オッサンたちの冒険 四
地すべりは既に収まりを見せている。
しかし、未だに大雨が降り続いていることもあり、地元の方々は現場に近づけずにいた。少し距離のある路上には緊急車両を含む自動車が何台か停車しており、遠巻きに様子を眺めている。大声でやり取りする気配も届けられる。
おかげで人目を気にすることなく現地入り。
地図アプリを頼りに山小屋へ一直線。
アグダ氏の身体能力をフル稼働させて、道なき道を突き進む。傾斜の厳しい山肌もなんのその。木々の間を抜けるようにして最短ルートを駆ける。普通なら樹木の枝が肌に刺さりそうなものだが、ちょっとチクチクするくらい。
木の幹を足場にしながら斜面を駆け上る。
しばらく走ると目的地が見えてきた。
土砂に押しつぶされた山小屋が。
倒木や土石の間から崩れた屋根が覗いている。
「っ……!」
その下へしゃがみ込み、大慌てで土を掘り返す。
犬かきの要領でひたすらに手を動かす。
なりふり構っていられない。
「なんでこんなことするんだよぉぉぉ!」
祈るような思いで土を掘っていく。
すると、小屋の壁が見えてきた。
土砂の中にありながら形を保っている。
「っ……!」
山小屋を建てた大工さんは、かなり腕前の立つ人物であったのだろう。
大量の土砂に飲み込まれながらも、辛うじて建物として形を残している。壁板こそ随所で穴が空いたり拉げたりしている。けれど、太めの柱とこれにくっ付いている基礎部分が、多数の梁によって結びついて家屋全体を支えている。
その内側から人の言葉を交わす気配が届けられる。
今にも消え入りそうな弱々しい声が聞こえてくる。
「……おじ…ん、どうも……ありがとう、ござい……」
「こっち……そ、付き合わせ……、わるかった……」
「いい……すよ。……むしろ……清々しい……です」
重量のある瓦礫や岩が当たらなかったのは不幸中の幸い。
窓枠に被さっていた樹木を引っ剥がして内側を覗き込む。
すると、内部には僅かながら空間が見られた。
窓ガラスこそ割れてしまっている。けれど、そこへ流れてきた木幹が多少なりとも土砂の侵入を防いでいたようだ。八畳ほどの小屋内は半分以上が土石流に埋もれている。それでも僅かながら空間には余裕が見られた。
そこで寄り添うようにして、人の姿が二人。
「お爺さん! お婆さん!」
見つけた、見つけたぞ。
ちゃんと生きている。
大きく拉げて傾いた山小屋の壁と天井の合間、ほんの少しだけ生まれた隙間で身を寄せ合っている。見たところ怪我はしていない。全身泥まみれだけれど、意識もしっかりとしているように思う。
ただ、先方は九十過ぎのご高齢。
ちょっとしたショックでぽっくり逝きかねない。
「おぉ、婆さんや、光が、お迎えの光が差して……」
「最期にいい仕事ができましたねぇ、お爺さん……」
二人ともめっちゃいい笑顔だ。
目を瞑って今まさに天へ召されようとしている。
本当に逝ってしまいそうで恐ろしい。
女児はスマホを取り出し、土建屋さんにコール。
「いました! 二人とも無事です!」
『山小屋のところか?』
「そうッス。救急車の手配お願いします!」
『あぁ、わかった。すぐに向かわせる』
通話を終えたのなら、大急ぎで老夫婦を小屋の外に運び出した。
その頃には二人も自分たちが置かれた状況を把握したようだ。
「後生ですから、どうかここで死なせてやってください」
「何卒お願い申します。それが我々の役割なのですから」
夫妻は縋るように訴える。
受け答えしている自身としては、彼らが自身の足で立ち上がれたことに内心ホッと一息。ちょっとした骨折一つで容易に逝ってしまうのが後期高齢者というもの。泥まみれの姿は眺めていて気が気じゃないぞ。
「そんなこと言わないで、ご家族のことも考えて上げてください!」
「社会的な影響は、大きければ大きいほどいいと伺いました」
「老い先短い年寄の命、どうかここで使わせてやって下さい」
老夫婦の覚悟はガンギマリだった。
これが戦前生れの胆力か。
パワフル卒寿。
活きる力に満ち溢れたギラギラとした眼差しで見つめられる。
こんなに矛盾した光景もない。
いいや、昔はこれが普通だったのかも。
放っておいたら、その場で腹を切ってしまいそう。
「せっかくここまで生きて来たのに、こんな終わり方でいいんですか?」
「故郷の為に死ねるのですから、なんら後悔などございません」
「むしろ、他の者たちの役に立てると思うと誇らしい気分です」
どうか堪えて下さいと、繰り返して訴える。
しかし、彼らはなんら聞いたこっちゃない。
隙あらば土砂の只中へ向かわんとする老夫婦。
もう少し若かったら駆け出していたことだろう。
そうこうしていると自動車が近づいてくる気配が。
然して遠くないところで排気音が途切れた。
ややあって人の声が立て続けに届けられる。
「アグダさん! どこだ!? アグダさん!」
「おおじいちゃーん! おおばあちゃーん!」
顔を上げると、視界の隅に土建屋さんとひ孫さんの姿が見られた。
土砂が流れ込んだ界隈と、未だ木々が生えている辺りとの境目。
傘もささずにずぶ濡れのまま、山中を彷徨っているように思う。
「こっちです! 土建屋さん、こっち!」
声を上げると、すぐにこちらを捕捉してくれた。
二人して大慌てで駆け寄ってくる。
取り分け元気がいいのがひ孫さん。
「おおじいちゃん、おおばあちゃん!」
衣服が泥で汚れるのを気にすることもない。
泥だらけの夫妻を目の当たりにするや否や、彼女はその元に駆け寄った。未だ土砂が山肌で蠢いているような状況、地面に度々手を突きながらも、拙い足取りで斜面を駆けてくる。その姿は見ているこちらがハラハラとするくらい。
実際、娘さんの後ろではバランスを崩した土建屋さんがすっ転ぶ。
「っ……ここは危ない、家に帰りなさい!」
「巴、いい子だから早く家に戻って……」
これには曽祖父母も心揺さぶられたようだ。
ひ孫を気遣うような素振りが見られる。
けれど、娘さんは構わずに続ける。
「危ないのは皆同じだよ! 一緒に家に帰ろうよ!」
やがて老夫妻のもとに辿り着いた娘さん。
間髪を容れず、二人にギュッと抱きつく。
今にも泣き出しそうな顔で訴える。
すると老夫婦も言葉を失ってしまう。
代わりにその皺だらけの手が彼女の頭を撫でた。
土に汚れていた手のひらを衣服で拭い、そうして綺麗になった手のひらでゆっくりと、それでいて優しげに。ガンギマリだった顔には小さく笑みが浮かんでいる。ひ孫さんと同じように、今にも泣き出しそうな笑みが。
「アグダさん! ここは危ない、さっさと逃げるぞ!」
すっ転んで泥だらけになった土建屋さんがやって来た。
立派なスーツがドロドロである。
たしかに危機感を感じさせる格好だ。
右手の平からはじんわりと血が滲んでいる。
本日、唯一の負傷者だ。
「承り!」
「ポーズ決めてる場合じゃないよ!」
そんな彼に促されるがまま、老夫婦を連れて小屋から離れる。
しばらくすると、騒ぎを聞きつけた集落の方々がやってきた。
遠くからは緊急車両のサイレンも聞こえてくる。
そちらに老夫婦を預けたのなら我々の出番は終了だ。
人目を避けるようにして、自分と土建屋さんは旅館に戻った。




