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新人声優、炎上する 一

 プリステのヒロイン役を得てから、声優業が途端に忙しくなった。


 なんでも今年の冬にはソーシャルゲームがリリースされるらしい。


 普光院さんの言葉に従えば、シリーズの稼ぎ頭。


 そして、ゲームのリリースが順調に行われたのなら、来年年明けからテレビアニメが放送される。ということで、今年の秋にはゲームのショウ的なイベントに出店して、メインのキャストが発表されるのだとか。


 先日収録したキャラソングはキャストの発表後、その翌週にも販売が開始されるとのこと。こちらを皮切りにゲームの配信まで、アプリの事前登録を伸ばすべく、数々の施策が用意されているらしい。


 逆算すると、ちょうど今夏から諸々の収録が本格化することに。


 この辺りはすべて普光院さんが教えてくれた。


 あの子、キャリアの割に蘊蓄凄いよね。


 それでも動画投稿サイトでの配信を欠かさないアグダ氏は、かなり頑張っているのではなかろうか。本日も仕事へ向かうまでのスキマ時間でライブ配信をしている。まぁ、ただ駄弁っているだけではあるけれど。


「……という訳で、手から火が吹き出すようになりましたの」



:えっ、ちょ、それ凄くない? ヤバくない?

:前にエルフ耳の子が言ってた魔法ってやつ?

:アグダちゃん、何気ない雑談の情報量が多いよ



 軽く指先に炎を灯したところ、視聴者からはコメントが連なった。


 高級ホテルで普光院さんをお助けして以降、暇を見つけては人目をはばかりながら出力の調整に挑んでいたアグダ氏である。その甲斐あってか、今ではライター程度の弱火から火炎放射器ほどまで自在に炎を放射可能。


 それ以上の出力は怖いので試していない。


「残念ながら、今のところまったく使い道はないのですけれど」



:土建屋さんなら、きっと何か思いつくはず!

:無茶振り過ぎるでしょ。火事になるよ

:炙りサーモンとか、焼きマシュマロとか。

:食材炙るならコンロでよくない?

:キャンプでは重宝するかも



 そうして他愛ない雑談を交わすこと小一時間。


 普光院さんから出発の催促があった。



:アグダちゃん、そろそろ支度しないと間に合わない



 言われて時計に目を向ける。


 いつの間にやら午後二時を過ぎている。


 本日は四時からお仕事の予定。


 プリステのゲームのボイス収録なのだとか。


 支度もあるので、そろそろ切り上げないと。


「それでは皆さん、行ってまいりますわ」



:お仕事がんばってね!

:おうえんしてまつ。

:いつもの公園で待ってるから



 普光院さんち最寄りの公園で待ち合わせて出発。


 このスタイルにもだいぶ慣れた。


 移動は例によって彼女持ちのタクシー。


 本来なら自分一人で向かうべきところ、如何せん素人極まりないアグダ氏とあって、当面の間は普光院さんが同伴して面倒を見て下さるようだ。他に仕事らしい仕事もなく、学校は夏休み中の彼女だからこその手厚いサポートである。


「ところでこの作品、どういうストーリーなのですか?」


「端的にいうと、社会に居場所のない日陰者の女の子たちが、どん底からお互いに寄り合ってアイドルとして勝ちに行く物語だよ。最初は地方のドサ回りからスタートして、段々とサクセスしていくっていう感じかな?」


「だいぶ俗っぽいストーリー展開なんッスね」


「この手のアイドルモノだと、王道はやり尽くしちゃったからね」


「自分の担当キャラが気になるところですわ」


「アグダちゃん、作品の資料もらってないの?」


「一切もらってませんわね」


「あっ、そっか! 事務所に所属してないから、漏れちゃってるのかも」


「本日のボイス収録に差し当たり、軽く教えてもらいたいのですけれど」


 台本はもらったけれど、その手の資料はさっぱりである。


 おかげでキャラクターを断片的にしか理解できていない。


「えっと、これまた端的に説明すると、高校ダブって引きこもり。一人だけ周りよりも年上の陰キャって感じ? それでいて見た目はやたらと小さくて、ロリコン需要に向けられたキャラっぽい子。要は合法ロリ枠だね」


「花咲さん、狙いすぎでは?」


「キャラの設定はアグダちゃんが就任する以前から決まってたと思うけど」


 説明をしながらカバンを漁っていた普光院さん。


 取り出されたのはタブレット。


 画面には部外秘との刻印が為されたドキュメントが表示されている。どうやら作品の概要をまとめたモノらしい。彼女が指先でスワイプするのに応じて、作品の設定資料が流れていく。しばらくすると見たことのあるキャラが出てきた。


「キャラのデザインは確認してるよね?」


「ええ、見覚えがありますわ」


「沖縄の離島出身らしいから、沖縄弁とか勉強しておくとキャラが立つかも」


「中途半端に披露すると、かえってファンからフルボッコされるやつですわね」


「資料はあとで監督に言っておくね。他にも漏れがあるかもしれないから」


「お手を煩わせてしまい申し訳ないですわ」


「その為のお目付け役なんだから、全然気にしなくていいよ!」


 まだ中学生なのに面倒見のいい子である。


 おかげで色々と気になってくる。


「ところで、ここのところ毎回収録に付き添ってもらっていますけれど、夏休みの宿題は大丈夫ですの? 私立の中学校だと結構な量が出ると噂に聞きましたわ。それに夏期講習などもあるかと思いますの」


「それ、聞いちゃう?」


「あまり進捗はよろしくなさそうですわね」


「仕事と塾が忙しくなって、まったくの手付かずなんだよね」


「私のせいで迷惑をかけてしまって申し訳なく思いますの」


「ううん、それ自体はとても喜ばしいことだから気にしないで」


「もしよろしければ、お手伝いしましょうか?」


「えっ、いいの?」


「普光院さんが嫌でなければですが」


「ううん、是非ともお願いします!」


 経済的にも社会的にも底辺極まりない自身が、上級国民の娘さんに報いることができる機会はほとんどない。こういったところで少しずつ恩を返しておかないと、見限られてしまいそうだからな。


 しばらくするとタクシーがスタジオに到着。


 マイクに向かってお仕事タイム。


 ゲームのボイス収録は基本的に一人仕事。小さなブースに収まり、淡々と台本に記載された台詞を読み上げていく。音響監督を筆頭にスタッフは同席しているけれど、先輩声優の姿が見られないので、アニメよりは気分が楽だ。


 そうして収録も一段落。


 音響監督からオッケーが出て帰り支度をしていた頃合いのこと。


 スマホを手にした普光院さんが、血相を変えて声をかけてきた。


「アグダちゃん、ちょっとこれ!」


「はい?」


 面前にスマホが突きつけられる。


 何事かと画面を眺める。


 表示されていたのはソーシャルメディアの投稿。


 曰く、これ本人から聞いたんだけど、プリステのヒロインの一人、この前ソシャゲの広告でバズってたアグダって子らしい。ネットゲームでギルドのメンバーに自慢して回ってたらしいよ? マジ素人って倫理観がないよね。


 タイムスタンプは、ほんの小一時間前。


 投稿者は女性の口元アイコンの匿名アカウント。


 フォロー数五十二に対して、フォロワーは三百ほど。


 問題の投稿にはソシャゲの広告動画が付いている。自身が声のお仕事を得るきっかけになった三十秒ほどの映像だ。こちらの投稿に限って、やたらと閲覧数が伸びている。既に何十万というインプレッションが付いている。


 これは頂けない。


 当然ながら冤罪である。


「アグダちゃん、これ本当なの?」


「ネットゲームを嗜んでいるのは事実ですが、声優をやっていることは誰にも伝えておりませんわ。ギルドのメンバーはおろか、親しい友人にも伝えていません。把握しているのは皆さん以外、保護者の方だけですの」


「でも、それじゃあ誰が……」


 副調整室から音響監督やスタッフがやってきた。


 彼らも血相を変えているぞ。


「ちょっちょっと、アグダちゃん! ネットで炎上しちゃってるんだけどっ!」


「仕事のこと口外しちゃ駄目って言ったよね!? なんでこんなことしたの!」


「これどうするんですか? ニュースサイトでも取り上げられちゃってますよ」


 めっちゃ怖い顔をしている。


 テメェ、ふざけんな、と。


 これには普光院さんが対応してくれた。


「音響監督、アグダちゃんはやってないと言ってます!」


「本当に? 本当の本当に自慢してないの?」


「神に誓ってやっておりません。事前にNDAを結んでいるのですから、そのようなヤンチャをする筈がありませんわ。場合によっては、うん千万という賠償金が発生するかもしれませんのに」


「こ、子供らしからぬ物言いに説得力を覚える」


「しかし、だとすれば誰がこんなことを……」


 女児の言い訳を耳にして、困惑も一入の音響監督とスタッフ。


 自身から漏れ出ていないなら、可能性としては業界関係者。プリステの収録はそこかしこで行われているし、関係している事務所やスタッフも沢山いる。そういった方々から又聞きするような機会も多いことだろう。


「製作委員会の方から情報開示をかけて頂けませんか?」


「アグダちゃん、情報開示なんてよく知ってるね」


「ここのところネットで頻繁に話題に上がっておりましたから」


 音響監督やスタッフを宥めつつ意識を犯人に巡らせる。


 なんとなく想像できるんだよな、犯人像が。


 タイミング的に考えても、他に考えられないというか。


 その後、問題は責任者の方々の預かりとなり、我々は帰宅することになった。


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― 新着の感想 ―
ちょっと前ならともかく いまのご時世企業付いてる人にやっちゃダメだよ
こんなすぐに足がつくことを言うとは、なかなかにアレですなぁ
あーらまぁ、やっちまいましたわねあの子
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