6 なるほど、不審者とは僕の事だった、と。語り手が犯人っていうのも使い古されたネタだね
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「疲れた……」
村長の屋敷から大森林まで(この世界の一般的な)大人の足で一時間。
子供で、無印の僕だと小走りでも倍以上の時間が掛かるのは当然だった。
到着した段階でちょっと息切れしてしまう。
ちょっとした冒険が、始まる前に終わってしまいそうとか、ナイトメア級にも程があるだろ。
一休みしてから森を見回してみる。
管理されていない森。
森林公園とは違って、木はバラバラに生えていて、伸び放題の雑草が小さな茂みをあちこちに作っていて、土と岩ででこぼこの地面が広がっている。
やっと目的の場所についた僕だったけど、そこには森が広がっているだけで特別な何かは見当たらない。
それが元々なのか、それとも僕が移動している間にどこかに行ってしまったのかも判断がつかなかった。
「森だなあ」
人の手が全く入っていない原生林だったら、痕跡も見つけられるかもしれない。
だけど、ここは開拓が進められている地域だ。
狩人が獣を狩りに入る事もあれば、魔獣を警戒して自警団が巡回もするし、森の恵みや野草を採りに村の人が来ることだってある。
管理はされていなくても、開拓の下準備のされた森。
なもんだから足跡とか普通にあるんだよ。
辺境生まれでも貧弱少年で村の外に出た事なんてほとんどない、素人の僕には違いが全くわからなかった。
新しいとか古いとか、さっぱりだ。
こうしてやってきて何も見つけられないと、さっきは確かに見たと自信満々だったのも揺らいでくる。
見間違いだったかな。
なんか、一気に緊張感が薄れてきて、冒険心までしぼんできたぞ。
「どうしよっか」
二時間も歩いてこの結果はあんまりだけど、ここでいつまでもぼうっとしていても仕方ない。
まだ暗くなる時間じゃないとはいえ、帰りの事を考えると早く帰った方がいい。
「もったいないよなあ」
貧乏性と思われそうだけど、費用対効果が釣り合わないのがモヤモヤしていた。
苦労に見合った成果がほしい、なんて都合のいい話はなかなかないとわかっていても、乳酸のたまった足が『このまま帰っていいの?』と訴えかけてくる。ヒラメ筋が『無駄働きはごめんだぜ』とも。
見上げれば傾き始めた太陽。
ちょっと離れた場所で魔獣の解体を終えて、開拓を再開している大人たち。
「ちょっとだけ、入っちゃう?」
無謀と思いつつも無茶無理じゃない、ってのは言葉遊びか。
でも、魔獣はさっき出たばかりで、他にもいたならとっくに出てきているだろう。
最悪、大人たちが近くにいるんだ。
そこまで逃げれば大概の事はなんとかなるはず。
そんな言い訳を思い浮かべても、心臓がどくどくと高鳴っているんだから好奇心に負けただけなんだよなあ。
村を出た事のない僕にはここに来るだけでも大冒険なんだから。
僕は大森林に踏み込んだ。
一歩。二歩。三歩。
勢いに任せてさらに十歩。
「………」
別に、何も起こらない。
気持ち少しばかり開拓の作業音が遠くなった気がするけど、それだけだ。
静かで、涼しくて、暗い水の底みたいな空気。
風に揺れる葉の音を聞いていると、うるさいぐらいに動いていた心臓もだんだん落ち着いてくる。
「まあ、こんなもんだよなあ」
安心が半分。
残念が半分、か。
自覚していないだけで、僕は非日常に焦がれているのかもしれない。
無印というハンデのせいか、どん底とは言わないまでも不自由に固められた日常を壊してしまいたい。
転生しても心は子供、ってことかな。
なんとなく思春期の黒歴史ができてしまった気がして恥ずかしい。
誤魔化すように僕はもう一度辺りを見回した。
最初の目的に立ち返ろう。
この辺りに何かいるのかいないのか、確かめるんだ。
といっても、少し踏み込んだだけじゃ何も変わらない。
こんなんでわかるなら入る前からわかってる。
というわけで別のアプローチを試みよう。
見てもわからないなら、次は。
「ねえ。そこにいるんでしょ? わかっているんだ」
アクタが語りかけます。わかっている。わかりすぎると。
うん。もちろん、何もわかってない。
わかってないけど、誰かが隠れているなら動揺するかもしれない。
しばらく待っても……返事はない。
気のせいか森の静けさが一気に増した気がする。
なんか、すごい恥ずかしくなってきた。
まるで一人芝居をしてるみたい、って一人芝居そのものか。
どうかヌイたちに見られていませんように。
怒られるのとは別の理由で今は見つかりたくない。
祈りながらもちょっと自棄になって一人芝居を続ける。
「ほーら、怖くないよ? おっじょうさん、おっはいんなさい? そして、僕とあっそびましょ?」
拍子をつけて、歌うようにお誘い。
これに満面の笑みまで浮かべれば、パーフェクトだ。
体は子供でも心はとてもジェントルマン――じゃない。
ただの不審者じゃん、これ。
「なるほど、不審者とは僕の事だった、と。語り手が犯人っていうのも使い古されたネタだね」
僕はそっと膝をついた。
両手で顔を覆って、叫びそうになるのをこらえる。
……やばい、心が折れそう。
なんで、こんなことしちゃったんだろう。
マジで後悔しかない。
若気の至りにしたってもう少し考えようよ、僕。
観客のいない一人芝居は虚しかったなあ。
いや、観客がいたらもっと悲惨だったか。
なら、これは傷じゃない。
これから一生、僕が一人で抱えていく黒歴史――。
「そう」
「いや、そうって肯定しないでよ。そうだったとしてもそうじゃないって……なんだかわかりづらいなあ」
「そう」
「……そうそう。って、え?」
僕、誰と話しているんだ?
顔を上げる。
「あ……」
そして、夜空を見た。
夜色。
夜明け前の青みがかった夜空。
木漏れ日を受けた艶やかな煌めきは星の瞬きのよう。
本気でそんな光景を想像してしまった。
最初の衝撃から立ち直って見つめなおせば、それは黒髪だ。
腰まで届く長い黒髪の人物。
目元まで隠れてしまって鼻から下しか見えない。
簡素な草色の布のローブを着た、子供。
歳は僕と同じぐらいだろうか?
少なくとも背は同じぐらい。
細い手足にダボダボの服と凹凸の少ない体つきからは性別まで判別できなかった。
「君は?」
尋ねてもその子供は首を傾げるだけ。
サラサラと流れる黒髪に目がいきそうになって、なんとか視線を固定。
混乱している。
この子は誰だ?
知らない。
村の子じゃない。
っていうか、どこから現れた?
え? さっきの呼びかけで出てきた?
マジで?
っていうか、じゃあ僕のさっきの一人芝居を見て――。
「さっきの、見てた?」
「そう」
ふう。
クールな子だな。
しかし、見ていたか。
見られていたのか。
僕も是非この子のクールさを見習いたいものだけど……ダメだ。
「うきゃあああああああああああああああああああああああああああっ!?」
僕は恥ずかしさのあまりにお猿さんになってしまった。




