86 クロエ。この先なんだけど……
すみません。
短めです。
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大森林を南に進む。
といっても、さすがにまっすぐ突き進むような真似はしない。
いくつかある亜人族の集落を繋いでいくルートを通っている。
魔王城と交流があって、この五年で僕らとなんらかの関わりのある場所をドミトル氏がチョイスしてくれた。
そこまでなら比較的、道の様なものがあるのだ。
例の僕らと魔王様の激突跡地という名の休憩地を辿るようにできあがったのだとか。
「何が役に立つかわからないものなんだね」
「そう?」
「うん。まあ、ドミトルさんがうまく活用しただけか」
「そう」
「魔王様の一番の被害者だからなあ。苦労させられるだけじゃ終わらないって執念だよね」
雑談を交わしながらの平和な旅路だ。
大森林の深部にしては平和過ぎるって?
その通りだ。
いくら激突跡地に魔獣が近寄りづらいといっても、あくまで確率が低いだけ。
特にその間の道中なんかは普通に遭遇するという話だった。
なのに、旅立ってから十五日。
一度も魔獣に襲われていない。
「本当に魔獣に襲われないな」
「そう」
原因はわかりきっている。
僕らに恐れをなして――ではなく、出発の際に受け取った外套。
刺繍に使われた魔王様の髪のおかげだろう。
「髪だけで魔獣除けになるって、どんだけなんだか」
教会からの探知対策だけじゃなかった。
付近一帯から魔獣が逃げ出すほどではないようだけど、近くの魔獣が離れていく効果があった。
おかげで野宿の時、夜も安心して眠れるのはありがたい。
二人で交替に見張りをしながら休んでいるけど、眠りの深さが違う。
「あとどれぐらい?」
「八割ぐらいまで来たかな」
僕たちの歩みは早い。
緩めの身体強化をずっと使っているから単純に歩行速度が速いのもある。
けど、それだけじゃない。
ルートがはっきりしていて、十分な休みが確保できていて、途中の集落で水や食料を補充出来ているのだから当然だ。
先行しているラフルたちの予定だと、人間の集落まで一ヶ月の行程。
今のところ天候にも恵まれているし、このペースなら二十日とかからない。
「普通ならもっと時間が掛かるんだろうけどね」
未開の大森林。
旅をするだけでもつらいのに、数印が平均並みの人ならまず魔獣に襲われて助からないはず。
その辺りの感覚がおかしくなってきているのは困るな。
森から出た後、街で変な事を口走りそうだ。
主に僕が。
口を滑らせる悪癖、治らないんだよなあ。
「そう。アクタ、しゃべってる」
「あ、また? これ、本当にまずいな」
「そう?」
「考え出すといつの間にかしゃべっているみたいだからね。重要な事をポロッとなんてシャレにならないよ」
森の外では口に出すのも注意が必要な単語が多い。
零印、呪印、真印、聖印に、魔王様とか魔王城。あとは『零』もそうか。
って、大半は意味が通じないか?
なら、ポロリしても問題にはならないかもしれない。
「問題は意味の通じる人の耳に入った時は、大事になるって話だな。うん。やっぱり気をつけないと」
無意味に騒ぎを起こす必要はないのだ。
その点、クロエに注意を促す必要はない。
以前より人とコミュニケーションを取れるようになったクロエだけど、無口で控えめなのは相変わらずだった。
「さて、そろそろ次の休憩地だけど……」
足を止めて地図を確認する。
この辺りは森の木に傷をつけたり、布を巻いたりして目印があるから迷う心配は薄い。
地図の通りならもう一時間もしないうちに今日の野営地に到着できる。
問題は、そこから先だ。
地図上には二つのルートが書かれている。
「クロエ。この先なんだけど……」
「いい。行かない」
いつもの『そう』じゃないか。
僕が全部言うまでもなく察している辺り、意識はしているんだろうけどなあ。
もう一度地図に目を落とす。
明日からのルートは二つ。
一方は西寄りで、もう一方は東寄り。
どっちも同じぐらいの道行きで、どっちを選んでも旅に影響は出ない。
ただ、東寄りのルートは途中で精霊族の村を通る。
つまり、クロエの生まれ故郷だ。
クロエがラフルと出会ってから一度も帰っていない場所。
辛い幼少期を過ごした場所で、彼女の母親がいるはずの場所。
自然と「帰らない」ではなく「行かない」と言う辺り、本当に故郷とは思っていないのだろう。
けど、棘蔓熊が村に近づいた時は庇おうとしたらしい。
「いいの?」
「そう。いい」
無理強いをするつもりはない。
クロエにとっては辛い記憶が多い場所なのだから。
けど、それでも、このまま無視してしまうのも、違うような気がする。
悩ましい。
悩ましいなあ。
少しだけ歩みの遅くなる僕の手をクロエは引いて進んでいく。
僕にはその本心がどこにあるのか、読み取る事ができなかった。
次の日、結局僕らは西のルートを通って、南に進むのだった。




