黄金の独白と、分断の狂宴
「ああ……私は、なんて完璧で美しいのだろう」
世界の中央に位置する、何もかもが黄金で構築された絢爛華麗な大宮殿。
その最奥にある玉座で、真紅の瞳を持つ美しい青年が、黄金のワイングラスを傾けながら恍惚と呟いていた。
彼こそが、世界の富と欲望を支配する『強欲の神』。
「私は特別だ。至高なる父『傲慢の神』に直々に加護を与えられ、ただの半神から神へと成り上がった最高傑作。父に愛された私には、この世界に存在するすべての富、権力、そして命を、我が物として所有する権利がある」
青年は自らの美しい顔を水鏡に映し、うっとりと目を細めた。
だが、その真紅の瞳の奥には、底なしの貪欲さがドロドロと渦巻いている。
「しかし……私はまだ満足していない。真にこの世のすべてを手に入れるには、あの玉座から父を引きずり下ろし、私が絶対神にならなくては。……そのためには、どうしても『君』の力が必要なんだよ、愛しい妹」
青年の視線の先には、虚空に浮かぶ黄金の魔法陣があった。そこに映し出されているのは、美食の都の隠れ家で、眷属たちと共に穏やかな夜を過ごすカノンの姿だった。
「父が恐れた、神の法則に縛られない吸血鬼の血。私の力と君の力を掛け合わせれば、至高の玉座を奪うことも可能だ。……君は特別に、私の美しいコレクションの一つとして丁重に迎えてあげよう」
強欲の神は、三日月のように唇を歪め、指を鳴らした。
――翌朝。
リンの極上ジュレによって心身の疲労を完全に回復させたカノンたちは、次の目的地へと歩を進めていた。
昨夜の温かい団欒のおかげか、カノンの表情にはどこか柔らかい光が宿り、ミアやセラフィたちも時折笑顔を見せながら主の傍を歩いている。
だが、その平穏は、唐突かつ暴力的に打ち破られた。
ギギギギギッ……!!
「な、何アルか!?」
突如として周囲の空間が歪み、空が眩いばかりの『黄金の光』に覆い尽くされた。
重力が狂い、周囲の景色が黄金の宮殿の幻影へとすり替わっていく。
『――やあ。迎えに来たよ、愛しい私の妹』
黄金の光の中心から、ゆっくりとひとりの青年が姿を現した。カノンと同じ、見透かすような真紅の瞳。彼から放たれる魔力は、虚飾や色欲、暴食といったこれまでの神々とは比べ物にならないほど高密度で、神聖な威圧感に満ちていた。
「……あなたが、『強欲の神』」
カノンは即座に大鎌を顕現させ、眷属たちを背後に庇うように前に出た。
「警戒しないでくれ。私は君を傷つけるつもりはないんだ。むしろ、歓迎しようと思ってね」
青年は優雅に一礼し、甘い声で囁いた。
「私は君の実の兄だ。共に手を組み、あの忌まわしき『傲慢の神』を殺そうじゃないか。君の底知れぬ素質と、私の完璧な力があれば、父を超えてこの世のすべてを二人のものにできる」
父を殺す。その目的の合致に、カノンは一瞬だけ目を細めた。だが、大鎌を下ろすことはしない。
「……そう。なら、私の家族も一緒に――」
「家族?」
強欲の神が、心底不思議そうな顔をして首を傾げた。そして、カノンの背後にいるセラフィ、ミア、レヴィア、リンを品定めするように見回し――鼻で笑った。
「あぁ、この薄汚いゴミ共のことか」
「……え?」
カノンの声が、ピタリと止まった。
「羽の折れた堕天使に、下等な人間、小汚い亜人のトカゲに、ただの料理人? ハッ……冗談がきついよ、カノン。私の美しく気高い妹に相応しくない、泥のような連中じゃないか」
強欲の神は、心の底からの侮蔑と嫌悪を込めて吐き捨てた。
「そんなゴミに囲まれているなんて、君の美しさが泣いているよ。私の黄金の都に、そんな悪臭を放つガラクタを入れるわけにはいかないからね。さあ、その薄汚いオモチャたちはここに捨てて、私と――」
「――口を、慎みなさい」
絶対零度。
カノンから放たれた殺気が、黄金の空間を一瞬にして凍りつかせた。
彼女の真紅の瞳は、これまでにないほどの激しい怒りに燃え盛っている。
「泥のような連中? オモチャ? ……彼女たちは、私がこの命に代えても護り抜くと誓った、愛する家族よ。……ゴミは、あなたの方だわ」
カノンが手首を返し、真紅の斬撃波が強欲の神へと放たれる。
だが、斬撃は青年の数メートル手前で、見えない黄金の壁に弾かれて消滅した。
「……やれやれ。出来の悪い人形遊びに感化されてしまったか」
強欲の神は、大げさにため息をつき、その顔から優雅な笑みを消し去った。残ったのは、思い通りにならないものへの冷酷なエゴイズムだけだ。
「美しい君が、自分からガラクタと同じ場所に堕ちようとするなんて嘆かわしい。……いいだろう。自分から私のものにならないというのなら、無理やりにでも首輪をつけて、躾け直してあげるしかないね」
「なっ……!」
ズンッ!!!!
カノンの足元に、巨大な黄金の魔法陣が展開された。
それは、神の権能による絶対的な『強制空間転移』。
「カノン!!」
「カノン様ッ!!」
異変を察知したセラフィとミアが、主を助け出そうと神速で飛び込んだ。だが、魔法陣から立ち昇った黄金の光の柱が、二人の身体を容赦なく弾き飛ばす。
「きゃあっ!?」
「そんな……結界が、破れないアル! カノン様!!」
レヴィアがブレスを放ち、リンが包丁を叩きつけるが、黄金の光柱はびくともしない。光の中に閉じ込められたカノンは、眷属たちに手を伸ばそうと必死に結界を叩いた。
「やめなさい! セラフィ! ミア! みんな……ッ!!」
『さあ、野良犬どもに邪魔されない場所で、家族水入らずの時間を楽しもうじゃないか。君が泣いて私に跪くまで、たっぷりとね』
強欲の神が狂気に満ちた笑い声を上げる。
「カノン様ァァァァッ!!」
眷属たちの悲痛な叫び声が響く中、黄金の光が限界まで膨張し――パチン、と弾けた。
光が収まった後。
荒野には、カノンの名を叫び続ける四人の眷属たちだけが取り残されていた。
「……っ」
カノンが目を覚ますと、そこは、冷たい黄金の床の上だった。
見渡す限りの金、金、金。悪趣味なほどに眩い『黄金の都』の玉座の間。
愛する家族の温もりも、声も、届かない。完全なる孤立。
見上げれば、玉座に深く腰掛けた強欲の神が、ワイングラスを揺らしながらカノンを見下ろして、妖しく微笑んでいた。
「ようこそ、私の城へ。……さあ、教育の始まりだ」




