83 ごめん、クロエ。想像以上に魔王様がポンコツだった
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思いっきり罵倒してしまったけど、当の本人は上機嫌だ。
頭のケモ耳としっぽを揺らしてカラカラと笑っている。
「ぬふふ。あんぽんたん、か。知らん言葉じゃが響きが楽し気でいいのぅ。よいぞ! もっと呼ぶがいい!」
「あんぽんたんでも、すかぽんたんでも、何度でも言ってやるわ! それより――ああ、もう!」
思わず立ち上がって詰め寄ってしまったけど、ちょっと言葉が続かない。
四年以上もかけて魔王様に一撃入れたと思ったら、ご褒美がこれでは報われなさすぎだろ。
僕もショックだけど、それ以上に付き合わせたクロエに申し訳なさすぎる。
「ごめん、クロエ。想像以上に魔王様がポンコツだった」
「そう」
「お前ら、気持ちはわかるがその辺にしておけ」
ポンと肩に手を置かれて振り返るとドミトル氏。
呆れた顔で魔王様を見ている。
「魔王陛下もからかいが過ぎたんじゃ?」
「ぬふふ。儂はからかったつもりはないが、誤解させてしまったのならすまんなぁ。ほれ、立ってないで座るがよい」
え?
なんで、前にクロエとドミトル氏が……って、後ろから抱きしめられている!?
手を引っ張られたと思ったらいつの間にか魔王様の膝の上に座らされていたっぽいんだけど、座れって、ここ!?
うわっ。
なんか背中に柔らかい感触とかお日様の匂いとか耳元で聞こえる声とかやばすぎる!
「愛い愛い。なりは大きくなっても反応が愉快でたまらんわ。ドミトルも昔は可愛げがあったのに、いつの間にか淡白になりよってからに」
「ガキの頃の話はせんで下さい」
予想外の着地に硬直する僕を尻目に、魔王様とドミトル氏は懐かしそうに話しているんだけど、そうじゃないでしょ?
「……そう」
「く、クロエ!」
まっ平らな目で僕を見ないで……。
違うんだ。
僕は抵抗しているんだ、これでも。
けど、魔王様の腕力が強すぎてマジでビクともしないんだけど!
身体強化も使っているんですけどねえ!?
「魔王、そうじゃない」
「ふむ?」
敬称もなしで魔王様を呼んだクロエは、その腕を持ち上げようとした。
興味深そうな魔王様は抵抗もせずに受け入れてしまう。
やめてよ。
僕が抵抗していなかったみたいに思われるじゃん。
ともあれ、これで逃げられる。
「こう」
僕が脱出しようとした先で、クロエがストンと魔王様のもう片方の膝に着席。
シートベルトみたいに持ち上げた魔王様の腕を下ろして、仲よく捕らわれてしまった。
「クロエ、なにしたいの!?」
「アクタの隣はわたし」
「そうだけど、そうじゃないよね!?」
「そう?」
「ふはははは! 愛い愛い愛い愛い。とても愛い。好いぞ。まとめて儂が愛でてやる」
ぎゅうってしないでえ!
後ろもヤバいけど、お隣もヤバいから!
小さかったクロエも十五歳。
精霊族のハーフでも成長は人間と変わらないらしく、年頃の女の子の体つきになっているのだ。
戦っている時は意識しなくても、普段は手を繋ぐだけでもドキドキしそうになるのに、こんなに密着したら心臓が暴れるよ!
思春期の男の子の体を舐めるなよ!?
クロエだって照れがないわけじゃなくようで、少しだけ頬が赤くなっているんだけど、それでいながら嬉しそうに微笑むんだから攻撃力が半端じゃないんだよ!
「色男は辛いな」
「ドミトルさん!」
「諦めろ。飽きるまで諦めろ」
諦めるなよ! できる! ドミトル氏ならやれる! 本気を出そうぜ! もっと熱くなってよ!
ドミトル氏は目を合わせようとしない。
どんなに願っても魔王様からは逃げられないし、クロエはご満悦の様子。
このままじゃ話が進まない。
僕は大きく深呼吸をして、いい香りに頭がしびれそうになって慌てて鋼の精神を再起動させ、頭を切り替える。
「魔王様。話の続きだ」
思わず怒りが飛んで行きそうになっていた僕は単純だけど、騙されないぞ?
「さっきはからかってたなら、本当はもっと知っているんだよね。呪印、というか、真印の事を」
「いんや。儂は知らん」
こんのっ!
ピキピキと血管が切れそうになるけど、なだめるようにポンポンと魔王様は僕のお腹を叩く。
「そもそものぅ。この背中の印を調べてたり名前をつけたのは、あの戯けじゃ。儂は便利な力としか思っておらんのよ」
戯け。
ニールの記憶にいた聖王ゼフ。
聖印を生み出したと言った男。
……そういえば、魔王様の爆弾発言でスルーしてしまったけど、重要な情報があった気がする。
魔王様が月の真印で、戯け――聖王ゼフが太陽の真印。
真印は呪印ってまわりから呼ばれているわけで。
呪印を持っているのは魔王と覇王だったわけで。
「ゼフ。覇王がゼフ?」
「覇王のぅ。何度聞いても似合わぬ二つ名よなぁ」
魔王に挑もうと大森林に軍を進めた五百年前の人物。
そうラフルから教えてもらった。
でも、それはニールの記憶と合わない。
だって、あの人は魔王様と楽しそうに笑っていた。
ああ、でも、確かに森を出る時にゼフは大森林を攻略すると言っていたんだ。
けど、それだって魔王様は解放すると。
憎しみや嫌悪が理由なんかじゃなくて、むしろあれは――。
「難しい顔をするでない。戯けの本当は儂が持っておる。それだけでよいのじゃよ」
むしろ、他の奴にはくれてやらん。
言外にそう言っているような気がした。
少しだけ振り返れば、間近にあった魔王様の顔は複雑だった。
優しそうにも、寂しそうにも、嬉しそうにも見える。
その内心を窺うだけでも罪深いような気がして目を前に戻す。
「とまあ、真印の事は戯けが勝手に名付けただけよ。儂が知っている事は少ない」
僕とクロエを抱きしめたまま、目の前で指を立てていく。
人差し指が立てられる。
「魔力。これも戯けが名付けたが、これがとんでもなく溜まる。どこまで溜まるか儂も知らぬ。少なくとも儂は限界を感じたことはないのぅ」
魔王様は千年を生きている。
その生涯で一度も魔力が上限に達していないというなら、本当に限界はないのかもしれない。
「若い頃に六匹の強い魔獣を倒してのぅ。そのたびにできる事が増えたもんじゃ。戯けも同じような経験をしたそうじゃ。奴の場合は人間が相手じゃったそうだが」
中指が加わる。
六体の魔獣。
六人の人間。
六、か。
その数字から連想されるのは聖印。
「聖印持ちと戦った?」
「違う違う。聖印は戯けが作ったもんじゃ。奴曰く、強敵の力を形にしたとか言っておったわ。器用な事をするもんじゃと感心したわ」
さらりと聖印の誕生秘話がさらされてしまった。
でも、これはニールの記憶で前置きされていたから驚きは少ない。
いや、驚いてはいるけど覚悟ができていたから平気なだけだけど。
肝心なのは聖印の元となった六つの強者。
「先に言っておくが儂も知らんぞ。あの頃は魔獣の群れの主と思っておったからのぅ。あれがなんであったか、考えもせなんだ」
千年前ともなれば人間が文明を発展させる前。
その時代に検証と考察をしろと言うのは酷だろう。
魔王様の性格も考えれば無理もない話だ。
「後は、そうじゃな……」
魔王様が薬指を持ち上げたところで言葉に迷った。
珍しい反応に僕たちもドミトル氏も驚く。
思いついたら即実行の魔王様が迷いを見せるなんて滅多にない。
それでも決断は早かった。
「ふむ。主も無関係ではないのぅ。ドミトルよ、ちと出かける」
「それは構いませんが、どちらへ?」
普段は言付けもなく勝手に出かけてしまう魔王様が前置きした事で、逆に心配になったのかドミトル氏は眉をしかめている。
そんな雰囲気を気にした様子もなく魔王様は立てていた指をそのまま北に向けた。
魔王城の北は巨大な城壁の先だ。
僕たちも何度か行った事があるけど、特別な感じはなかった。
周りと変わらず魔獣が襲ってきて、深い森が続いている。
その先に何があるかは知らない。
ただ、亜人族の集落はなく、行く必要がないとだけ聞いていた。
そんな場所に何があるというのか。
「真の最奥に案内してやろうと思うてのぅ」




