84 魔王様、ここが目的地?
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「では、ついてまいれ」
言うなり魔王様は扇を一閃。
背後の壁に大穴を開けてしまった。
そっちは北の方角だけどさ。この人はどうして一直線に進もうとするのか。
「ほれ。早う」
躊躇いもせずに最上階からダイブ。
あの様子だとこっちがついてくるのを待たずに行ってしまいそうだ。
隣で頭を抱えているドミトル氏には申し訳ないけど、今は魔王様を追いかけよう。
「クロエ。行こう」
「そう」
自然と手を差し伸べて、手を繋いでしまうのが僕らの関係だ。
並んで壁の穴から飛び出す。
魔王様が言う『真の最奥』というのがどこにあるか知らないけど、すぐ近くではないだろう。
となれば、いつまで身体強化が必要になるかわからない。
クロエの魔力量も四年でかなり増えていはいるけど、僕と比べるとまだ少ない。
僕の魔力を使ってもらおう。
「アクタの、もらうね」
「うん」
落下中から魔力を共有して身体強化。
見れば先行した魔王様はもう高い城壁の上を飛び越えるところだった。
「城壁をぶっ壊さなくてよかったよ」
「そう」
本当にね。
城の壁なら直すのもすぐだし、被害は部屋の主の魔王様だからいいけど、ここをぶっ壊したら修復に何か月もかかってしまう。
その辺りを考えないで感じ取って動くの魔王様だからなあ。
呆れつつも追跡は全力だ。
油断すれば魔王様を見失ってしまう。
数歩の助走をつけてジャンプ。
僕らも城壁の上に立てば、見張りの兵士さんたちが諦めの顔で北を見ていた。
その先では魔王様が森の上を跳んでいる。
一回の跳躍で空高くまで跳ね上がり、緩やかながらも巨大な弧を描いて遥か北へと向かっていく。
僕たちを拉致った時のあれだ。
傍から見るとあんな感じなんだな。
「これぐらいついてこれるって言いたいのか」
「そうかも」
上等だ。
四年間強もあの人の無茶ぶりに食らいついた僕らを見せてやろう。
僕らは一度うなずき合って、城壁から空へと跳躍。
ただし、一度のジャンプ力では魔王様に届かない。
だから、別の方法を使おう。
「三甲」
「空踏」
僕は三甲を、クロエは風の魔法をそれぞれ足場にして、空中を駆ける。
実際は僕の三甲だけだと高度を保てないから、クロエの足場を補強して借りているんだけど。
弧を描く軌道の魔王様と、一直線に進む僕たちなら引き離される心配もない。
大森林の上空を走り回って、魔獣に襲われる心配も必要ない。
なにせ先行するのが魔王様。
人間を見かければ見境なく襲ってくるあいつらでも、魔王様に近づく度胸はないのだ。
そうやって、高速で大森林を北に進んでいく。
太陽がそろそろ南のてっぺんに昇ろうという時間帯になって、魔王様の姿が見えなくなった。
跳躍をやめた?
上から見たところ、特別な景色ではない。
飽きもせずにどこまでも続く森、森、森。
地平線の果てまで続く果てのない森。
こうしてみると大森林の広さが実感される。
理論上、ここをずっと進めば大陸の反対側に出るはずだけど、どれだけの時間が掛かるのか。
僕たちが全力で一日中走っても無理かもしれない。
「アクタ、あそこ」
クロエが指さす先。
魔王様の後姿が木々の間に僅かに見えた。
よく気がついたなあ。
精霊族の血の影響なのかな?
そんな事を考えつつ、足を止めている魔王様の近くに着地する。
来るのがわかっていたと魔王様は振り向きもせずに、前を見つめている。
「魔王様、ここが目的地?」
「うむ。ここじゃ」
そう言われても特別な場所には見えなかった。
静かな森の中。
人の手が入っていない原生林だ。
本当に人が立ち入らない場所だからか、大きな木々がそこらに生えていて、下は太陽が届きづらい環境。
立ち枯れた木々の骸が苔むして、ツタが大樹の幹に絡みついている。
「真の最奥って話じゃ……」
「ふむ。近う寄れ」
言うなり魔王様は僕とクロエの襟をつかみ、前にグッと押し出してくる。
必要以上に密着させるのやめてくれないかな!?
手を繋ぐ以上は心臓に悪いんだから。
と、出かかった文句を飲み込む。
「なに、あれ」
「………」
魔王様の正面。
立ち並ぶ木々の隙間の向こう側。
「穴?」
穴。
そう、穴だ。
穴以外に僕はそれをどう呼べばいいか思いつかない。
何でもない、森の景色の中にポツンと。
純黒の墨汁でも垂らしたみたいに黒い穴があるのだ。
距離があるから大きさはわかりづらいけど、周りの木の大きさからして大玉ころがしの大玉ぐらいだろうか。
何が出ていくでも、何が入っていくでもないけど、ただ無音でそこに在る。
在るだけなのに、異様な雰囲気に肌が粟立つ。
言いようのしれない、不定形の不安。
そんなものが目に映るなら『ああ』なるのだろうか。
「アクタ」
僕と同じ感覚なのか、クロエがすがるように手を強く握ってくるのに同じだけ握り返す。
僕も一人だと不安に押し潰されて悲鳴を上げていたかもしれない。
「魔王様。あれは?」
「儂にもわからん。千年前から、ずっとあそこにあるのじゃ。きっとその前からもずっとそうなのじゃろうなぁ」
遠い昔に思いを馳せるわけでもなく、淡々と語る魔王様。
「ただ、儂はあれを放っておくのはいかんと思ってのぅ。見つけてからずっと蓋をしておるんじゃ」
蓋をするっていうのはどうやって?
僕にはまるで想像もつかないけど、魔王様の事だからきっとどうにかやってしまったんだと思う。
いくつかが頭の中で結びついていく。
千年もそれを続けているという言葉。
長く魔王城から離れられないという事情。
そして、五百年前のゼフが大森林を攻略し、魔王様を解放すると言っていたのは、こいつの事だったのか?
「戯けはあれを『零』と呼んでおった」
儂には意味がわからんがな、と続ける魔王様。
「零……」
プラスでもマイナスでもない零。
僕の右手の知ると同じ名前。
そんなのは偶然に決まっているのに、不吉な昏い何かが纏わりついてくる感覚に襲われる。
「アクタ」
「大丈夫。ありがとう。大丈夫だから」
もう一度クロエから名前を呼ばれる。
さっきと違って僕を心配して。
彼女が隣にいてくれるのが本当に心強い。
「ふはは。いいのぅ。やはり、主らは好い」
優し気に笑う魔王様。
千年という気の遠くなる年月を生き続けている魔王様。
その隣にいるべき人は、そこにいない。
けど、魔王様はからりと笑ってみせる。
心から楽し気に笑ってみせる。
そう、笑ってみせるのだ。
僕たちが惚れ惚れしてしまうぐらい、鮮明に笑うのだ。
「アクタよ。約束通り儂の知っている事は話してやった。だが、それはどうでもよい事よ。些末と言ってもよい。真印。聖印。零印とやらもどうでもよい。気にしいな主はそうとは思わんかもしれんがな」
あんなものを見せられたのに魔王様は一貫している。
魔王様はいつだって言っていた。
存分にやりたいようにすればいい。
願い、叶えよ。
それが生き物の在り方だと。
「よいではないか。主は人より強い力を得た。ちと使い勝手に難はあったようじゃが、それも克服した。ならば、遠慮などいらぬ。欲しいものを欲し、語り、戦い、勝ち取ればよいのじゃ」
獣の論理。
弱肉強食。
それを誰よりも優しい魔王様が語る。
本当に誰よりも強くて、本当なら好き放題に暴れ回って、世界だって征服できるだろうに。
千年も得体の知れない穴を塞いでいる人が、それを言うのか。
なのに、それは強がりなんかじゃない。
魔王様は本当に生を楽しんでいる。
「魔王様は、なんで」
「ふはははは! 儂は魔王ぞ? この世界最古の魔王ぞ? 生きとし生ける全てが儂の子供も同然じゃ。我が子に生きるを楽しいと思わせられぬ大人なんぞに儂はなりとうないからのう! ほうれ。儂はかっこよかろう?」
ちくしょう。
この魔王様、理不尽だし、あんぽんたんだし、まともに考えもしないで本能だけで生きているけど、カッコいい大人なんだ。
だから、魔王城の人も亜人族の人たちもこの人の下に集まるんだ。
その魔王様がニヤリと野性味たっぷりに笑って問いかけてくる。
「さあ、アクタよ。主はどうする? どうしたい?」
「僕は……」
右手の零印を見る。
彼方の『零』を見る。
そして、隣のクロエを見る。
これまでの過去も思い返して、僕は魔王様を睨む。
強い視線に負けないように。
「僕は零印の謎を追って、ゼフを調べるよ」




