしまったのだから。果たして損失は如何ほどなのか、尋ねるのが怖いくらい。
自ずと女児の注目も土建屋さんに向かう。
すると彼は、仕方がないな、といった表情で言葉を続けた。
「素直に申し上げますと、私はそう大して損をしていないのですよ」
「そうは言いますが、とても大きな工事だったのではありませんか?」
「いいえ、うちが請け負っていたのは廃校の片付けくらいなもんです」
それは知らなかった。
だから素直にゴーサインを出してくれたのか。
そんなことを思いつつ土建屋さんを眺めていると、こちらにチラリと横目を向けた彼と視線が合った。バツが悪そうな表情を浮かべた彼は、土下座の姿勢のまま顔だけを上げている老夫婦に言葉を続ける。
「それより下手に金銭を動かしたりして、他所様に怪しまれるほうが困ってしまいます。この前の出来事は天災なんですから、もう気にするのは止めましょう。それがお互いのためってもんです」
「あぁ、お二方にはどれだけお礼をしたらいいことか……」
「ありがとうございます。本当にありがとうございます」
「ですからどうか頭を上げて下さい」
再三にわたって促されたことで、老夫婦の姿勢が戻った。
土建屋さんにしてみれば、なるべく伏せておきたかった事柄なのだろうな。そうすれば向こうしばらくはアグダ氏を安月給でいいように扱えた。こちらの老夫婦には助けられてしまいました。
「あの、そういった意味だと私からも謝罪したいことが……」
この機会に自身も頭を下げてしまおうか。
そのように考えて切り出す。
「アグダさん?」
「勝手に町の道路を潰してしまい、申し訳ありませんでした」
こちらを見やり声を上げた土建屋さん。
彼に構わずに頭を下げて伝える。
未だに復旧の目処は立っていないという。
その場の勢いでやってしまったが、改めてニュースなどで取り上げられると、罪悪感が湧き上がってくるんだもの。ネットで知らべたところ、この手の崩落は復旧するのに半年から一年はかかるのだとか。
想像した以上の大事だ。
ただ、受け答えする老夫婦は穏やかなもの。
「どうかお気になさらないで下さい。土砂崩れがあった道路は都道府県の管轄となっています。ですから我々の懐は傷みません。ちょうど古くなっていたところ、むしろこの機会に直してもらえて万々歳でございます」
「こうして村の景観が守られたのです。それと比べたら道の一本や二本、どうなったところで構いません。それに崩落した道路とは別に、ここの集落には旧道が走っております。そちらを迂回すればいいだけのことです」
「ですが……」
「それに今回の出来事はそちらの社長さんが仰るとおり天災でございます。事故があった土留めもそれなりに老朽化しておりました。いつかはこうして崩れるのではないかと危惧しておったのです」
「爺さんの言う通りです。どうか頭を上げて下さいませんか」
老夫婦に言われて頭を元在ったところに戻す。
すると駄目出しのように温かなお言葉が。
「私どもは偶然、地すべりに巻き込まれただけでございます」
「雨の日に山へ登った馬鹿な年寄の自業自得でありますなぁ」
「ええ、まったくもって馬鹿な真似をしてしまいました」
どこか呆けたように語って見せる老夫婦。
ニコニコと穏やかな笑みを浮かべていらっしゃる。
これ絶対にアグダ氏の悪行を把握していることでしょう。
「お気遣い下さりありがとうございます」
「我々は何も見ておりませんでした。山が勝手に崩れたのです」
「ええ、ええ、その通りです。きっと大雨が原因なのでしょう」
それでも自身の蛮行は口外無用と決めてくれたようだ。
おかげで胸のつかえが取れた。
世間に吹聴されたところで、問題になるとは思わない。あまりに荒唐無稽な顛末だから。けれど、気にしていなかったと言えば嘘になる。当事者からこうして言質を得たことで人心地ついた気分である。
今晩は枕を高くして寝られそうだ。
「それでもどうかお礼だけはさせて下さい、山神様」
「村をお救い下さりありがとうございます、山神様」
「山上? あ、いえ、自分は吾妻と……」
「山神様のおかげで我々の故郷は救われました」
「村の者たちも皆々、心から感謝しております」
改めて老夫婦から土下座をされた。
二人揃って急に頭を下げるものだからビクッとしてしまう。
「このような辺鄙な田舎ではありますが、もしよろしければ、どうかまた村にお越し下さい。そう大したものはありませんが、心を込めて奉らせて頂きます。末代まで鑽仰いたす所存にあります」
「ところで山神様、そちらの社長さんからはアグダ様と呼ばれておりましたが……」
「あ、はい。自分はアグダと申します」
「おぉ、アグダ様、アグダ様であらせられる」
「ありがとうございます、アグダ様」
「あの、さ、様とか付けなくていいんで……」
とかなんとか、一方的に崇め称えられた。
この老夫婦、調子に乗り過ぎでは?
ひとしきりお喋りした後は、食事の用意があるからと誘われて、ランチをご一緒することになった。ひ孫さんも同席していた。私も支度を手伝ったんだよ! とのこと。地元の川魚や山菜を使ったお料理は最高だった。
それから食後少ししたところで帰路についた。
車に乗り込むのに際しては仰々しいお見送り。
お土産まで頂戴してしまった。
村で作っている佃煮や漬物の詰め合わせとのこと。
老夫婦は我々の姿が見えなくなるまで、路上に立って延々と頭を垂れていた。
◇◆◇
帰り道、土建屋さんが運転する自動車内。
集落を出て峠道に入った辺りでのこと。
ハンドルを握った彼から言われた。
「アグダさん、完全に信仰対象になってたな」
「信仰? どういうことッスか?」
「面と向かって山神様とか言われてたじゃないの」
「え? あっ、もしかして、山神様って……」
「他になんだと思ったんだよ」
山上じゃなくて、山神だった。
超常現象的な意味で。
やっぱり彼らはアグダ氏の破壊工作を目にしていたのだ。
「戦前世代だと、その手の信仰心が残っててもおかしくはないさ」
「そういうものッスかね?」
「うちの曽祖父も生前は毎日、どんなに忙しくても神棚に線香と念仏を上げていたよ。まぁ、若い頃のことは知らないから、それが老いからくるものか、生涯を通じての信仰心かは分からないがね」
人類を超越した身体能力が、老夫婦の目には神の所業が如く映ったようだ。
拳でコンクリを砕き、地団駄で道路を崩壊せしめた女児。
改めて思い返してみると、理解の及ばない光景を神様の所業にしたくなる気持ちは分からないでもない。もし仮に本当に神様がいらしたのなら、なんと迷惑な輩もいたことか。胸中で申し訳ありませんと手を合わせておく。
「それで新進気鋭の山神様はこれからどうするんだ?」
「どうするもなにも、後は野となれ山となれですわ」
「まぁ、他所にバレたところで、所詮はボケ老人の世迷い言ってところか」
「不躾な物言いかとは思いますが、そうなってくれると理想的ですわね」
本日こうして顔を合わせてお喋りをしてみた感じ、我々の秘密は墓場まで持っていってくれそうな気がしている。そこまで心配する必要はないのではなかろうか。漠然とそんな気がしている。
「ところでアグダさん、音楽とか流していい?」
「別に構いませんわよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えまして……」
土建屋さんがスマホを操作すると、スピーカーからアップテンポなサウンドが流れ始めた。具体的にはレーシングゲームのステージ曲として、ゲームセンターなどで流れていそうな攻撃的なやつ。
ときを同じくして、我々の乗っている自動車が急加速。
足元でタイヤがキュルキュルと音を立て始めた。
「土建屋さん、あの、これは?」
「少し飛ばしてもいいよね? せっかくの峠道なんだから」
「ぅおぉ!?」
コーナーに応じて身体が右へ左へ揺れる揺れる。
土建屋さんが運転する高級セダンは軽快に峠道を疾走。
オッサンたちのひと夏の冒険は、これにて一件落着である。




