表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
22/44

神速の業火と、母が遺した真実

黄金の宮殿を揺るがすほどの、天を衝く真紅の業火。

カノンの全身から噴き出した魔力は、もはや吸血鬼の限界を遥かに超越していた。

「……ほう。怒りで我を忘れたか? いいだろう、その魔力をすべて受け止めて、完膚なきまでに叩き潰して――」

強欲の神が、黄金の血を纏った長剣を構え、余裕の笑みを浮かべた。


だが。

勝負は、あまりにもあっけなく終わった。


カノンの背後に燃え盛っていた巨大な真紅の業火が、シュルルルッ……と一瞬にして圧縮され、彼女の手元に収束していく。顕現したのは、いつもの無骨な大鎌ではない。

極限まで圧縮された殺意と魔力が形を成した、薄く、鋭く、そして美しすぎる『一振りの真紅の刀』だった。


カノンが、静かに刀を構える。

その瞬間。


――。


音が、消えた。

強欲の神が瞬きをした、ほんのわずかな隙間。時間という概念すら置き去りにするような、文字通りの『神速』。

「……え?」

強欲の神が間抜けな声を漏らした時、カノンはすでに彼の背後に立ち、刀の血振りを終えていた。

チャキッ、と真紅の刀が空間に納刀される音が響く。


ズッ……

強欲の神の身体が、右肩から左の脇腹にかけて、斜めに綺麗にズレ落ちた。

「あ……、が……?」

斬られたことにすら気づかないほどの一撃。強欲の神の身体が、真っ二つになって黄金の床に崩れ落ちる。

「な、なぜだ……血が、繋がらない……俺の、無尽蔵の再生力が……ッ!?」

床に落ちた上半身が、パニックに陥って喚く。だが、カノンの放った一撃はただの物理的な切断ではない。細胞の繋がり、魔力の流れ、魂の結びつきに至るまで、そのすべてを『殺意』という絶対的な概念で断ち切る、完全なる神殺しの一太刀だった。


カノンは、足元で蠢く兄を一瞥すらすることなく、瀕死の眷属たちの元へと歩み寄った。

ミアの足は切断され、セラフィの翼はもがれ、レヴィアとリンは全身を貫かれている。通常の回復魔法や、吸血鬼の治癒の血を与えたところで、到底間に合わない惨状。

だが、今のカノンの瞳に焦りはなかった。

彼女は静かに両手を広げ、四人の身体を包み込むように、優しく、温かい光を放った。

「……『回帰』」

カノンが囁いた瞬間、ありえない光景が広がった。

ミアの切断された足が、セラフィのもがれた翼が、そしてレヴィアとリンの無数の傷口が――血が逆流し、肉が編み直され、まるで『時間を巻き戻している』かのように、完全に元の状態へと再生していったのだ。

治癒ではない。事象の再生、あるいは運命の巻き戻し。魔力の範疇を完全に凌駕した、それこそ真の『神の力』だった。

「ん……あ……」

傷が完全に塞がり、規則正しい寝息を立て始めた眷属たちを見て、カノンはふっと安堵の息を吐いた。


「ハ、ハハハッ……なるほど……」

背後から、自らの血の海に沈みゆく強欲の神が、掠れた声で笑った。

「空間を切り裂く神速に……事象そのものを巻き戻す力……。それが、あの父上をも恐れさせた、神をも超える『素質』か……」

カノンはゆっくりと振り返り、冷たい目で見下ろした。

「……見苦しいわよ。潔く消えなさい」

「あぁ……消えるさ。だが、冥土の土産に教えてやろう。……お前が信じている、母上の死の『真相』をな」

強欲の神の言葉に、カノンの表情が微かに固まる。

「色欲の奴から、父上が母上を惨殺したと聞いたんだろう? ……違う。あれは、逆だ」

「……逆?」

「父上が、お前という『神殺し』のイレギュラーを恐れて殺そうとしたのは事実だ。……だが、それを悟った母上は、父上から逃げたわけでも、無抵抗で殺されたわけでもない。……あの女は、自らの魂と命を、お前を隠し育てるための『巨大な結界の礎』として編み込むために、自ら父上の刃にその胸を突き立てたんだよ……!」

「なっ……」

「愛する女に、自らの手で刃を突き立てさせられた……あの絶対的な父上が、あの時どれほど絶望し、そしてお前を憎んだか……。お前は、母の愛だけじゃない。父の絶望の果てに生かされているんだよ、カノン……!」

強欲の神は、口から大量の黄金の血を吐き出しながら、最後に狂気じみた笑みを浮かべた。

「……せいぜい、足掻くんだな。私を殺したお前を、父上が……傲慢の神が、決して許しはしな……」


事切れると共に、強欲の神の身体は黄金の灰となってサラサラと崩れ去り、世界から完全に消滅した。


「……母様が、自ら……」

カノンは虚空を見つめたまま、呆然と呟いた。

母はただの犠牲者ではなく、カノンを生かすために、父の刃を利用して世界に術を掛けた。その残酷すぎる真実の重圧が、彼女の脳髄を激しく揺さぶる。

同時に、限界を超えて『神の力』を引き出した代償が、カノンの肉体を容赦なく襲った。

「あ……」

視界が急激に暗転する。全身の骨が軋み、魔力の回路が焼き切れるような激痛。

「カノン様ッ!?」

「カノン!!」

目を覚ました眷属たちが弾かれたように飛び起き、崩れ落ちるカノンを間一髪で抱き止めた。

「……みんな……無事で、よかった……」

カノンは血に濡れた唇で微かに微笑むと、そのまま深い、深い意識の底へと落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ