声優、はじめました 一
スタジオでの収録から数日が経過した。
その間に自身が行ったことは、自宅で食っちゃ寝しながらライブ配信。視聴者はいつもの三名のみ。メンバー限定の配信で、毎日小一時間ほど他愛ない雑談を交わしながら、グダグダとしていた。
そんなある日のこと。
配信開始と共にコメントが流れてきた。
:アグダちゃん、エグい。バズってる
「バズってる? この配信はメン限なんですが」
発信者のアカウントを確認してみると普光院さん。
この子は何を言っているのか。
疑問に思って呟く。
すると、立て続けにコメントが入った。
:前に収録した広告のタイトル、ネットで検索してみて
:うちの若い衆が同行したやつか。調べてみるんご
:まさかとは思うけど、何か問題が発生しちゃった感じ?
指示されたとおりブラウザを立ち上げて検索。
上位にいくつかニュース記事がヒット。
一番上に来ていたページを確認してみる。
まず目に入ったのは、とあるソーシャルゲームのウェブ広告。
つい先日収録スタジオで目の当たりにした動画である。
ナレーションを担当する声優は自身と売れっ子の二者択一。アニメ監督はスポンサーの意向次第だと語っていた。それから連絡がなかったので、てっきりこちらの収録した分はお蔵入りしたものかと考えていた。
けれど、ページに張られた動画を再生すると、聞こえてきたのは自身の声だ。
「お、おぉぉ、これはなかなか……」
その映像の一部がネットミームと化していた。
ネットの住民たちのオモチャになっていた。
具体的には三十秒ある映像のうちの数秒間、ほんの数ワードの発声が取り沙汰されている。これに他所の映像作品から持ってきた動画やイラストが当てられて、二次作品的な映像が動画投稿サイトに大量発生していた。
それらがニュースとして話題に上げられている。
動画へのリンクが沢山張られていた。
自分も好きだけどさ、こういう音MAD的なの。
:ネタ動画にされてるウェブ広告、アグダさんが声を当ててるのかい
:これってアグダちゃんだったのか。どうりで耳に覚えがあった訳だよ。
:この件で監督から私に連絡があったんだけど、一緒に来れないかな?
アニメ監督から呼び出しらしい。
なにか問題でもあったろうか。
契約書の類いは既にやり取りを終えている。
報酬の振込先も自身の銀行口座を指定した。
保護者の隠匿は完璧である。
「叱られたりしませんわよね?」
:広告としては大成功だし、むしろ喜ばれていると思うけど
だとすると、お褒めの言葉でも頂けるのか。
それだけの為にわざわざ呼び出したりするとは思えない。
「一緒に行ったら、焼肉とか奢ってもらえたりしますかね?」
:焼肉食べたいの?
:最近、焼き肉食べてないなぁ
:いいよねぇ、焼き肉……。
「お高い和牛を他人のお金で食したいですわ」
和牛なんてもう何年も食べていない。
最近はめっぽうお高くなってしまわれて。
ところで一口に和牛とは言っても、最近だとアメリカ産の和牛なんていうのも存在するそうな。和牛という単語は牛さんの血統を示すものだそうで、育ちが国外の日系アメリカ和牛なども流通しているのだとか。
日本育ちの牛さんは国産牛と称するらしい。
また、国産牛の中には海外で暮らしていた帰国子女牛なども見られて云々。
:確約はできないけど、それとなく伝えておくね
「時間と場所はどうすればいいかしら?」
またいつもの公園に集合だろうか。
普光院さんと一緒だとタクシー代出してもらえるから最高。
:監督に確認してから、改めてメッセージを送ってもいい?
「承り!」
ビシッと敬礼してコメントに応える。
女児になって思ったことがある。
この手のリアクションがやたらと映えるんだよな、アグダちゃん。
◇◆◇
翌日はかなり早起きをする羽目になった。
ここ最近、完全に夜型の生活となっていた女児には堪える。それでもどうにか起き出して、身だしなみを整えようとして、寝癖がどうにもならなくて、遅刻ギリギリになって自宅を飛び出す羽目となる。
ボリュームのあるブロンドはブラシで撫で付けるだけでも大変な手間だ。思い切ってハサミでちょん切るも、すぐさまニョキニョキと生えてくる。もはやどうにもならない。風呂場に生えた頑固なカビのようだ。
「申し訳ありません、遅れましたわ」
「時間ちょうどじゃない?」
「だとしたら、急いだ甲斐がありましたわね」
午前八時、いつもの公園で落ち合う。
園内には既に普光院さんが見られた。
彼女はこちらの背中のあたりを眺めて言う。
「走ってきたの? 髪がボサボサだけど」
「んなっ、朝食を抜いてまで頑張ったのに……」
「あぁ、寝癖が上手く直せなかったのね」
合点がいったとばかりに頷いた普光院さん。
すぐ察した辺り、女性にはありがちなミスのようだ。
「男の比じゃないですわ。女性は毎朝大変ですのね」
「日頃からブラシを通しておくのが大切だと思うよ」
「それはそれでめっちゃ面倒臭いと思います」
「ツインテールに結ってみる? 割と誤魔化せるから」
「おぉ、それは良いことを聞きましたな!」
そこから目的地となるアニメスタジオまで移動。
今回は土建屋さんに若い衆を借りることもない。
洋ロリと普光院さんの二人で向かうことに。
移動はタクシーだ。
費用はすべて普光院さん。
彼女の声優としての仕事っぷりから察するに、移動のタクシー代で既に足が出ているように思う。それでも声優を続けているのは、いつか売れっ子になって活躍する日を夢見ているからだろう。
実家が太いの羨ましい。
そうして訪れたアニメスタジオ。
受付でアニメ監督の名前を出すと、すぐにオフィス内へ案内を受けた。僅かな移動の間にも、随所に飾られたアニメ作品のポスターが目に楽しい。あぁ、この作品もここだったのか、などと思いながら歩く。
そうして訪れた打ち合わせスペースでのこと。
「追加のお仕事、ですか?」
「スポンサーから是非どうかと提案されていてさ」
監督から伝えられたのは追加のお仕事。
同じ会社から提案があったらしい。
「君がウェブ広告を担当したソーシャルゲームだけど、今度実装されるパッケージに追加キャラを考えているらしい。広告が話題になったもんで、そこから逆輸入する形で実装したいそうだよ。君のボイスイメージに合わせてデザインが送られてきた」
「えっ、凄い。そんなことあるんですか?」
甚く驚いたように普光院さんが声を上げた。
たしかにビックリだ。
自身が声を当ててから僅か数日という仕事。
「お相手は大きなゲーム会社だからね。社内にイラストレーターやモデラーも囲い込んでいるから、これくらいは訳ないんじゃないかな? まぁ、それでも担当者の人たちは頑張ったと思うけどね」
我々に説明をしつつ、手元のノートパソコンを操作する監督。キーが押下されるのに応じて、打ち合わせスペースの壁に掛けられたディスプレイにイラストが表示された。今話題に上がった追加キャラのデザインだろう。
三面図と表情差分がいくつか見られる。
狙ったように女児だ。
しかもブロンド碧眼のロリだ。
「追加キャラクター、金髪ロリなのですわね」
「君のボイスイメージに合わせたからね」
「ほほぉう?」
ボイスイメージ関係なくない?
喉元まで迫り上がった思いをどうにか飲み込む。
「由桐ちゃんが驚いているように、こんな話は滅多にないよ」
「そうは言っても自分、完全に素人なんですが……」
「素でアニメ声なんだし、別にやったらいいんじゃない?」
「それって音響監督が耳にしたらぶっ飛ばされませんか?」
「スポンサーたっての意向だし、それを何とかするのが音響監督の仕事さ」
アニメ監督としては仕事を受けて欲しそうだ。
度々聞こえてくるスポンサーというワードからも察せられる通り、ゲーム会社とはいい関係を維持したいのだろう。自身の存在が役に立つというのであれば、ちょっとくらい協力することも吝かでない。
巡り巡って普光院さんの為にもなるし。
「断ることもできるけど、個人的には受けてもらえると嬉しいんだよね」
「アグダちゃん、こんな機会は滅多にないよ!」
「そうなんですの?」
普光院さんからも補足があった。
彼女は語気荒く語ってみせる。
「以前、このゲームで公開オーディションがあったこと知らない? 応募数が約三千に対して通過はたった三人。倍率は千倍だよ、千倍! こんなのもう狙って取れるような役柄じゃないんだよ」
「就職氷河期の公務員の採用倍率も真っ青の数字ですわね」
「いの一番に出てきた感想がそれって、君本当にお子様?」
「あ、いや、親が前にそんなことを言っていまして……」
監督から鋭いツッコミが。
年齢的に監督も氷河期世代ですよね。
こちらの女児とお仲間である。
「先方から聞いた感じ、それなりに喋るキャラのようだから、収入という意味ではジュニアでも美味しいと思うよ。ワード単価百だとしても、全部収録したら一ヶ月分の食費くらいにはなるんじゃないかな」
「っ……!」
「人気が出れば今後とも続投の可能性があるし」
なんと素晴らしい。
土建屋さんに斡旋してもらう仕事と比較しても遜色ない。
事前にネットで調べた声優さんのお賃金事情は、新人の場合一日拘束されて一万五千円とか出てきた。スタジオまでの交通費も出ない場合が多いらしい。コンビニバイトと大差ないじゃないかよと。
しかし、こうなると話は変わってくるぞ。
「是非ともやらせてください! 声優、頑張ります!」
「……もしかして、アグダちゃんお金に困ってる?」
「困っていないと言ったら嘘になってしまいますわね」
「監督、子供にそんなこと聞かないでください」
自身が承諾したことで打ち合わせは終了。
帰り際には台本を渡された。
アニメ監督曰く、本来であればこの手の打ち合わせは、声優さんが所属している事務所に投げるのが普通らしい。しかし、事務所はおろか連絡先さえ公開していない自身であるから、普光院さんを経由して連絡が入ったのだそうな。
「急な話ですまないけど、収録は明後日だから。場所は以前と同じところ」
「えっ……」
「それまでに台本に目を通しておいて欲しい。それと由桐ちゃん」
「なんですか?」
「当日はこの子の面倒を見て上げてくれない? 埋め合わせは必ずするから」
「ええ、分かりました」
トントン拍子で次の仕事が決まってしまった。




