90 それならお安い御用だ
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「あれで良かったのかなー」
「まだ言ってるのー?」
場所は宿屋の食堂。
昼前という微妙な時間帯のせいか、僕たち以外に利用客はいない。
というか、本来なら利用可能な時間じゃないんだけど、この三日で集落に貢献している僕らに配慮してくれただけ。
遅く起きたせいで朝食なのか昼食なのかわからない麦粥を食べながら、僕が溜息を吐いていると向かいのラフルが呆れたように言う。
「だってさ、親子の別れだよ。ちゃんと話した方がいいんじゃなかったかなって思うんだよ」
人攫いを捕まえてからの三日。
捕まえた連中から情報を吐かせては拠点を潰しに行っての繰り返しで、ようやく一網打尽にできたのが昨日の夜半過ぎ。
忙しくて振り返る暇もなかったけど、落ち着いた途端に考えてしまうのだ。
クロエの母親。
お世辞にも良い態度ではなかったけど、改めて思い返してみるとクロエを完全に拒否していたわけではなかったんじゃないかって思えたんだ。
帰ってきたのという問いにクロエは違うと返した。
もしも、あの時にそうと頷いていたらどうだったんだろう。
歓迎はしなくても、家に連れて行くつもりだったかもしれない。
最初から追い返すつもりだったなら、問いかけたりせずにはっきりと「戻ってくるな。出ていけ」と言ったと思うのだ。
けど、クロエは違うと答えたから早く行けと言った。
これも他の精霊族に見つかる前に、という意味が含まれたのでは?
考え出すと止まらない。
あの時、本当は何が正解だったのかと、もっといい形にできたんじゃないかと考えてしまう。
「はいはいー。それって泥沼だよー。長く話せばいいってもんじゃないしー、そもそも人間関係に正解を求めるっていうのが間違いだよねー」
スパっとラフルに言われて、ぐうの音も出ない。
わかっている。
全くの正論だ。
「そう。わたしはへいき」
「それならいいんだけど……」
当事者のクロエにまでそう言われてしまえば本当に何も言えない。
実際、あれからのクロエはいつも通りだった。
むしろ、心なしかスッキリした様子さえあった。
今も麦粥をモグモグと食べていて、空元気にも見えなかった。
結局、僕の思い上がりなんだろう。
家族は仲良く幸せであってほしい、と。
そんな僕の理想を、クロエに押しつけるのは違うもんな。
クロエを守るといっておきながらこれでは目も当てられない。
「情けないなあ、僕」
「そうじゃない」
いつもより少しだけ近い距離にいるクロエが頭を僕の肩に預けてくる。
「いてくれたら、それでいい」
こうまで言われては情けない顔はできないな。
僕は丸まりかけていた背筋を伸ばして、クロエの頭を撫でておいた。
「それならお安い御用だ」
「そう」
さて、気持ちを切り替えよう。
顔を上げると、さっきよりも呆れ果てた顔をしたラフルがいた。
「お熱いねー。けど、そういうのは二人っきりの時にしてねー」
「全くだ」
「え、いいんじゃねーっすか。うちは好きっすよ。憧れるっす」
そして、もう二人。
特に隠れて近づくつもりもなかったんだろう。
食堂に入ってきた二人組には気づいていた。
ラフルの後ろに立ったのは冒険者風の装いをした二人組の女性。
「あー、来たねー。待ってたよー」
「そうかい。どこぞの馬鹿が馬鹿やったせいで冒険者の風当たりが強くてね。村に入るのにも手間がかかったんだ」
肩をすくめたのは伸びるに任せた赤髪の女性。
ラフルと同じぐらいの長身で、服の上からでも体を鍛えているとわかる立派な体格をしている。
惜しげもなく晒したシックスバックが素晴らしい。
無理な筋トレで鍛えたものじゃない、天然物の戦士の筋肉だ。
「アネゴ。嫌な奴らが減ったんだからいい事じゃないっすか。ラフルの兄貴、お待たせしたっす」
取りなすようにフォローを入れたのは小柄な女性。
こちらはしっかり手入れした茶髪を揺らして、小動物みたいにあっちこっちに顔を向けて愛想よくふるまっている。
「で、こいつらがあたいらを雇いたいって子かい?」
「そいうことー」
二人はラフルと遠慮のない親し気な挨拶を交わして、僕たちに視線を向けてきた。
「紹介するなー。こっちがアクタとクロエ。先に言った通りー、色々と訳ありでー、外に詳しくないんだー」
僕らの説明はかなり省かれている。
連絡を取った時にある程度は説明しているのだろう。
二人も特に口を挟まなかった。
僕らが軽く会釈すれば返してくれる。
「で、こっちの大きいのがー」
「誰がでかいのだ。あたいはジルってんだ。冒険者をしてる」
「うちはデイジーっす。アネゴの手下っす」
嬉しそうに手下って言うんだ。
ジルは嫌そうな顔をしているけど、何も言わない辺り諦めているんだろう。
ただ溜息はこぼしてから、話しかけてきた。
「外の案内を頼みたいって? そいつは報酬と条件次第だが、その辺りは決まってるのか?」
回りくどいのは嫌いなのかな。
単刀直入に聞いてくるから、僕も率直に返す。
「目的地は王都まで。やってほしいのは旅の手伝い。支払いは大森林のお金で二百万。前金で半分。後金でもう半分。旅の途中の必要経費はこっちもち」
予め内容は決めていた。
相場はわからないけど、二百万もあれば大森林ならそれなりの金額だ。
実際に革袋に詰めたお金をテーブルに置いて、中身を見せる。
ジルとデイジーが少しだけ驚いたような顔をして、すぐに機嫌の良さそうな笑みを浮かべた。
「いいね。話が早いのは好きさ」
「報酬もいいっすね! これだけあれば半年は楽できるっす! 森の中だけど」
それぞれ喜んだポイントは違うようだけど、条件に問題はないのだろう。
お互いに頷いてから、ジルが手を差し出してくる。
「あたいらはその条件でいい。もちろん、細かい話はあとでするけどな。あんたらはどうだい?」
「ここだと冒険者ギルドがないっすから、うちらとの直接契約になるっすよ? それでもいいっすか?」
僕も第一印象は悪くないし、クロエも文句はない様子。
ラフルも本気で問題のある人物を紹介はしてこないだろう、たぶん。
実際、大金を見せた時の表情を観察した限り、よこしまな雰囲気は感じなかった。
ギルドを介さない直接契約と確認してくるのも好印象。
性質の悪い冒険者だと途中で投げ出したり、最悪の場合は裏切る可能性がある。
ギルドが仲介に入っていればその危険性が著しく下がるけど、直接契約は仲介料が不要なぶんリスキーなのだ。
「契約書を交わして、ラフルにも控えを持ってもらうけど、いい?」
「しっかりしてるな。構わねえよ」
僕たちはお互いに頷いて、握手を交わすのだった。




