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満たされる五つの渇望

傲慢の神が消滅し、冷たく無機質だった天上の神殿は、カノンの真紅と黄金の魔力によって、温かく柔らかな光に包まれた『真の楽園』へと作り変えられていた。

雲海を見下ろす広大なテラスには、最高級のシルクと羽毛で設えられた、六人が横たわってもなお余りある巨大な円形のベッドが置かれている。


「んっ……ぁ、カノン、様……っ、もっと……」

「ふふ……レヴィアは本当に甘えん坊ね。ほら、たくさんお飲みなさい」


柔らかな日差しと心地よい風が吹き抜けるベッドの上で、極上のイチャイチャタイムは、戦いから数日が経過した今もなお、途切れることなく続いていた。


カノンは、自身の白い太ももに縋り付いて甘い吐息を漏らすレヴィアの頭を優しく撫でながら、手首から滴る血をその小さな唇へと与え続けていた。

かつてのカノンにとって、血とはただ『生き延びるため』だけに喰らう、生々しく必死な生存の証だった。今日を生きるための水分であり、渇きを癒すためだけの本能。

だが今の彼女が流す血は、まるで極上の蜜のように甘く、愛する者へ『快楽と安心』を与えるための神聖な雫へと変わっていた。


「あぁっ……カノン様の血、すっごく温かいです……。お腹の底から、ぽかぽかして……私、カノン様に生かされてるんだって、実感しちゃいます……っ」

レヴィアがトロンとした瞳でカノンを見上げ、幸せそうに尻尾(の幻影)をパタパタと振る。


「レヴィアばっかりずるい。……あたしにも、頂戴よ」

そう言って、カノンの背中からそっと抱きついてきたのはミアだった。しなやかな腕がカノンの腰に絡みつき、色素の薄い柔らかな唇が、カノンのうなじにそっと押し当てられる。

「ミア……あなた、また昨日も私の見回りをしてくれていたの?」

「……別に。あんたが不用心に無防備な顔で寝てるから、悪い虫がつかないように見ててあげただけよ」

ツンとした口調とは裏腹に、カノンにすり寄るミアの体温は熱く、その手は決してカノンを離そうとしなかった。


カノンは振り返り、ミアの唇を優しく塞いだ。

「んちゅ……あっ、んんっ……!」

深く、甘い舌打ちの音が響く。

怯えることなく眠れる場所。理不尽な暴力から身を守るための戦い。かつての彼女たちが血反吐を吐いて求めた『安全の欲求』は、今、カノンの腕の中という絶対的な安堵の領域によって完全に満たされていた。


「カノン様、ミア様。私の特製、滋養強壮スープができたアルよ!……って、あぁっ! また二人だけでイチャイチャしてるアル!」

お盆を持ってきたリンが、頬を膨らませてベッドに飛び込んでくる。

「あら、リン。ご飯もいいけれど……私を満たす最高の『食事』は、あなたよ?」

カノンが妖艶に微笑み、リンをベッドに引き倒す。

「ひゃああっ!? ま、待つアル、スープがこぼれ……んんっ、ぁああっ……!」

カノンの長い指先がリンの敏感な素肌を滑り、吸血鬼の魔力が直接魂を撫で回す。リンは一瞬で腰から砕け、カノンの胸元に顔を埋めてとろけ切った声を上げた。


「……マスター。リンの心拍数が危険域まで上昇。これ以上の接触は……ノアの処理能力ジェラシーにも深刻なエラーを引き起こします。ノアにも、メンテナンスを要求します」

ノアがポーカーフェイスのまま、しかし明らかに不満げな涙を浮かべてカノンの腕を引く。

「ふふ、ノアも可愛いわね。おいで」

「あ、私も……! 私も、カノン様の愛に触れたいです……っ」

セラフィが純白の翼を震わせながら、ノアと一緒にカノンの膝へとすり寄ってきた。


カノンは、愛おしい五人の少女たちを、その豊かで柔らかな翼と光輪のオーラでまとめて抱きしめた。

五人の体温。五つの異なる吐息。そして、互いに求め合い、肌を重ね合う圧倒的な多幸感。

(ああ……なんて幸せなのかしら)

カノンは、自らの胸を満たす温かい奔流に目を細めた。


ずっと孤独だった。バケモノと恐れられ、神々に命を狙われ続けた。

彼女が本当に求めていたのは、強さでも神の座でもなく、ただ『一人ではないと実感できる繋がり』だったのだ。

そして、この五人の乙女たちは、カノンを恐れるどころか、「カノン様が必要だ」「カノンがいなきゃダメだ」と、ありのままの不完全な吸血鬼としての彼女を絶対的に肯定し、崇拝してくれた。


その揺るぎない肯定があったからこそ、カノンは『神としての自分』と『吸血鬼としての自分』を統合し、限界を超えた真の神殺しとしての可能性を完全に開花させることができた。


「……みんな。本当に、ありがとう」

カノンは、自分にすがりついて快楽と安心に蕩ける彼女たちの髪を、一人ずつ丁寧に撫でた。

「私はね、もう何もいらないの。自分のために血をすする飢えも、強くなりたいという渇望も、すべてあなたたちが満たしてくれたから」


カノンの真紅の瞳は、もはや一人の少女としての枠を超え、世界そのものを慈しむような、深く、底なしの愛に満ちていた。

『自分のため』の欲求がすべて満たされた時、魂は『他者のため』にのみ存在する神の領域へと至る。


「だからこれからは、私があなたたちを……ううん。この世界のすべてを、永遠の愛で満たしてあげるわ」


カノンがそう囁くと、五人の少女たちは感極まったように涙を流し、全員でカノンの身体に深く、甘く、愛の口づけを落とした。

天上の神殿は、彼女たちの甘い吐息と、永遠に尽きることのない極上の快楽の魔力で、どこまでも甘く、美しく満たされ続けていた。





それから数年の時が流れた。

かつて傲慢な神々によって理不尽に支配されていた世界は、今、かつてないほどの平和と繁栄の時代を迎えていた。


天上の神殿の最奥。

黄金と真紅の薔薇で彩られた至高の玉座に、新たなる『絶対神』となったカノンが座している。

彼女は支配者として君臨しているわけではない。

己のすべての欲求を超越した彼女(自己超越)は、もはや個人のエゴを持たず、ただ世界を優しく見守る『概念システム』に近い存在へと昇華していた。

彼女が微笑めば世界に温かい陽光が降り注ぎ、彼女が眠りにつけば、世界は安らぎに満ちた静かで甘い夜に包まれる。見返りを求めず、ただ無限の愛と魔力を世界に循環させる、真に慈悲深き神の姿がそこにあった。


そして、絶対神として玉座から動くことのないカノンの手足となり、広大な世界を五つの領域に分けて平定する『神の守護者』たちがいた。


東の地を駆けるのは、『影の守護者』ミア。

かつて暗殺者だった彼女は、今や世界最速の神速を持つ執行者として、カノンの愛する世界を影から脅かす悪意を音もなく刈り取っている。その双剣は、もはや血で汚れることのない気高き断罪の刃だ。


西の地を鎮めるのは、『竜の守護者』レヴィア。

天真爛漫な笑顔はそのままに、完全な竜化を成し遂げた彼女は、その圧倒的な剛力と威容で争いを未然に防ぐ抑止力となった。彼女が西の空を飛ぶだけで、人々は真紅の女神の加護を感じて歓喜の声を上げる。


南の地を豊かにするのは、『命の守護者』リン。

特級の技を持つ彼女は、戦いではなく、その包丁で大地を開拓し、世界中の人々に「命を食べる悦び」を広めている。彼女の作る料理は、傷ついた者の肉体だけでなく、魂をも治癒する神の秘薬として崇められている。


北の地を護るのは、『光の守護者』セラフィ。

純白の高潔な翼を取り戻した彼女は、決して破られることのない絶対の聖盾を展開し、厳しい北の吹雪から人々を守り続けている。彼女の祈りは、迷える魂をカノンの温かい愛へと導く道標となった。


そして、世界の中央――神殿の麓で世界全体を管理するのは、『叡智の守護者』ノア。

ホムンクルスでありながら、カノンの愛によって完全な「心」を獲得した彼女は、その超絶的な演算能力を駆使して、世界の魔力バランスを完璧に調律している。彼女の銀色の瞳は、すべての命が平等に幸せを享受できるよう、寸分の狂いもなく世界を見つめ続けていた。


「……マスター。本日の世界の幸福度指数、観測史上最高値を更新。五柱の守護者からの定時報告も、すべて『異常なし、カノン様を深く愛している』とのことです」

ホログラム通信を通じて、ノアの涼やかな、けれど誇らしげな声が神殿に響く。


「ふふ。みんな、今日も頑張ってくれているのね」

玉座の上で、カノンは漆黒の翼を優しく揺らし、真紅の瞳を細めて微笑んだ。


渇望から始まり、愛を知り、そしてすべてを超越した吸血姫。

彼女と五人の少女たちが紡いだ絆は、新しい世界の理となり、永遠に色褪せることのない神話として、未来永劫語り継がれていくのだった。

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