7 ……夜這い、じゃないよね?
7
「ヌイ。そろそろ下ろしてくれてもいいんじゃないかな?」
「アクタ」
ヌイの声は静かで低い。
うーん。
これは怒っている時の声だ。
僕は今、ヌイの肩の上に担ぎ上げられている。
同い年なのになあ。
体格もパワーも段違いだ。
「家まで運ぶ」
「……わかったよ。お願いするね」
優しくておとなしいヌイだけど、怒ると頑固だ。
こういう時、ベルの兄貴なんだって思い出させる。
僕が森で謎の子供と遭遇して、恥ずかしさのあまりに絶叫した後。
当然だけど、近くにいたヌイたちに見つかってしまった。
謎の子供は大人たちがやってくるのに気付くと、振り返りもしないで森の奥に行ってしまい正体不明のまま。
呼び止めるタイミングもなかった。
残ったのは森に一人で勝手に入った子供が一人。
つまり、僕だ。
ちなみに、大森林は子供の立ち入りが厳禁である。
危ないからね。
大人よりも先に怒ったのがヌイだった。
開拓の手伝いをしているヌイは大森林の危険さをよく知っているからか、そんな所に僕が入ったのに心配して、怒ってくれたわけだ。
特に昨日心配させたばかりだからなおさらか。
無言で僕を担ぎ上げて、大人たちに帰りますと言って歩き出して今に至る。
既に僕たちは村の中に戻っていて、まるで狩られた獲物みたいに運搬される僕は皆からクスクスと笑われて恥ずかしい。
いやあ、擦れ違った村長の冷めた目、きつかったなあ。
あとジュニアの理解不能って感じの目もクルものがあったわ。
ヌイを心配させてしまったんだから甘んじて受け入れよう。
笑い声を聞こえない振りしつつ考えるのは謎の子供の事。
あまりのヌイの怒りっぷりに報告するタイミングを完全に逃してしまって、今更いいづらくなってしまったな。
まあ、報告しても信じてもらえそうにないのだけど。
それにしても、誰だったんだろう?
改めて思い出してみるけど、やっぱり心当たりがなかった。
あんなに綺麗な髪をした人なんて見た事ないからなあ。
髪を伸ばしてきれいにするって簡単じゃないんだよ。
少なくとも開拓村の女の人は大体髪を短くしている。
そういうのは大きな街の裕福な人ができる贅沢だ。
じゃあ、あの子はどこから来たのか。
村の人じゃない。
村の外からのお客さんでもない。
となると、森の、奥?
「まじか……」
「アクタ?」
「あ、いや、なんでもないよ。独り言だから」
思わずつぶやいたのにもヌイが反応してしまう。
考えている事を口走るのは僕の悪癖だな。
さっきも謎の子供と自覚のないままお話していたし。
ともあれ、あの子の正体は不明なままだけど、消去法的に大森林の住人の可能性が高くなってきたわけだ。
大森林の住人。
巨人族、獣人族、精霊族。
代表的なのはこんなところらしいけど、その中でもさらに細かく種族が分かれているんだとか。
巨人族、はないかな。
子供でも人間の大人より大きいって話だし。
獣人族、も違うか。
ケモ耳もケモ耳もケモ耳もしっぽも毛皮もなかったし。
となると、精霊族?
精霊族は……前世で言うエルフとかドワーフとかホビットとか、に近い存在だと思うんだけど……体の大きさ的にドワーフとホビットは違う。
じゃあ、エルフか。
……黒髪の、エルフ?
え? エルフって金髪とか銀髪じゃないの? 黒髪? いるか? いるか、な。いるかもしれない。
うん。でも、待て。そもそもエルフでいいのか?
耳、長かったかな? あー、髪ばっかり見ていたから意識してなかった。けど、耳が長かったら見えていたはずで、見えたなら気づくはずで、って事はエルフ耳じゃなかった可能性が高くなって。
「エルフじゃないのかな?」
「えるふ? アクタ、なんのこと?」
戸惑い気味のヌイ。
ああ、もう! また呟いていたか。
けど、どうしよう。
ここでヌイに相談してみるのはありかもしれないな。
そうじゃなくても隠し事をしてしまっているのは心苦しいし。
「ううん。なんでもない。また独り言」
でも、僕はまだ黙っている事にした。
あの子の正体がわからないのに想像だけで言うのはよくないと思ったからだ。
大森林にいる種族は人間と敵対的。
そう思うとあの子の正体は非常に重要な情報で、僕なんかが独占していいわけないのはわかっているんだけど、どうしても危険だとは思えなかった。
なんせ、あの子は僕の、自分で言うのもなんだけど妙ちくりんな呼びかけに応えて出てきてくれたのだから。
普通なら出てこない。
見つかったかもと思っても出ていく理由がない。
少なくとも、あんな真正面から、すぐ近くに、無防備に、姿をさらすなんてリスクでしかないんだ。
もし、僕に悪意があったらどうするつもりだったのか。
エルフなんて、人さらいとか奴隷とか不穏なワードとの親和性がメチャクチャ高いんだからな?
いや、エルフって僕が勝手に呼んでいるだけで、この世界の精霊族は違うのだろうけどさ。
そんな子の事を報告して、もしも『襲われる前に森狩りするぞ!』みたいな話になったらたまらない。
少なくとも話をしてからだ。
あの子が何者なのか。
なんのためにあそこにいたのか。
何をしたくて、それは僕たちにとってどういう意味があるのか。
それを調べてからにしよう。
方針が決まるとやっと肩から力が抜けた気がした。
ぬべっとヌイの肩から垂れ下がりながら話しかける。
「ねえ、ヌイ」
「あい」
「今日の事、ベルには秘密にしてくれない?」
「ダメ」
ダメかあ。
昨日の今日で、絶対にベルが荒れ狂うぞ。
しかも、今日はヌイも味方してくれそうにない。
温厚なおじさんとおばさんも無理かなあ。
ふう。厳しい夜になりそうだぜ。
そんな予想通り、顔を真っ赤にして怒った(心配した)ベルに折檻を受けた夜。
引っ張られてまだちょっと痛いほっぺに、柔らかい刺激を受けてふと目を覚ました。
で、目が合った。
夜色の前髪のカーテンの奥、群青の目と。
「……夜這い、じゃないよね?」
「そう」
謎の子供が僕の部屋にいて、僕のほっぺをつついていた。
マジか。




