どこかで見た顔の貴方
ゼロ泊二日の高尾山プチ旅行から一週間。
夏休みはネトゲであっという間に溶けた。
というのも、オフ会で会った人たちからゲーム内で誘われまくり。これに付き合っているだけで、いつの間にやら時間は過ぎていた。アイテムもめっちゃ貢がれた。これが姫プレイの醍醐味かと、松浦さんの執念に理解も一入。
正直、騙しているようで心苦しい。
最後の方は個別に会えないかとチャットが来たところでフェードアウト。中身がオッサンでなかったら、応じるのも吝かではなかったのだけれどな。残念ながら貴方が声をかけた相手は中高年パートタイマーなのである。
ちなみに相手はタニムラさんとは別の方。
っていうか、ギルマス。
そうして迎えた週初め。
久しぶりの仕事。
キャラソングの収録に呼び出された。
何のキャラソングかと言えば、自身がキャストに内定したテレビアニメ、プリステのヒロインたちのキャラソングである。七名いるメインヒロインに対して各々、イメージソングが割り当てられているらしい。
自身もデモ音源はもらっていたので、風呂場で鼻歌を歌いながら練習していた。歌詞もちゃんと暗記している。歌の練習なんて、中学校の音楽の授業以来。歌っていてとても懐かしい気分になった。
その成果発表会が本日。
「アニメ放送より先にキャラソングが発表されるのですわね」
「最近のプリステはアニメが主体の作品じゃないからね」
「どういうことですか?」
「アニメは作品のメディア展開の一環で、作品としてのコア、つまり継続して売上を上げていくのはソーシャルゲームの課金なんだと思う。だから、なによりも先にキャラを推していくんじゃないかな? そのためのキャラソンだね」
収録スタジオに向かうタクシー内。
普光院さんから講釈を受ける。
中学生なのに博識じゃないの。
「アニメの仕事は作品の広告、ということッスか」
「作品に入ってもらう為の、広告塔としての役割は小さくないと思うんだよね。ただ、最近はネット配信のライセンス収入が大きいから、アニメ単体でも十分な収益が見込まれてると思う。このタイトルは今の時代も円盤が売れるし」
「なるほど」
先程からタクシーの運転手さんが、バックミラー越しにチラチラと我々の様子を窺っている。普光院さんの中学生とは思えない業界トークに興味を唆られてしまったのだろう。しかも拝聴している相手は見た目全力で女児だ。
「あと、これ旅行のお土産。もしよかったらどうぞ」
「わざわざ恐れ入りますわ、普光院さん」
「もっと子供っぽい反応が見たかったんだけど」
「中身オッサンに何を求めているのかしら?」
差し出されたのはマカロンとはちみつ。
旅先がお洒落ならお土産までお洒落である。
そうこうしている間に収録スタジオへ到着。
毎度ながらタクシー代を出して下さりありがとうございます。
普光院さんに連れられて収録スタジオに足を踏み入れる。
本日利用するスタジオは、フロア内に収録ブースがいくつかあるタイプだ。廊下に掲げられた利用者案内に従い、我々の職場と思しきブースに向かう。他にもいくつか自身も知ったアニメ番組の名前が記載されていたりして、ちょっと気分が上がる。
現地には既に大勢スタッフの方々が見られた。
まずは副調整室でご挨拶。
この辺りも慣れたものだ。
それから収録ブースに収まって、出入り口付近に座る場所を確保。すると、今日はもっと真ん中に座っても大丈夫だよ、との助言が普光院さんからあった。どうやら他に先輩方は見られないようだ。
それから少しして収録の時間。
本日の仕事はとても順調に終えられた。
少なくともアグダ氏は。
「君、歌が上手いね。小さいのにしっかり声も出てるし」
「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいですわ」
「いやいや、お世辞でオッケー出したりしないからさ」
ヒトカラで鍛えた喉が威力を発揮したようだ。
今となっては他人の肉体であるけれど。
他方、普光院さんは大変苦労する羽目に。
「ストップ。出だしキーが外れた。もう一回やり直そうか」
「あの、すみません、少しだけ喉を休めてもいいですか?」
「そうだね。十分ほど休憩にしようか」
シンプルに社会経験の差が出たように思う。
アグダボディーは喉も強靭だから遠慮なく酷使できるのも大きい。
ところで、プリステのヒロインは合計で七名。
残るの五名の収録はどうなっているのだろうか。
音響監督に訪ねたところ、そちらは後日改めて行う予定とのこと。我々に限っては新人コンビなので、収録に時間がかかることを前提でスケジュールを組んで下さったらしい。実際に普光院さんはかなり苦労していた。
それからリテイクを繰り返すこと二時間ほど。
彼女の収録もオッケーが出された頃のこと。
スタジオ内を歩いているとテレビ局の偉い人に遭遇した。
「あら、花咲さんですわぁ」
「えっ……?」
「っ……! やぁ、二人とも!」
女児と目が合った瞬間、ヒギッと顔を強張らせたテレビ局の偉い人。
それでも平然を装って我々に声をかけてきた。
「そういえば君たちの収録もここのスタジオだったね」
「花咲さんはこちらで何をされているのかしら?」
「僕? 僕はプリステの声優オーディションさ」
偉い人に苦手意識があるっぽい普光院さんに代わり、主だってお喋りするのは自身の役割である。彼女が自らの意思で彼に歩み寄るとあらば邪魔はしない。けれど、まだその時ではなさそうだから。
「オーディションって収録スタジオで行うのですわね」
「本当はもう少し広いところを押さえていたんだけど、機材の故障とかで急遽ここになってね。声優さんたちにも迷惑をかけてしまって、本当に困ったものだよ。まぁ、こればっかりは仕方がないんだけど」
「ブース内から出歩いていてよろしいのかしら?」
「今はちょっと休憩タイム。参加者の間で意見が分かれていてね」
少し休憩時間を挟んで考えましょう、みたいな感じだろうか。
会議中にタバコ休憩とか、今でも現役でありそうな業界だし。
「そういうアグダちゃんたちこそ、歩き回っていて大丈夫なの?」
「ついさっき収録が終わって、今はトイレから戻るところですの」
「そういうことなら、アグダちゃんと普光院ちゃんも参加しようか」
「えっ? いいんですの?」
「あの、私たちなんかが一緒だと迷惑がかかるんじゃ……」
「ヒロイン役が同席しているとあらば、他の役者も気合が入るでしょ」
ここで花咲さんから予期せぬご提案。
普光院さんなど日和りまくり。
「それに君たちのことは今後とも推していくつもりだからね。その為にも若いうちから色々と経験しておかないと。自分たちがどういった場所に立っているのか、客観的に判断するいい機会になると思うよ」
だから、と彼は言葉を続ける。
アグダ氏をジッと見つめて。
「……ちゃんと理解してくれてるよね?」
「そうですわね。我々は一蓮托生かなと」
「うんうん、おじさんも賢い子は大好きさ」
花咲さんからアグダ氏へのご機嫌伺いがヤバい。改めて思ったのだけれど、先日の一件、ホテルの客室に居合わせた彼のお友達次第では、アグダ氏が口封じに殺されていた可能性も微レ存。
共謀の方向で舵を切ってくれたようでなにより。
そういうことならとお誘いを受けることに。
流石に今回はお酌営業もないでしょう。
そうして臨んだスタジオオーディション。
普段はマイクスタンドが用意された収録ブースへ足を運ぶところ、副調整室にお邪魔することになった。ガラス越しに眺めるブースはなかなか新鮮だ。花咲さんの言葉じゃないけれど、ちょっとだけ偉くなった気分である。
彼が戻ると会場ではオーディションが再開。
「上原さん。悪くないけど、もうちょっと少年っぽさを加味してやってみて」
『わ、分かりました!』
副調整室と声優さんのやり取りはマイクとスピーカーを経由したもの。
後者の演技が行われる都度、こちらの部屋では担当者一同で声色を吟味。
応じてアニメ監督や音響監督が収録ブースへ指示を出す。
「はい、ありがとうございます。それと上原さん、他のキャラもやらない?」
『本当ですか? 是非ともお願いします!』
女児と普光院さんはこれを黙って眺めるばかり。
同じキャラでも人によって演技の幅は千差万別。
こんなに広がりがあるのかと感心も一入。
「これでオーディションは終了です。本日はどうもありがとうございました」
『こちらこそありがとうございました! オフィス山川の上原文でした!』
オーディションに臨む声優さんたちは真剣そのもの。
誰もが必死の形相でマイクに向かっている。
特にキャリアが浅い方々はご自身を売り込むのに必死である。
以前ネットで調べたところ、オーディションでは声や演技だけでなく、音響監督からの指示にどれだけ的確に答えられたか、といった要素も見られているらしい。少なくとも最新のAIはそう言っていた。
その様子を眺めて、普光院さんがボソリと呟いた。
「私も普段はあっち側の人間なのに、なんだか不思議な感じ」
「上級国民にでもなったようで気分がいいですわね」
「アグダちゃん、可愛い顔して悪女だよね」
「中身オッサンですから」
落ちる人はとことん落ちるのがオーディションらしい。普光院さんも一つ役を得るのに両手では足りないくらい落ちているとか。就職氷河期世代としては、まぁ、就活ってそんなもんだろう、などと思わないでもない。
「それじゃあ、次の方。お願いします」
そうした只中、見知った顔が現れた。
咄嗟に声を上げてしまう。
「おや、松浦さん」
「えっ……!」
ネトゲのオフ会でお会いした方だ。
姫プレイの松浦さん。
声優の卵とは言っていたけれど、まさかオーディションでお会いするとは思わない。彼女もガラス窓越しに女児の姿を目の当たりにして驚いている。そりゃそうか。ネトゲのギルメンが自身の職場にいたのだから。
収録スペースとは双方向のマイクが接続された状態にあって、こちらの声も彼女に聞こえていたようだ。副調整室に腰掛けた女児を眺めて目を見開いている。なんでテメェがそこにいるんだよ、とでも言いたげな面持ちだ。
「アグダちゃん、知り合い?」
「ええまぁ、知り合いと言えば知り合いですわね」
隣に座った花咲さんから問われて素直に頷く。
別に隠し立てすることもない。
そうした我々のやり取りを他所に、松浦さんのオーディションが開始。
「松浦さん、それじゃあ始めて下さい」
『は、はい!』
甚く緊張した面持ちでマイクに向かう松浦さん。
オフ会で垣間見た姫プレイとは雲泥の差である。
台本を片手に演技をスタート。
読み上げられる台本は他の参加者と同様だ。
ネトゲのオフ会で自らを声優の卵だと語っていた通り、お仕事の経験はそれほどでもないのだろう。たしかに聞き取りやすい声をしている。けれど、特筆してこれは、と思えるような演技でもない。素人の意見ではあるが。
マイクに向かっていたのは数分ほど。
一通り演技を終えたタイミングで吟味の時間。
「はい、ありがとう。えっと、松浦さん、ちょっと待ってね」
音響監督から演者にアナウンス。
直後、花咲さんから問われた。
「アグダちゃん、どうだった? 知り合いなんでしょ?」
「この方の声は、男に媚びた卑しい声ですわ。ネトゲで姫プレイに入り浸り、オフ会で沢山の男たちに囲まれて悦に浸っているような演技ではありませんか。小さなお子さんも楽しんでいる本作の演者には、とても相応しいとは言えませんの」
「またえらく具体的な指摘が入ったな」
「しかしまぁ、言わんとすることは分からんでもないような……」
「ちょ、音響監督、こっちのマイク入ってます!」
自身の発言に続いて、副調整室に居合わせた方々のコメントが連なった。
最後の突っ込みは致命的である。
音響監督の隣に着いたスタッフの方だ。
『っ……!』
おっと、本音が伝わってしまったか。
ガラス窓の向こう側でガタリと物音。
鬼のような形相で松浦さんが女児を睨んでいる。
音響監督は大慌てでマイクのスイッチを切った。
「私の目が黒いうちは、この方を通すわけにはいきませんの」
「アグダちゃん、いうてお目々は蒼いよね」
「こういった場合、欧米ではどういった言い回しをするのかしら?」
「それこっちに聞いちゃう?」
偉い人に向かい頑なに訴える。
新宿から高尾駅までふっ飛ばされた恨み、晴らさでおくべきか。
結果的に良い思いをしたのだけれど、それはそれ、これはこれ。
ちなみにこうして審査している役柄は、メインヒロインたちが所属する事務所の同僚アイドルである。準レギュラーとして作品を通じて出番がある。採用されればかなり美味しいポジションだ。とは、普光院さんの言である。
副調整室内では、監督や音響監督、製作委員会の参加者と思しき方々など、上層部の意見が一廻り。これといって松浦さんを推すような意見は上がらない。素人の耳にも、特筆すべきポイントはなかったように思う。
ややあって花咲さんが統括するように言った。
「収録でアグダちゃんと喧嘩されても困っちゃうし、今回はお断りってことでいいかな? これといって気を引かれる声色でもなかったし、年齢も二十歳を過ぎてるよね? まぁ、ご縁がなかったってことで」
偉い人は、やはり偉い人であったようだ。
彼の出した結論に異論は上がらない。
素直に頷いた音響監督から彼女に向かい声がかけられる。
「松浦さん、ありがとうございました。これで終了です」
「ありがとうございました! お返事、お待ちしています!」
副調整室に向かい笑顔でお辞儀をする松浦さん。
これに女児は二コリと笑ってバイバイの仕草。
間髪を容れず、松浦さんの眉間にシワ。
彼女は笑顔を引きつらせながら、収録ブースから去っていった。
今日一番、いい仕事をした気分である。
「あの人、アグダちゃんに嫌われるってよっぽどだよね」
「そうッスか?」
「だってほら、私なんかとも仲良くしてくれるし?」
「由桐さん、もしかして学校では浮きがちですの?」
「……まぁ、否定はできないかな」
「同じ趣味の相手を見つけたらいいと思いますわよ」
「そう簡単に見つかったら話は早いんだけどね」
「ちなみにどういったご趣味が?」
「枯れ専のボーイズラブとか」
「あ、はい。ちょっと厳しいですわね」
そんな感じでキャラソンの収録は過ぎていった。




