82 そんなの知ってるよ、あんぽんたん!
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「ありゃあ、いくらなんでもやりすぎだ」
「ですよねえ」
挑戦を果たして、明けて翌日。
日が暮れかかっていたので後回しになった更地の視察から帰ってきたドミトル氏の第一声に頷くしかない。
規格外の魔王様に挑むには、とにかく広範囲の大威力が求められた。
余波で更地や窪地ができるのは当たり前。
ドミトル氏は当初開拓に利用して、それも一定の成果が出たら街道づくりに活用するなんて真似をしていたんだけど。
「森が割れておったぞ」
僕たちの先に道ができていた。
いや、決して詩的な表現じゃなく。
事実として道ができているのだ。
唱歌の連発までは良かった。
きっと最後の霹靂神だって、地面に大穴を開けはしても被害の範囲は狭くなっていた。
僕とクロエが最後に放った合体魔法攻撃。
武御雷尊がやばかった。
僕たちがお邪魔している魔王城の最上階。
そのテラスからも見えるのだけど、魔王様のいた一か所を除いて、地平線の彼方まで大森林が引き裂かれている。
直線状に生えていた木々は跡形もなく蒸発して、地面は深く抉れて炭化して、どこまでもまっすぐに続いていた。
黒い道とでも呼べばいいのか。
今も飛べる獣人族の人がどこまで続いているか調べようと飛んで行ってくれているのだけど、既に数時間経っているのに帰ってこない。
本当、どこまで届いているのやら。
「集落を巻き混んでいたらどうするつもりだ?」
「それは心配してません。魔王様ですよ?」
「まあ、うむ。その辺りは心配いらないか」
人的被害が出ないように位置調整ぐらい、直感でやるだろう。
僕以上に魔王様との付き合いが長いドミトル氏は一言で納得してくれた。
しかし、本当にやりすぎてしまったな。
どうせこの世界じゃ誰にも伝わらないだろうと前世の神話から神様の名前を持ち出してみたけれど、調子に乗りすぎたかもしれない。
いや、そうでもしないと届かない魔王様が悪いと思います。
マジで。
「しかし、魔王陛下に届くとは思わなかったぞ」
「届いたといっても指先が掠った程度ですけどね」
謙遜じゃない。
だって、魔王様は傷ひとつなかったんだから。
ニールの記憶で見たゼフは魔王様と互角に渡り合っていたけど、あの人も化け物だったんだなあ。
「世界は広いなあ」
「儂も森しか知らんが、お前さんたちも大概タガが外れておると思うぞ?」
いやいやいや、いくら聖印とか持っていても魔王様には歯が立たなくて、せいぜい噛み痕を残す程度なんだ。
きっと上には上がいる。
「鍛錬しないとな」
「そう」
「向上心を褒めるべきか、諫めるべきか迷うわ」
なにやら呟いているドミトル氏は放っておいて、僕たちは空席の玉座を見る。
約束通り魔王様から話を聞きに来たのだけど、時間にルーズな魔王様の姿はない。
ドミトル氏も謁見の約束をしていたらしいけど、完全にすっぽかされていた。
気まぐれだからなあ、あの人。
「そういえば、お前たちの連れはどうした? 最近、姿を見んが」
「ラフルですか? 今は人の集落に行ってますよ」
大森林のそこそこ奥にあるという場所。
亜人の集落からも、開拓地からも適度に距離を取った位置に作られた村だ。
そこには森の外では生きられなくなってしまった人が集まっていて、僕やクロエに会うまでラフルはそこを拠点にしていたらしい。
五年前。
クラリスの襲撃後、僕たちはそこに身を寄せるつもりだったのが、魔王様に攫われてもう五年も経ってしまった。
そろそろ森の外の情報もほしいと、ラフルは仲の良くなった亜人たちと旅立っていったのが一か月前。
順調に旅が続いていたらもう到着している頃だろう。
「精霊族の集落の近くか」
「ええ」
「そう。歩くと十日以上かかる」
意外に僕の故郷の開拓村から近い位置にあったんだなあ。
このまま開拓が進んだら接触するかもしれない。
まあ、そうなるのは数十年、あるいは百年以上は先だと思うけど。
叔父さん、叔母さん、どうしているかな。
ベルとヌイも元気だといいけど、立派な魔法使いになっているんだろうか。
「ぬふふ。待たせたのぅ。許せ」
唐突に魔王様が現われて、いきなり声を掛けられる。
本気で瞬間移動しているようにしか思えないんだけど、もう慣れたものだ。
僕は居住まいを正しながら正面を向いて。
「いいですけどね。いつもの――」
「いや、甘やかすとこの方は――」
「そう――」
僕たちは揃って絶句した。
魔王様は悪戯を成功させた子供のように無邪気に笑っている。
「ぬふふ。愉快な顔をしておるわ。他の者もそうじゃが、主らは一層面白い顔をしてくれるのぅ」
「いや、だって、それ……」
魔王様の髪が短くなっている。
腰まで届く銀髪がバッサリと肩口まで。
適当に自分で切ったのか、バラバラになっているのに不思議とかっこよく見える。
ウルフカットだったか。
左右のところは長いままだから変則的な感じだけど、元々が美人なだけあってよく似合っていた。
「どうしたんですか、それ」
「おうよ。昨日のアクタとクロエは見事だったからのぅ。ここは褒美のひとつもくれてやらねば魔王が廃ると思うてのぅ。切った」
脈絡がねえ!
褒美で髪を切るとか、なんなん!?
髪型を変えた魔王様を愛でろとでも!?
「あー。まあ、そういう日もありますわな」
「であろう?」
「納得しちゃうの!?」
「まともに相手しても無駄だぞ。魔王陛下のお考えはご自身以外誰にもわからん」
早々にドミトル氏は追及を諦めてしまった。
達観しすぎだなあ。
そして、信頼しすぎじゃないか?
魔王様は間違えないって。
全幅の信頼なんて押し付けられる方はたまらないだろうに。
「ぬふふ。アクタは優しいのう。愛い愛い。クロエの番でなければ飼いたくなっておったわ」
「飼うって!? 僕をどうするつもりだ!?」
魔王様は意味深に笑うだけで答えない。
ちょっとドキドキしてしまったのは秘密だ。
「アクタはわたしのって決まってる」
「クロエさんも僕を所有しようとしないで!?」
ああ、もう!
魔王様が出てくると場がひっかきまわされて話が進まない。
僕は頭を掻きむしりたくなるのをこらえて、溜息をひとつ。
座りなおして、魔王様と対峙する。
「それで、約束通り話してくれるんですよね? 呪印の事、聖印の事、そして、僕の零印の事を」
「無論よ。儂の知る全てを話してやろう」
仰々しく頷く魔王様。
五年越しの謎解きに心臓が強く鳴る。
魔王様は新調したらしい扇を開き、口元を隠しながら話し始める。
「主らが呪印と呼ぶのは儂や戯けの背にあったこれであろう?」
魔王様の背から赤い輝きが漏れ出し、真紅の真円が宙に浮かび上がった。
昨日の最後、魔王様が見せた実力の一端。
今は力を抑えているのか、迫力はあるけど圧迫感はない。
ただ、膨大な量の魔力が込められているのはわかる。
これが、呪印。
魔王の証。
「そもそも名前が違うわ。人間は呪印と呼ぶようだが、儂と戯けはこれを真印と呼んでおる」
真印。
呪印は人間が勝手に呼んでいるだけ?
「儂は月の真印で、戯けは太陽の真印じゃな」
月と太陽。
陰陽。
表と裏。
聖印と通じる部分があるな。
そして、僕の零印とも。
「そして、この真印の力は――」
魔王様の次の言葉を聞き逃すまいと集中する。
僕の生き方を大きく変えた原因。
「とんでもなく強いというだけじゃ!」
「そんなの知ってるよ、あんぽんたん!」
堂々と言ってのけた魔王様に罵声を飛ばした僕を誰が責められようか。




