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16/25

お酌営業 二

 タクシー代を辞退した女児は公共の交通機関を利用して帰宅。


 ――しようと思ったところ、スマホに通知。


 地下鉄の待ち時間、暇を持て余していたことも手伝い、普段なら無視しそうなそれをスワイプして画面に引っ張り出す。すると、ライブ配信に利用している動画投稿サイトから、新着メッセージを伝えるものだった。


 土建屋さんから仕事の依頼だろうか。


 そんなことを考えながら内容をチェック。


 すると、差出人は普光院さん。


 しかも内容は、たすけて、302、以下空白。


「おぅふ、普光院さん大ピンチ……」


 偉い人、冒険しちゃったか。


 どんだけ溜まってたんだよ。


 思えば自身は女児になってから一向に溜まる気配がない。小学校に入学して間もない頃の、性欲のせの字もなかった時分を思い起こす。たぶん、この肉体が第二次性徴前で成長が止まっているからではなかろうか。


 その事実には少し寂しさを覚えている昨今。


「すみません、袋に入れて下さい」


「はい、五百三十三円ね」


「SUICAでお願いします」


 すぐ近くにあったコンビニでライターと新聞、それにペットボトル入りのミネラルウォーターを購入。ビニール袋に入れてもらったそれを抱えて、今しがたに歩いてきた道を駆け足で戻る。


 全力疾走すると、ぶつかった人を衝死させかねない。


 ギリギリの速度にもどかしさを覚えつつの駆け足。


 向かった先は、先程出てきたばかりの高層ビルだ。


 その上層階に有名な外資系のホテルが入っている。


 花咲さんが部屋を取っているとしたら、こちらだろう。


 やがて辿り着いたホテルのエントランス。


 エレベータに乗り込んで三階へ。


 フロアは閑散としており、廊下に人気は皆無。


 目当ての部屋まで駆け足で向かう。


「ここか、302号室」


 ドアに耳を当ててみる。


 すると客室内から人の声が聞こえてくる。


「ご、ごめんなさい! やっぱり私にはちょっと、それにこんな沢山っ……!」


 ここ最近で聞き慣れた普光院さんの声である。


 花咲さんの声は小さくて上手く聞き取れない。


 沢山? 何が沢山なのか。


 まぁ、開けてみれば分かるでしょ。


 廊下の天井に目を向けると、少し離れたところに火災報知器を発見。その下まで移動して、手にしたビニール袋からコンビニで購入した品々を取り出す。ペットボトル入りの水は事後処理用。ちょっと避けとこう。


「ホテルのスタッフさん、ごめんなさい」


 丸めた新聞紙にライターで火を付ける。


 いや、つけようとした間際のこと。


「ちょっと貴方、こんなところで何をやっているの!」


 305号室から出てきた御婦人に女児の火遊びが露見。


 ライターを取り上げられてしまった。


 まさかこのタイミングで他のお客に見咎められるとは。


「火遊びなんかして、火事になったらどうするの!」


「す、すみません」


「親はどこで何をしているの! ああもう、ホテルのスタッフを呼んでこないと。ちょっとそこで大人しくしてなさい? きちんと親御さんに説明をして、叱ってもらわないといけないんだから!」


 プリプリと怒りながら廊下を去っていく御婦人。


 そりゃ当然だ。


 自分だって同じ現場に居合わせたら止めると思う。


 残された女児は焦る。


 今も刻一刻と普光院さんがピンチ。


「…………」


 そんな洋ロリの脳裏にふと思い起こされる光景があった。


 先日、お台場海浜公園までハゼを釣りに赴いた際のこと。


 現地で遭遇したエルフ女児が放っていたファイアボール。


「アレが、出せれば……」


 ワンチャン、火災報知器を鳴らせるかも。


 彼女から魔王だのなんだのと、大仰な肩書で呼ばれていたアグダちゃんのボディーである。謎言語を即座に理解する脳みそが詰まっているなら、ファイアボールの一発くらい、頑張れば捻り出てくるのではないか。


「頼む、ファイアボール、出てくれ、ファイアボール!」


 両手を頭上に掲げて必死に念じる。


 いや、ボールだとヤバい。


 飛んでいって炸裂しそう。


 それだとまた御婦人に怒られてしまう。


 っていうか、警察を呼ばれてしまう。


 それどころか保険屋さんの出番だ。


 今回はファイアーって感じで出て欲しい。


「いけ、ファイアーだ! ファイアーッ!」


 廊下の天井を炙るような炎をイメージする。


 念の為にライターを掲げるような素振りをしつつ。


 すると、出た。


 オレンジ色のゆらめきが。


「うぉぉっ!?」


 掲げた手の先、ブワッと炎が吹き上がった。


 火炎放射器さながらに炎が天井を炙る。


 まさにイメージした通り。


 注文通りに出てきてくれた魔法にマジ感謝。


 間髪を容れず、火災報知器が反応。


 ジリリリリと甲高い音を立てて鳴り出す。


 その音色を確認して炎を引っ込める。


 こちらも強く念じたらその通りになった。


 ファイアーしていたのは、ほんの数秒のこと。


 時を同じくして、廊下に喧騒が上がる。


 客室のドアが立て続けにいくつか開いた。


「なんだよ、おい」「まさか火事か?」「見たところ火は出てないけど」「誤動作じゃないか?」「他所のホテルでも前にあったな」「日本のホテルでは珍しいけど」「就寝前でよかったな」「なぁ、スタッフ呼んでこいよ」「どうせ誰かが呼ぶだろ」


 内一つには302のプレートが下げられている。


 これ幸いと女児はその下へ駆け足で向かう。


 すると、客室内から普光院さんが現れた。


 格好はレストランで別れたときと変わりない。


「ア、アグダちゃんっ!?」


「お助けに参りましたわ、由桐さん」


「まさか本当に来てくれるなんて……」


「由桐さんには衣類を恵んでもらった恩がありますからね」


 ドアの向こう側からムワッとお酒の匂いが漂ってくる。


 普光院さんに続いて偉い人が廊下に顔を見せた。


 ジャケットを脱いでシャツの上にベスト、ズボンという格好。上はベルトから裾がはみ出ており、客室内ではかなりくつろいでいたことが窺える。なんなら靴も履いておらず、靴下で歩き回っているじゃないですか。


「アグダちゃん、帰ったんじゃなかったの? っていうかぁ、この音はなに?」


「火災報知器が鳴っておりますの。誤検知のようですからすぐに収まりますわ」


「なんだぁ、びっくりしたなぁ」


 若干口調が怪しいぞ。


 割と酔っているっぽい。


 顔も薄っすらと赤くなっているし。


「アグダちゃん、あの、わ、私……」


「誤検知でよかったよ。んじゃまぁ、由桐ちゃん? お部屋に戻ろっかぁ」


 偉い人の手が普光院さんの肩に伸びる。


 さて、普光院さんの声優生命を尊重しつつ、先方のメンツを潰すことなく、穏便にこの場を収めるにはどうしたらいいか。現場へ至るまでにも色々と考えてはいたけれど、最終的に答えは一つしか出てこなかった。


 この世の中、暴力や正論では片付かないことも多い。


「花咲さん、ご提案がありますの」


「ん? なんだい? アグダちゃん」


「私に由桐さんの代わりを務めさせてもらえませんか?」


 女児の提案を耳にしたことで偉い人は閉口。


 その視線が普光院さんからこちらに移った。


「…………」


 まず最初に顔へ。


 そこから胸元に下がり、足元まで流れるように。


 やがて、ゆっくりと顔の辺りまで戻ってくる。


 これまた随分じっくりと検討しておりましたな。


「……君、それ本気で言ってるのかなぁ?」


「ええ、本気で言っておりますわ」


 見た目全力で中学生している普光院さん。


 彼女に構っている時点で、幼い分には差し支えない趣味の持ち主のように思う。むしろ、より若々しい肉体はレアリティが高いのではなかろうか。しかも本邦では滅多に見られない天然物のブロンドでございます。


「見たところ由桐さんはお酌に不慣れなご様子。私に任せてくれましたら、もっと場を盛り上げることができましてよ? 花咲さんもどうせお楽しみになるなら、積極的な相手のほうがいいのではありませんか?」


「アグダちゃん、それは……」


「口外するような真似は決していたしませんの」


 とは言いつつ、中身は中年のオッサンだけどな。


 実質、BLタイムだ。


 想像してちょっと気持ちが悪くなった。


「こう見えて、お酌には自信がありますの」


 努めて笑顔を浮かべつつ、お酒を注ぐポーズ。


 すると、先方の目元にニィと笑みに歪んだ。


「なかなか言ってくれるよねぇ。オジサン、びっくりだよぉ」


「代わりに由桐さんをこれからもお願いしますわ、花咲さん」


 これ、大切。


 当初の目的を忘れてはならない。


 しっかりと普光院さんに貸しを作らねば。


「おやおや? それだと君にはなんの得もないような気がするなぁ」


「由桐さんにはとても良くしてもらいましたの。今度は私が由桐さんの役に立つ番ではないかと思いました。あくまでも由桐さんの代わりとして、こちらのお部屋に招いてもらえませんこと?」


「ちょ、ちょっと待って、アグダちゃん!」


 自身の名前が上がったことで、普光院さんから声が上がった。


 これに構うことなく、自身は花咲さんと言葉を交わす。


「そんなこと言って、本当に大丈夫かなぁ? ちゃんとお酌できるのぉ?」


「こう見えてお酌は得意ですの。潰されるのは貴方の方かもしれませんよ」


 真正面から煽ってみる作戦。


 すると、釣れた。


「……いいよ、おいで」


 普光院さんに伸びていた手が女児に向かう。


 アグダ氏の肩を抱きかかえるように掴んだ。


「ええ、それでは失礼しますわね」


 偉い人に促されるがまま、客室に足を踏み入れる。


 より一層、濃厚なアルコールの香りが鼻先に漂う。


 こっちまでお酒を飲みたくなってきたぞ。


 あぁ、そうだ。


「由桐さん、終わったら連絡を入れますわ」


「あっ……」


 別れ際、普光院さんをチラリと振り返って一言。


 彼女は驚愕に目を見開いての呆け顔。


 何かを言おうとして口を開きかけるも、偉い人は待ったなし。


 自身が招き入れられるのに応じて、部屋のドアは閉じられた。


 グイグイと肩を引いてくれる部屋主に従い客室の奥に向かう。


 そこで女児は普光院さんからヘルプコールが入った理由を正しく理解した。


「ぅおっ……!」


「びっくりした? 由桐ちゃんも驚いてたんだよねぇ」


 花咲さんだけじゃない。


 客室にオッサンが沢山いる。


 普光院さんが言ってた沢山ってオッサンか。


 ひーふーみーよー、四人もオッサンいるじゃん。


 自分を含めたら五人だよ。


 しかも全員酔っ払ってるし。


 これを捌くのは老舗スナックの敏腕ママでも苦労しそうだ。


 スーパーBLタイム、待ったなしである。


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