89 クロエは僕が守ります。じゃあ、これで
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ラフルとの打ち合わせを終えて、僕たちはすぐに精霊族の村に向かった。
地図を見るまでもなくクロエが先行してくれたから道に迷う事もなく、夕方には到着して近くの丘で野営の準備もできた。
その間、クロエはほとんどしゃべらなかった。
村が見える場所に来ても。
五年ぶりの故郷を見る目は平坦だけど、いつも以上の言葉の少なさが内心を雄弁に語っているように思える。
言葉は掛けなかった。
僕とクロエの境遇は似ているようで、違う。
特に家族のところは。
知った気になって同情するなんて恥知らずだ。
ただ、黙って手を握り続ける。
そのまま夜が来た。
野営だけど火は使っていない。
精霊族の村から見つかってしまうとトラブルになるからだ。
幸い、今日は月明かりもあるし、身体強化をすれば多少なら夜目も利く。
「そろそろ、いいかな」
「そう」
すっかり辺りが暗くなったところで声を掛ければ、クロエは頷いて立ち上がった。
迷いは見られないし、強い決意も感じられる。
「釣りの時間だ」
僕もクロエもただ人攫いが来るのを待つつもりはない。
むしろ、積極的に狩るつもりでいる。
この提案にラフルは難色を示したけど、最終的に僕らは直接、ラフルたちは間接的に相手を追い詰めようという事になった。
ただ、この広い大森林の中、どこかにいる人攫いを闇雲に探すのは無謀だ。
鬱蒼と木々が生える森にはいくらでも隠れられる。
だから、釣りをする。
「じゃあ、いくよ!」
僕は魔力を解放する。
それころ魔王様に挑戦していた時と同じぐらいに。
魔法にはせずにその寸前で留め置くイメージ。
大量の魔力を活性化させて、広く辺りに知らしめる。
「さあ、撒き餌に食いつくかな?」
これは大森林ではほとんど意味がない。
住人の亜人族たちは魔力を持たないし、感じ取れないのだ。
僕が一人で力んでいるだけに見えて、かわいそうな目で見られるだけ。
もしくは、魔王様の興味を引いてしまって襲撃されるだけ。
けど、大森林の浅い部分。
数印【十】以上を持つ人間がいる場所なら話は違う。
僕の今の総魔力量――五千万。
一般に優れているという数印【Ⅹ】で二万程度という中で、言葉通りの桁違いの魔力量なのだ。
その差は約二千五百倍以上。
体外の魔力を感じ取れる人がいれば、大いに慌てる事だろう。
それこそ夜中に化け物に遭遇したように。
残念ながら僕はそういうのを感じ取るのが苦手だ。
たぶん、魔力量が多すぎるせいだろう。
繊細な感覚が壊滅的で、余程近くとかじゃないとわからない。
だから、僕の足りない部分はクロエに補ってもらう。
「――いた」
クロエが呟く。
僕のばら撒いた魔力に恐れた人間はどうするか。
咄嗟に身体強化を使って、異常事態に対処しようとするだろう。
クロエは自身の感覚を乗せた風を放って、そんな反応を探っていたのだ。
見つけたという彼女の視線は精霊族の村の方向。
「もう近くまで来ていた?」
「そう!」
言うなりクロエが走り出した。
一歩で遅れて僕もついていく。
森の中をするすると走るクロエは速い。
障害物を薙ぎ払っていいなら僕の方が速いけど、繊細な体の使い方はクロエの方が数段上だった。
少し距離が開いてしまう。
「クロエ、生け捕りだよ!」
「そう!」
やっぱり、いつもより感情的だ。
暴走とまで言わないけど、勢い余って手を滑らせそうな危うさがある。
いざとなったら森を破壊してでも駆け付けるけど、そうしたら精霊族との関係が更に悪化しそうなのが問題だった。
僕の声は聞こえているようだけど、届いているかどうか。
考えている間に前で戦いの音が聞こえてきた。
といっても一方的な襲撃の様子。
知らない男たちの罵声と悲鳴。
それを打ち払う打撃音。
「クロエ! 無事!?」
「うん。そう」
僕が少し遅れて到着した時には終わっていた。
僅かに届く月明かりの下、五人の男がクロエの足元で気を失っている。
しっかり生け捕りにしてくれたようで、安心だ。
こんな連中の命をクロエが背負う必要はない。
内心でホッとしながら指示を出す。
「そいつらの服を脱がせて縛ろう。それからすぐに離れて、ラフルたちと合流しよう」
「そう」
思ったよりも村の近くに来てしまった。
精霊族は精霊を操るという。
精霊族の女中さん曰く、『他の人には見えない自然が形になったもの』らしい。
うん。わからん。
それがどんな性能を持っているか知らないけど、ここまで近づいたら察知されてしまう恐れがある。
できれば、クロエと接触させたくない。
魔王城に出仕するような協調性のある精霊族でも、ハーフのクロエを受け入れるのにかなりの時間を要したんだ。
自分たちの村から出ようとしない者たちともなれば、何を言われるかわかったものじゃない。
少しだけ村の方向を意識しているクロエを急かして、手早く縛り上げたところだった。
後は身体強化に任せてまとめて抱えていくだけ。
「あなた……」
声が聞こえた。
村の方角。
意識していたはずなのに、近づいてくるのに気づけなかった。
精霊の力だろうか。
慌てて振り返れば、人影は一人。
声とシルエットからして女性?
「騒がせてしまってすみません。人間の犯罪者を追っていたらここまで来てしまったんです。もう捕まえたので、すぐに帰りますから――」
僕が早口で説明しつつもクロエの手を引こうとしたところで、クロエが立ち尽くしているのに気付く。
「クロエ」
僕が呼んだんじゃない。
やってきた女性だ。
「お母さん」
クロエが呟く。
血のつながった親子だからだろうか。
この暗がりの中でもお互いがお互いに気付いたらしい。
ゆっくりとやってくる女性の姿を見て納得してしまった。
似ている。
髪色とか、耳の形とかは違うけど、顔立ちが近い。
長命な精霊族だからか、女性――クロエの母親は外見年齢が近く見えるだけに、姉妹と紹介されれば信じてしまいそうなぐらい似ていた。
「精霊が騒ぐと思ったら。そう。クロエなの」
「そう」
口を出すべきか迷う。
その間にクロエの母親が言葉を続ける。
冷たい、温度のない、淡々とした口調で。
「帰ってきたの?」
歓迎の意思は、ない。
露骨なまでに拒絶はしないまでも、今にも溜息を吐きそうな様子。
思わず前に踏み出しそうになったけど、クロエに手を握られて止められる。
「そうじゃない」
「なら、早くどこかに行って」
止められていなかったら怒鳴っていたかもしれない。
それが五年ぶりに再会した娘に言う言葉かと。
クロエがどんな気持ちで受け止めるか考えろと。
今もお前らを守るために戦ってくれたのに、と。
無理にでも置いてくるべきだった。
僕だけならクロエが無駄に傷つく事もなかったのに。
「そうする」
後悔で胸が一杯になりそうな僕とは違って、クロエは淡々と頷いている。
もしかしたら、こんなふうに言われるとわかっていて覚悟していたのか。
「お母さん。ひとつだけ」
話は終わりだと村に戻ろうとする母親にクロエは言葉を投げる。
「なに?」
「わたしを生んでくれて、ありがとう」
振り返りもしない母親の肩が揺れた。
よほど予想外だったのだろう。
足も止まって、けど、言葉は出てこない。
そんな様子を気にしたふうもなく、クロエは続ける。
「生まれてきて、嫌な事ばかりだったけど」
クロエが手を強く握りしめる。
少しでも支えになればと握り返せば、僕を見てクロエは微笑んだ。
無理のない、綺麗な微笑み。
「生まれたから、アクタに会えて、今は幸せだから」
「そう」
言いたい事は全部言えたのか。
クロエが手を引いてくる。
娘と母の別れがこれでいいのか。
わからない。
ただ、やっぱり余計な口出しはできないと思う。
だから、せめてもの僕の気持ちだけ口にする。
「クロエは僕が守ります。じゃあ、これで」
こんな事しか言えないなんて情けない。
ため息が出そうになるのをこらえて、僕は人攫いたちを抱えて一気に森の上へと跳躍する。
すぐに景色は背後へと流れていって、見えなくなる。
隣のクロエは一度も振り返らなかった。




