94 いってきます、お母さん
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五年ぶりの実家は、あまり変わっていなかった。
古くはなっているけど、壊れた場所がそのままなんて事はない。
修理の跡がそこらに見えるけど、今も大切に住まわれているとわかる。
「ただいま」
扉を開けるけど、中には誰もいない。
留守だ。
心のどこかでホッとしている自分が情けない。
ペシンと顔を叩いて見回す。
懐かしい。
中はほとんど五年前のまま。
僕がいて、ベルとヌイがいて、おじさんとおばさんがいた。
物心ついてから十歳まで過ごした記憶が蘇てくる。
家族で集まった食卓。
何度も立った台所。
壁に掛けているタペストリー。
あれは小さいベルが暴れて開けてしまった壁の穴を隠すのに僕が縫ったやつだ。
今は二人しかいない場所なのに、家具の配置も変えないでいるのは思い出が消えないようにだろうか。
そう思いたい。
なにせ五年前は一言も告げずに出ていったのだから。
事情が事情で、立ち寄るわけにもいかなかったけど、不義理だったのは言い訳のしようもない。
「誰か来てるのぉ?」
思い出に浸っていたせいで気づかなかった。
少し間延びしたのんびりした口調で声を掛けられて、慌てて振り返る。
開けたままの扉から僕を見る女性。
少し歳を取っても美人のまま。
「おばさん」
「アクタ」
確認もない。
一目、一声で僕と確信してくれた。
それだけで嬉しい。
「ああ」
思わず棒立ちしていると、駆け寄った叔母さんが抱きしめてくれる。
もう僕の方が背が高くなって、腕の中に納まってしまうのに少しだけの寂しさを感じつつも、変わらない温かさに涙が出そうだ。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
こぼれそうになる涙をこらえて、返事をする。
あんまり情けないところは見せたくない。
僕にだって意地があるんだ。
「大きくなったのねぇ。あんなにちぃっちゃかったのに。こんなに背も高くなってぇ、体もガチガチねぇ」
「鍛えてるし強くなったから」
ペシペシと胸筋を叩かれてもビクともしない。
そもそも数印【Ⅴ】の叔母さんが非力なんだけど。
「うん。本当に強くなったのねぇ」
そうか。
五年で忘れかけていたけど、零印で魔力を使えなかった僕は虚弱体質だったんだ。
へたにボディタッチして力加減を誤れば、大怪我必至。
当時はかなり気を使って接してくれていたんだろう。
「五年もどうしていたのぉ?」
「森の中で鍛えていたんだよ。ずっと――」
魔王城で魔王様に挑みまくって、一撃入れてきたんだ。
とは言えねえよ!
五年ぶりに立派(に見えるように)なって帰ってきたと思ったら、頭がおかしくなったと思われかねない。
「これを使えるように訓練してた」
嘘はつかない。
僕が手袋をした右手を持ち上げると、それだけで叔母さんは察してくれた。
「それぇ、すごいものだったのねぇ」
「うん。すごいけど、よくわからないものだね。だから、僕はそれを知りたくて外に出てきたんだ」
一瞬だけ叔母さんの表情が曇る。
僕がただ村に帰ってきたわけじゃないと伝わったんだろう。
ほんの僅かな眉の下がり。
そこにこもった気持ちは淋しさ。
「そうねぇ。自分のことだもの、仕方ないわよぉ」
思わず何か言いかけた僕よりも先に、叔母さんが肯定してくれる。
くそう。
情けないところは見せたくないのに、全然スマートにできない。
「おーい。遅いけど何かあったのかい?」
外から声がした。
叔父さんじゃない。
村の人、だと思う。
そういえば、この時間は二人とも畑仕事をしている時間だ。
なんで家に帰ってきたんだろう?
「ごめんなさぁい。ちょっと奥に入れてたからぁ、出すのに時間がかかってるのぉ。もうちょっと待っててねぇ」
叔母さんが大きな声で返して、すぐに僕を奥の部屋に押してくる。
何があったか聞きたいけど、ここで僕の声を聞かれるのはまずいだろう。
僕も叔母さんもだ。
黙ってうなずいて、僕が使っていた部屋に入る。
変っていない。
出ていったあの日のまま。
きれいに掃除もされていて、いつ帰ってきてもいいようにしてくれていたのがわかる。
「って、そうじゃない」
感動している場合じゃない。
部屋の扉を僅かに開けて、叔母さんの様子を見る。
身体強化すれば五感も強化されて、これぐらいの距離なら見えるし、聞こえる。
「はい。これ、今月の分ねぇ」
「すまないな。いつも助かるよ」
「ううん。助け合わないとねぇ」
そんなやり取りをして、渡しているのは革袋?
少し重そうなそれは、渡す時にジャラジャラと音がした。
訪ねてきた村の人は何度も礼を言ってから去っていく。
すっかりその気配がなくなったのを待ってから僕は部屋を出た。
「叔母さん。今、お金を渡してた?」
「見られちゃったかぁ。アクタは悪いこねぇ」
「叔母さん」
困ったように笑う叔母さん。
困らせたくなんかないけど、見過ごすわけにはいかない。
じっと見つめれば小さく息をついて、話してくれた。
「見ての通りぃ、村はちょっと困ってるのぉ」
「それは、うん。村長から聞いてる」
僕が直接の原因ではないけど、間接的には関わっているから言葉に困る。
「それでねぇ。うちはベルとヌイが仕送りをしてくれているからぁ、困っている人に分けてあげているのぉ」
ベルとヌイ
二人の名前が出てきたのに反応しかけて、その後に続いた言葉に冷や水を浴びせられた気分になる。
「それって」
「渡すのは少しなのよぉ。だってぇ、ベルもヌイも使い切れないぐらい送ってくれるからぁ。それぐらいしか使い道がないんだものぉ」
それが本当だったとしても、そんなのたかられているだけじゃないか。
貸し借りならいい。
助け合いだっていい。
でも、一方的に援助するのは違うだろう。
そんなの僕が言うまでもなくわかっているだろうに、それでも受け入れているのはおじさんと叔母さんの優しい性格――だけじゃない。
僕のせいだ。
村がこうなった最初の原因、僕の家族たち。
その責任を押しつけはしないし、責めもしない。
零印なんて意味不明の印を持った僕を置いてくれるぐらいには度量のある村だ。
でも、限度だってある。
もしも、これで余裕のあるおじさんと叔母さんが融資を断りでもしたら、村の居心地は急速に悪くなるだろう。
無言の要求。
狭いコミュニティならではの空気。
叫びそうになるのを堪える。
叔母さんを困らせるなんてしたくないんだ。
「そっか」
「うん。そうなのぉ。アクタはいい子ねぇ」
子供みたいに頭を撫でられるに任せる。
情けない。
情けなくて舌を噛みそうだ。
子ども扱いが?
違う。
少し強くなったぐらいで、なんでもできるんじゃないかって無意識に考えていた自分が情けなさすぎる。
少なくともどんなに破壊力のある一撃を放てても、辺り一面を雪で氷漬けにできても、村を過疎化から救うなんてできやしない。
「いいのよぉ。アクタはアクタのやりたい事をしなさい」
「おばさん」
「うん。いいの。親はねぇ、子供が幸せならそれでいいんだからぁ」
ああ。
うん。
よし。
決めた。
捨て子の僕を家族として育ててくれた、大恩ある家族のピンチだ。
決して見過ごすなんてありえない。
そして、僕のやりたい事も諦めるなんて不可能だ。
それぐらいの覚悟を決めて外に出てきたんだ。
この人が望んでくれているんだから、途中で投げ出すなんて同じぐらいにあり得ないだろう。
ジレンマだ。
ふたつとも同時に解決はできない。
「なら、時間を稼げばいい」
「アクタ?」
「おばさん。会えてよかった。おじさんにもよろしく伝えて。仲間が待っているから、僕はもう行くよ」
強引におばさんを抱きしめて。
戸惑っている耳元に囁く。
「いってきます、お母さん」




