93 うん。へいき、じゃないけど、大丈夫でもないけど、考える
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「そんな……」
開拓村は五年前よりはっきりと寂れていた。
森の端から村までは距離があるけど、それでもわかる程の寂れぐらい。
あんなに拓けていた空き地。
今頃は畑になっているはずのそこは草原に戻っていて、ゆっくりと森が広がり始めている。
まるで手を付けている様子がない。
建物もボロボロ。
いくつかは朽ちて崩れてしまっているのもある。
石垣や柵は見る影もなくなってしまっていた。
人の姿もほとんど見えない。
元々の畑の中にポツンポツンと人影があるだけ。
今はまだ午前の時間で、村人たちが農作業に汗を流しているはずなのに……。
「あー。やっぱりな」
隣に立ったジルが気まずそうに頭を掻いている。
「知ってたの?」
「いや、知らねえ。けど、こっちに開拓村があるなんて聞いてなかったからな。あたいも全部の村を知ってるわけじゃねえけど、大きな所なら知ってるはずなんだ」
知らないからこそ、村の状況が良くないのではと想像していたのか。
確信もないから口にしなかったのだろう。
僕の故郷なんだから気遣ってくれたのか。
けど、今はその厚意に感謝する余裕もない。
すっかり様変わりしてしまった村を見つめて、呆然と立ち尽くすばかり。
クロエが手を握ってくれていなかったら膝をついていたかもしれなかった。
それぐらいショックだった。
僕は心のどこかで村は平和なまま発展しているに決まっていると思い込んでいたんだとようやく気付く。
そんなわけがないのに。
「で、どうする?」
どれぐらい棒立ちしていたのか、ジルに聞かれてやっと頭が動き始める。
けど、空転するばかりだ。
どうする?
どうするって、どうすればいい?
「アクタ」
「うん。へいき、じゃないけど、大丈夫でもないけど、考える」
僕の混乱が繋いだ手から感じ取れたのか。
クロエが心配そうに見つめてくるのに強がってみせる。
無理に強がりでもしないと叫び出してしまいそうだ。
深呼吸しよう。
一回、二回、三回、四回、五回。
ゆっくりと意識して呼吸していけば、ショックは消えないままでも受け止める準備ができた気がした。
村に立ち寄ったのは様子を見るため。
顔を出すなんてできないと思っていた。
家族の無事が確認できればいいと言い聞かせていた。
でも、このままにはできない。
「ごめん。ここで待っていて」
「行くのかい? こういう時、あまりいい結果にはならないよ?」
僕もそう思う。
けど、知らんぷりはできない。
無言で見つめ返せば、ジルはふうと溜息を吐いた。
「ちっと森に戻るか。この様子だと森に採取もほとんど行かねえだろ。デイジー、適当に野営できそうな場所を見繕え」
「うっす」
デイジーは来たばかりの道を引き返していく。
それからジルはクロエの肩に手を置いた。
「クロエはここらで隠れてろ」
「そうじゃない。わたしも行く」
「いや、いろ。中でアクタが困った時に助けに入る役がいる。それを頼む」
クロエが僕を見るのに頷く。
あまり人に見られたくない僕への配慮だろう。
それでもクロエは躊躇っていたけど、ぎゅうっと一度だけ強く手を握ってから放してくれた。
少し痛いぐらいの手の感触が勇気を分けてくれた感じがして心強い。
「じゃあ、行ってくる」
「夜には戻って来い。じゃなかったら、捕まったと考えて助けに行っちまうからな」
半日という区切り。
何もないとグダグダと時間が過ぎそうだから期限があるのは助かる。
色々と配慮してくれるジルに頭を下げて、僕は森から村へと走り出した。
五年前は空き地を抜けだけでも二時間はかかったのに、身体強化で走れば数分で到着してしまった。
村に近くなったところで石垣の跡地に隠れる。
一番北にあったのは村長の家だ。
「ボロボロだ」
村で一番の建物だった。
特にあそこは森から強い魔獣が出た時の防衛にも使われるから、かなり頑丈な造りになっていたはずなのに、屋根や壁に穴が開いたままになっている。
家に向かおうとして足を止めた。
村の状況に詳しいのは村長だ。
おじさんとおばさんに会う前に何があったかだけでも知っておきたい。
周りに誰もいないのを確認して近づく。
強化した五感で中の様子を窺えば、人の気配がひとつ。
ひとつだけ?
村長は? ジュニアは? どっちがいるんだ?
僕を敵視していたジュニアではないといいんだけど……。
少し迷って、それでも扉をノック。
「誰だ?」
懐かしい。
この声は村長だ。
不機嫌を隠さない不愛想な声。
「ノックなどせんで入れ」
「はい。お邪魔します」
村人の誰かと思ったのだろう。
誰何さえしないで許可が出たので入れば、書類から顔を上げた村長が固まっていた。
老けたな。
もう五十の後半か。
けど、年齢以上に年老いたように見えるのは、それだけ苦労しているからだろうか。
「アクタ、か?」
「ご無沙汰しています」
一目で僕とわかるんだ。
五年も経ったけど、この屋敷で仕事をしていたんだから不思議じゃないのかな。
村長は長く息を吐いて、尋ねてくる。
「……帰ってきたのか?」
似たような事をクロエも言われたな。
「いえ。立ち寄っただけです」
「そうか。まあ、いい。好きにしろ」
口癖、変わらないなあ。
それにしても、好きにしろとは意外だ。
「いいんですか?」
「教会の連中などここには来ない。四年も前に引き上げた」
どうやらクラリス撃退の後、教会から巡回神父がやってきたようだ。
王国や領主から兵士まで借りた陣容だったのだとか。
もちろん、逃げた僕たちを探すためだ。
けど、今日まで僕らは森を出ていないのだから無駄足になり、いつまでも兵士を置いては置けないと結論が出たのが四年前。
とっくに撤収済みと。
クラリスが言っていたような虐殺はなかった。
それだけはよかった。
「でも、それならどうして村はこんな事になっているんですか?」
「外の連中が多く来たのがいけなかった」
村長は重く肩を落とす。
疲れ果てた姿に言葉が出てこない。
「村の若い奴らが外に行きたがってな」
開拓村は田舎だ。
それとも辺境と言った方がいいか。
王国のどこより娯楽も刺激も少ない場所とも言える。
そんな事実も知らなければ気にならない。
けど、兵士たちという外からの情報が入ってきた事で、若者が外に目を向けてしまったのか。
結果、多くの若者が村を捨てて、街に出ていった。
開拓村の仕事は力仕事が多い。
いくら数印を持っていても年配者だけでは回らない。
「その筆頭がバカ息子というのが目も当てられん」
ジュニア、なにやってんだよ。
村長の後継者って自負があったのに、村ごと置きざりとか。
かける言葉が見当たらない。
そして、僕にできる事も見当たらなかった。
これが強い魔獣に襲われている、とかなら協力できた。
今の僕なら災害級と言われた棘蔓熊だってワンパンだ。
どんな魔獣にだって勝てる。
けど、これは限界集落の問題だ。
前世の日本でも解決できなかった問題を、僕にどうこうできるとは思えなかった。
「まあ、いい。過ぎた事だ。それよりも、お前は家族に顔を出しなさい」
納得なんてできていないのだろう。
それでも大人の意地なのか。
村長は背筋を伸ばして、僕に帰宅を促すのだった。




