野良エルフ
当初はどうなるかと思われた女児の生活。
それもネット配信に付いた視聴者のおかげで軟着陸を見せた。中長期的には予断を許さない一方で、再来月くらいまでは安泰。それもこれも思いのほか優秀であった視聴者たちの協力の賜物である。
思い起こすと、匿名掲示板から引っ張ってきたんだよな。
まさかこんなに役に立つとは思わなかった。
ということで、たまには視聴者サービスなど考えてみた。
「本日は久しぶりに屋外で配信をしようと思いますの」
:交通事故の件、警察の目は大丈夫なの?
:また追い回されたら大変でしょ
:ただでさえ目立つからね、アグダちゃん。
「近所の小学校が夏休みに突入しましたわ」
おかげで朝っぱらからご近所が騒々しいぜ。
キッズたちが路上でキャッキャしている。
:あぁ、そういうことかい。
:家の近所でも昼間から子供を見かけるのそれか
:私のところも先日から夏休み期間に入ったよ
「とはいえ、自宅の近所は避けております」
カンカン照りの夏日、直射日光は大変厳しい。
これを避けるように木陰の下から配信中。
目の前には磯浜が広がっている。
:今どこにいるの? 背景に映ってるの海だよね
:釣り竿とクーラーボックスも映り込んでる
:アグダちゃん、釣りが趣味なの?
「ご指摘の通り、釣りをしてみようと思いますの」
自身が示した先、浜辺にはゴツゴツとした大きな岩がたくさん並んでいる。その先には東京湾。波は穏やかでチャプチャプと小さく音を立てている。対岸にかけては芝浦ふ頭やレインボーブリッジが見える。
背の高い高層ビル群のズラリと並んだ景観は、釣りとは縁遠い景色のように思う。
:都内だと釣りする場所とかなくない?
:海沿いに高層ビルが見える。お台場の辺りか
:たしかにレインボーブリッジっぽいの映り込んでる
「ご名答。お台場海浜公園にやって参りましたわ」
雲一つない真夏日、炎天下で釣りをしようという酔狂な人間は自分以外一人も見られない。釣り場はほとんど貸切状態だ。少し離れたところにある海水浴場は、めちゃくちゃ混雑していたけれど。
:お台場って釣りするような場所?
:近くにビーチがあったことは覚えてる
:またお巡りさんが飛んできそう。
「一部で釣りが許可されているエリアがありますの」
過去にも来た覚えがあるので移動は慣れたもの。
電車を乗り継いて片道一時間ほど。
路上や電車内ではやたらと視線を感じた。外国人観光客で溢れている首都圏であっても、アグダ氏の美貌は人目を引くものらしい。などと考えたのは束の間のこと。汗で透けたブラウスの先に注目が集まっていたようだ。
今は絆創膏を貼り付けて対応している。
「開放エリアは見ての通り岩場で、ハゼが釣れますわ」
:へぇ、それは知らなかった。
:穴釣りってやつか
:アグダちゃん、釣りとかするんだね
:オッサンの趣味としては定番だな
:ハゼって夏がシーズンなのかー。
「配信をしつつ今晩の食材もゲットする。一石二鳥ですの」
唐揚げにして食べるとそれなりにいける。
ただ、カレー粉は必須。
やはり土地柄、独特の臭みがあるからな。
:都心の海で釣れた魚とか食べて大丈夫?
:最近はだいぶ綺麗になったと聞くけど
:ただちに影響がないタイプの影響がありそう。
「貧民はそんなこと言っている余裕ありませんの」
懐に余裕のある上級国民が羨ましいぜ。
こっちは未だ予断を許さない懐事情だ。
節約できるところから節約していきたい。
「それではさっそく、釣っていこうと思います」
身長が短くなり手足が縮んだ為、竿の取り回しには苦労するかと思われた。しかし、反比例するように増大した腕力のおかげで、どれだけ竿を構えていても疲れない。むしろ以前よりも快適に釣りを楽しめる。
仕掛けに餌を付けて岩場に落とすと、ものの数十秒で一匹目がかかった。
「さっそく釣れましたわ!」
:こんな簡単に釣れるものなんだね。
:ちょっと興味が出てきた
:下手に釣り堀とか行くよりいいかも
時期が良かったのかポンポンと釣れる。
何投か繰り返すと気分も乗ってくる。
調子付いて竿を強く引き上げ過ぎたところ、海面から飛び出したハゼが一瞬にしてお星様になった。遠く海水浴場の方から悲鳴が聞こえてきたけれど、まぁ、気にしない。仕掛けに針は付いているし、飛んでいったとしてもハゼだけだ。
「今晩はハゼでお腹いっぱいですわよ!」
:やっぱり食べるのは止めない? 絶対臭いって
:水面の色合いからしてお腹を壊しそうだよ
:アグダちゃんにはオートリジェネがあるから。
配信していたのは小一時間ほど。
その間に十数匹ほどハゼが上がった。
これ以上は釣り上げても食べられない。
なので本日は撤収することに。
「せっかく外出したので公園内を見て回ります」
:うあぁー、夕日が綺麗だなぁー。
:東京湾がキラキラしてるね
:また明日もここで配信しない?
:流石に連日は大変でしょ
:アグダちゃん汗ぐっしょりだし
:日焼け止め塗ってなかったよね
:オートリジェネで治るくない?
:それはめっちゃ便利ですな
スマホを構えたまま園内をゆっくりと散歩。
イヤホンからは視聴者たちのコメントが流れてくる。
日焼け止めは盲点だった。
ただ、恐らくオートリジェネが効いている。
焼けてたら薄皮剥けてくるけど、それがないし。
「子供連れが多いですわね。疎外感を覚えますわ」
:近所のタワマンに住んでるファミリー層かな?
:ベビーカーを押してるような人たちも多いね
:夕涼みに散歩とか、優雅な暮らしをしているのぅ。
歩いている間に夕日が落ちていく。
青海南ふ頭公園の辺りまでやって来ると、辺りは真っ暗である。すぐ近くにゆりかもめのテレコムセンター駅がある。ここから先は遊歩道も海沿いから離れてしまうので、散歩を切り上げるには丁度よい頃合いである。
「そろそろ本日の配信を終えようと思いますわ」
:おつかれさまー!
:なかなかよかった
:またお出かけして欲しいな。
そうして配信を落とそうとした間際のこと。
不意に素っ頓狂な声が聞こえてきた。
「なっ、ど、どうして魔王がこんなところにいるのか!」
聞こえてきた方に目を向けると、小さな女の子。
こちらを見据えて、大仰にも身構えている。
台所にゴキブリでも見つけたかのようだ。
「……はい?」
しかもその装いはこちらの女児に負けず劣らず洋ロリしている。
身の丈はアグダさんと大体同じくらい。
外見年齢も同様。
まず目に付いたのはプラチナブロンドの頭髪である。日暮れとともに灯って間もない街灯に照らされて、キラキラと綺麗に煌めいている。その先でこちらを見据える双眸は、カラコンでも嵌めたかのように真っ赤な色合い。
そうした派手な見た目と対照的なのが、地味極まりない格好である。
以前、自身が自宅近所のジャスコで調達したような、昭和から平成にかけてのクソダサ女児ファッション。上は犬のイラストがプリントされた白いシャツ。下はピンク色のヒラヒラしたミニスカート。足元は安っぽいスニーカー。
しかも全体的に汚れが目立つ。
お高いタワマンの立ち並ぶ臨海界隈では若干浮いて感じられる格好だ。
「あの、失礼ですが……」
こちらの女児ボディーをご存知なのか。
そのように考えて一歩を踏み出す。
すると、先方は大声で喚き立てる。
「こ、こっちに来るな! それ以上こっちくんな!」
よくよく見てみると、耳がおかしい。
頭髪の合間よりぴょんと飛び出ている。
エルフとしか言いようのないトンガリ耳。
海外だと人体改造するような人たちもいるらしい。けれど、こんな小さなお子さんまでやっているのだろうか。しかも目に見えて動いているような。こちらの何気ない発言に応じてニャンコのように。
:お喋りしてるの、どこの国の言葉だろう
:うーん、聞いたことない響きだなぁ。
:メジャーな言語とはどれも違うっぽいよね
:っていうか、耳がエルフ?
:ピコピコと動いてるのかわいい
配信に残っていた視聴者からコメントが連なる。
目の前の銀髪赤眼ロリエルフ。
便宜上、エルフ女児とでも呼称しよう。
彼女の口の動きと自身が理解した発言の内容に乖離が見られる。
まるで日本語に翻訳された外国語のお喋りを耳にしてるような。
「失礼ですが、私に話しかけておりますかしら?」
「オマエ以外に誰がいるというのか!」
それとなく周りを見渡してみる。
たしかに我々以外、人の姿は見られない。
「なによりこうして私の言葉が通じる!」
「ほほぅ」
なんとなく見えてきたぞ。
こちらのエルフ女児は、不動健一を襲った白尽くめの女たちと同郷の出、或いは関係者ではなかろうか。だからこうして難癖付けて来たし、自身は彼女のお喋りする得体の知れない言語も把握することができる、みたいな。
なんならアグダ氏の前職が魔王とやらの可能性も。
:アグダちゃん、この子の言ってること分かるの?
:どこの国の言葉なのか教えて欲しい
:しかし、アグダちゃんは日本語で話しかけてる件。
:コミュニケーション取れてるっぽいよね
視聴者はエルフ女児の言葉が理解できずにいる。
自身の推察に確度プラスワン。
ここは先方より情報を引き出したいところ。
「肉体はどうだかしりませんが、中身は魔王とは別人ですわ」
「……中身? ど、どういうことなのか……」
「そこまでは私も存じませんの」
「存じない? 意味が分からない!」
「まったくもって同意ですわ」
「っ……! やっぱりオマエ、私のことを馬鹿にしてるな!?」
悩んでみたり、困ってみたり、怒ってみたり。
エルフ女児は感情豊かだなぁ。
眺めていて癒しを覚える。
「その姿で魔王じゃないのなら、オマエは何者なんだ!」
「吾妻アグダ、釣り人さ!」
手にした釣り竿を掲げて訴える。
肩にはクーラーボックスを下げている。
どこからどう見ても釣り人だろう。
:アグダちゃん、段々と肩書が増えてきた。
:今日は釣竿持ってるから説得力がある
:魚籃まで下げてるし結構な大荷物だよ
:子供が沢山荷物を持ってるの微笑ましい。
:中身オッサンだけどな
視聴者三名は依然として配信に張り付き。
一人として退出する様子が見られない。
「申し訳ありませんが、魔王という方は存じませんの」
「存じないもなにも、お前が魔王だ! 魔王なんだよ!」
:言葉は分からないけど、なにか事情を知ってるっぽい
:見た目からしてキーパーソンなのは間違いない
:アグダちゃん、外出するたびにイベント発生するよね。
やはり、この肉体には本来の持ち主が存在しているっぽい。
自身はその中に入り込んだだけ、という状況。
キルミーで派遣された動物園での清掃バイト。現地で我が身を拉致った全身白尽くめの女たち。彼女たちの行った儀式により、エルフ女児が語ったところ、魔王と自身の中身が取り替えられてしまったとか。
いやしかし、だとしても何故に。
誰も得しないと思う。
女児とオッサンの中身を取り替えて何が嬉しいの。
「ご相談ですが、この肉体について話を伺えませんか?」
「っ……!」
思い切って尋ねてみることにした。
するとエルフ女児に反応が。
警戒の面持ちから一変。
笑みを浮かべながら語りかけてくる。
「忘れているなら教えてあげよう。オマエは私の子分だったな。それなのに離れ離れになってしまった。かわいい子分や、今までどこで何をしていたのか。再会できてよかった、とっても安心した」
「記憶を失っている訳ではありませんよ?」
「うっ……!」
この女児、速攻で騙しにきたぞ。
油断も隙もない。
素直に応じると、笑顔が消えてしょっぱい表情に戻った。
:このタイミングでTS設定の解明きちゃう?
:相変わらず情報量に富んだライブ配信じゃないの
:一回でも見逃すと次回が分からなくなる配信とか草。
「繰り返しますが、魔王について教えてもらえませんか?」
「こっち来んな! 私のこと、どうするつもりだっ!?」
一歩を踏み出すと先方の身体がビクリと震えた。
魔王という存在を恐れているのは間違いない。
間髪を容れず、エルフ女児が腕を正面に掲げた。
時を同じくして、彼女の手元から火球が出現。
こちらに向かい勢いよく飛んできたから驚いた。
「うぉっ……」
面前で炸裂、全身が灼熱感に包まれる。
ただ、そこまで熱くはないかも。
お湯をでもぶっかけられたような感じ。
視界が真っ赤な炎に覆われていたのは数秒ほど。
炸裂からしばらくすると、炎は自然と霧散した。
爆炎が晴れた先にエルフ女児の姿が戻る。
「くそぅ、魔法が効かない。やっぱり魔王じゃないか」
「……魔法?」
:魔法? アグダちゃん、今魔法って言った?
:めっちゃ魔法っぽいの出てたンゴ
:っていうか、直撃コースだったよね。
:なんと頑丈な女児なのだろうか
:トラックも一方的にダメージ入ってたなぁ
これ以上なく魔法っぽいのを喰らった。
とってもファイアボールしてた。
ただし、まったくダメージが入っていない。
トラックに跳ねられても無事だったので、結果は分からないでもない。ただ、前提としてトラックに跳ねられて無事なのがおかしい。その理由を知りたいのだけれど、彼女はまるでそれが当然のように呟いてみせた。
まぁ、魔王って言われたら強キャラのイメージあるけどさ。
ところで今はそれ以上に、目先の不思議現象が興味を引いて止まない。
「なんッスか今の格好いい。私にも教えてくれませんか?」
「教える? どんだけ私のこと馬鹿にするつもりだよぅ!」
:アグダちゃん、驚くと素の口調が漏れるよね
:中身のオッサンが魔法をねだっております。
:普通にダメ入ってないの気になるんだけど
:アグダちゃんDEF高すぎでしょ
「くそうくそう、それ以上こっちくんな!」
声高らかに叫ぶと踵を返したエルフ女児。
そっちから話しかけてきたのに、駆け足でこちらから逃げていく。止める暇もなかった。すたこらさっさと遠ざかっていく。日が暮れていたことも手伝い、その姿はすぐに闇に紛れて見えなくなった。
「行ってしまいましたわ」
:追いかけなくてよかったの? もう会えないかも。
:せめて連絡先とか交換すればよかったのに
:未成年と連絡先を交換とか、なんと恐ろしいことを……
:アグダちゃん、だから私とも交換してくれなかったんだ?
:あっ、そこはちゃんと線引きしてるんだね
「ご指摘の通り、保護者が駆けつけてきたら大惨事ですわ」
ただでさえ社会的に弱りきっている身の上。
他所様と問題を抱えるなど、ダメ、絶対。
:だけど、魔法には興味津々だったよね?
:直撃してたけど本当に大丈夫なの?
:交通事故のときと同じでノーダメっぽいね
:しかも今回は衣服まで無事じゃないの
:バリア的なのがオートで発動したとか?
:魔法攻撃無効とか強キャラ感ある
「魔法が使えたら仕事の幅が広がりますわ」
発破作業がノーコストで行えたら、土建屋さんに重宝してもらえそう。より大規模な解体工事を一人で回せるようになったら、かなりの稼ぎになるような。もちろん人目を盗む必要はあるのだけれど。
:あいかわらず労働意欲に溢れてるなぁ……
:いの一番に考えるのがそれってどうなのか
:どんなときも就労機会を大切にしていくスタイル。
しばらく待ってみても、エルフ女児は戻らない。
当初の予定通り配信を切り上げて、自身も帰路に着いた。
お台場海浜公園には、また近いうちに足を運んでみようと思う。




