91 筋肉、すごいね!
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握手して改めて思う。
「筋肉、すごいね!」
「お、わかるか? っていうか、アクタもいい体してるねえ。細っこく見えても肉が詰まってるじゃねえか、コノヤロー」
お互いにバンバンと肩を叩いて、お腹を叩いて、腕をぶつけ合ってと自然にコミュニケーションができてしまった。
「いやいや、ジルには負けるよ」
「おいおい。謙遜すんなよ、お前の筋肉が泣くぞ?」
「うーん。でも、この腹筋には平伏するしかないしなあ」
「わかってくれるか、嬉しいねえ。そういうお前も、良い筋肉だぜ。硬いだけじゃねえ柔軟な筋肉だ。全身、くまなく鍛えてっから美しい!」
「ジルにそう言ってもらえると自信になるよ!」
ガシッともう一度握手。
さっきよりも気持ちがこもっていた。
仕事相手にではない心からの笑顔をお互いに向けると、これからの旅の成功も間違いないと思えた。
そう、筋肉は裏切らない。
「また、始まったー」
「そっちもっすかー」
「そう」
外野三人は距離を置いている。
どうやら理解者はジルだけのようだ。
わかっていたけどね。
クロエもラフルも体を鍛えてもあまり意味がないと思っている。
まあ、実際身体強化してしまえばいいんだから、それはわかる。
けど、僕は声を大きくして言いたい。
まずは下地が大事だろ、と。
強化される大元の肉体が精強れあればあるほど、強化の効率もよくなるのだ。きっと。たぶん。根拠はないけど。
村での鍛錬の日課はこの五年でも変わらずに続けていた。
晴れの日も、雨の日も、風の日も、雪の日も、開拓の日も、魔王様の日も。
おかげで、僕の体はアスリート程とはいかなくても、十分魅せられるレベルを維持している。
「さて、もうちっと肉体言語したいとこだが、これからの話を先にしようぜ。ああ、メシの途中みたいだし食いながらでいいぞ」
上機嫌のジルはテーブルに着くと、デイジーも向かいの席に座る。
お言葉に甘えて食事を再開しながら話を聞く事になった。
「アクタとクロエは旅が初めてなんだよな?」
「うん。僕は前まで開拓村にいたけど、外との交流なんてほとんどなかったから。クロエはそれこそずっと森の中」
ジルが腕を組んで立派な腕と胸の筋肉をアピールされてドキドキだけど、今は我慢と言い聞かせて頷く。
「そうか。じゃあ、まずはそれからだ」
指差してきたのは、僕たちの右手。
「お前ら右手、普通じゃねえだろ」
「あ!」
「そう」
指摘されて思い至った僕と、よくわかっていない様子のクロエ。
ラフルはわかっていたのか、ニヤニヤとしている。
ムカつくなあ。
人間は例外なく数印を持っている。
僕は零印という異端で、精霊族ハーフのクロエはそもそも数印を持たない。
いくら魔王様のおかげで教皇の探知を防いでも、こんな目立つ条件を晒していてはすぐに正体が露見してしまう。
実際、今もジルとデイジーにバレてしまった。
魔王城だと周りが亜人族だけだったから意識する必要がなくて、この五年ですっかり意識から抜けて落ちていた。
「事情は聞かねえよ。そいつから訳ありってのは聞いてるからね。けど、外を旅するなら、右手は隠すんだね」
「それって、いいの?」
五年前でうろ覚えだけど、数印を隠すのって教会が禁じていなかったっけ?
神様からの贈り物を隠すのは不敬だとか、どうとか。
「いいんっすよ。国と教会は隠すのは望ましくないって言ってるだけっすから。本気で駄目なのは数印を偽る方っす」
「ああ。そっちはマジでやべえ。ばれたら『右手落とし』だ」
問答無用で数印ごと右手を切り落とされるのか。
数印を失えば人間は魔力を使えなくなって、以前の僕の様な状態になってしまう。
それはもう死刑と変わらないだろう。
「だから、隠せ。冒険者は普通そうしているから平気だ」
「数印がいくつか。シンボルが何か。それを知られるだけで不利になるっすからね」
数印の数値は魔力量。
シンボルは数印【Ⅹ】以上の子供が王都の大聖堂でもらえる印で、属性が決まるんだったか。
確かに戦いを生業にする冒険者にとって、戦力を晒すのは得策ではないだろう。
逆に強さをアピールするために見せつける人もいそうだけど、少数派かな?
言われてみればジルとデイジーは革製の手袋をして、数印が見えないようにしている。
思い返せば、出会った頃のラフルも右手をポケットに入れたままで、見えないように隠していたし、今もそうしていた。
「なるほど」
「そう」
あんまりわかってなさそうだけど頷くのは止めようね、クロエ。
手袋は用意していなかった。
この集落で用意できるといいけど、基本的に中古だろうからなあ。
サイズが合うかも問題だし、良品は見つからないだろうな。
「ほら、あげるよー」
しばらくは布でも巻いていようかと思っていたら、ラフルがポイっと投げてくる。
受け取ってみれば右手用の手袋が二つ。
「餞別なー」
「……ありがと」
全部わかっていて用意していたのか。
黙っていたのも僕らが自分で気づくのを待っていたのかもしれないし、素直に礼を言うしかない。
たとえ、これがペアルックだったとしても!
「つまり、うちらはこういうのを教えればいいんっすね?」
単純な道案内だけじゃない。
僕らに不足しているのは一般常識だ。
この一件だけでも二人を雇ってよかったと思えた。
「あとは護衛か。数印なしが二人となるときついな。大街道を使えば魔獣に遭わねえが、人通りが多いし、国の兵士も巡回してる」
「訳ありなら人目は避けたいっすね」
「魔獣なら大丈夫だから、少しぐらい危険でも人の少ない道にしてもらえる?」
外にどんな魔獣がいるか知らないけど、大森林よりは弱いだろう。
というか、魔王様と比べたらどいつも大したことがない。
ジルとデイジーはベテランの冒険者って感じだし、自衛は問題ないだろう。
それなら、危険でも目立たない道の一択だ。
ジルとデイジーは顔を見合わせて、それからラフルを見る。
ラフルは肩をすくめて、頷いた。
「この子らー、俺より強いよー」
「はあっ!?」
忘れがちだけどラフルは数印の【Ⅻ】だ。
かなりの強者。
人間の中でも上位。
きっと、二人はラフルの実力を知っているから、今の発言に驚いたんだろう。
信じられないという様子だけど、頭から信じないわけではないのか戸惑っている。
「まあ、こんな良い筋肉ならあり得るか?」
「アネゴ。筋肉だけで判断しないでほしいっす」
ジルも言い聞かせるような口ぶりだし、デイジーは半信半疑。
このまま旅に出るのは不安要素かな?
僕は食べ終わった器を横にどけて、テーブルに肘をついてジルに差し出した。
「なるほど」
言葉はいらない。
それだけで察したジルがニヤリと笑い、同じように僕と手を組み合わせる。
腕相撲。
腕力こそ単純明快な力の物差しだ。
模擬戦をするよりも簡単に、そして明確に力を計れる。
ちょっと呆れた感じの三人を放置して、僕たちは合図もなく戦いを始めるのだった。
結果、わかってもらえたけど、テーブルが壊れて怒られた。
「なにやってんのー?」
「………」
僕とジルは黙ったまま食堂を片づけるのだった。




