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オッサンたちの冒険 三

 旅館に宿泊して一晩が経過した。


 翌日は天気予報通り、朝から大雨である。


 窓を締め切っていても、滝のような雨が屋根を叩く音が聞こえてくる。この調子であればメガソーラーの工事も軒並み中止だろう。女児が人目を憚りながら活動するには、これ以上ない空模様である。


「それじゃあ行ってきますわ。お昼ごろには戻りますので」


「知らない知らない。俺はまだ寝てるし何も知らない」


 土建屋さんに声を掛けるも、彼は布団の中だ。


 掛け布団に包まって丸っこくなっている。


 アグダ氏は一人で民宿を出発した。


 まずは近所のコンビニで雨合羽を購入する。


 雨を避ける為というよりは、人目を引いて止まないブロンドを隠すためだ。これだけ雨が降っていれば、雨合羽を着用していても不思議ではない。フードを被ってしまえば、遠目には地元の子供と見分けもつくまい。


 その上で、現場まで徒歩で移動。


 田舎道には監視カメラもほとんど見られない。


 それでも努めて人目を避けつつの駆け足。


 スマホの地図アプリを頼りにして、土建屋さんに教わった場所まで移動する。雨模様で視界もよろしくない道中、途中で道に迷いそうになったけれど、小一時間でどうにか目的地に到着した。


 現場は山道の一角。


 大きくカーブを描いた山道。


 車道に面した斜面には立派なコンクリート製の土留めが見られる。四角い凹凸が表面に刻まれているワッフルのようなやつだ。正式名称、なんていうんだろうね。表面には金属製のネットが張られている。


 しばらく様子を眺めてみたけれど、自動車は一台も通らない。


 反対側の斜面には樹木が茂る。軽く土留めを登って傾斜より下を見下ろすと、数十メートルほどを隔てたところに切り開かれた土地が確認できた。続く先にはメガソーラーの施工予定地が広がっている。


 ただ、まだ工事は開始されて間もないようで、そう大した面積ではない。


 しばらく眺めても、界隈に人の姿は窺えない。


「安全、よし!」


 大雨なので当然といえば当然。


 更に距離を隔てた場所には廃校になった小学校が見られる。あんなところまで開拓するのかと、今回のメガソーラーの開発規模に驚いた。小山の一角が丸々太陽光発電のパネルで埋め尽くされる予定のようだ。


 すぐ近くに小さな山小屋が見られる。


 こちらは土建屋さんに確認したところ、今は誰も住んでいないとのこと。十年くらい前までは地元の猟師の方々が山へ入るときに利用していたらしい。それも最後の一人が亡くなったことで放置されているのだとか。


 それ以外には家屋の類いも見当たらない。


 確認よし。


 万が一にも人身事故を起こしては大問題。


 ご安全に。


 それでも念の為、樹木を何本か引っこ抜いて道路を塞いておこう。


 上下線共に倒木で通行止めとしたのなら、工作の準備は万端だ。


「しかし、本当にこれを壊せるのか」


 改めて山肌に沿って打ち込まれたコンクリの凸凹に向き直る。


 土留めの表面を覆っているネットを軽く破いてみよう。


 金属製のワイヤーに指をかけて力を込めると、ミカンの入っているネットでも破るかのように裂けた。体が馴染んできたとでも称すればいいのか。この肉体を得てから本日まで、日に日にパワーが増してきている。


 そうして顕となった土留めをものの試しに蹴りつけてみると――


「うぉ、マジかっ……!」


 ビシッと亀裂が入った。


 一メートルほどクモの巣状に。


 力を込めればもっと大規模にかち割れそう。


 手応えのようなものを感じるぞ。


 しかし、これ以上は靴が破れてしまいそうな。


 今履いているのは普光院さんからプレゼントされた運動靴。


 消耗品とはいえ、こんなことで駄目にするのは気が引ける。


 そこで致し方なし、ちょっと怖いけどパンチで挑む。


「日に日に人類を逸脱していくなぁ」


 残っていた金属製ネットを丸っと引き剥がして、ワッフル状の土留めを大きく露出させる。そして、もっとも勾配が急な場所に向けて、右ストレートを打ち込むべし、打ち込むべし。打ち込むべし。


 しばらく殴打を繰り返す。


 コンクリート面は一打毎にヒビが入る。


 亀裂を引き延ばすよう、場所を移しながらパンチを続けていくと、やがて全体に大きな割れ目が走った。そうかと思えば、地面から剥がれ落ちるようにして、砕けた土留めが道路に向かい崩れてくる。


「ぬぉぉおおおお!」


 危うく潰されるところだった。


 大慌てで飛び退いて距離を取る。


 ズドンズドンと轟音を立てて落ちてきたコンクリートの塊が路上を塞いだ。事前に土建屋さんと確認した限り、近隣の集落の生活道路はこちらとは別にルートが存在しているので、しばらく土砂災害で通行止めになっても差し支えはない。


 ただ、ちょっと良心が傷んだ。


「せっかく綺麗に舗装された道なのに勿体ないですわ」


 邪悪な女児はこれを更に粉砕しなければならない。


 道路の下には土留めと同じく、鉄筋コンクリート製の基礎が入っていると土建屋さんが言っていた。土留めが半壊した今、それでも道路より上にある土砂をせき止めているのが、恐らく山道の基礎部分と思われる。


 そのように考えて、遠慮なくその場で地団駄。


 思いっきりしこを踏む。


 事前に靴を脱ぐことも忘れない。


 道路の基礎は土に埋もれて直接目で見るような真似はできない。足先に伝わってくる僅かな感触の違いを頼りに、ドスンドスンと繰り返して足を振り下ろす。都度、地響きが響き渡ったりして、まるで怪獣の行進だ。


 そうして地団駄を踏み続けること小一時間ほど。


 これだと無理かなと考え始めた矢先のことだった。


「おっ……?」


 ぐらりと足元の揺らぐような感覚。


 数秒ほど遅れて、大きく体が揺れた。


 痩躯は見事に基礎を踏み抜いたようだ。


「うぉぉぉぉおおおおお!」


 足元がぬるりと崩れるのに応じて、周囲一体がそのまま山の斜面を流れていく。


 予定通りではあるけれど、やっぱり慌てる。


 その場に見られた一切合切が土石流によって流されていく。砕かれた土留めのコンクリや、路上を覆っていたアスファルト、樹木など。これらを足場にして飛び上がる。ぴょんぴょんと跳躍を繰り返しながら移動。


 土石流の範囲から脱出する。


「危うく地すべりに飲み込まれるところでしたわ」


 並び立っていた樹木が軒並み倒れて下方に流れていく。


 その後を追いかけるように大量の土砂が続く。


 土中に埋まったとて、アグダ氏のパワフルボディーであれば、這い出すようなことは不可能でないと思う。しかし、酸欠は免れないように思う。怪我が勝手に治癒される不死身性もどこまで効果があるものか。


 いずれにせよ苦しいのは間違いないと思う。


「…………」


 数分ほど待つと、土砂の流出が収まりを見せた。


 上は土留めが覆っていた辺りから山面が大きく抉れている。下方は流れてきた土砂が扇状に広がり酷い有様だ。樹木が軒並み押し倒されたことで、先程までは路上から窺えなかった下方まで目視できる。


 土砂はメガソーラーの建設予定地を飲み込んでいた。


「本当にこれでよかったのか」


 疑問に思わないでもない。


 下方に見られた重機など、軒並み土石流に飲まれて地面に埋もれてしまった。これらが土建屋さんの管理下にないことは確認している。天災が理由なら保険で対応できるのではなかろうか。


 それでも罪悪感は一入。


「火遊びでボヤを起こしたような気分だな」


 まぁ、いいか。


 やってしまったものは仕方がない。


 これって衛星画像か何かで確認されたら、アグダ氏の犯行がバレバレなのでは? などと考えたところで、見上げた空はどこまでも続く雨雲模様。土砂崩れを狙っての天候が、結果的には身バレを防ぐのにも貢献してくれている。


「さて、戻るか」


 騒ぎを聞きつけた地元民がやってくる可能性は高い。


 人目に触れる前に撤収するべきだろう。


 足を拭って靴を履く。


 元来た道を駆け足。


 すると、すぐに地域の防災放送が聞こえてきた。


 地すべりを知らせる案内だ。


 女児は悪行がバレる前に現場から撤収。


 山道を急ぎ足で下っていく。


 すると、しばらくして向かう先から排気音が聞こえてきた。対向車線から自動車が近づいてくる。路肩から山中に入って身を隠そうかとも考えた。しかし、見覚えのある車種を確認したことで、これを控えて路上に立ち止まる。


 寒村に不釣り合いな高級セダンは間違いない、土建屋さんの車である。


 ややあってナンバーが見えた。


 彼の車で間違いない。


 先方も女児の存在を把握したようだ。


 すぐ近くに停車して運転席の窓が下げられる。


 車内から顔を見せたのは想像した通りの人物。


「なんだ、もう帰ってきたのかい。アグダさん」


「こんなところで何をしているのですわ?」


「この子の曽祖父母を見かけなかったか?」


 そうして呟いた彼の注目が助手席に向かう。


 そこには村長さんのお孫さんの姿が。


「昨日来てたお爺さんとお婆さんッスか?」


「ちょっと前に家からいなくなって、そろそろ昼食の時間なのに戻ってこないの。こんな雨の中、外に出るような用事もないのに、どこに行ったのか家族の誰も知らされていないの。しかもこんな放送まで聞こえてきたし」


 ひ孫さんは不安そうに語る。


 個人的には土建屋さんの行動に驚愕を覚える。血縁関係にない未成年をご自身の車に乗せてしまって大丈夫なのかと。他所様に見咎められたら、未成年者の略取罪は免れないように思うのだけれど。


 そんなことを考えつつも本人にご確認。


「連絡は取れないのかしら?」


「電話をしてみたんだけど、電波が届かないか電源がーって言われちゃって、何度かけても通じないんです。二人ともメッセージアプリとかはやってないから、他に連絡を取る方法も思いつかなくて」


「メールはどうですわ?」


「メール? あっ、言われてみればそんなのもあったね!」


 イマドキの若い人のメールに対する認識って、そんな感じなんですね。


 自身が若いころには、メールこそ若者の連絡手段であったというのに。


「アグダさん、メールが来てたら通知が飛ぶんじゃないか?」


「言われてみればその通りッスね」


「通知は来てないし、受信トレイにも未読メールはないかも」


 助手席でご自身の端末をいじくり回している娘さん。


 その表情がハッと何かに気づいたように変化した。


「あっ、ちょっと待って。迷惑メールにそれっぽいのが来てる!」


 端末に触れている指の動きが早くなる。


 ややあって嬉しそうに声を上げた。


「このアドレス、おおじいちゃんのだよ!」


「なんと書いてありますの?」


「えっと、おおばあちゃんと一緒に山小屋を見に行ってくるって。あと、こんな仕事を任せちゃって、本当にごめんね、って……。こんな仕事ってなんだろう? 私、何もお手伝いとか任されてないけど」


 娘さんは画面を凝視しながらメールの文面を呼び上げる


 応じて心做しか、土建屋さんの表情が険しくなった。


「アグダさん、アンタまさか伝えたのか? あの人たちに」


「そ、そんなことしてないッスよ!」


 何を、とは言わない。


 それは土建屋さんと自分だけの秘密。


「だとしたら、仕事をしている姿を見られりしてないか?」


「周りに人がいないことは重々確認してたんッスけど……」


 改めて問われると、自信がない。


 ただでさえ大雨の只中、視界がよろしくなかった。木々の間に隠れて一方的にウォチられていたら、などと考えると完全には否定できない。なんたって相手はこの地に何十年と住まっている地元住民だ。


 自身が把握していない裏道など、利用していても不思議ではない訳で。


「だとしても、お年寄りの足でこんなところまでこれますか?」


「えっ、そ、それってどういうことですか?」


 娘さんは事情を把握していないようで戸惑うばかり。


 これに構わず我々は言葉を交わす。


「軽トラの一台でもあれば、移動するには十分だろうに」


「だとしても、わざわざ山小屋に足を運ぶ意味が……」


「アグダさんと同じようなことを企んだとは考えられないか?」


 言われてはたと気づいた。


 いやしかし、そこまで思い詰めていたとは。


 昨日、別れ際に耳にしたお爺さんの言葉が脳裏に蘇る。


 おかげで我々も胸の内をすっきりとさせることができました。


 とかなんとか。


「昨晩、伝えただろう? 社会的な影響は大きければ大きい方がいい」


「まさかあの人たち、自分たちから地滑りのところへ……」


「ったく、あんなこと伝えるんじゃなかった」


「っ……! あの、も、もしかしておおじいちゃんたち……」


 土建屋さんの発言を耳にして、ひ孫さんの表情が強張る。


 どうやら彼女も状況を察してしまったようだ。


「アグダさん、改めて確認するが、それらしい姿は見なかったか?」


「と、当然ッスよ! 仕事前にどんだけ確認したと思うんですか」


「お嬢ちゃん、この山小屋っていうのがどこにあるか分かるかね?」


「は、はい、分かります。今は使われていないんですけど、廃校になった学校から少し山へ登った辺りに、猟師の人たちがつかっていた小屋があるんです。たぶん、それのことを言っているんじゃないかと」


「っ……!」


 そんなまさか、あの山小屋に。


 土石流が直撃していたじゃないの。


「自分、行ってきます!」


「お、おい、アグダさん!」


 大慌てで駆け出した。


 居ても立っても居られない。


 もと来た道を戻るように山道へ全力疾走だ。


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