紅蓮の潜入と、反逆の闘技場
煮えたぎるマグマの熱波が、肌をジリジリと焼く。
『憤怒の神』の居城、紅蓮の要塞。その周囲は常に絶え間ない地響きと、戦いを求める者たちの狂った咆哮に包まれていた。
「いい? カノン。正面から行けば、あの脳筋の神に警戒されて、人質が殺される可能性があるわ。ここはあたしの出番ね」
要塞を一望できる岩影で、ミアが冷静に作戦を告げる。
この要塞には、コロシアムで戦わせるための『新鮮な戦士』が定期的に運び込まれている。カノンたちがその『補充される奴隷』に成り代わって内部へ入り込むのだ。
「……屈辱ね。私が鎖に繋がれたフリをするなんて」
カノンは不満そうに眉をひそめるが、魔力を極限まで抑え込み、その気高すぎる威圧感を霧の中に隠した。
「我慢してアル、カノン様! 息子さんを助けるためアルよ」
リンが手際よくカノンたちの肌に『煤』を塗り、ボロボロの布を纏わせる。
「……マスター。布の隙間から極上の肌が見え隠れしている。これでは逆に信者たちの情欲を煽り、潜入任務の成功率が著しく低下する。至急、ノアがマスターの肌を布で完璧に覆い隠す作業(※お触り)を――」
「どさくさに紛れてセクハラしようとするんじゃないわよ!」
真顔でカノンに迫るノアの襟首を、ミアがガシッと掴んで物理的にツッコミを入れた。
「ノア。あなたは新入りなんだから、少しは空気を読みなさい」
セラフィがため息をつく中、カノンはフフッと笑って鎖を手首に巻いた。
「行くわよ、みんな。静かに、素早くね」
鎖をジャラジャラと鳴らし、カノンたちは輸送用の檻に揺られて要塞の深部へと運び込まれた。
内部は外部以上の地獄絵図だった。「走れ! 怒れ!! 怒らねぇ奴からマグマに叩き落とすぞ!!」と、信者たちが鞭を振るって奴隷たちを追い立てている。
「……見張りの配置、完了。地下三階へのルート、敵性反応多数。しかし、ミアの隠密スキルなら突破確率98%」
ノアが銀色の瞳に魔力光を走らせ、瞬時に内部構造をマッピングする。
「さすがは戦闘用ホムンクルスね。助かるわ」
カノンが小声で褒めると、ノアは「……マスターに褒められた。胸部パーツの温度が上昇」と、少しだけ頬を赤らめてカノンの裾をギュッと握った。
数分後。
カノンたちの意識の中に、ミアからの『念話』が届いた。
(……見つけたわ。地下三階、コロシアム直結の待機房。マスターの息子もそこにいる。……でも、次の試合の『処刑役』として、あと十分でリングに出されるみたい)
「……っ、時間がないわね」
カノンは静かに立ち上がった。その瞬間、彼女を縛っていたはずの鉄の鎖が、触れてもいないのにドロドロの鉄屑となって溶け落ちた。
「おい、てめぇ! 何勝手に立って――」
見張りの信者が異変に気づき、槍を突き出そうとする。
だが、その喉元をセラフィの光の刃が、音もなく貫いた。
「主の歩みを邪魔するな、下衆が」
セラフィの冷徹な一撃を合図に、潜入劇は『救出劇』へとフェーズを移行する。
一行はノアのナビゲートとミアの誘導に従い、迷路のような地下通路を神速で駆け抜けた。
見張りの信者が異変に気づく前に、セラフィの光の刃やレヴィアの素早い一撃が音もなく彼らの意識を刈り取っていく。
辿り着いた待機房の奥。そこには、恐怖で震えながら、巨大な斧を持たされた少年――酒場のマスターの息子がいた。
「……君が、ガルドの街のマスターの息子ね?」
カノンが声をかけると、少年は絶望に染まった瞳を上げた。
「お、お姉さんたちは……?」
「迎えに来たわ。……あなたの父様が、待っているわよ」
カノンが煤で汚れた少年の頬を優しく撫でた、その瞬間。
要塞全体に、けたたましい鐘の音が鳴り響いた。
『――さぁ、次の獲物を出せ!! 俺を……俺の感情を高ぶらせるほどの、熱い殺し合いを見せてみろぉぉぉッ!!』
要塞の最上階から、大気を震わせる狂った怒号が降ってくる。『憤怒の神』による、狂宴の開始合図だ。
同時に、待機房の床が大きく揺れ、巨大な昇降機がカノンたちと少年を乗せたまま、大観衆が待ち構えるコロシアムの中央へと引き上げられ始めた。
「マスター。対象の神格エネルギーを感知。極めて暴力的で野蛮」
ノアが冷静に分析結果を告げる。
「カノン様、息子さんは確保したアル! 後は……」
リンが中華包丁を握り直し、不敵に笑う。
カノンは少年の目を手で覆い、気高く、そして凶悪な微笑みを浮かべた。
「ええ。……ここからは、お遊びは抜きよ」
昇降機が止まり、眩い太陽と、何万もの観衆の熱狂的なブーイングがカノンたちを襲う。
中央の玉座に座る、全身が炎に包まれた巨漢――『憤怒の神』が、カノンたちの姿を見て鼻で笑った。
「なんだぁ? 次の生贄は女子供か! つまらん! しかも、俺が捨てた不良品のホムンクルスまで混ざってやがる! 貴様ら全員、まとめてマグマの餌食に――」
「――残念ね。あなたの望む絶叫は、一秒たりとも聞かせてあげられないわ」
カノンがそう呟いた瞬間。
彼女を覆っていたボロボロの布が真紅の魔力によって弾け飛び、漆黒のドレスを纏った最強の吸血姫が、その場に降臨した。
同時に、煤を落とした眷属たちが、それぞれの武器と殺気を解き放つ。
セラフィの高潔な翼が広がり、ミアの双剣が煌めき、レヴィアの咆哮が要塞を揺らし、リンの特級の闘気が渦巻き、そして――ノアの銀色の瞳が、冷酷に神をロックオンする。
「さぁ……大乱闘の始まりよ。……誰一人、生きて帰れると思わないことね」
カノンの一振りの大鎌が、コロシアムの床ごと『憤怒の神』の玉座に向かって、真紅の斬撃を叩き込んだ――!!




