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血塗られた黄金郷と、真紅の咆哮

「あ、ガ……ッ、あぁぁぁぁぁっ!!!」


黄金の都の最深部、静寂を切り裂くのはカノンの悲鳴だった。

彼女の四肢は、黄金の血で作られた無数の槍によって床に深く縫い付けられている。吸血鬼の誇りである白い肌は、繰り返される刺突と再生の遅延によって赤黒く染まり、そこから流れる鮮血が黄金の床に不気味な紋様を描いていた。

「無駄な抵抗はやめるんだ、カノン。君のその美しい顔が苦痛に歪むのを見るのは、私の美学に反する。……さあ、認めなさい。君の掲げる『誇り』など、空腹という本能の前では砂上の楼閣に過ぎないということを」

強欲の神は、血の滴るカノンの顎を黄金の靴で無慈悲に持ち上げ、悦悦とした表情で見下ろした。

カノンは霞む意識の中で、なおも兄を睨みつける。

「……断、るわ……。何度……言わせれば、気が済むの……」

「やれやれ。本当に、壊れた人形のように頑固だね。なら、もっと分かりやすい『教育』が必要かな――」


その時だった。


「――カノン様に、触れるなァァァァッ!!!!」


轟音と共に、玉座の間の空間が内側から爆発した。

空間の裂け目から飛び出してきたのは、ボロボロになりながらも凄まじい殺気を纏った四人の少女たちだった。

「カノン!!」

「カノン様ッ!! 無事ですか!?」

ミアとセラフィが、そしてレヴィアとリンが、主の惨状を見て目を見開く。その瞳には、強欲の神に対する、言葉では言い表せないほどの激しい憤怒が宿っていた。

「……みんな……っ。来ちゃ……ダメ……逃げて……っ!」

カノンが必死に声を絞り出すが、眷属たちが退くはずがない。

「おやおや、ゴミ溜めから這い出してきたガラクタたちが、私の宮殿を汚しに来たのか」

強欲の神は、苛立ちすら見せず、ただ不快そうに目を細めた。

「いいところへ来たアル。あんたのその汚いツラ、特級の包丁で千切りにしてやるアルよ!」

リンが包丁を構え、セラフィが黒い翼を広げて聖剣を振りかざす。四人が同時に、持てる全魔力を解き放ち、主を救うために神へと肉薄した。


――だが。神の領域に踏み込んだ少女たちの決死の特攻は、あまりにも容易く、そして残酷に遮られた。


「……下等な食料の分際で、私の機嫌を損ねるなと言ったはずだ」


強欲の神が、指を一回鳴らす。

次の瞬間、眷属たちの視界から世界が消えた。

「……え?」

最初に崩れ落ちたのはミアだった。彼女の自慢の脚は、何が起きたか理解する間もなく、膝から下が黄金の刃によって切断されていた。

「あ、が……ッ!?」

続いてセラフィの黒い翼が、根元から強引に引き千切られ、彼女の聖なる魔力は虚空へと霧散した。レヴィアの強靭な鱗は紙のように切り裂かれ、リンの包丁は粉々に砕け散り、彼女の小さな身体には無数の穴が穿たれた。


「……っ、ぁ、ああああああああっ!!!」


一瞬。たった一瞬で、玉座の間は『血祭り』の惨状へと変貌した。

主の元へ駆けつけようとした四人の少女たちは、致命傷を負い、虫けらのように床に転がされ、自らの血の海に沈んでいく。

「あ、あは……カノン、さま……ごめん、なさい……」

レヴィアが、瀕死の状態でカノンに手を伸ばそうとするが、その指先は届く前に力なく床に落ちる。


「……なるほど。認めよう、カノン」

強欲の神は、血に濡れた床を優雅に歩き、瀕死の眷属たちを一人ずつ見下ろした。

「こいつらは、これまでの下等な食料の中でも『上等』だ。愛、忠誠、絆……それらが煮詰まった血は、さぞかし芳醇で魔力に満ちているだろうね」

強欲の神は、今にも息絶えそうなミアの髪を掴んで引きずり、カノンの目の前へと放り投げた。

「さあ、お前の欲しかった『愛のある血』だ。こいつらを食らいなさい、カノン。今ここでこいつらを飲み干せば、君の傷は癒え、私と戦う力も手に入るだろう。……さあ、どうした? 飢えているんだろう? 自分の家族の血なら、喜んで飲むはずだよね?」


カノンの瞳に、絶望が、そしてそれを塗り潰すほどの漆黒の『何か』が満ち溢れていく。

目の前で愛する家族が、自分のためにボロボロにされ、あまつさえその命を「餌」として差し出された。

誇り高く、気高くあろうとした彼女の心が、パキリ、と。

取り返しのつかない音を立てて砕け散った。


「……ああ……ああああ……」


カノンの喉から、漏れ出したのは言葉ではなかった。

それは、地獄の底から響いてくるような、呪わしき魂の呻き。

彼女を繋ぎ止めていた黄金の槍が、内側から噴き出した真紅の魔力によって、ドロドロの鉄屑へと溶かされていく。

「……お前、だけは……」

カノンがゆっくりと立ち上がる。

その背後に顕現したのは、今までのような大鎌ではない。

彼女の全魔力、全細胞、そして全感情を燃料として燃え上がる、天を衝くほどの『真紅の業火』。

カノンの真紅の瞳は、もはや光を反射することなく、絶対的な『死』そのものを映し出していた。


「お前だけは……塵一つ、概念の一つも残さず……この世から消し去ってあげる……ッ!!」


カノンの限界を超えた魔力の爆発に、黄金の宮殿が悲鳴を上げて崩壊し始める。

最強の吸血姫の、文字通り命を削った最後の、そして最大の覚醒。


その圧倒的なプレッシャーに、強欲の神の顔から、初めて余裕の笑みが消え失せた。

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