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オッサンたちの冒険 一

 毎日のように行っている動画投稿サイトでのライブ配信。


 終了間際に土建屋さんからコメントがあった。



:アグダさん、仕事を頼みたいんだけど



 ここのところ声優業に現を抜かしているアグダ氏だが、収入の本命は彼から与えられる現場仕事に他ならない。現在収録中のプリステがヒットしたら分からないが、そんな不確かな未来を優先するほど自身は成功体験に富んでいない。


 太客と称して差し支えない先方からのお仕事は、何に代えても受注したい代物。


「是非ともお受けさせていただきますわ」


 ということで、二つ返事で受託。


 翌日には現場に向かい出発だ。


 いつものように都内の適当な場所で落ち合い、土建屋さんの運転する自動車に揺られて移動する。本日の現場は都下の割と辺鄙な場所にあるらしい。首都高から新宿線、中央自動車道に入り、延々と西方に向かい走っていく。


「現地まではどれくらいッスかね?」


「片道二時間ちょいってところかな」


「かなり距離があるんですね」


「現場が奥多摩の方なんだよ」


「そんなところに仕事があるんッスか?」


「廃校になった小学校の片付けなんだけど、重機を入れるのに手間がかかりそうなんで、アグダさんにちょちょいと片付けてもらえたら大助かりなんだ。現地に向かうだけでも時間がかかるし」


「なるほど」


 高級セダンの助手席は座り心地が大変よろしい。高速道路の追い越し車線をかなりの速度で飛ばしているにもかかわらず、エンジン音も非常に静かである。灼熱の屋外に対して、エアコンのよく効いた車内は快適そのもの。


 おかげでちょっとしたドライブ気分。


 自然と運転席との間でも会話が弾む。


「ところでアグダさん、今年でいくつなの?」


「四十五になりましたわ」


「マジか。自分とタメなんだけど」


「あらまぁ」


「ぶっちゃけ、もっと年上かと思ってたわ」


 なんとなく同じくらいだろうな、とは思っていたけれど、同い年とは思わなかった。見た目が厳つい土建屋さんだから、どうしても大人びて感じられるというか、年齢に対して貫禄が半端ないというか。


 ハンドルに伸びた太い腕。


 手首に垣間見えるゴツい時計。


 指に嵌められたキラキラの指輪たち。


 そういうのを眺めていると、自ずと頭が下がってしまう。


「こんなに成功されていて凄いッスね」


「自分の場合は運がよかっただけなんだがね」


「運も実力の内って言うじゃないですか」


「そうかね?」


「そうッスよ」


 実力で成功された方って、大体初手でこういう言い方するよね。自身の拙い社会経験でも分かる。逆に何もかも氷河期世代のせいにしている自分は、きっと人としての力量に劣っているのだろうな、とも。


「同い年なんだし、タメ口でいいよ?」


「いえ、丁寧語の方が気が楽なんですの」


「そういうもの?」


「そういうものッスよ」


 身体に染み付いた奴隷根性のせいである。


 他者に誇るようなものが何一つないから。


「いうて配信のときの口調そのままじゃないの」


「声のお仕事では、こちらの中身を知らない方々とも顔を合わせる機会がありますでしょう? その際にボロが出ないように、日頃から配信のスタイルで統一しておりますの。この見た目で内面をポロリしたら大事故ですから」


「その辺りは多少なりとも気を遣っているのかね」


「そりゃそうッスよ」


 普光院さんとお喋りしているより、土建屋さんとこうして駄弁っているときの方が気分が楽なのは、やっぱり同じ中高年同士だからだろう。知人とドライブとか、学生の頃以来じゃなかろうか。


 しばらく走ると高速道路を抜けて山間部に入った。


 自動車が走っているのは完全に峠道。たまに甲高い音を立てたバイクやスポーツカーが後ろから迫ってきて、制限速度プラス二十キロくらいで走っている我々をぶち抜いていくような界隈である。


「そろそろ現場なんだが、先に昼飯としようか」


「了解ですわ」


 足を運んだのは個人経営の食堂。


 店内にご主人や奥さんの私物とか飾ってある感じのお店。統一感とか全然なくて、これ絶対に旅行のお土産だよな、などと突っ込みたくなる全国津々浦々のタペストリーや置物がそこかしこに見られる。


 自身はドテ定食をチョイス。


 土建屋さんは生姜焼き定食。


 あまり期待していなかったのだけれど、かなり美味しかった。濃い目の味付けは我々のような肉体労働者がメインの顧客だからだろうか。居合わせたお客さんもそれっぽい格好の男性がほとんどだった。


 それから再び自動車に乗り込んで移動。


 気分は完全にドライブ。


 三十分くらい走っただろうか。


 食後の眠気が頂点に達した辺りで現場に到着。


「危うく睡魔に負けるところでしたわ」


「別に眠ってくれてもよかったけどな」


 周囲を山林に囲まれた界隈だ。


 近隣には民家もほとんど見られない。


 ちょっとした小山の中ほど。


 木造の古めかしい校舎が建っている。


 横に伸びた木造の二階建て。


 正面には所々に雑草の茂った運動場。


「やたらと放牧的な場所ッスね」


「悪くいえば限界集落そのものだ」


 小山を登るように伸びた細い道路は、運動場の脇を通って校舎の裏方に伸びている。恐らくそちらに教職員用の駐車場が用意されているのだろう。けれど、土建屋さんは運動場に向けてハンドルを切った。


 校舎の正面玄関にほど近い場所に自動車は停車。


「重機を入れるには十分過ぎる広さかと思うんッスけど」


「この裏方に旧校舎があるんだけど、そっちまでは道路が伸びてないんだよ。クレーンはもちろん、軽トラも入れられないから、人手で運び出す必要がある。だもんで、アグダさんの出番って訳なのさ」


「これより古い建物があるんですの?」


 こうして眺める校舎もかなりのもの。


 戦後間もない頃の竣工を思わせる。


「聞いた話によると、築百年以上らしい」


「それって本当に壊しちゃっていいんッスか?」


「こっちはそういう段取りで聞いているがね。なんでもこの辺りをまとめて開拓して、メガソーラーを設置するらしい。地主と話がついたってんで、すぐにでも工事を始めて欲しいとのお達しだ」


「まぁ、自分はお賃金さえ頂戴できるなら、それで構わないんですが……」


 我々の目の前に広がっているのは、まさに日本の夏っていう感じのいい風景。廃校になって尚もノスタルジックな雰囲気を放って止まない佇まいは、眺めていると四十過ぎのオッサンでもモラトリアムを感じてしまう。


 それが失われてしまうのは、残念な気がしないでもない。


「運び出し先はどちらに?」


「校舎裏の駐車場に廃材コンテナを用意してある」


「了解ッス」


「軽く校舎の中を見て回るか?」


「そうですわね。運び出しのルートを確認したいですの」


「あいよ」


 運動場に止めた自動車から降りる。


 屋外は灼熱だ。


 車内では窓ガラス越し、多少なりとも遠く聞こえていた蝉の音が、ドアを開けた途端に圧倒的なサウンドとなって両耳を刺激する。頭上には入道雲と青空。背の高い建物が周りにないので、とても広々としたものだ。


 途端に肌から汗が滲み出てくる。


「モフモフ星人さん、あちらに生徒さんが」


「近所の子供だろう」


「人目があるのはちょっと困りますね」


「この炎天下だ、そこまで長居はしないだろう」


 校舎の出入り口付近に人が見られた。


 遠巻きにこちらを眺めている。


 見たところ中学生くらい。


 白いシャツに短パン姿の女の子だ。


 土建屋さんが歩み寄ると、その面持ちが強張りを見せた。しかし、すぐ隣に女児が見られた為か、逃げ出すようなことはない。どことなく緊張した表情を浮かべながら、我々のことを迎え入れた。


 率先して声をかけたのは土建屋さん。


「お嬢ちゃん、ここは関係者以外立ち入り禁止だよ」


「おじさんたち、どちら様? 人掠い?」


「ここの解体を仰せつかった業者の人間だが」


「あぁ、もう来ちゃったんだ……」


 土建屋さんが名乗ると、彼女の表情がくしゃりと歪んだ。


 困ったなぁ、とでも言いたげな眼差しを我々に向けてくる。


「なんだ、自分らのことを知ってるのかね」


「仕事を頼んだのはうちのお祖父ちゃんです」


「村長さんのところのお孫さん?」


「うん」


 どうやらお客さんの身内らしい。


 自ずと土建屋さんの対応も丁寧なものに。


「外は暑いし、涼しいところで遊んだらどうかね」


「学校がなくなる前に堪能しておこうと思って」


「本当に人掠がやって来るかもしれない」


「私ってばとっても可愛いもんね」


「その意見には賛同しかねるが」


 そのように言われてしまうと、我々としてはぐぅの音も出ない。


 しばし考える素振りを見せたところで、土建屋さんは続けた。


「今日のところは施設内の廃棄物を回収しに来ただけだ。建物自体はもうしばらく残っているから、また明日にでも見に来ればいい。向こうしばらくは写真を取って回るくらいの猶予もあるだろうさ」


「そうなの?」


「今のところそういうスケジュールで動いてる」


 逆に言えば、数日でこの光景ともお別れか。


 彼女もそのように考えたようである。


「おじさん、工事を止めたりできない?」


「悪いがそいつは無理な相談だ」


「地元の人たちも反対している人はいるんだよね。むしろ数の上では大半なの」


「メガソーラーの設置で動いている金額は相当なもんだ。こっちは下請けに過ぎないし、施工主に意見できるような立場にないんだよ。それこそお嬢ちゃんのお祖父さんの方が、余程のこと上の立場にあるだろうさ」


「お祖父ちゃんはメガソーラーに前向きだから」


「だとすれば、申し訳ないが諦める他にないだろうな」


 粛々と受け答えする土建屋さん。


 それでも少女は食い下がる。


「この辺りに土地を持っている村の人たちも、本当は反対したいの。だけど、このままだと村の財政が立ち行かないから、仕方なく賛成してるって、ひいお祖父ちゃんが言ってた。ひいお祖母ちゃんなんて前に、お祖父ちゃんのこと箒で叩き回してたよ」


「村長さん、もう七十過ぎだったろう?」


「ひいお祖父ちゃんとひい祖母ちゃんは今年で九十二歳です!」


 その光景、ちょっと見てみたいかも。


 矍鑠とした方々なのだろうな。


 この子も長生きしそうだ。


「戦前生まれか。それは大したものだ」


「自慢の曽祖父と曽祖母です!」


「しかし、申し訳ないが我々は一介の施工業者に過ぎないんだよ、お嬢ちゃん」


 繰り返して土建屋さんが伝える。


 彼女は物言いたげな眼差しで我々を見つめる。


 けれど、これ以上の問答は無意味だと悟ったのか、素直に頭を下げた。


「……ごめんなさい。迷惑をおかけしました」


「いいや、謝ってくれることはないさ。地元でそういう意見があると知れただけでも、我々としては意義があるからね。ただ、申し訳ないけれど、現場の意思決定には君のお祖父さんを頼って欲しい」


 改めてダメ出しをする土建屋さん。


 こんなに小さな女の子相手とのやり取りであっても、確実に自身の行いを責任転嫁していく姿勢には企業主としての強かさを感じる。こういう方だからこそ、一国一城の主として成功しているのだろうな。


「こんな可愛い子が頼んでも駄目なんだもんね。子供は趣味じゃないですか?」


「君には申し訳ないが、おじさんはムチムチボインの欧米人が好みなんでね」


 それって目の前の女の子に対するお返事ではなくて、アグダ氏の貧相極まりない肉体への当てつけですよね。なんとなくそんな気はしていた。自身の拙い女児歴であっても、異性からの視線はなんとなく判断できる。


 めっちゃ見る人と、あまり見てこない人と。


 子供とか露骨だよね。


 やたら見てくる。


 ただ、だとしたらどうして土建屋さんは、2chに立てた女児TSスレに顔を見せたのか。まさかとは思うが、女体化願望があったりするのだろうか。それはそれでからかい甲斐のあるネタである。


 もうちょっと仲良くなったら、いつかぶっ込んでみよう。


「子供相手にそんなこと言っていいんですか?」


「聞いてきたのは君だろうに」


 飄々と受け答えする土建屋さんの態度は崩れない。


 先方もこれは駄目だと考えたようだ。


 自ずとその注目がこちらに移った。


「そちらの子は、えっと、お子さんですか?」


「そう見えるかね?」


「いえ、あの、なんというか……」


 こちとらどう見ても洋ロリである。


 血縁関係を疑う余地はない。


「親戚から預かっている子だよ。私と直接の血縁関係はないんだが」


「とても可愛らしい子ですね。お人形さんみたい」


「あまり褒めてやらないで欲しい。増長したら大変なことだ」


「失敬な、しませんよ。自身の立場は弁えているつもりですから」


 咄嗟に答えていた。


 増長しているように見えただろうか。


 たしかにここ数日ほど、ちょっと調子に乗っていた気もする。脳内で一人称をアグダ氏とか扱ってしまう程度には、こちらのイケイケ女児ボディーに依存している。気持ちが悪いと言われたら、まさにその通り。


 だけど、他に上手いワードが浮かばない。


 アグダちゃん。アグダさん。アグっち。アグアグ。


 考えれば考えるほど、なんかもう面倒になってアグダ氏としている。他所様の肉体と思しき依代であるが故に、それくらいの距離感が適切なのではないかなと。お台場海浜公園で出会ったエルフ耳っ娘曰く、その正体は魔王とのこと。


 正直、さっぱりである。


「海外の方なのに、日本語がお上手なんですね」


「日本生まれの日本育ちですわ」


「そうだったんですね、ごめんなさい」


「謝罪して頂くほどのことでもありませんが」


 以降、他愛ない雑談を交わす。


 時間にして数分ばかり。


 彼女もこれ以上はゴネても無意味だと悟ったのだろう。ひとしきり世間話を交わしたところでグラウンドから去っていった。元気よく手を振りながらバイバイしていった。土建屋さんはこれに、おぉーう、などとそっけないお返事。


 その姿が見えなくなるまで見送る。


 この辺りは照明も乏しい。


 日が暮れるまでには、ある程度片付けてしまいたい。


「早速ですが、仕事に入るとしましょうか」


「そうしておくんな。こっちは車で待ってるから」


「運び出しルートの確認には付き合ってくれませんの?」


「あぁ、そうだったな」


 土建屋さんと揃って校舎を見て回る。


 真っ青な空、灼熱の太陽、蝉の音、田舎の学校。


 建物は床から壁、天井まですべて木造。


 机や椅子なども廃校となった当時のまま、すべてが教室に残っている。廊下には水飲み場。壁にかけられたカレンダーは数年前のもの。一部の黒板には閉校の直前に書かれたと思しき寄せ書きが今も残る。


 めっちゃノスタルジックな気分になった。



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