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真紅の休息、少女たちの日常

憤怒の神を討ち、カノンが完全な覚醒を遂げてから数日。

一行は紅蓮の要塞を後にし、次の目的地へと向かう道中、緑豊かな森と透き通った泉がある平原でキャンプを張っていた。


「あー! リン、また勝手にお肉の味付け変えたでしょ! それはあたしの秘伝のタレなんだから!」

「何言ってるアルか、ミア! 憤怒の神の後は、この特級スパイスでガツンと刺激を与えるのが一番アルよ!」


焚き火の前では、ミアとリンがいつものように賑やかに料理の主導権を争っていた。

ミアは、動きやすさを重視したいつもの軽装の袖を捲り上げ、頬に煤をつけながら真剣に串肉を焼いている。対するリンも、中華包丁を鮮やかに回しながら、負けじと鍋を振るっていた。


「仲良くしてくださいよ、二人とも。お肉が焦げちゃいます」

そう言って、泉で汲んできた水を運んでいるのはレヴィアだ。

彼女は今日も、おへその見える武闘家風の衣装を元気に着こなしている。部分竜化は解いているが、その足取りは軽く、尻尾があるかのようにルンルンと跳ねている姿は、まさに天真爛漫そのものだ。


「レヴィアちゃんはいい子ね。……あ、セラフィ! その布はカノン様の予備のドレスだから、あんまり強く絞っちゃダメよ!」

「ひゃぅっ!? す、すみませんミア! 汚れを完璧に落とそうと思って、つい力が……」


少し離れた場所では、セラフィがカノンの着替えを洗濯していた。

高潔な天使と堕天の翼を器用に使い、洗濯物を干していくが、時折その大きな翼が自分に絡まって「ふえぇ……」と目を回している。そんな彼女のドジな姿は、戦場での凛々しさとは正反対の愛らしさがあった。


カノンは、そんな彼女たちの様子を少し離れた大樹の木陰で、優雅に眺めていた。

覚醒したことで、その肌はより透き通るように白く、真紅の瞳は穏やかな輝きを湛えている。


「……マスター。心拍数、体温共に安定。……しかし、マスターの視線がレヴィアの『露出した腹部』に固定されている時間が、直近3分で全体の70%を占めている。これは非常に由々しき事態」


カノンのすぐ隣。影のように寄り添っているのは、ノアだった。

彼女は手帳(のような解析デバイス)を手に、真顔でカノンに報告を上げる。


「あら、ノア。レヴィアのおへそは、造形的にとても可愛らしいもの。見てしまうのは仕方ないわ」

「……不愉快。マスターの視線リソースは、平等に分配されるべき。あるいは……ノアのこの、排熱効率を重視した人工皮膚(二の腕)を解析対象にすることを推奨する」

「ふふ、ノアも自分を見てほしいのね?」


「……肯定。マスターに無視されると、胸の奥で原因不明のノイズが発生し、演算回路がショートする可能性がある。……あ」

ノアがそう言った瞬間、遠くでミアがカノンに手を振った。


「カノンー! お肉焼けたわよ! ほら、あーんしてあげるからこっち来なさいよ!」

「ずるいアル! あたしの特製スープも飲むアルよ、カノン様!」


ヒロインたちが一斉にカノンへと駆け寄ってくる。

ミアが強引にカノンの腕を引き、リンがスープを口元へ運び、セラフィが「あ、私の干したタオルを使ってください!」と割り込み、レヴィアが「カノン様、大好きです!」と腰にしがみつく。


「ちょっとあんたたち、マスターを物理的に圧迫しすぎ。……それとミア、あーんは衛生的な観点からノアが担当するのが合理的。……どけ」

「なんでそうなるのよ、このポンコツ! 先に誘ったのはあたしでしょ!」

「……ポンコツではない。マスター専属の、愛おしい『お人形』」


「「「自分で言うなぁぁぁっ!!!」」」


ノアのキレキレ(?)なボケに、ミア、リン、セラフィの三人が見事なツッコミを入れ、平原に笑い声が響き渡った。


カノンは、自分を取り囲んでわちゃわちゃと騒ぐ愛おしい家族たちを眺め、そっと微笑んだ。

あの日、孤独に震えていた吸血鬼の少女は、もうどこにもいない。


(……この幸せを、誰にも壊させはしないわ)


カノンの瞳の奥に、一瞬だけ神としての冷徹な意志が宿る。

次の目的地――『憂鬱の神』の領域は、すぐそこまで迫っていた。

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