5 行ってみる、かな
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カン、カン、カン、カカン!
開拓地の奥。
大森林との境目辺りに建てられた小屋に設置された鐘が鳴らされる。
「嘘! 魔獣!? フラグ立てちゃった!?」
魔獣の接近を報せる警報。
この鳴り方は……弱い魔獣が出た時の鳴り方だ。
緊張して固まりかけていた体から力を抜く。
働いていた人たちも作業を止めているけど、すぐに逃げ出したりはしない。
これぐらいは日常茶飯事だからね。
目を細めてみていると、大森林から何かが飛び出してきた。
あれは猿、かな。
大人の腰ぐらいの背丈の猿。
全身が苔みたいな濃緑色の毛に覆われていて、樹上に隠れられたら見つけるのは難しそうだ。
そんな猿の魔獣が三体。
森から飛び出してくるなりまっすぐに村へと突っ込んでくる。
あいつらは石積みの壁ぐらい簡単に乗り越えるからやっかいだ。
少なくとも僕は襲われたらひとたまりもない。
「あ、殴られた」
けど、村の大人からすると大した脅威じゃない。
複数人で囲んでぶん殴って吹っ飛ばしてしまう。
倒れたところに斧を一撃と実にスムーズに片づけてしまった。
辺境の開拓村の村人はたくましい。
他の二体も同じように倒されて、大人たちは手慣れた作業のように解体を始めていく。
魔獣は普通の獣が魔力の影響を受けた生き物だ。
あいつらは体内に魔石を持っていて、それは行商人に高く買い取ってもらえる。
その他にも毛皮だったり、肉だったり、牙や爪だったり。
売ってもよし、村で使ってもよし。
とにかく、土に返すのはもったいない。
「なんだかもう下級の魔獣だとボーナス感覚だけど、最近多いよなあ。なんかの前触れじゃないといいんだけど」
こうして遠くから見ていると魔獣が弱いように見えても、そこは勘違いしないようにしないと。
魔獣と言ってもピンキリだから、上の方はマジでやばい。
今の大きくなった猿みたいなのは、数印で強くなっている人なら簡単に倒せてしまえるけど、伝承級のドラゴンとか出てきたらどうしようもない。
僕も大人もヌイもベルもまとめてぺしゃんこだ。
いや、ドラゴンなんて百年に一度あるかないかってぐらい現れないらしいけど。
だけど、この世界には実際に存在しているのも忘れちゃいけない。
そして、この大森林にはドラゴンの目撃報告が過去にあったりする。
ついでに言えば、ドラゴンだけじゃなくて巨人族とか、獣人とか、精霊族とか亜人種もいるんだとか。
どの種族も人間族とはあまり友好的ではないから、遭遇すればトラブル必至。
「いや、本当に物騒な森だな、ここ」
物心ついた頃から住んでいると忘れてしまいそうになるけど、この大陸でもトップレベルの危険地帯だ。
そんなところを開拓するとか罰ゲームかよ。
……まさか、実は村の人たちが罪人とかないよね?
そう考えてみると、村長のあの不愛想なのも説明が――。
「そのぶん、見返りが大きいからな」
「ひゃあっほい!?」
村長が顔を出していた。
どうやら鐘を聞いて様子を見に来たらしい。
変な奴を見るような目で僕を見ている。
妄想をしていた相手がすぐそばにいたせいで変な声が出ちゃったから、そんな目で見られる自覚はある。
「やはり、頭を打ったせいか……」
いやいや、一人で納得して同情のまなざしを向けないで下さい。
とはいえ、じゃあなんで奇声を発したのかと問い詰められると答えに窮するわけで、僕は甘んじてその視線を受け止めた。
「見返りって重要ですか?」
「ああ。それに大森林の開拓はこの国の国是で悲願だ。何せ建国王が冒険者だからな。開拓事業には配慮もしてもらえる。決して不可能な仕事ではない」
うん。
開拓村は税が免除されているし、何かと物資を融通してもらえる。
しかも、開拓に成功した村には領主に庇護下に置かれて、兵士を派遣してもらえるようにもなる。
魔獣という脅威がある世界で、本来なら村独自の自警団で対抗するしかないと考えると兵士に守ってもらえるのは心強い。
何より村長は村に自分の名前を残せるんだ。
それだけ、と思うかな?
うん。僕もそう思う。
でも、村に自分の名前を残すというのは大変な名誉で、大げさかもしれないけど、歴史や地図に名前を残すって意味だ。
開拓村の村長なんて大変な役割をこなすのだから、そんなご褒美はあるべきだろう。
不愛想な村長の目も今ばかりは輝いている。
「ふん。まあ、俺の代では無理だろうがな」
僕の視線に気付いたのか、照れ隠しに鼻を鳴らして屋敷に戻っていく。
そういうところ、ジュニアとそっくりですね。
ともあれ、魔獣の襲撃は被害なし。
今日のところは村の平穏は守られ……?
「あれ?」
なんとなしに見た大森林。
ヌイたちから少し離れた辺りで茂みが不自然に揺れたような気がした。
いや、というか揺れた。
確かに。はっきりと見た。
ヌイたちは誰も気づいていない。
「動物ならいいけど、魔獣……はないかな?」
その可能性は低い。
ほとんどの魔獣には知性がない。
さっきの猿みたいに、人間を見たら後先考えずにすぐ襲いかかってくる。
じゃあ、動物か。
それもどうだろう?
普通の動物は人間を恐れる。
こんなに近づいてこない。
仮にさっきの猿の魔獣に追われていたなら、隠れていないで逃げているだろう。
魔獣でも、動物でもない。
「なら、人間?」
国で一番の辺境の開拓村に?
開拓村に余分な人手はない。
全員がしっかり働かないと生活が厳しいからだ。
だから、森で遊んでいる人なんていないはずだし、いたとしてもあんなところにいる理由もない。
村人じゃないなら……外の人?
それはもっとないな。
辺境中の辺境に来る人なんてほとんどない。
そして、今は村に来ている人もいないし、その予定もないと村長の手伝いをしている僕は知っている。
つまり、人間だとすれば、それは不審者の可能性が高い。
言うべき、だろうか。
うん。言うべきなんだろうなあ。
だけど、あそこの人たちで僕の話を信じてくれるのはヌイぐらいで、そのヌイは体が大きくて力が強いだけの子供だ。
決定権はない。
そして、ここには仕事を終えて開拓村の住人にはいないはずの時間を持て余した子供がひとりいた。
「行ってみる、かな」
僕が森に近づこうものなら止められて怒られるところだけど、大人たちは解体に集まっているし、警戒しているのは森の方だからこっちは見ていない。
ちょっと遠回りすれば子供で小さな僕が見つかる可能性は低い。
危険だ。
危険だとは思うけど、好奇心の方がちょっとだけ勝ってしまった。
「よし。森の近くまで見に行って、何もなかったら戻ろう。何かあったらヌイに伝えよう。うん」
自分に言い訳して、僕は誰も僕の方を見ていないのを確認してから歩き出す。
小走りに、でも足音を立てないように。
そうして、二時間近くかけて僕は大森林の近くまでやってきたのだった。
遠いよぅ。




