真紅の夜の甘き饗宴、魂の溶け合う場所
古い神殿跡地に、怪しげな月光が差し込んでいた。
リンの特級薬膳スープと、4人の献身的な看病によって、カノンの魔力回路は奇跡的な速度で修復されていた。だが、強欲の神戦で『神の力』を使い果たした代償は、肉体よりも精神に深く刻まれていた。
(……お母様は、自らの命を『結界の礎』にするために、父上の刃に……)
昼間、眷属たちに微笑んでみせたものの、一人になるとその真実の重圧が彼女の魂を押し潰そうとする。恩人である怠惰の神も失った。今のカノンは、気高く美しい外見とは裏腹に、孤独と絶望に凍える、ただの寂しい少女だった。
そして、その精神的な飢えは、吸血鬼としての本能的な『渇き』を、かつてないほど激しく呼び覚ましていた。
(……欲しい。みんなの、温かい血が。……私を愛してくれる、みんなの魂が……!)
カノンはベッドの中で、己の身体を抱きしめて震えていた。誇り高さゆえに人間の血を拒んできた彼女が、今、初めて「愛する者の血」を、理性が吹き飛ぶほどに強く求めていたのだ。
「……カノン様?」
寝所の扉が静かに開き、4人の眷属たちが姿を現した。彼女たちは、カノンの気配が尋常ではないことに気づいていたのだ。
「みんな……」
カノンが顔を上げると、その真紅の瞳は、月光を反射して妖しく、そして飢えた獣のようにギラギラと輝いていた。
その瞳を見た瞬間、4人はすべてを察した。
「……お腹が、空いているのですね」
セラフィが静かに、けれど迷いのない足取りでベッドへと近づいた。
「我慢しないで。……あたしたちは、あんたの『家族』でしょ」
ミアがカノンの反対側に座り、その震える手を握りしめる。
「カノン様……私の命、すべて、あなたに捧げます……っ」
レヴィアがカノンの足元に跪き、褐色の肌を晒す。
「リンもアル! カノン様のためなら、血の一滴まで捧げるアル!」
リンが巨大な中華包丁を置き、カノンの隣に身を寄せた。
4人の、迷いのない、圧倒的なまでの『愛』の波動。
それが流れ込んできた瞬間、カノンの理性のタガが、パチンと弾け飛んだ。
「……ぁ、あ……っ」
カノンはすがるようにセラフィの首筋へと顔を埋め、その柔らかな肌に牙を立てた。
血が流れ込んだ瞬間。カノンの唇から、普段の彼女からは想像もつかないほど、甘く可愛らしい声が漏れた。
「んっ……あ、ぁあ……っ! だ、め……これ、すごく……っ」
カノンの全身がビクンと跳ねる。凄まじい快感が脳髄を直撃し、彼女の瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。高潔な姫の顔は崩れ、ただの甘えたがりな少女のようにセラフィの胸にすり寄る。
「いいんですよ、カノン。私のすべてを、味わってください」
「はぁっ、あぁっ……セラフィ、もっと……っ、私を、満たして……っ」
セラフィの身体が激しく弓なりに反り返った。もがれて再生した黒い片翼が歓喜に震え、羽根がベッドに舞い散る。高潔な天使の血は、カノンの飢えた喉を、脳を、甘美な快楽で塗り潰していく。
カノンはセラフィの血を啜りながら、同時に彼女の身体を愛撫した。再生した翼の根元を、鎖骨を、豊かな胸元を。カノンの舌が這うたび、セラフィの肌は熱を帯び、彼女の理性が溶けていく。
「次は、あたしよ……っ」
ミアがカノンの顔を自分の方へ向け、その唇を塞いだ。暗殺者として鍛え上げられたしなやかな肢体をカノンに絡ませ、自らの熱を伝える。
カノンはミアの口内で舌を絡ませ、彼女の血の味を楽しみながら、そのまま彼女の細い首筋に牙を立てた。
「んちゅ……あっ、あ、んんっ……!」
ミアの細い首筋に牙を立てると、生命力に溢れた熱が流れ込み、カノンの引き締まった身体がびくびくと痙攣し始める。
「あぁっ……ミア、ミアぁ……っ! ぎゅって、もっと強く、抱きしめて……っ」
カノンはミアの背中に腕を回し、まるで迷子が母親にすがるように、涙声で喘いだ。誇り高い吸血鬼の面影はどこにもない。ただ愛を求めて泣きじゃくる、無防備な少女の姿がそこにあった。
「んんんっ……! きもち、いい、もっと、あたしを喰らって……カノン、さま……っ!」
ミアの引き締まった腹筋が妖しく波打つ。カノンの牙が首筋を抉るたび、ミアの黄金の瞳は快感で潤み、彼女はカノンの背中に腕を回して狂おしくしがみついた。
「あ……熱い、身体が……壊れちゃう……ッ!」
カノンの白い肌が赤く上気し、彼女自身が快感に喘ぎ始めた。吸血鬼が吸血によってこれほどの快楽を感じるなど、通常ではありえない。彼女が限界を超えて『神の力』を行使したことで、彼女の身体は神と吸血鬼の狭間で、より敏感に、より濃厚な愛を求めるように変質していたのだ。
「カノン様……私を、感じて……っ」
レヴィアが、カノンの熱を帯びた頬を自らの褐色の腹部へと押し当てる。
カノンは夢中でその柔らかな肌に牙を突き立てた。
「ひゃああっ! あ、あぁっ……あつい、レヴィア、やだ、おかしくなっちゃう……っ!」
竜の熱い魔力が体内を駆け巡り、カノンの華奢な肢体が、あまりの快感に弓なりに反り返る。カノンの真紅の瞳は完全に焦点が外れ、トロンと潤んでいる。口からだらしなく銀の糸を引きながら、レヴィアの温もりにすりすりと頬を擦り付けた。
引き締まった腹筋が妖しく波打ち、太ももが痙攣するように震える。レヴィアの熱い血がカノンの体内を駆け巡るたび、カノンの真紅の瞳は快感で潤み、視界は真っ白に塗り潰されていく。
「リンも、リンもここにいるアル……ッ!」
リンが、カノンの白い指先をそっと口に含み、優しくキスを落とす。
カノンはリンの温かい唇に自らの唇を重ね、甘えるように舌を絡ませた。
「んん……ぁ、はぁっ、リン……っ、みんな……っ、だめ、もう、私……っ」
4人からの、途切れることのない圧倒的な愛情と快感。
全身を愛撫され、甘い言葉を囁かれるたび、カノンの身体はビクンビクンと愛らしく跳ね、その口からは止めどなく甘い喘ぎ声がこぼれ落ちる。
「ん……ちゅ……あっ……カノン、さま、だいすき、アル……っ」
カノンは順番に眷属たちの血を啜り、そのたびに濃厚な魔力と快楽が彼女の体内を駆け巡る。そして、4人の眷属たちが、今度は倒れ込もうとするカノンを支え、愛撫し返す。
吸血はなし、愛の言葉と身体の接触だけ。だが、そこから伝わってくる圧倒的な「愛」の波動。
孤独だったカノンの心身が、4人の眷属たちの愛によって完全に限界まで満たされた、その瞬間。
「あ……ぁ、ああぁっ、なにかきちゃう……、わたし、いっちゃうぅぅっ……!!!」
カノンは、信じられないほど甘く、愛らしい絶叫を上げて、かつてない快楽の絶頂へと達した。
手足の先までビリビリと痺れ、脳が真っ白に溶け落ちる。
「はぁっ……あ、ぁ……みんな、だいすき……っ」
快感の余韻にガクガクと震えながら、最強の吸血姫は、ただの甘えん坊な女の子のようなとろけた笑顔を浮かべ、愛する家族の腕の中でふすりと気を失った。
――翌朝。
古い神殿に、爽やかな朝日が差し込んでいた。
寝台の上では、5人の少女たちが、互いの肢体を絡ませるようにして眠っていた。
カノンの肌は、昨夜の饗宴によって艶やかに輝き、焼き切れていた魔力回路は完全に、そして以前よりも強固に元通りになっていた。その表情には、迷いも絶望もなく、ただ愛する家族に守られた、安らかな光が宿っていた。
カノンはゆっくりと目を開け、自分を抱きしめて眠るミア、セラフィ、レヴィア、リンを見つめた。
(母様。怠惰の神。……私は、一人じゃないわ。この子たちが、私の新しい『命』。……私は、この愛おしい家族と共に、すべての偽りの神々を殺し尽くす。……必ず、傲慢の神の元へ、辿り着いてみせる)
カノンは静かに決意を新たにし、愛おしい家族の寝顔を一人ずつ撫でた。
そして、完全に復活した彼女の瞳は、次なる標的を見据えて、絶対零度の光を放った。
次なる敵は『憤怒の神』。
カノンたちは、情報収集のため、国境付近の街へ向かう――。




