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ゼロのアクタ  作者: いくさや
第三章 故郷
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85 首を洗って待ってろよ、魔王様

 85


「ほう?」


 ゼフの名前が出るとは思っていなかったのか、魔王様が意外そうに驚く。

 その顔を見れただけでも選んでよかった。


「戯けを調べると?」

「たぶん、一番わかっていた人はゼフだと思うから」


 真印や『零』を名づけ、聖印と数印を生み出した五百年前の人。

 自称、聖王。

 他称、覇王。

 ニールの保護者であり、魔王様の唯一の理解者。


 彼の足跡を追えば何かわかるかもしれない。


「そうか。お主もまた真実を求めるか。それもまたよしじゃ」

「欲しいのは真実なんて大層なものじゃないけどね」


 ただ僕が自由に生きるには零印が重すぎる。

 これを解決しないと僕も周りも巻き込まれてしまう。

 相手は王国だったり、教会だったり、あるいはあの『零』の影響かもしれない。


「降りかかる火の粉を払っても消えないなら、元から消火しに行かないとね」

「ぬふふ。戦いに赴くか。よい気概じゃ」

「そう」


 ワシワシと頭を撫でまわしてくる魔王様。

 ちょっとクロエも対抗心燃やして混ざらないで?


 二人がかりの撫でつけから脱出しつつ考える。


「外に出るとして、問題は教会だなあ」


 五年前。

 ラフルやクラリスが言うには、教会――というか教皇には聖印を探る方法があるという話だった。

 神託、だったか。


 それも大森林には及ばないらしく、逃げ込んでからは教会の手先が僕たちの下に来ることは一度もなかった。

 まあ、ここにいるとはわかっているだろうけど、魔王様のお膝元に来るのは無謀すぎるという判断か。


 五年前もクロエが大森林から出た途端に知られてしまった。

 今回も外に出れば巡回神父やクラリスの様な奴がやってくるはず。


「もう負けないとは思うけど、切りがなさそうなのがつらい」

「そう」


 ちょっとやそっとじゃ負けないつもりだけど、どんな隠し玉を持っているかわからない相手だ。

 そんなのに動向を掴まれたままというのは不利すぎる。


「おう。それなら心配はいらんぞ」

「魔王様?」


 安請け合いしてくれるけど、何か考えがあるのだろうか。

 まさか大元の教会を根こそぎ吹っ飛ばすとかじゃないよね?


「主らも準備が必要じゃろうし……そうよな。五日。五日もあればよいか。うむ。きっとよかろう」


 一人で頷いて納得している。

 不安だ。

 この周りの苦労を考えてない感じ、とても不安だ。


「よし。城へ帰るぞ、アクタとクロエよ」


 来た時と同じでさっさと帰路についてしまった。

 ばびゅーんと大跳躍で南の空へと跳びさっていく。


 こんな場所に置いていかれたらたまらない。

 まっすぐ南に向かえばいいんだろうけど、広大な大森林に十分な装備もないまま取り残されれば遭難は必至だ。


「クロエ!」

「うん」


 僕たちは慌てて魔王様の背中を追いかけるのだった。




 真の最奥から戻って五日の間、僕たちは旅立ちの準備を始めた。

 いくら戦闘力が跳ね上がっても、食料がなくなれば立ち往生するのは変わらない。

 こういう時に頼れるはずのラフルも不在とあって、僕たちはいろんな人に協力してもらいながら準備を進めた。


「最低限の薬は揃えた。用法はわかるな?」

「ルミネルから教えてもらったぶんは、なんとか」

「足りなければ薬草を探して自分でどうにかしてくれ」

「いや、装備も知識もなしにそれは無理」

「だろうな。なら、無茶はしないようにするんだな」


 個包装された薬包みが入た瓶をルミネルが用意してくれた。

 しっかりお金は取られたけど、仕事をお願いしたんだから当然ですね。

 友情価格にしてくれるとかもなかった辺り、職業意識が高いです。


「保存食の用意はこちらに。瓶詰は扱いに注意――というまでもなくわかっていますね。開発者なのですから」

「いや、実際に作ったのはデミエルさんたちですから」

「謙遜を。この五年で魔王国の食事事情は飛躍的な発展を遂げました。その成果は誇るべきでしょう」

「デミエルさん……」

「旅路の無事を祈ります」


 最初は距離を置かれていたけど、今はもう懐かしい。

 食事にあれこれと口を出し、覚えているおぼろげな前世知識を披露してアイディアを出し、そのたびに実現させてこられてと勝負みたいになっていたなあ。

 気がつけばライバルのような関係が女中さんたちと出来上がっていた。

 やっぱりお金は取られたけど。


「ほれ。これが森の地図だ。まあ、お前さんらと魔王陛下が作っちまった休憩所と、街道以外は大体の場所しか書いてないがなあ」

「それでも十分助かります。五年前は魔王様にいきなり連れてこられたんで、どっちに行けばいいかもわからなかったんで」

「人間の集落を最初に目指すんだったな。それならガイドをつけられるが、どうする?」

「隊商の人たちですよね? もうラフルと一緒に行ってもらっているのに、僕たちも連れて行ってもらったら巡回が狂っちゃうじゃないですか。大丈夫です。最悪、空を走りますから」

「そんな乱暴なやり方じゃ荷物がダメになっちまいそうだがな。無理強いはしねえよ」


 最後に握手をしてドミトル氏とも別れた。

 亜人たちの中に異端の人間である僕たちが入った事で起きたトラブルを何度も解決してくれた。

 なんとなく、魔王様から無理難題を放り投げられる苦労人仲間なんて思っていたりする。

 ちなみに、地図の代金はがっぽり取られた。


 ドミトル氏たち一家にかなりの金額を持っていかれたが、文句はない。

 魔獣退治でかなりのお金を稼いでいたけど、このお金だって大森林の中でしか使えないだろうから、出し惜しみする理由もないのだ。


 そうして、五日の間で準備を終えた朝。

 旅装を整え、お世話になった人に挨拶を終え、開拓の終えて広がった城下町の城門にやってきた。


 見送りの人たちは僅かだ。

 ドミトル一家。

 仲の良かった女中さんたち。

 そして。


「リタタさん」

「久しぶりだ。クルル――リィンの友たち」


 鳥人族の集落の生き残り。

 リタタさんが僕たちを待っていた。


 怪我が癒えたリタタさんはリィンの顛末を聞いてかなり消沈していたけど、今は立ち直って村の再建に尽力している。

 場所は僕が腐竜を倒し、ニールと決着をつけた広場。

 ここには多くの鳥人族が眠っているし、リィンが旅立った場所でもある。

 元々の集落の場所は遠く、魔王城から支援するのも難しいというのもあり、小さいながらも鳥人族中心の村ができようとしていた。


 歩いても一日もかからない位置だけど、お互いに忙しくて顔を合わせるのは半年ぶりだった。


「リィンの墓参り以来か」

「すみません。もしかしたら、しばらくは命日に行けないかもしれません」

「気にするな。場所は重要じゃない。お前らの想いは、あの子に伝わっている」

「そう」


 リタタさんは腕にひっかけていた布を差し出してくる。

 受け取って広げてみると白い外套だった。

 銀色の糸で刺繍が施されていて、朝日を受けてキラキラと輝いている。

 僕とクロエに二着。


「これは?」

「魔王様からの頼まれ物だ。お前たちに渡せと言われている」

「魔王様が?」

「ああ。五日で仕上げろと言われて大変だった」


 リタタさんの目には隈がくっきりと浮かんでいた。

 五日。

 ああ、魔王様が何か呟いていたのはこれか。


「それはご面倒をおかけしました」

「いい。報酬はたっぷりもらった」


 いい仕事には報いるからね、あの人。

 早速羽織ってみると、サイズもぴったしだ。


「ありがとうございます」

「おう。森の外ではしっかり着ておけと言っていたぞ」

「はあ」


 森の外では?

 なんでだろ?

 首を傾げているとクロエが袖を引っ張ってくる。


「アクタ。これ、魔王の髪」


 そう言ってクロエが指さすのは外套の刺繍の部分。

 言われてみればこの銀糸。

 魔王様の髪の色と同じ……って、ああ!


 バッサリと長い髪を切った魔王様。

 褒美のためにと言っていたのは、これのため?


「……魔王様の力で聖印の気配を隠せる、とか?」

「そうなの?」

「わからない。わからないけど」


 魔王様は直感で正解を引き当てる。

 あの人が心配ないと言って用意した物なら信頼できた。


 魔王様は見送りに来ていない。

 きっと城から見送るつもりなのだろう。

 遠く魔王城の最上階の辺りで銀色が輝いたように見えた。


 本当に最後まで味な真似をしてくれるよなあ。


 お礼は考えている。

 五百年前にゼフができなかった事。

 魔王様の解放。

 彼の事を調べれば、きっとそこにも辿り着けるから。


「首を洗って待ってろよ、魔王様」

「そうだね」


 僕たちは揃って魔王城に向かって頭を下げて、見送りの皆に最後の別れを告げ、魔王城から旅立つのだった。

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