咆哮する熱砂と、真紅の刻印
「ンフフフ……さぁ、その薄汚いトカゲごと、私の可愛いペットたちの餌食になりなさいな!」
色欲の女神の哄笑と共に、路地裏を埋め尽くした異形の魔獣たちが一斉に牙を剥いた。
だが、その瞬間。
カノンの腰にしがみついていたレヴィアの身体から、大気を激しく震わせるほどの熱量が立ち昇った。
「……私の、神様に……汚い手を、出すな……ッ!!」
レヴィアが顔を上げ、その瞳が燃え盛るような黄金色に輝く。
彼女が大きく息を吸い込み、その小さな喉を鳴らした刹那――。
「――『焦熱の息吹』!!」
レヴィアの口から放たれたのは、単なる火炎ではなかった。すべてをドロドロに溶かし尽くす、白熱のプラズマ。
ゴォォォォッ!!という凄まじい爆音と共に、路地裏を埋め尽くしていた魔獣たちは、悲鳴を上げる暇さえなく一瞬で炭化し、さらにその骨さえも蒸発して消え去った。
射線上にあった石造りの建物は赤く溶け落ち、空間そのものが熱波で歪んでいる。
「なっ……なにあれ、出鱈目な威力ね……!」
ミアが呆気にとられて叫ぶ。セラフィもまた、その規格外の破壊力に驚愕を隠せなかった。
カノンの血をわずかに得ただけで、古竜の真の力が呼び覚まされたのだ。
ホログラム越しに見ていた色欲の女神も、その余裕の笑みを凍りつかせ、忌々しげに映像を消し去った。
静寂が戻った路地裏で、レヴィアは「ふぅ」と小さく息を吐くと、さっきまでの破壊神のような姿が嘘のように、再びカノンの服の裾をぎゅっと掴んだ。
「……お腹、空いた……」
カノンはその愛らしい頭を優雅に撫で、微笑んだ。
「ええ、そうね。最高のご馳走を用意させましょう」
潤沢な資金を持つ一行は、色欲の街で最も高級なレストランのひとつを貸し切った。
そこからは、地獄のような光景が始まった。
「す、すみません! お肉の追加、あと五十人前持ってきてちょうだい!」
カノンが呆れたように、しかしどこか楽しそうに注文を重ねる。
テーブルの上には、山のような肉料理、巨大な魚のロースト、溢れんばかりの果実が並んでいたが、レヴィアの手にかかればそれらは瞬く間に消えていく。
その小さな身体のどこに入るのか、レヴィアは幸せそうに頬を膨らませ、底なしの胃袋で料理を次々と平らげていくのだ。
「……すごいわね。見てるこっちがお腹いっぱいになってくるわ」
ミアが苦笑いしながらワインを煽り、セラフィは礼儀正しく食事を進めながらも、新しい「妹」の食べっぷりをどこか慈しむような目で見つめていた。
カノンは、自分に狂信的な視線を向けながらも必死に食べ続けるレヴィアを見つめ、確かな充足感を感じていた。
孤独だった神の国の生活では、決して味わえなかった賑やかな食卓。
この少女たちこそが、私の本当の『家族』なのだわ――。
その夜、街で最も豪華な宿屋の一室。
窓から差し込む怪しげな桃色の月光が、部屋の中を妖しく照らしていた。
カノンはソファに腰掛け、風呂上がりで肌を火照らせたレヴィアを目の前に立たせた。
湯気を立てるレヴィアの褐色肌は、月光を反射して夜の砂漠のように美しく輝いている。
「レヴィア。あなたに、ひとつ聞きたいことがあるの」
カノンの真紅の瞳が、レヴィアの黄金の瞳を真っ直ぐに射抜いた。
「私は、あなたを助けた。けれど、私と一緒にいれば、これから先は神々との過酷な戦いに身を投じることになるわ。……あなたは、私の『眷属』として、永遠に私の傍にいる覚悟はあるかしら?」
レヴィアは迷わなかった。迷うはずがなかった。
彼女はカノンの足元に跪き、その白い手に額を押し当てた。
「……私は、あそこで死ぬはずだった。カノン様が、私に名前を、命を、熱をくれた……。私の身体も、魂も、すべてはカノン様のもの。……どうか、私を、あなたの奴隷にしてください……っ」
「いいえ、奴隷ではないわ。……愛する私の『家族』になってもらうのよ」
カノンはレヴィアの顎を優しく持ち上げ、そのまま彼女の首筋へと顔を寄せた。
レヴィアの美しい褐色の肌から、古竜特有の芳醇で熱い命の香りが立ち昇る。
カノンは自らの牙を、その柔らかな肌へとゆっくりと突き立てた。
「あ……ぁ、あああぁっ……!!」
牙が刺さった瞬間、レヴィアの喉から、震えるような嬌声が漏れた。
痛みなど、一瞬で消え去った。代わりに彼女の体内を駆け巡ったのは、脳を溶かし、魂を焼き尽くすような圧倒的な多幸感。
カノンの唇から、彼女の魔力が凝縮された濃厚な『吸血鬼の血』が、レヴィアの血管へと注ぎ込まれていく。それは究極の愛情表現であり、魂同士が溶け合うような疑似的な性行為。
「あ……カノン様、熱い、です……身体が、壊れちゃう……っ!!」
レヴィアの褐色の肢体が、あまりの快楽に弓なりに反り返る。
引き締まった腹筋が妖しく波打ち、太ももが痙攣するように震える。カノンの牙が首筋を抉るたびに、レヴィアの黄金の瞳は快感で潤み、視界は真っ白に塗り潰されていく。
「いいわ……もっと、私を感じて……」
カノンはレヴィアの背中の翼を強く掴み、その耳元で艶っぽく囁いた。
注ぎ込まれたカノンの血が、レヴィアの古竜の魔力と混ざり合い、彼女の胸元に真紅の『吸血鬼の紋章』を刻み込んでいく。
それは、二度と解けることのない、永遠の愛の鎖。
レヴィアは恍惚とした表情で、自分を貪るカノンの背中に腕を回し、狂おしくしがみついた。
――翌朝。
眷属化を経て、さらに美しさと魔力を増したレヴィアを加えた四人は、ついに色欲の女神の居城へと足を踏み入れた。
だが、そこでカノンたちを待ち受けていたのは、色欲の女神による最悪の『精神汚染』の罠だった。
そして女神の口から、さらに残酷な『母の死の真実』が語られようとしていた――。




