4 魔獣、出ないといいな
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「……終わっているな」
「親父、冗談だろ? こんなすぐに終わるもんじゃないんだ。どこかで手を抜いて……」
いちゃもんをつけるジュニアに村長は書類を押しつけた。
食い入るように読んでいたジュニアだけど、最後まで目を通すと次、次、次と書類をめくっていく。
その内、段々とうなり始めてしまって、最後は僕をにらんできた。
「どんなズルをしたんだ!」
「ズルって、してませんよ」
いや、こういうのもずると言うのかな?
あれだけ山積みされていた書類だけど、僕は昼過ぎに全部片づけてしまった。
片づけてしまえた、ともいう。
いや、今まで転生者だから計算とかできていたんだろうけど、しっかりとそれを意識できるようになったら効率が跳ね上がった。
もろもろの報告書から数字をまとめて、計算して、予測してというだけなんだけど、前より倍以上に早くできてしまった。
前世の僕はこういう作業が得意だったんだろうか?
覚えてないけど、わかっているという変な感覚はちょっと説明できそうにない。
ともかく、集中して作業していたらあんなに山積みだった書類はきれいな片付いてしまったのだけど、それを村長に提出したら噛みつかれたわけだ。
まったく、ジュニアは何をしたいんだ?
「俺は村長になるために特別勉強してるんだぞ! その俺より早いなんてありえるか!」
「そんな事を言われても」
転生者だからです、って言っても信じてもらえないよなあ。
しまった。
こうなるとわかっていたら手を抜けばよかった。
なんて、考えてももう遅い。
今にも掴みかかってきそうなジュニアからさりげなく距離を取る。
掴み合いになったら絶対に負けるんだから、警戒しないと。
「確かにこの仕事の早さは妙だ」
村長がやっと口を出してくれたけど、その疑いのまなざしを止めてくれませんかね?
「今まで手を抜いていたとは思えん。頭を打ったせいか? ふむ」
考え込んでいる村長。
ジュニアは父親が自分側についたと思ったのかニヤリと勝ち誇ったように笑っている。
いやいや、なんの勝負だよ。
僕たち同じ村の仲間でしょ?
仲間、だよね? あ、ちょっと自信がないかも。
「まあ、いい。仕事が早く片付いて損はない」
「親父!?」
信じられないと抗議するジュニアに、村長は溜息をひとつ。
「お前は何が気に食わんのだ。アクタは自分に任された仕事をした。その仕事の出来がよかった。それだけだろう」
そうそう。
それそれ。
ジュニアに見えないように何度も頷いておく。
ジュニアは口をパクパクさせていたけど、無言のまま自分の席に戻っていった。
乱暴に座って、僕を射殺すような視線で睨んで、そのまま自分の仕事を再開する。
うわあ。なんか、面倒な事になった?
昔はこんな感じじゃなかったと思うんだけどなあ。
ジュニアが僕を敵視するようになったのはいつからだっけ? 去年か一昨年ぐらい? なんかあったかなあ?
「アクタ」
「はい?」
思い出せないでいると村長に声を掛けられた。
「仕事が終わったなら帰りなさい」
え、手伝いますよ? と言いそうになって言葉を飲み込んだ。
村長とジュニアの仕事はまだ残っている。
残っているんだけど、強い目つきで見つめてくる村長は『さっさと帰れ』と言わんばかりだった。
いや、社畜になるとか言っておいてなんだけど、楽できるなら楽をしたいから、定時前帰宅は大歓迎だけどさ。
いいの? いい? いいなら、いっか。
「じゃあ、今日は失礼します」
「明日も来なくていい」
「うえ!?」
首ですか!?
仕事をやったのに首とかひどすぎる!
「変な声を上げるな。お前にやらせる仕事がない。それだけだ。そうだな……アクタ。これからも今日と同じ程度にできるのか?」
「できる、と思います」
「なら、ここに来るのは五日に一度でいい」
追い出されるわけじゃない、よね?
そうだったなら村長は率直に言ってくるか。
「わかりました。お先に失礼します」
ぺこりと頭を下げると村長もジュニアも変な顔をしている。
いや、なんでだよ。
普通にあいさつしただけじゃん。
「……まあ、いい」
「なんなんだよ、こいつ」
全然よくなさそうな二人を追及しても仕方ない。
僕は屋敷を後にした。
で、屋敷を出たのはいいけど、これからどうしよう。
まだ太陽はてっぺんを超えたぐらいで、午後の時間がまるまる空いてしまったわけだけど、やる事なんて何もない。
村の景色を見回す。
この開拓村には大きく二つの仕事がある。
ひとつは農業で、もうひとつが開拓だ。
村の南側。
領都や王都に続くという街道側の広い土地には農地が広がっていて、ちょっと高い丘の上にある村長宅からよく見えた。
毎日の水汲みにも使われている小川を渡った先。
そこでは村の女性陣や五歳以上の子供たちが働いている。
今の時期は大人が畑を耕して、子供たちが肥料を撒いている感じだろうか?
数印で強化されている女性たちは力強い。
四十・五十の奥様方が猛烈な勢いで鍬を振るっていて、まるで農耕機みたいに畑が耕されている。
あのメチャクチャ速いのはベルだな。さすが数印【Ⅸ】ともなると別格だ。
「って、目があった!?」
気のせい、だよな?
ベルらしき小さな点みたいな人影がこっちを見たような気がしたけど、爆発的に加速して耕し始めていた。
「まあ、いっか」
おっと、村長の口癖が出ちゃたぞ。
僕は反対側、村の北側に目を向ける。
開拓地側はそんなに広くはない。
いや、今も汗を流して開墾をしている男衆には申し訳ないのだけど、南の畑と比べるとどうしても狭く感じてしまう。
頑丈な石積みの防壁の向こう側。
大森林までの距離は十キロ、といったところかな?
(この世界の基準の)大人の足で一時間ぐらいっていう話だからそれぐらいだと思う。
だから、大森林と呼ばれる森は意外に身近にあるのだ。
ただし、奥行きは短くても広さはかなり広い。
少なくとも一か所を突出して抉るような極端な開拓じゃなくて、均等に横幅も揃えているのがよくわかる。
奥行と比べたら幅は五倍以上あるんじゃないかな。
荒れ地と草原の間みたいな広場ができあがっている。
開拓の方で働く人は色んな役割があるみたいだ。
木を切る人。
根っこを掘り起こす人。
乾いた木を加工する人。
色んな荷物を運んでいる人。
それから、森を警戒して警備している人。
ヌイは……根っこを引っこ抜いている――って、すげえ! ほとんど土にうもれたままの切り株を一人で持ち上げてるよ!
「ヌイはすごいなあ」
大人から頼られるのも納得だ。
そんなヌイが開拓を手伝いだしてもう三年。
五人分の働きをしていると言っても過言じゃないよ。
それでも開拓はなかなか進まない。
開拓村ができてから二十年。
これが地球だったらもっと早く進んでいるだろう。
科学技術があるから、じゃない。
「魔獣、出ないといいな」
こっちの世界には魔獣がいるからだ。




