第十二話 抑えられる感情
庭園を離れても、ノエルの足は止まらなかった。
歩調は一定のはずなのに、わずかに速い。
抑えているつもりでも、内側のざわめきは消えない。
思考がまとまらない。
ただ一つだけははっきりしていた。
「あれは……」
無意識に漏れた声が、やけに重く響く。
あの距離。あのやり取り。理解している。
――してしまっている。
「……あり得ない」
低く吐き出した瞬間。
「感情が出ている」
背後から、静かな声が落ちた。
ノエルの足が止まる。
振り向く。
「……ディオン」
ディオン・ラディアがそこに立っていた。
表情は変わらない。
だが、その視線は冷たい。
「珍しいな」
淡々と告げる。
ノエルは眉を寄せる。
「……見ただろ」
抑えた声。
「見ていた」
即答だった。
それ以上でも、それ以下でもない。
ノエルの拳が、わずかに強く握られる。
「どう思う?」
押し出すような言葉。
ディオンは一瞬だけ間を置いた。
「問題がある」
短く言い切る。
ノエルの視線が鋭くなる。
「だろうな」
吐き捨てるように言う。
「放置するのか」
その声には、抑えきれない焦りが混じる。
ディオンは視線を逸らさない。
「お前が関与するな」
はっきりと告げる。
空気が、変わる。
ノエルの目が細められる。
「……理由は?」
低く問う。
ディオンの声は変わらない。
「立場だ」
簡潔に。
「陛下に対して、干渉する権限はお前にはない」
断定だった。
逃げ道はない。
ノエルは言葉を失う。
分かっている。
だが――
「……あれは」
言いかける。
言葉にならない。
ディオンが続ける。
「危険だ」
短く。
「両方にとってな」
その言葉に、ノエルの視線が揺れる。
ディオンはさらに踏み込む。
「だからこそ、感情で動くな」
静かに、だが確実に圧をかける。
ノエルは黙る。
抑え込まれる。
「……放っておけと?」
低く吐き出す。
ディオンは首を振る。
「違う」
一歩、距離を詰める。
「見極めろ」
その言葉は命令に近かった。
ノエルは、何も言えない。
言い返せない。
立場も、力も、すべて理解しているからだ。
沈黙が落ちる。
やがて、ノエルは小さく息を吐いた。
「……気に入らない」
正直な言葉だった。
ディオンはわずかに目を細める。
「だろうな」
否定しない。
視線を庭園の奥へ向ける。
「だが――」
「もう動いている」
静かに告げる。
ノエルは何も言わない。
ただ、その言葉だけが、重く残った。




