オッサンたちの冒険 二
廃校舎の片付けは今日と明日の二日間で実施予定。
素晴らしきはアグダボディーの超腕力。
図書室の書籍や、パソコン室の旧型デスクトップなど物の数に入らない。職員室に並んだ教員用のデスクや、背の高いスチール棚も軽々と運搬。音楽室のグランドピアノを持ち上げた辺りで、得も言われぬ達成感を覚えた。
駐車場に配置された廃棄コンテナはあっという間に埋まっていく。
コンテナ自体は後日、土建屋さんの知り合いがトレーラーで持ち帰るとのこと。金属類は回収に出して、そうでないものは廃棄するそうな。その辺りの分類も簡単に行いつつの運び込みである。
品々はなるべく壊さないように慎重に運んだ。
なんだか勿体ない気がしたから。
そうして仕事に精を出すこと数時間。
日も暮れ始めた時分のこと。
来客があった。
グラウンドに停めた自動車内での待機にも飽きて、アグダ氏の周りで細々とした廃棄物の運び出しを手伝っていた土建屋さん。彼を尋ねて、昼にもグラウンドで顔を合わせた女の子がやって来たのである。
しかも、話題に上がっていた村長さんのご両親、彼女の曽祖父母を同伴して。
「本当にすみませんねぇ、急にやって来て」
「ほんに申し訳ないことで」
「いえ、それは構わないのですが……」
ひ孫さんの言葉に従えば、二人とも九十過ぎだという。だというのに、杖の一本さえ携えることなく、ご自身の足でやってきたそうな。背筋もまっすぐとしており、七十代だと言われても信じてしまいそうなほど矍鑠としている。
これには土建屋さんも驚いておりますね。
場所は廃棄コンテナの置かれた駐車場。
その傍らで顔を合わせている。
「ところでこちら、他に人はおらんのですか?」
「すみません、今ちょっと出ておりまして」
曽祖父さんからの問いかけ。
息をするように嘘をつく土建屋さん。
なんと頼もしいこと。
「あぁ、休憩中でしたか。これはすみません」
「しかし爺さん、内緒話にはちょうどいいですね」
「すみませんが、ちと話を聞いておくれませんか」
先方は上手いこと勘違いしてくれたようだ。
まさか目の前の女児が主戦力とは思うまい。
「どういったご要件でしょうか?」
「ここいらのメガソーラーの件、ひ孫から聞いてはおりますか?」
「日中こちらで軽く伺ってはおりましたが、それが何か?」
「アレなんですが、丸っと無かったことに出来ませんかね……」
改めて曽祖父さんからも言われてしまった。
しかもめっちゃ真剣な表情である。
「申し訳ありませんが、我々は一介の施工業者に過ぎません。そういったことはお宅の息子さんと話し合ったほうが、余程のこと建設的かと思います。お力に慣れなくてすみませんが、お引き取り願えませんか?」
「息子は我々の言うことに耳を貸さんのです」
お断りの姿勢を崩さない土建屋さん。
それでも食い下がるお曽祖父さん。
「こうして現場に出ていらっしゃるということは、我々よりも物事に通じていることかと思います。急にやって来て不躾なことを申し訳ないとは思います。ですがどうか助言だけでも頂けないでしょうか」
「助言と言われましても……」
これには土建屋さんも困ってしまう。
なんたって相手はとんでもない高齢者。見た目は後期高齢者に片足を突っ込んだ程度だけれど、身体の内側までは分からない。下手に怒鳴りつけたりして、心臓発作でも起こされた日には大変だ。
「どうか何卒、お願い申し上げます。社長さん」
「お願いします、社長さん!」
曽祖母さんからも拝まれてしまう。
なんならひ孫の娘さんまで拝んでいる。
現場作業員としては仕事の進捗が気になる。
「もし仮に計画がひっくり返るとしたら、どんな状況が想定されるのかしら?」
「アグダさん、余計なことは言わんで欲しいんだが」
「息子さんを説得する材料の一つでも見つかれば、この方たちも引いてくれるのではないかと思うのですけれど。過去にこういった企画が持ち上がったとき、白紙に戻ったようなケースはなくって?」
「まぁ、現場で何か騒動が起こって社会的な問題となれば、ディベロッパーも手を引かざるを得なくなることもあるでしょう。ここ最近は世間からの風当たりも強いですから、企画が頓挫することもあるのかなと」
「他所でも聞いたのですが、デモ活動とかそういうのですか?」
我々の発言を耳にして曽祖父さんが訪ねた。
土建屋さんは受け答えに応じる。
「とはいえ、住民の反対運動があったくらいじゃ、ほとんど意味はないと思います。議会なりなんなりを通して、地元の総意として主張しないと相手にしてもらえません。そういった意味でも、まずは息子さんと話をするべきかなと」
「そうですか……」
「以前、他所で地滑りが起こったとかなんとか、耳にした覚えがあるのですが」
曽祖母さんも食い下がる。
その思いは本物のようだ。
こういうのはメガソーラーに限った話ではなく、一昔前はダム開発だとか、最近だとリニアのトンネル工事だとか、その手の事業に対して批判が上がるのは世の常である。そこで暮らしている人たちがいるのだから、当然とも思える。
誰だって故郷が壊れていくのを眺めるのは忍びないものだ。
「現場で事故が起これば企画がひっくり返ることもありますよ。ですが、そんなのは狙ってやることじゃない。そもそも私らだって安全には十分気をつかって仕事をしております。事故なんて起こさせません」
「あぁ、すみません。うちのババァがまた申し訳ないことを口走って」
「変なことを聞いてしまってほんに申し訳ありません、社長さん」
土建屋さんも扱いに困っていらっしゃる。
なんたって先方はお客さんのご両親。
下手に対応してプロジェクトから外されたら大変なこと。
「だけど爺さん、こうしてお話を聞けただけでもよかったじゃないですか」
「あぁ、そうだな。急にやってきてすみませんでした、社長さん。工事でおまんまを食べている方にこんなことを聞いてしまいまして。おかげで我々も胸の内をすっきりとさせることができました」
「こちらこそお力になれそうになくて申し訳ない」
どうやら引いてくれそうな気配。
土建屋さんは円満なバイバイを求めて話題を他所へ。
「しかし、どうして私にそのようなことを? 告げ口をするかもしれませんよ」
「こちらのひ孫が、社長さんをいい人そうだと言っていたのでございまして」
「この子の人を見る目には、我々たちも一目置いているのですよ、社長さん」
「……左様でございますか」
ニコニコと笑みを浮かべているひ孫さん。
けれど、その判断には疑問が残る。
たしかに悪い人じゃないとは思うけれど、そこまでいい人でもないと思うんだよな、土建屋さん。なんなら本職はヤクザなんじゃないかと、アグダ氏は疑っている。怖いから絶対に確認しないけど。
「お忙しいところ失礼しました」
「お仕事中のところすみませんでした」
「社長さん、ありがとうございました!」
そんなこんなで三名は現場から去っていった。
彼らの姿が完全に見えなくなったところで、アグダ氏は作業を再開。
無事に予定していた仕事を終えて、夕食までには撤収することができた。
◇◆◇
宿泊先は廃校から自動車で少し走ったところにある旅館だ。
まずはひとっ風呂浴びてホコリまみれの体を綺麗にする。土建屋さんに続いて男湯に向かった洋ロリを、彼はまったく気にしていなかった。ブロンドのムチムチボインが好きだというのは本当なのだろう。
然る後、近所の飲食店で夕食。
土建屋さんは気持ちよさそうにビールで喉を鳴らしていた。なんと羨ましい光景か。彼の注文分を横から掻っ攫おうとするも、即座に咎められてしまう。見咎められようなドジは踏まないと説得するも梨の礫。
代わりに帰り道、コンビニで缶ビールを買ってもらった。
本日のところはこれで我慢しろとのこと。
ところで、旅館に戻った直後にも問題が発生。
チェックインのときは別々だった宿泊先の部屋が、何故なのか一部屋にまとめられている。別の部屋に置いていた自身の荷物が土建屋さんの部屋に運び込まれている。なんなら布団が横並びで敷かれているから困ったこと。
「土建屋さん、どうして同じ部屋なんッスか?」
「電話をしたときはちゃんと二部屋分、予約を取ってたんだよ」
「それがどうしてこんなことに」
「チェックインのとき、アグダさんと親戚って伝えただろう?」
「ええまぁ、そんなやり取りがあったような、なかったような」
「そのときに予約のミスと判断されたらしい」
「反論すればいいじゃないですか」
「親戚の前提で被保護者と別室とかどう考えてもおかしいだろうに」
「世の中にはそういう家庭もあるかもしれないじゃないですか」
「どんな家庭だよ」
たしかに旅館の判断も分からないではない。
というか至極真っ当のような。
こういうときに女児って面倒臭い。
「追加で一名泊まるからと掛け合ってみたんだが、満室だと言われた」
「自身が追い出された部屋はどこに行ってしまったんッスかね」
「予約外のお客さんを案内したから埋まってしまったとか言ってたよ」
「こんな辺鄙な場所に観光客が?」
「近くの林道で事故ったバイク乗りが、明日のレッカー待ちとかなんとか」
「これだからバイク乗りという生き物は……」
おかげでこうしてオッサン二人、六畳一間に収まっている。
以降、ちゃぶ台を囲んで缶ビールを開けながらのやり取り。
土建屋さんも飲み直すとか言ってゴクゴクとやっている。
互いに距離を取るように、各々の布団を部屋の隅に寄せて、座卓を縁側に放りだしたのなら、その間にちょうどいいスペースが生まれた。そちらにちゃぶ台を配置して、布団に座りながらこれを囲っている。
「自分、他人の気配があると眠れないたちでして」
「奇遇だな、俺もそうだよ」
「奥さんとは別室なんですか?」
「結婚してからこの方、ずっと別々のベッドだよ。何か文句あるか?」
「いちゃついた後に他所のベッドに移動するのめんどくないですか?」
「シャワーを浴びるんだから、別にそこまで手間はないだろう」
「そのまま寝ちゃったりしないんッスね」
「若い頃はそれでもいいけど、子供ができるとそうもいかないだろう」
「言われてみるとたしかに」
「そういうアグダさんはどうなんだよ?」
「独身ですが何か?」
「あぁ、まぁ、あの部屋の様子からしてそうだよな……」
他愛ない話を交わしながら杯を重ねていく。
ひと仕事終えた後ということも手伝ってお酒が美味しい。気づけばいつの間にやら、手前には空になったロング缶が三本ほど転がっている。これは土建屋さんも同様。店でも二杯は飲んでいたし、なかなかお酒には強いようだ。
こうなったらお酒の勢いで寝てしまえ、みたいな感じだろうか。
「明日も早いし、そろそろ寝ちまおうぜ、アグダさんよ」
「その前にちょっとだけ、土建屋さんに相談したいことが」
「色々と話したと思うんだが、まだ何かあるんですかね?」
「なんとなく察してるんじゃありませんか?」
「こんな下らない会話を前置きに持ってくるくらいだからな」
「…………」
どうやら自身の意図はバレバレであったようだ。
こちらが黙ると、先方から立て続けに問われた。
「アグダさん、なんでこんな下らない他所事に首を突っ込みたがるの?」
「思い出が、欲しいんですよ」
「それはまた想定外のお返事だ。思い出? こんなところで?」
「今くらいの歳になって、改めて思うんです。自分は、空っぽだなぁって」
「やたらと突っ込んでいく理由はそれですかい。声優なんか始めたりして」
「恥ずかしながら、そうなんです」
お酒の力を借りて素直に伝えることにした。
断られてもお酒の席の戯言だと取り繕えるように。
「こんな意味不明な体になってしまって、どれだけ生きられるかも分からないじゃないですか。明日ぽっくりと逝ってしまうかもしれない。だから精々、悔いのないように毎日を生きていきたいなと」
「まぁ、他人事ながら恐ろしくはあるだろうと思うよ」
女児になった直後、頭に生えていた角がポッキリと根本から折れた。
あの光景が忘れられない。
再び生えてくる気配もない。
近い将来、この肉体も同じように砕け散ってしまうのではないかと。
「自暴自棄とも言いますが」
「それにしては理知的だと思うよ。今のところ」
「あざます」
ということで、単刀直入。
素直にお伺いすることにした。
「今回のメガソーラーなんですが、どうにかなったりしませんかね?」
「それ、俺に聞いちゃう?」
「今回損した分だけ、自分これから頑張って返させてもらいますから」
「アグダさんには何の得もないように思いますが」
「そうして頑張った過程が思い出になるんじゃないかなって思うんです」
「そんな体たらくだからアグダさん、いい歳して苦労されてるんですよ」
「そうですかね」
「そうですよ」
駄目だろうか。
駄目だと言われたら、素直に諦めよう。
土建屋さんに迷惑をかけたくない。
「俺はつまらない男だから、そういうの分からないなぁ」
「自分も馬鹿なこと言っていると思います」
けれど、もしも駄目だと言われなかったら――
「これは先方にも伝えたけど、現場で何か大きな問題が起こって、それがメディアに取り沙汰されるようなことになったら、企画が頓挫することはそこそこあるよね。アグダさんもニュースなんかで見たことあるだろ?」
「お婆さんの言葉じゃないですが、地すべりとか割とそこいらで起こってますよね」
「まぁ、そういうこったですよ」
「ところで明日、天気予報は雨なんですよね」
「それも予報だと、かなりの土砂降りだそうで」
「この辺りに土砂崩れが起こりそうな場所ってありますかね?」
「学校を越えた先にある、道路沿いの土留めの辺りだな。下にはメガソーラーの建設予定地がある。事前の打ち合わせでも、その辺りは注意してくれと連絡を受けていたっけな。今の時期、雨天なら作業は中止だ」
「…………」
普通に考えたら、そんなことはあり得ない。
しかし、この肉体はちょっと普通じゃない。
脳裏には何をどうするべきか、瞬く間に算段が組み上がっていく。
「……話はそれだけですかね?」
「ええ、ありがとうございます。モフモフ星人さん」
素直にお礼など申し上げてみる。
すると彼は布団の上に横になってしまう。
そして、頭から掛け布団をかぶりながら訴える。
「これは寝言だよ、寝言。俺は何も聞いちゃいないし、喋ってもいない」
「…………」
そういうことならと、自身も布団に入ることに。
照明から下がっていた紐を引くと部屋の明かりが落ちた。真っ暗になった客室内、開けっ放しの窓から月明かりが差し込んでくる。このような田舎でも月が出ていると屋外はそれなりに明るい。
段々と部屋の暗がりに目が慣れてきた辺りでのこと。
「……アグダさん、今の自分とのやり取り、隠して配信とかしてないよな?」
「せっかく格好良くキメたんですから、そういうこと言わないで下さいよ」
「いやだって他所に漏れたら大変だよ? こんなしょうもない内緒話とか」
「こちら自分のスマホです。好きなように確認してくれて結構ですから」
「えっ? あ……うん。だけど、そこまでされると逆に不安にならない?」
存外のこと神経質な土建屋さんの一面を垣間見た夜だった。
会話を終えてから以降も、布団のモソモソとする気配が続く。
一方で健康優良児のアグダ氏は、ほんの数分で眠りに落ちた。




