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大抜擢

 結論から言うと、中身オッサンのお酌は効果抜群だった。


 スーパーBLタイムはアグダちゃん大勝利。


 勝者は敗者たちを部屋に残して、意気揚々とホテルを出発。


 始発の電車で帰宅すると、ひとっ風呂浴びて眠りについた。


 そして、ぐっすりと寝て起きた昼過ぎ。


 スマホに目を向けると、通知が何件か入っていた。


 動画配信サイトからメッセージ受信のお知らせ。


 いずれも普光院さんからだ。


 そういえば彼女に連絡を入れていなかった。


 最後に送達されたメッセージには、有名メッセージアプリのアカウントが記載されている。このメッセージに気づいたら、併記したアカウントまで連絡が欲しいとのこと。それが大体午前ゼロ時過ぎくらい。


 対して今は午後二時過ぎ。


 メッセージアプリに連絡があったアカウントを追加する。


 すると間髪を容れず、通話の通知がポップアップした。


 普光院さんから電話がかかってきたぞ。


 メッセージアプリで電話をするのは初めての経験である。


 氷河期世代的な意味で。


 本当にこれって通話できちゃうんだな。


 しかも無料なんだろ? マジ凄いよ。


「はい、もしもし。アグダですが」


「アグダちゃん、き、昨日のことなんだけどっ……!」


 スマホの向こう側から切羽詰まった声色のボイスが届けられた。


 やたらと気張って感じられる物言いにこっちまでドギマギする。


「それなら気にされなくて結構ですわよ」


「だけどっ……!」


 まさか昨晩からずっと気にしてくれていたのだろうか。


 令和らしからぬお淑やかさに驚愕を覚えざるを得ない。


「それともオッサン同士の濃厚なBL体験を聞きたいのですの?」


「そ、そうじゃないけど!」


「でしたら細かいことはあまり気になさらないで下さいな」


「だけどっ……!」


「少しお酌の相手をするくらいなんてことはありませんの。これも仕事だと思えば気になりませんわ。普光院さんの知り合いの男性声優さんたちも、BL営業とかなんとかいって、男同士で抱き合っていたりするでしょう?」


 率先してオッサンにお酌したいとは思わない。


 しかし、お金持ちの家の子へ一方的に貸しを作れるとあらば、酒瓶の数本くらいものの数に入らない。本日注ぎ込んだワインや日本酒が近い将来、食費や家賃に化けてくれるのなら、なにを躊躇することがあろうか。


「た、たしかに中身はオジサンかもだけど、今は違うじゃん! 洋ロリじゃん!」


「心がオッサンだからこそ問題ありませんわ。我が国の政府がそう言っています」


「それに男同士とはいえ、一方的にアレなことをさせてしまった訳だし……」


「なんてことを仰るのかしら。BLは書店で児童書の隣に並んでいても差し支えないほど、健全で崇高なコンテンツなのです。まったく卑猥ではありませんし、慈しむ眼差しで楽しむものではありませんこと?」


「…………」


 圧勝ではないか。


 これが2chで鍛えた論破力。


 普光院さんはしばしの沈黙。


 ややあって上目遣いに問うてきた。


「アグダちゃん、ゲイだったりする?」


「違いますわよ」


「それじゃあ、えっと、バイセクシャルとか?」


「そういう訳でもありません」


「それならどうして……」


「若い方々は色々と思うかもしれません。けれど、オッサンも四十路を超える頃には、社会の汚物扱いが板について、自らの存在に価値なんて微塵も抱かなくなりますの。むしろ、中身オッサンにお酌してもらった上級国民に哀れを覚えますわ」


「それはそうかもしれないけど、でも……」


 それはそうかも?


 ちゃんと理解してるじゃないの。


 不服そうな表情と矛盾しているぜ。


「きっと普光院さんが考えている以上に、世の中のオッサンたちは大切にしているものが少ないと思いますの。あれもこれも見切りを付けて諦めていくうちに、自己の意識も刻まれて段々とやせ細っていきますわ」


 だからすぐに自殺しちゃうの。


 電車に突っ込んでいっちゃうの。


 駅ホームのドアの安心感がヤバい。


「だけど、部屋にはエッチな本があったよね? 女の子沢山だったよね?」


「ええ、二次元こそ最高です」


「あっ、そっちの人だったんだ……」


「だって現実とかウンチですわ?」


「うん、まぁ、そういう意見もあるよね」


「普光院さん、飽くなき信仰は人心をとても強くしますの」


「……アグダちゃんのこと、ちょっとだけ理解したかも」


 声色から若干、いいや、かなり引かれてしまった予感。


 だがしかし、信仰心に嘘はつけない。


 これが私のジャスティス。


「ということで、この話はこれで終わりにしましょう」


「あの……ほ、本当にありがとうね、アグダちゃん」


「どういたしましてですわ」


 精々今回の出来事を借りとして感じてもらえたら幸いだ。


 卑しい大人はそんなことを考えながら、将来有望な若人との通話を終えた。


 メッセージアプリに新規登録した彼女のアカウントは即日削除である。




◇◆◇




 数日後、普光院さんから改めて連絡があった。


 まずは動画投稿サイトのメッセージ越し。


 冒頭、どうしてメッセージアプリの友だち登録を削除したのか、やっぱり私のことが嫌いになったのか、云々、めっちゃ長文が流れてきた。事案になるからと説明しても理解してもらえず、改めて登録する羽目となった。


 そうしてコールされたアプリでの通話越しのやり取り。


「アグダちゃん、今度は消しちゃダメだからね?」


「重々承知しましたわ」


「……私のことが嫌いなら、べ、別に消してもいいんだけど」


「だから消しませんって。それでどういったご用件ですか?」


 なにこの子、超面倒くさい。


 今時のJCってみんなこんな感じなのか。


「いつもの監督からお呼び出しなんだよね」


「またですの?」


 ちなみに今は自宅の台所で朝食の支度をしている最中だ。


 ここ数日で踏み台を利用した家事にも慣れたもの。


 シンクやコンロの前を華麗に行ったり来たり。


「もしかして朝ごはんの支度とかしてる?」


「ええまぁ、そんな感じですわ」


 導入した当初は段差を失念しまくり、誤って足を踏み外すことも度々であった。台所の床に転がったのも一度や二度ではない。アグダちゃんの頑丈なボディーでなければ、骨の一本でも折っていたに違いない。


 手元を離れた包丁が喉元に突き刺さりそうになったときは本気で焦ったが。


「急でごめんだけど、今からスタジオに来れる?」


「今から? たしかにそれは急なお話ですわね」


「来れそうかな?」


「承知しました。超特急で参りますわ」


「ありがとう、アグダちゃん」


 ということで、朝食は取り止めだ。


 アニメスタジオに急いだ。


 目的地までは電車を乗り継いて三十分ほど。


 受付で名前を名乗りつつ、監督や普光院さんに呼び出された旨を伝える。すると早々にもスタッフの方がやってきて、スタジオ内の打ち合わせスペースに通された。過去にも利用した覚えのある一室だ。


 室内には既に普光院さんと監督の姿が見られる。


 また、何故なのか花咲さんもご一緒している。


 挨拶も早々、監督から席へ着くよう促された。


 まさか自身が到着するのを待っていたのだろうか。


「あの、急ぎでお話というのは……」


 椅子に腰を落ち着けつつお尋ねする。


 すると間髪を容れずに先方から反応が。


 花咲さんが満面の笑みを浮かべて言った。


「おめでとう! 君たちのレギュラー内定が決まったよ」


「えっ……」


「レギュラー? なんのお話ですの?」


 普光院さんと揃って疑問に首を傾げる。


 対する花咲さんは声も大きく続けた。


「プリンセス☆ステージだ。名前くらいは知っているだろう?」


 伝えられたのはアイドルアニメのタイトルだった。


 今年で十余年を重ねる御長寿シリーズだ。


 アイドル系のコンテンツとしてはかなりの大御所となる。


 視聴者層の男女比は七対三くらい。


 対象年齢は十代から三十代の比較的若い方々向け。


 歴代シリーズの放送時間帯はどれも深夜枠だったはず。


「メインヒロインは七名。その中の二人を君たちが担当する」


「っ……!」


 花咲さんの言葉を耳にして、普光院さんの全身が震えた。


 それはもうビクリと大仰に。


 それとなく様子を窺うと、目を見開いて彼のことを見つめている。自身がスタジオに到着するまで、それなりに時間があったと思うのだけれど、その間に伝えられたりはしていなかったようだ。


 わざわざ二人揃うのを待っていたあたり、それなりに重要な連絡なのだろう。


 なんならアニメ監督の篠原さんも驚いている。


「花咲さん、それ本気で言ってます?」


「当然だろう? 嘘を言ってどうするの」


「ぬか喜びをさせるような真似は、彼女たちの為にもなりませんよ?」


「制作委員会でも決定しているの。だから本気で喜んでちょうだいな」


「……マジですか?」


「マジも大マジ。そこんところヨロシク!」


 テレビ局の偉い人、これまでにも増して元気がよろしい。


 というか、不自然に取り繕っているような。


「お言葉ですが、私は辞退したいのですけれ……」


「いやぁ、楽しみだ!」


 花咲さんにご意見しようと思ったら、間髪を容れずに被せられた。


 女児の発言を遮るようにして、彼は立て続けにゴリ押ししてくる


「君たちのフレッシュな魅力で、新規ファン層を開拓して欲しい!」


 いつにも増して顕著な花咲さんの身振り手振り。視線は忙しなくあっちへ行ったりこっちへ行ったり。そうして語ってみせる先方は、しかし、こちらの洋ロリと一向に目を合わせようとしない。チラリとも合わない。


 挙動不審とはまさにこのこと。


「詳しい話は後日改めてするから、今日のところは告知だけね!」


「あの、このことって事務所には……」


 普光院さんが不安げに問うた。


 花咲さんはテンポ良く受け答え。


「事務所にはそのうち伝わるけど、当面は口外無用でよろしく!」


「あ、は、はい……」


「それじゃあ、僕はこれで失礼するよ。何分忙しい身の上でね!」


 そして、言うが早いか席を立った。


 自ずと思い起こされたのは、先日のスーパーBLタイム。


 彼らも内心焦っているのではなかろうか。


 自身がホテルを訪れた当時、既にお酒やら何やらで頭がパッパラパーになっていた業界の偉い人たち。花咲さん以上に出来上がっているオッサンも見られた。売り言葉に買い言葉でアグダ氏を迎え入れてしまったものと思われる。


 冷静になった今、お酌された事実に慄いているのだろう。


 その結果がコレなのではなかろうか。


「えっ、もう行くんですか? まだ碌に話もしてないのに……」


「今日はこの連絡だけよ? なるべく早めに伝えておきたくて」


 アニメ監督からの突っ込みも華麗にスルーする花咲さん。


 颯爽と打ち合わせスペースから去っていく。


 本当に部屋から出ていってしまった。


 自身など一言もお喋りしていない。


 露骨に避けられているような雰囲気。


 その足音が聞こえなくなったところで監督から問われた。


「アグダちゃん、花咲さんと何かあった?」


「いいえ? なにもありませんけれど」


 素知らぬ顔で受け答えする。


 下手に口外しようものなら事案待ったなし。


「っていうと、件のゲーム会社の絡みかなぁ……」


 監督の篠原さんは見当違いなことを呟く。


 まず間違いなくホテルでの一件が原因だ。


 本来であれば、普光院さんが予定していたお酌。


 これに代打で立った自身まで巻き込まれた予感。


 そして、挙動不審なのは普光院さんも同様である。


 椅子に座ったままあっちを見たりこっちを見たり。


 せわしなく身体を小刻みに揺らしている。


「由桐さん、先程から落ち着きがないように思うのですけれど」


「だってプリステのヒロイン役なんて、ふ、普通じゃないよ!」


「プリステって略されると、どこぞのゲーム機みたいで不穏な気分になりますの」


「以前配信で教えたこと覚えてる? ライブとかイベントとか、その辺りのこと」


「ええまぁ、覚えておりますわね」


「アレの恩恵をこの上なく受けているのが、プリステみたいなタイトルなんだよ」


「なるほど」


 彼女が言うアレとは、日給二百万円の世界。


 ライブやイベントで稼ぎまくりの作品。


 昨今では大手アイドル作品として、市民権を得ている同タイトルだ。イベントも日本全国津々浦々、そこかしこで開催されている。地方自治体とのコラボも連日のように。関係者が得ている収入も他所の作品とは比較にならないだろう。


「たしかにこのシリーズはライブやイベントが多いよ? 今のうちから体力を付けておかないと、先輩たちについて行けないかもしれないね。君たちただでさえ小柄だし、冗談抜きでランニングくらいはした方がいいかも」


「そうなんですの?」


 アニメ監督からも補足があった。


 彼はいつになく饒舌に語る。


「ダンスは完全に体力勝負だからね。普段から運動してないと、間違いなく途中でバテるよ。十分に備えていても、ライブ行脚で関節を壊したり、慣れない靴で足にマメができたり、現場で苦労している子が多いんだから」


「由桐さんはまだしも、どうして私まで一緒なんですの?」


「さぁ? むしろこっちが聞きたいんだけど」


「監督もご存じないのですわね」


「普段はそれなりに噂とか聞こえてくるけど、今回はさっぱりだよ」


 スーパーBLタイムについては口外無用のようだ。


 まぁ、当然と言えば当然か。


 事情が公になったら世間から風評被害は免れない偉い人たちだ。彼らもお酒に酔っ払っていたとはいえ、大した冒険をしたものである。今回のヒロイン内定も、その対応の速さから察せられる通り、口止め料と考えて差し支えないだろう。


 普光院さんに限っては、当初から予定していたのかもだけど。


「由桐ちゃん、なにか知ってる?」


「い、いえ、見当も付きません……」


 ぎこちない笑みを浮かべて受け答えする普光院さん。


 女児のやんちゃを見逃して下さり誠にありがとうございます。


「だよね? もし仮に花咲さんの意向でねじ込んだとしても精々一枠。いっぺんに二枠も降ってくるなんて、普通に考えたらあり得ないんだけど。一体どこの誰がこんなこと言い出したんだろ」


 顎に手を当てて考えるような素振りを見せる監督。


 ややあって我々に向かい尋ねた。


「アグダちゃんのご両親、テレビ関係のお偉いさん?」


「いいえ、どこにでもいるサラリーマンですわ」


「由桐ちゃんのご両親、お医者さんだったよね?」


「それが影響してくるなら直近一年、端役ばかりやっていないと思います」


「まぁ、それもそうだよね……」


 お酌してしまったものは仕方がない。


 甘んじてヒロイン枠を務めさせてもらうとしよう。


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