8 ご飯、おごるよ?
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いや、悲鳴を上げなかった僕を誰かほめてほしい。
夜中に目を覚ましたら、目の前には謎の子供。
侵入者だと思う前に、幽霊だと思うだろう。
しかも、この子は前髪が長いからますますそれっぽい。
枯草色のみすぼらしいローブも雰囲気づくりに一役買っている。
心臓がかつてないぐらいにドキドキ。
心不全とか起こさないか心配になるぐらいドッキュンドッキュン高鳴って、思わず吊り橋効果で恋に落ちちゃいそう。
「あー」
どうやら夜這いではないそうだけど、だとしてもなんのために現れたのか。
一言返事をした後はじっと見下ろしてくるばかりで何かをしゃべる様子もない。
害意はない、って信じていいのかな?
まあ、ヤル気だったなら指でほっぺをつつくなんてされずに、首でも絞められて今頃僕は死んでいただろう。
抵抗は無駄だ。
僕は自分の貧弱さを知っている。
そう考えると開き直ってもいい気がした。
まだまだドッドッドッドッと大暴れする心臓をなだめつつ、まずは現状を把握しよう。
場所は僕の部屋だ。
体の大きくなったヌイとは同室になれなくて、ベルは最近一緒に寝てくれなくなったから一人寝で、今はそれでよかったと心底思う。
こんなところをベルに見られたらと思うと……何故か体が震えるし、冷や汗が止まらないぜ。
ともあれ、そんな一人部屋の木窓が開けられて、月明かりが入ってきていた。
どうやらあそこが侵入経路らしい。
まあ、鍵もしていないから入るのは簡単だっただろう。
けど、ここは大森林に近いだけに夜通し不寝番が立つし、色んな警報装置があるのによく侵入できたものだ。
外で騒ぎにはなっていないようだから、スニーキングミッションは得意っぽい。
そんな謎の子供。
僕に何の用があるのかな?
そこまで考えたところで、今の状況は割と好都合なのに気付く。
元からこの子の正体を知りたいと思っていたんだ。
こっちから探す前に向こうから来てくれたのはありがたいじゃないか。
主導権を取られているのは苦しいけど、今のところは害意がないのだから致命的じゃない。
僕は声を潜めて話しかける事にした。
「ねえ、君はこの村の子じゃないよね?」
「そう」
うん。とってもディスコミュニケーション。
この子、『そう』って僕が言った事を繰り返すだけじゃん。
いや、諦めるのはまだ早い。
見つめ合っているより進展はある。たぶん。きっと。
聞いてばかりじゃなくて、こっちから名乗ってみよう。
「僕はアクタ。アクタって呼んで。君の名前?」
「………」
名乗ろうよ!?
しかし、彼あるいは彼女はじっと見つめるモードに戻ってしまった。
僕の顔をそんなに見つめて何が楽しいのか?
いや、目元が隠れていてわかりづらいけどほとんど表情が動かないから楽しんでいるとは限らないな。
ともあれ、一方的に個人情報を持っていかれたままでは終われない。
この世は等価交換で成り立っているんだ。
なんとしても、この子の名前をゲットしなくては!
「あの、君の名前を教えてほしいな」
「そう」
「ほら、僕の名前教えたでしょ?」
「そう」
「ねっ、名乗られたら名乗り返すものでしょ?」
「そう?」
こてんと首を傾げる仕草がかわいいなあ、もう!
あー、やばい。
心が折れそう。
こうなったら根比べだ。
見つめてくるのを見つめ返す。
目は逸らさない。
まつ毛とか鼻の頭とかを見つめるなんて小細工もない。
目と目を合わせて、見つめ合う。
言葉はない。
いや、いらない。
よく『目と目で語り合う』というのはこういう事か。
こうしていると、名前も知らないこの子の言いたい事が伝わってくるような気がしてきた。
前髪の向こうにある青い瞳が語りかけてくる。
君は何者で、どこから来て、どこへ行くのか。
僕は孤児で、転生者で、零印でって、こうやって並べると主人公っぽいな。
属性てんこ盛りじゃないか。
むしろ、盛りすぎなまである。
盛り盛りだ。
「もりもり?」
「うん。子供はたくさんご飯を食べた方がいいよ。大きくなれないからね」
自然に聞こえるように返せたかな?
いや、無理か。
なんでいきなり食育の話になってるんだよ。
こんな時まで心の声を口走るとか、僕はどうかしているんじゃないかな?
それとも会話に飢えているのかな?
歳の近かったベルがツンツンしだしてからしゃべる機会が減ったからなあ。
あと、目と目で語り合うとか無理です。
わかった気になって自己満足するしかできないわ。
「そう」
自棄になっていると、やっと子供が僕から目を離してくれた。
うん。
結構、圧が強かったんだな。
ちょっとホッとしている僕がいる。
クーとお腹が鳴る音がした。
僕じゃない。
この子だ。
相変わらずの無表情でお腹を撫でてから、僕をまた見つめてくる。
「ご飯、食べてない」
「……うん。我慢しない方がいいよ」
期せずして食育の話が繋がってしまった。
やっと『そう』以外の自発的な言葉が聞けたけど、これってメシを奢れって催促じゃないよね?
この子の保護者はどちらでしょうか?
僕のキャパはもう限界ですってばよ?
あ、でも、おいしいものあげるからって言えば名前を教えてくれるな?
前世と違ってすぐに食べられる物なんて用意できないけど、干し肉とかならあるんじゃないか?
食べ物で釣ってしまえば子供なんて……いや、待て。なんだ、今の誘拐犯の台詞は。犯罪臭がすごい。
っていうか、犯罪とか考えるな。
そっち方面を意識し出すと、お腹の上のお尻と太ももの細くても柔らかい感触とかが気になってしまうじゃないか!
ああもう! とりあえず、男の娘なのか女の子なのかだけでもはっきりさせてくれませんかねえ!?
「あー……うん。リセット」
「?」
不思議そうにしている子供には悪いけど、僕は一人で僕にしかわからない前世の言葉で『リセット』を口にする。
いけない。
思考がメチャクチャだった。
冷静になったつもりで、全然ダメじゃないか。
一度目をつぶって、深呼吸を三回して目を開ける。
不思議そうに見下ろしている謎の子供と目を合わせた。
この子の謎とか、深夜の急襲とか、そういうのは一度忘れた。
「ねえ。ちょっと上からどいてもらえる?」
謎の子供の事を知りたいけど、まずは信頼関係を築かないとな。
「ご飯、おごるよ?」
夜中にこっそり食べるインスタントラーメン、罪深くていいよね?
そうして、僕は深夜に美少女を食事に誘うのだった。




