アニメのお仕事
ウェブ広告がバズった影響は、自身が考えていた以上だった。
ソシャゲのアップデートが公開されてから数日。
またも普光院さん経由でアニメ監督から呼び出された。
曰く、アグダちゃんと会って話したいことがあるんだよね。ちょっとスタジオまで来てもらえないかな? とのこと。普光院さんからも、絶対に行ったほうがいいよ! との説得が入った。
こうなると無下にすることも憚られる。
ということで出発。
いつものように普光院さんの自宅近所の公園で落ち合い、タクシーを利用して移動。以前もお邪魔したアニメ制作会社にやってきた。受付で監督の名前を出すと、すぐに打ち合わせスペースまで案内をされる。
そうして通された会議室内でのこと。
「えっ、またお仕事をいただけますの?」
「先方から名指しで依頼があったんだよ」
開口一番に伝えられた。
先方というのはゲーム会社。
追加でお仕事をゲットだぜ。
「以前と同じタイトルなのでしょうか?」
「いいや、他のラインでやってる別作品らしいよ」
「こんな素人がお邪魔してよろしいのかしら」
「アグダちゃんの声質ってかなり独特じゃん? 市場にウケたことが分かっても、現時点だと本人以外には務まらないと判断したんじゃないかな。しばらくすると似たような子が出てくるかもだけど」
「パクられてしまうのですわね」
「そこまで露骨なことにはならないと思うよ」
働き口が沢山あるのは喜ばしい。
なんたって我が身は見た目一桁ロリータ。
仕事を選んでいる余裕なんて寸毫もない。
「追加のお仕事ですが、是非ともやらせてもらえませんか?」
「ウチとしても受けてもらえると助かるよ。わざわざ合い撮りしてまで提案していた手前、途中で降りられちゃうとスポンサーの心象にもかかわってくるからさ。まぁ、こんな話題になるとは想定外だったけど」
あぁ、そう言えばそうだった。
今後は監督のメンツも立てる必要があるのか。
「別のラインということは、次のお仕事もゲームなのですか?」
「来年の春頃にリリース予定で、完全新規のソシャゲらしいよ」
「こうなるとアニメの仕事も気になってきますわね」
ゲームの仕事が嫌ということはない。一人での収録は気楽なものだ。けれど、声優さんといったらやっぱり王道はアニメでしょう。マイクの前で入れ代わり立ち代わりしながら大勢で声を吹き込んでいくやつ。
一度くらい生で見てみたかった。
などと考えていたら、普光院さんから突っ込みが。
「アニメの仕事はモブ以外だと、かなり限られてくるよ。オファーが発生するようなレギュラー枠だと、基本的にはベテランの声優さんにしか声はかからないからね。それ以外だとオーディションで決まるのが一般的かな」
「なるほど」
調子に乗るなってことだろう。
先輩の前で偉そうなこと言ってすみません。
「アグダちゃんさ、アニメの仕事やりたいの?」
「え? あ、いえ、別にやりたいと言うほどでは……」
「モブでよかったら、うちの作品でつかってもいいよ」
「本当ですの?」
そうかと思えば、監督から予期しないご提案が。
こんな簡単に決めてしまっていいのか。
アニメ監督って偉いんッスね。
「君は将来性があるし、今のうちから仲良くしておこうかなと」
「ご期待くださり恐れ入りますわ」
「相変わらず子供らしからぬ物言いするね」
「ごめんなさい、日本語はアニメで学びましたもので」
という設定にしておこう。
今更キャラ作りを軌道修正するのも面倒だ。
「母国語は英語?」
「いいえ、日本語しか話せませんの」
「それでアニメ一本打法? 親御さんパワフルだなぁ」
この辺りのやり取りは、後でメモしておいた方がいいかもしれない。前々回のように保護者の方を頼るような機会が出てきたとき、口裏合わせをする必要があるから。土建屋さんには迷惑をかけたくないし。
日に日に増えていくアグダさんの付帯情報にそこはかとなく不安を覚える。
「それと由桐ちゃん」
「なんですか?」
「悪いんだけど向こうしばらく、アグダちゃんの面倒を見てくれない? この子、事務所に所属していないからフリー扱いでしょ? 何も知らないまま現場に持っていったら、絶対に一悶着あると思うんだよね」
「分かりました。当日の案内とか現場の約束事ですよね?」
「うん、そうそう」
収録には普光院さんが付いて来てくれるみたい。
個人的にはめっちゃ頼もしい。
ただ、頼ってばかりというのも申し訳ない。
「なんだか私ってば、アグダちゃんのマネージャーみたい」
「迷惑をかけてしまって申し訳ないっス」
「別に悪くはないんだけどね。監督に顔を覚えてもらういい機会だし」
「お礼といっちゃなんだけど、由桐ちゃんもモブで入れとくから」
「えっ、いいんですか?」
「前回も手伝ってもらったし、それで頼まれてくれる?」
「はい、任せて下さい! しっかりと最後まで面倒見ますんで!」
監督の言葉を耳にして、普光院さんの顔にパァと笑みが浮かぶ。
モブでもアニメ番組に役がもらえたら嬉しいようだ。
以前、駆け出しだと語っていたのも、決して謙遜ではなかったのだろう。
◇◆◇
アニメ監督からゲットしたアニメのモブのお仕事。
収録はすぐにやってきた。
打ち合わせの翌々日、午後からのスタジオ入り。
例によって普光院さんの自宅近所の公園で落ち合い、タクシーを拾って現場までやってきた。本日の収録は四時から。そして、予定通りに仕事が進捗したのなら、九時頃には終えられるとのこと。
「普光院さん、申し訳ないッス。またしても付き添ってもらって」
「ううん、全然まったく問題ないから!」
「だけどせっかくの夏休みなのに……」
「アグダちゃんのお世話役ってことで、私まで一緒にモブの仕事をもらったからね。アニメの仕事って一言限りの端役でも貴重だし、むしろ、とっても感謝してるの。だから、本当に気にしなくていいよ」
「そう言ってもらえると気が休まりますわ」
タクシーの中、普光院さんは終始ご機嫌だった。
実家は極太で将来に不安なんて微塵もないだろうに、それでもお仕事に前向きなのは大したものだ。こうして端役一つで嬉しそうにしている。その生真面目な生き方は、人生ドロップアウト気味の中身オッサンにとても眩しく映る。
「どうしたの? 私のことジッと見てくれて」
「いえ、なんでもありませんわ」
「もしかして口臭とか気になったりする?」
「そういうのじゃないから気にしないで欲しいですわ」
「じゃあ、ロリコンの発作とか?」
「リアルは興味ありませんの」
「それはそれで失礼な言い方だよね」
「中身オッサンですわよ?」
「その切り返しは反則だと思うの」
雑談を交わしながらタクシーに揺られることしばらく。
到着した収録スタジオは以前と別のところ。
同じアニメスタジオのお仕事でも、作品によって利用するスタジオは異なるようだ。本日の現場は以前と比べて大きなビルとなる。施設も収録スペースと副調整室のセットがフロア内にいくつも見られる。
出入りしている人も結構な数だ。
「目に付いた人がすべて声優に思えてきますわ」
「私も最初に現場入りしたときはそうだったよ」
利用する収録スペースは事前に普光院さんに伝えられていた。
彼女の案内でフロア内を歩く。
その足が防音ドアの前で止まった。
「それじゃあ、挨拶をしていこうかな?」
「了解ッス」
ゲームの収録とは打って変わって人がたくさんだ。
おかげでスタジオ内での立ち回りが大変。
自身のような新人はスタジオ内でカースト最底辺。
下手をこくと業界から干されると普光院さんに脅された。
まずは副調整室に顔を見せてのご挨拶。
「おはようございます。萌芽プロダクション所属の由桐百合です。本日はよろしくお願いします」
「おはようございます。えぇっと、フリーでやってるアグダです。本日はよろしくお願いします」
先輩に倣って元気良く口上を述べる。
すると、室内に見られた方々がこちらに注目。
仕事の手を止めて挨拶を返してくれた。
「おはよう、篠原さんから話は聞いてるよ」
「由桐ちゃんも一緒か。今日はよろしくね」
各々がどういった役柄にあるのかは分からない。
けれど、訪ねるような雰囲気でもないので、そのまま副調整室を後にする。新人からすれば、どのような役柄であろうと別世界の人たちだろう。必要になったら、後で普光院さんに確認すればいいし。
からの、本丸となる収録スペースに向かう。
副調整室とは別に設けられたドアを越えて室内へ。
「萌芽プロダクションの由桐百合です。本日はよろしくお願いします」
「フリーでやっておりますアグダです。本日はよろしくお願いします」
まるでハンコでも押したように同じ文句を繰り返す。
先輩方はそれで満足なのだろうか。
馬鹿にされているように思わないのか。
普光院さんに付いて回り、延々と先輩方にご挨拶。
開始二十分前に到着したのに、既に何人か先人が見られた。また、そちらさんに挨拶をしている間にも、次々と参加者がやってくる。その一人ひとりへ個別に挨拶をしていくのが伝統にして規則なのだとか。
事前にネットで調べていたとはいえ、これは大変だ。
「あら、アグダちゃん。思ったよりもすぐに再会できた」
「高嶺さん、本日はどうぞよろしくお願いいたします!」
現場には以前お会いした売れっ子声優、高嶺さんもいらした。
なんでも収録作品のメインヒロインを務めているとのこと。
「モブに来たってことは事務所に所属したんだよね。どこに入ったの?」
「いえ、今もフリーです。というかモブと事務所にどのような関係が?」
モブ役と事務所が何故につながるのか。
新人にはまるで分からない。
すると、普光院さんが即座に補足してくれた。
「アグダちゃん、モブ役はオーディションがないの。オーディションに参加して落選した人を取ったり、その作品に人を出している事務所から人を引っ張ってきたり、あとは偉い人の一存で決まったりするから」
「なるほど」
「この感じ、偉い人の一存で決まったのかな?」
「誠に恐縮ながら、そんな感じかと思いますの」
「由桐ちゃんも一緒?」
「私はアグダちゃんの付き人みたいな感じです」
「ふふぅん? 随分と優遇されているじゃないの」
「優遇と申しますか、ポッと出の珍獣が珍しがられているだけですわ。しばらくしたらすぐに飽きられて捨てられるのがオチかと思いますので、どうかそれまでご容赦を願えますと幸いですの」
「相変わらず子供らしからぬ日本語がヤバヤバ」
「この子、アニメで日本語を学んだそうでして……」
「あぁ、それでこんなことになっていると」
完全にアウェイの収録スタジオ。
それでも普光院さんが率先して話題を振ってくれたおかげで、他の方々とも会話の機会が得られた。おかげで収録までの時間、収録スペースの隅で地蔵になるようなことはなかった。なんて頼りになる先輩だ。
JCから負んぶに抱っこという状況は、些か申し訳なくも思うが。
挨拶回りを終えてしばらくすると、収録の開始時刻になった。
スピーカー越しに音響監督から挨拶がある。
最初に一回通してテスト。
それから本ちゃんの収録。
本番では全員がいっぺんにお喋りすることがあれば、特定のキャラのみを先行して収録し、これを追いかける形で他のキャラを別撮りすることもある。このあたりは台詞が重なるか否かを基準に判断しているようだ。
「…………」
収録中はお喋り厳禁。
身動ぎすら碌に取れない。
ちょっとした衣類の擦れでさえマイクに乗ってしまうことがあるのだとか。新人が物音を立てて先輩の演技をおじゃんにしようものならフルボッコは免れないそうな。この辺りは昨日の内に普光院さんから繰り返して注意を受けた。
思いっきり放屁したい衝動に駆られる。
絶対に気持ちいい。
自分、緊張するとお腹が緩くなるんです。
過敏性大腸症候群。
「…………」
しかし、何故だろう。
本日はまったくその気配がない。
これも女児ボディーの恩恵だろうか。アスファルトに擦り下ろされた裂傷さえ、ものの数秒で完治する圧倒的な自然治癒力にとって、大腸壁のちょっとしたプルルンなど発生する余地もないのかも。
素晴らしいな、この肉体は。
やがて訪れた自身の担当パート。
女児仕様の足短マイクの前に立つ。
スタッフの方がわざわざ用意してくれた。
いざ尋常に台詞をお喋り。
「アグダちゃん、ちょっと被っちゃったやり直し」
「は、はい!」
ゲーム収録の比じゃないな。
頭が真っ白になるんだけど。
背後に控えた諸兄から圧を覚える。
精々平然を装って台詞を吐き出す。
「はい、これいただきます。いい声出てたよ」
「ありがとうございます!」
他の方に迷惑がかからないパートでよかった。
ホッと胸をなでおろしながら椅子に戻る。
自身と入れ替わりで今度は普光院さんの番だ。
彼女もまた緊張した面持ちでマイクに向かう。
台本を片手に台詞を読み上げる。
「由桐さん、今の気張りすぎ。もう一回やって」
「は、はい!」
リテイクが入った。
その場でやり直し。
すると今度はちょっと元気がない。
「今度は引っ込み過ぎちゃってる。もう一回ね」
「承知しました!」
台詞はたったワンフレーズ。
されどワンフレーズ。
ワンフレーズ。
「うぅーん、もう少し華やかさを意識してみて」
「も、申し訳ありません!」
音響監督のゴーサインが出るまでリピート。
それから延々と繰り返すこと、なんと七回。
「はい、いただきます。ありがとう」
「ありがとうございました!」
眺めているこっちまで辛くなってしまう光景だった。
なんたって彼女の後ろには出番を待つ先輩がズラリ。
けれど、音響監督の指示はどこまでも正確なものだ。
素人の自身でも初回と比べて断然よくなったと思う。
マイクの前を離れてこちらに戻って来る普光院さん。その表情はちょっと悲しそうなもの。きっと彼女もリテイクの回数が気になっているのだろう。女児と目が合うと、ニコリと小さく笑って見せた。
我々の出番はこれで終了。
以降は先輩方の演技を眺めて過ごすばかり。
ただ、椅子に座ってジッとしているのは割としんどい。
事前に普光院さんから聞いたところ、収録スタジオのスケジュールは前半と後半で利用枠が二分されており、前半は十時から三時まで、後半は四時から九時までを一つの枠として扱うのが一般的なのだとか。
その間は参加者一同、ぶっ通しで収録。
途中でトイレ休憩はあるけれど、それ以外は五時間ずっとブースにお籠り。しかもそれで時間ギリギリのケースが少なくないらしい。後半は後ろが空いているので、六時間、七時間と延長戦に突入することもあるのだとか。
控えめに申し上げて、地獄ではなかろうか。
端役の我々などはまだいい。
椅子に座って静かにしていればいいのだから。
「…………」
他方、主役の方々はずっと喋りっぱなし。
なにより大変そうなのは副調整室とのやり取り。
これががめっちゃシビア。
ほんのカタコトのコミュニケーションで、音響監督が言っていることの真意を把握して、咀嚼して、自身の演技に反映させなければならない。なんなら原作者とかいう偉そうなやつが割り込んできて、訳の分からないことを喚き始める。
相当地頭がよくないとできないでしょ。
人生切り売り系労働力提供サービス『キルミー』で経験した建築現場を思い出す。無愛想な大工オヤジの隣で務めるサポート役。おい、そこのノミを寄越せ、ノミ。ノミっていっただろ!? それはタガネだ! 馬鹿、そっちはネジ回し! みたいなの。
めっちゃ胃がキリキリとするんだよな。
更に他の演者さんとのコミュニケーションも発生する。
喉が枯れないように気配りも必要だ。
とんでもない集中力ではなかろうか。
そんな状況で毎回五時間。
人によってはマイクの前に立ちっぱなし。
なんなら前半と後半で連チャンの方々も。
このような環境での創造的なコンテンツ制作。
自分には絶対に無理だと、アニメの収録を目の当たりにして初回で悟った。普光院さんには悪いけど、少しずつ距離をおいてドロップアウトしよう。凡夫に務まる仕事じゃないですよ、これは。
肉体と精神、共に選ばれた人だけが成し得る、真にプロの領域というやつ。
こちらの現場を経験した後だと、アニメを見る目が変わってしまいそうだ。
「…………」
ネットで声優さんのお賃金事情を調べていると、声優として食べていけるのはほんの一握り、といった記事が多々見られた。それはもしかしたら、素養のある方々がほんの一握りしか存在しないから、なのかもしれない。
女児の目には収録ブースが戦場に見える。




