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底なしの霧と、美しき虚無の乙女

狂信の街ルミナスを後にしたカノンたちは、憂鬱の神が潜むという『底なしの霧の森』へと足を踏み入れた。


森の中は、一寸先も見えないほど濃い灰色の霧に包まれていた。

音すらも霧に吸い込まれるような異様な静寂の中、歩を進めるごとに、じっとりとした冷たさが肌にまとわりついてくる。


「……なんか、この森気持ち悪いわね。息をしてるだけで、身体が重くなるっていうか……」

ミアが双剣を握る手に力を込めるが、その声にはいつもの覇気がない。

「ええ。物理的な毒ではありませんが、精神の活力を直接削いでくるような……いやな気配です」

セラフィも青ざめた顔で周囲を警戒している。


「マスター。大気中の成分を解析。……これはただの霧ではありません。生物の脳内報酬系に直接干渉し、『自己肯定感』を破壊する特殊な魔力場……」

ノアが淡々と報告をしていた、その時だった。


「……あ、れ……? 私、どうして歩いてるんですか……?」


急に足取りが重くなったレヴィアが、ふらりとその場に座り込んでしまった。

いつもなら天真爛漫に跳ね回っているはずのおへその見える武闘着姿が、今はひどく小さく、痛ましく見える。

「どうしたの、レヴィア? 疲れちゃった?」

カノンが優しく声をかけるが、レヴィアの瞳からはポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。

「私……カノン様に拾われてから、ずっと幸せで……でも、本当はただの、バケモノのトカゲで……っ。カノン様の隣にいる資格なんて、最初からなかったんだ……うぅっ……」

「レヴィア……?」


「……あたしも、そうアル。料理が上手いとか特級だとか、調子に乗ってたけど……結局、あたしが切れるのは肉と野菜だけ……無力アルよ……」

リンが中華包丁を力なく地面に取り落とす。

「そうね……私も、昔はただの暗殺者。人の命を奪ってきた汚い手が、光の当たる場所を歩こうなんて、烏滸がましいのよ……」

「堕天した私なんて……生きていても、誰の救いにもならない……」

ミアとセラフィも、武器を手放し、虚ろな瞳でうずくまってしまった。


「……存在意義を、再検索。……該当なし。ノアは、感情というバグを抱えた、ただの不良品。……廃棄処分を、実行します」

ノアの銀色の瞳から光が消え、そのまま崩れ落ちるように機能を停止した。


「みんな……! しっかりしなさい!」


カノンが叫ぶが、誰の耳にも届かない。

霧を吸い込んだ眷属たちは皆、自らの過去の罪悪感やコンプレックス、無価値感に押しつぶされ、生きる気力を完全に奪われてしまったのだ。


『……ふふっ。可哀想に。生きるって、疲れるだけでしょう?』


霧の奥から、鈴の音のように儚く、けれどひどく気怠げな声が響いた。

ゆっくりと姿を現したのは、透けるように白い肌と、地面に届きそうなほど長い銀髪を持つ、一人の美少女だった。

彼女は萎れた百合の花に囲まれた玉座に頬杖をつき、生気のない瞳でカノンを見つめていた。


「あなたが、憂鬱の神……」

「ええ。ルナールと呼んで。……ねえ、吸血鬼さん。どうしてそんなに必死に生きようとするの? どんなに絆を紡いでも、いずれ失って、虚しくなるだけなのに」

ルナールは、哀れむように目を伏せた。


「黙りなさいッ!」

カノンは真紅の大鎌を具現化し、縮地を超える速度でルナールの首筋へと一閃を放つ。

傲慢の神をも超える力を持つ、真紅と黄金の神格の刃。

だが――。


スゥッ……。


「……え?」

大鎌の刃は、ルナールの細い首を『すり抜けた』。

幻影ではない。物理攻撃そのものを「無価値なもの」として霧に変換して受け流す、憂鬱の神の絶対的な権能。


「無駄よ。私には、あなたのその怒りも、殺意も、重すぎるの」

ルナールが細い指先をカノンに向ける。

その瞬間、カノンの脳内に、ルナールの持つ『底なしの虚無』が濁流のように流れ込んできた。


(……あ、ぁ……っ)

カノンは頭を抱えて膝をついた。

真の神として覚醒したからこそ、神であるルナールの巨大な虚無に深く共鳴してしまったのだ。

(……私がいくら強くなっても……神々を倒しても……結局、この世界は悲しみに満ちている。……私は、みんなを巻き込んで、何をしているの……?)

誇り高き吸血鬼の心が、どす黒い憂鬱の毒に侵食されていく。


「さあ、もう武器を置いて。私と一緒に、永遠のまどろみに沈みましょう。……何もしなくていい、優しい絶望の中へ……」


萎れた百合の玉座から、ルナールが甘く、死の誘惑を囁きかける。

カノンの真紅と黄金のオーラが、灰色の霧に飲み込まれ、ゆっくりと光を失い始めていた――。

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